第5話 反感
そんな優しくて女性らしい名前をもつその少女は、その名とは正反対の容姿をしていた。
髪を短くカットして、言葉遣いもごくボーイッシュ。女子用の制服を着ていなければ、彼女はぱっと見、ほんとうに細身の少年のようにしか見えなかった。
背も高く、すらりとしていて、その年には似合わない知的な雰囲気まであわせ持っている。かといって少しも冷たいような感じはなくて、さばさばした男の子っぽいしゃべり口調がとても自然体で似合って見えた。
実を言えば、あやは一年生のときから彼女の存在は知っていた。
その頃、クラスメートのみならず、ほかのクラスの女子までがその少女をすぐに気に入ったらしいのが、あやには本能的にすぐに分かった。でも、友達としてというよりは、それはなんだか「崇拝する」とでも言ったほうが近いような、そう、ちょうどそういう年頃の女の子たちにはありがちな擬似恋愛と呼ばれる感情であるように思われた。
実際、あのバレンタインデーにもなれば、美優はそこいらの男子が涎をたらさんばかりに欲しがっている女の子たちからのチョコレートを、手提げ袋にいっぱいになるほどに受け取っていた。しかも、喜ぶというよりはちょっと困ったような顔で。
そんな状況だというのに、美優は特に何かを気負う風もなかった。それどころか、クラスの女子たちのどのグループにも所属するつもりはないようで、いつもごく
ときどき、誰ともしゃべらないで一人で本など読んでいるようなこともあったが、そういう時でも美優はそんな「ひとりの自分」というものがまったく苦痛ではなさそうなのだった。いや、むしろひとりを楽しんでいるようにさえ見えた。そして、そんな姿がやけに似合った。
彼女を大好きだと言う子はたくさんいたが、「大嫌い」と言う子はあやの周りにはほとんどいなかった。
そういう彼女の姿はあやにとって、身近にいる大嫌いな女、あの優等生づらをした女を
自分から欲しがって、擦り寄っていくような素振りはひとつも見せないくせに。
この自分がどんなに努力しても手には入れられないものを、こいつらは相手にひとつの媚も売らないまま、何の苦もなくいつでもするっと手に入れてしまう。だというのに、せっかく手に入れたそれを、たいして大事だとも思っていない様子なのだ。
彼女たちの周りには、いつも優しい空気がある。こちらから求めるまでもなく、むこうから「友達になりたい」と思ってくれる人たちが沢山いる。
そう、自分とは正反対に。
あやは、どんなに努力しただろう。
あの姉よりも、もっともっと沢山の友達が欲しくて、小学校でも、中学校でも、みんなが好きなアイドルの出る歌番組だとか、
みんなの好みに話題をそろえて、周りの子の反応を必死に観察して、言葉を選んで。
……それなのに。
気がつけばいつも、一学期の終わりにはどのグループにも所属していない自分に気がつく。
自分は、こんなにも努力しているのに。
少しぐらい性格の悪い子に対しても、にこにこ笑って不快な感情なんて微塵も見せないようにして。話題を選んで、相手の顔色をうかがって。
毎日毎日、心をすり減らして、こんなにも努力しているというのに。
(いらいらする。いらいらする。いらいらする――)
他の子たちと同じように、何の気なしに話しかければ、美優は他の子に対するのと同じようにあやに返事をし、会話をしてくれた。
そうこうするうち、あやは彼女の趣味について知ることになったのだ。
彼女は小説を書いたり、絵を描いたりすることが好きな少女だった。
熱心に何度もお願いして、やっとのことで少しだけ見せて貰ったそれは、中学生がかくものとしては随分とレベルの高いものに見えた。
「わあ、うまいね。すごいなあ」
「こんなに上手に書ける子、いままで見たことない」
「すごい才能だよね、ゆの!」
「どうやったらこんなに上手く描けるの? 教えてよ」
「ゆのならすぐ、プロになれるよ! 今のうちにサインもらっとこうかなあ」
そんな心にもないことを言いながら、あやは心の底にまた、ぐらぐらとあの覚えのある黒い溶岩がふきだしてくるのを止められなかった。
(いらいらする。いらいらする。いらいら、する……!)
美優は、ほかのみんなに対するのと同じようにあやとも仲良く話をしてくれたけれども、ある一定以上の距離から内には、決して入ってこなかった。まるでそこに、目に見えない柵があるかのようだった。
そればかりか、あやがこんなに一生懸命、その才能を褒めてあげているにも関わらず、美優はさほど嬉しそうな顔もしなかった。それどころか、ときどき、ちょっと困ったような笑顔を見せるようなことさえあった。
あやも少しでも彼女との話のタネにしようと見よう見まねでマンガを描いてみたりして彼女に見せたこともあったのだけれど、「あ、すごいじゃない。がんばったね」と彼女は笑って、でも、ただそれだけだった。少なくとも、あやが欲しいと思うほどの賞賛の言葉などはくれなかった。
当然だ。彼女は自分なんかより、ずっとうまく絵が描ける。そんな人から素晴らしい賞賛の言葉が聞けるとまでは、さすがにあやだって思ってはいなかった。でも、ここまでしてあげている友達なんだから、もっともっと、あやを大事にして、感謝して、特別な友達にしてくれてもよさそうなものではないか。
それなのに、美優の態度はやっぱり、クラスのほかの子に対するものとなんら変わりはないのだった。
そうこうするうち、あやは三年生になり、受験で忙しくなるとともに美優と話す機会も少なくなってしまった。そしてあっというまに卒業を迎えた。
その少し前から、美優は明らかにあやとの距離を置くようになっていた。休み時間、話をしようと彼女の席に近づく前から、彼女はさりげなく立ち上がって、教室の外へ行ってしまうことが増えていた。当然、互いの連絡先や住所なんかを交換する機会もなかった。
そうして、卒業を機に、本当に連絡をとりあうことは絶えてしまったのだ。
(あんなに、付き合ってあげたのに)
教室でひとりでいることも多かった美優にとって、普段からあれやこれやと話をしてあげていたのは自分だけだったはずだった。美優だって自分と同じで、結局はクラスのどのグループにも所属していなかったのだから。
だから自分が、彼女の趣味に合わせてあげて、こんなに話をして付き合ってあげていたのではないか。
そんな友達を、まるで不要物でも扱うみたいにして、こんなに簡単に切り捨てるなんて――。
(……許さない。)
――だから。
今回のことは、必然だったのだ。
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