Beloved daughter

本栖川かおる

【第一幕】- Encounter -

 夕飯の食材を買いに行く途中、店先に可愛らしい植木鉢が並べてあるのが目に入って来た。いつもは素通りするだけの昔からある骨董屋さんで、面白い物が売っているのは知っていたけど骨董などには興味もなく前を通りながら中を覗く程度が関の山だった。私は、乗っていた自転車を店先に停めて、表に出ていたその鉢を手に取って眺めた。


「気に入りましたかな」


 品出しをしに出てきた、八十代くらいの優しそうな店主。


「あ、そうですね。可愛いなと思って」

「少し変わった鉢が手に入りましてな、中にもう少しありますから良かったら」


 少し前に割ってしまった鉢の代わりを探していた私は、何か安くて良いものがあればと店主に勧められ店内に入った。大きな置物から茶器や掛け軸、昔の玩具まで置いてある。いったいどれほどの数があるのだろうと店の中をぐるりと見回す。

 少し奥まった所に置かれた記念コインが並べられたガラスケースの前を通ったときに、上に置いてあった一冊のノートを見つけ手に取った。パラパラと頁を捲るが何も書かれていない。


「それが気になりますかな」


 店主が後ろで手を組んで近寄ってきた。


「いえ、なぜノートが骨董屋さんにあるのかと思って」


 特に変わったところなど無いごく普通の大学ノート。表紙にマジックで使用目的というかタイトルみたいなものが書いてあって、まじまじと見ていた私に「表紙に書かれた言葉が何を意味するのか」と店主が言った。そう、表紙に書かれた言葉がとても気になった。何を書こうとしてこのタイトルをつけたのかを考えてしまう衝動に駆られてしまったのだ。


‶未来ノート″


 黒の太いマジックで、決して上手いとは言えない字で書かれていたそれは、水色の表紙に、中の罫線の幅が分かるよう同じ幅の線が数本引かれたデザイン。文房具屋に行けばすぐにでも手に入る極々普通のノート。


「中には何も書いていないし、何を書こうとしたのかな」


 店主は丸いレンズの眼鏡からこぼれる優しいまなこで、微笑みながらゆっくりと語ってくれた。


 店主の話では、将来こうなりたいとかこうであって欲しいとノートに書けば、その願いが叶うノートらしい。とても信じられる話ではなかった。


「このノートお使いになったのですか?」


 話が本当であれば、これを手にした人は必ず使いたくなると思ったからだ。こんな寂れた――と言っては失礼かもしれないが、小奇麗で立派な骨董屋にすることだって出来たはずなのだ。それが、薄暗く少しカビ臭い店舗のままなのだから、ノートの話だって疑わしい。


「わしゃもうこの歳じゃで。妻にも先立たれ子供もおらん。あとはのんびりと過ごせればそれでええ。だからそのノートは意味があまりないんじゃよ」

「そうなんですか……」


 やはり、何の変哲もない大学ノートに未来を作る力などあるはずはない。予想通りの答えが返って来てそう思いはしたものの、何故か落胆した自分がいる。私はこれで何かをしたかったのだろうか。


「それを持っていきなされ」


 手に持っていたノートを元の場所へ置こうとしたとき、思いもしなかった店主の言葉に耳を疑った。


「本当に貰っていいんですか?」

「本物かどうかワシには分からんが、ここで埋もれているよりはお嬢さんに使ってもらった方がノートも幸せじゃろうて」


 これが『未来ノート』との出会いだった。

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