【第二幕】- Wish -

 買い物してきた食材を、気もそぞろに冷蔵庫へ入れる。そして、ダイニングテーブルに腰を掛けてノートを目の前に置く。本物なのだろうか。そればかりが気になる。見た目は本当に普通の大学ノート。誰かが自分の夢を書くために作った、だたのノートなのかもしれない。でも、もし本物であれば私は何を未来に望むのだろうか。結婚する前は将来叶えたいの夢なんて沢山あったのに、自分の未来をここで決めなさいと突きつけられると、どうしていいのか分からない。今は最愛の夫と娘がいるだけで満足している。細かいことを言えば、苛々することもあるけれどそんなものは二人さえ元気でいてくれれば大した問題ではない。他に私が望む夢とはいったい何だろうと、立て肘で頭をもたれ目を瞑り考える。


「ただいまー」


 玄関口で大きな声とともにドタドタとした足音が響く。娘が学校から帰って来たのだ。私は顔を上げ、駆け込んで来た娘の顔を見る。少し生意気になってきたけれど、明日、五月三十日で七歳になる小学二年生の愛娘。


「おかえり」

「ママ、おやつ何?」


 学校から帰ってくると、ランドセルを部屋に放り投げた娘が必ず言う言葉。おやつを強請ねだらないようになるのはもう少し先かな。そんなことを考えながら娘を微笑ほほえましく見る。


「冷蔵庫にゼリーが入ってるから、それを食べていいわ」


 娘は冷蔵庫からゼリーを取り出し、私の前に座り食べ始める。一心不乱にゼリーを食べる娘を見て、おやつに夢中になるようではまだまだ先の話だろうなと思った。


「今日もハルナちゃんと遊ぶの?」

「うん」

「車には気をつけるのよ」

「うん。わかってる」


 本当にわかっているのだろうか。そんな会話をしたのも束の間、娘はあっと言う間にゼリーを平らげ遊びにいってしまった。


 夕食の準備を始めようと台所に立ったとき、家の電話がけたたましく鳴った。外は赤みを増した空になっていて、もうすぐ娘も帰って来る時間。鳴りやまない電話を急いで受け、私は支える力をなくしてその場に崩れ落ちた。娘が遊んでいる所へ車が突っ込んで事故にあったと、警察からの知らせだった。

 着の身着のままで病院に駆け付けたが、時すでに遅く娘は変わり果てた姿となっていた。子供のように大きな声を出し泣き喚いた。ずっと――ずっと。


 どれくらい時間が経ったのだろうか。看護婦になだめられながら廊下の長椅子に腰を下ろした。泣き叫びはしないものの、項垂うなだれてどこを見ているのか分からない視線を白い床へと落として放心している。ふと、あることを思い出した。


‶未来ノート″


 考えることを許さなかった私の脳細胞が、そのフレーズを叩き出す。あのノートに書けば娘は死なないかもしれない。居ても立ってもいられず急いで家に駆け戻り、息を切らせながら玄関を開く。ダイニングテーブルの上を見ると、木目のテーブルに自分が置いたときのままの状態であのノートがあった。私は電話の横に立てられたボールペンを握り締め書いた。書き続けた。何度も、何度も。


「一生、元気な娘と一緒にいられますように」と。

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