第4話 連鎖


 そこから一週間ほどして、しのりんも田舎からこちらへ戻った。

 足の怪我は完治するのに一ヶ月はかかるとのことだったけれど、松葉杖をついて外出するぐらいは大丈夫になったらしい。


「で、どうなの? SNSとかの方は」

『あ、うん……。だいぶ、マシになってきてるよ。ありがとう』


 僕としのりんは、相変わらず電話やLINEでしょっちゅう話をしている。

 ご家族はまだ心配しているようだったけど、しのりんに対するネットを介した暴言については少しずつ沈静化の方向へ向かっているようだった。それを聞いて、僕は少し胸をなでおろした。


「そうか……。よかった。茅野の言ったとおりだったね」

『あ、うん……。さすがだなあって、ほんと感心するよ……』


 しのりんの声が、少し恥ずかしそうに揺れたみたいだった。

 はともかく、周囲で面白がって囃し立てる手合いっていうのは、新たな「燃料」が投下されない限り、すぐに興味をうしなって別の「ターゲット」を探し始めるものだ。あのとき茅野の言ったとおり、結局は「泡を食ってガタガタ騒がない」のが一番なのかもしれない。

 とはいえ、二学期からのあっちの高校の奴らの動向については、慎重に見極めて対処していく必要があるだろう。


『あ。それとね、ゆのぽん……ちょっといいかな』


 そう言って、しのりんがちょっと電話を他の人に代わって、僕は驚いた。


『あ、……あの。ゆのぽ……柚木ゆのきさん』

「え……真響まゆらちゃん? どうしたの」

 僕が面食らっていると、真響ちゃんはさんざん迷った挙げ句といった感じで、やっとこう言った。

『あのっ……。あの時は……ごめんなさい』

「え……」

『だから、あの……。あたし、柚木さんにひどいこと言っちゃったから』

「あ、ああ……」


 もしかして、これはしのりんに何か言われたんだろうか。

 ちょっとふくれっ面になっているのが声からだけでも十分にうかがい知れたけれど、でも一応それは、ちゃんとした謝罪の言葉だった。もしかしたらお父さんからも、僕や茅野がしのりんの捜索に参加して山に入ったときの様子なんかを聞いたのかもしれない。


「いや、いいんだよ。真響ちゃんは何も、変なこと言ったわけじゃなかったし。学校での噂が気になるのなんて当たり前だし。なにより、全部、しのりんを心配して言ったことでしょう? 僕は気にしてないから」

『う、うん……。ごめんなさい。ありがとう……』


 僕は戸惑ったような真響ちゃんの声を聞いて、「ああ、この子は本当にしのりんお兄ちゃんが大好きで心配なだけなんだな」と思った。二学期から、彼女の通う中学校の生徒たちがどういう行動に出るかについては不安要素も多いけれども、とりあえず今は無事だったしのりんのことを喜んで、ひと安心したというところなのだろう。


 なにより、ご両親が事態をご存知であるというのは心強い。いじめっていうのはたいていの場合、子どもが親に心配を掛けまいとして黙り込んでしまうからこそ実情が見えにくくなるものだからだ。

 そうして大人の目から隠されている間に、加害者はどんどん攻撃の程度をエスカレートさせてゆく。精神的に子どもで、集団になることで変に気の大きくなった加害者たちは、すぐにそういう歯止めが効かなくなって暴虐の限りを尽くしはじめるものなのだ。


 茅野があのとき言ったことは、真実なんだろうと思う。

 加害者になる者たちは、決して強いからそうするんじゃない。むしろ非常に、弱い奴らなんだって。

 そいつらはそいつらなりに、どこかで自分を虐げている何ものかによって「お前は弱者だ」と刷り込まれ、虐待された経験を持っているはずなんだ。でも、それを素直には認めたくない。むしろ、意識的にせよ無意識的にせよ「認めたら終わりだ」とかなんとかと思い込んでいる。

 そうして、それを認めたくないから、自分よりも弱いもの、またはうっかり弱みを見せた者をターゲットにして攻撃をせずにいられなくなる。自分の「強さ」を確認せずにはいられなくなる。だから、いじめっこは元いじめられっこであることが多いのだろう。


 嗜虐の連鎖が、ぐるぐると子どもたちの間を巡っている。

 ……果てしもなく。

 それは被害者である子にとって、どこにも出口の見えない、ただただ真っ黒なねばついた地獄だ。

 そこで虐げられた子どもたちは、緩慢に絞め殺されてゆくしかない。

 死んだような諦めた目をして、食卓で笑っている両親に向かって仮面の笑顔をつくりながらだ。


(ともかく――)


 真響ちゃんに関しては、まずはご両親にお任せしよう。そういうことで、僕らの意見は一致している。

 最初からご両親がその可能性を考えて心積もりをしてくださるのであれば、真響ちゃんだって相談をしやすいはず。

 ご両親は、高校にも中学校にも、この件についてきちんと話をしにいくつもりだともおっしゃっていた。こういう場合、保護者側からのそういう援護はとても重要なことだ。中には教師と名のつく人にも、しのりんのような人に対してひどい偏見を持った人だっているんだしね。

 そして、そういう教師が言うことは同じ。

 要は、「君にだって、どこかしら悪いところがあるんじゃないのかな」っていうあれだ。つまり、「君だってみんなに溶け込めるように、もっと努力してみなくちゃね」という、無情な現実を無視した無意味な「説得」。相手はもしかしたらもう、あとひと押しでもされたら自分の命を絶つしかない子どもかもしれないというのに。

 そんな残酷なことがあるだろうか。


 教師だって人間だろうし、ただでさえ過重労働だって言われるほどきつい仕事だっていうのは、報道なんかで僕も知っている。だから「これ以上自分の仕事を増やされたくない」「できればなかった事、見なかった事にしたい」っていうのも、人情としては分からなくもない。臭いものにふた、というやつだ。

 でも、ことは人の命に直接関わっている。「見ないふり」「知らないふり」だけは、やっぱり絶対にして欲しくないと思う。しのりんや、真響ちゃんのことに限らずに。


 ともかくも、そうやってしのりんのご両親が学校の中で味方になってくれる人を探してくれるのは有難い。あまりおおっぴらにやってしまうとかえって周りの生徒の反感を買うだろうけど、そこはなんとか先生たちにもうまく立ち回って欲しいと思った。


 ちなみに、僕自身は、そんなに心配はしていなかった。

 なぜなら、真響ちゃんにはあの素敵なご両親がいる。

 もちろん人である以上、万能であるはずなんてないけれど。それでもきちんとした愛情に裏打ちされた、子どもを真実、心から守ってやりたいという願いを持ったご両親が、しのりんと真響ちゃんにはいるんだから。


 ……そう、僕とはちがってね。


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