第4話 告白


 そうして僕は、はじめて「彼女」の本当の秘密を知った。


「ごめんね、だますような事して」


 最初、しのりんはただひたすらそんなことばかり言ってうつむいていた。その目からぽろぽろこぼれだしたものを見て、僕は心底あせった。

 なんだか僕の方が、か弱い女の子を泣かせてるすごく悪い男になったみたいな気がした。


「ほんと、そんなつもりじゃなかった。……でも、つい、あんまりおしゃべりするのが楽しかったから――」


 しのりんは今まで、イベントで隣あった人たちとそれなりに仲良くしてはいたけれど、そこまで親しくなることはなかったんだそうだ。

 この重大な秘密のことがあるからっていうのも勿論だけど、学生の身分ではあまり帰りが遅くなるわけにもいかないし、みんなそもそも来ている方向がまるで違っていたりして、こんなところまで一緒に帰ることはまずなかったから。

 でも、そういうことを抜きにしても、彼女がここまで一人の相手とずっとしゃべり続けるぐらいに仲良くなったことはなかったんだと。


 そりゃそうだ。

 ただでさえ、「腐」だっていうだけで友達は相当に限定されてしまうのに、彼女にはこんな個人的な秘密まである。そんなに簡単にだれとでもお友達になんて、望んですぐにかなうような夢じゃないんだ。

 目の前でまだ半分べそをかいているしのりんを見ながら、僕はちょっとため息をつきたくなった。

 最初のうちこそびっくりしたし、「嘘をつかれてたのか」なんてショックもがっかりした気分も確かにあったけれど、頭が冷えてきたらもう、ただしのりんがかわいそうだって気持ちだけしか残ってはいなかったから。

 それで、ちょっと不審げな目でこちらをうかがいながらショッピングモールの通路を行く人たちから、自分の体でしのりんを隠すようにしながら言った。


「泣かないでよ……しのりん。大丈夫。僕、なんとなーく、わかってたと思うし」

「え……?」


 しのりんがびっくりしたように顔を上げた。

 大きくて色味の薄い瞳が涙にけむっていて、なんだかとんでもなく綺麗だった。

 泣いてても、男の子の格好でも、やっぱりしのりんは可愛いなんて、僕はバカなことをぼんやり思った。


「ほ、ほんと……?」

「うん。あ、別に、しのりんに女の子の格好が似合ってないとか、変だとか言ってるんじゃないからね? とっても似合ってるし、可愛かったよ。ほんとだよ?」

「……そ、そう……」


 なんとなくしのりんは赤くなって、それからしばらく、ぷつりと黙った。

 僕はその沈黙になんだか居心地の悪いものを感じて、ちょっと頭をかいた。


「あの……さ、しのりん」

 次の台詞を言うのは、だから、かなり勇気を奮い起こす必要があった。

「これで、僕たち……もう友達になれない、なんてこと……ないよね?」

「え……?」

 しのりんが、またびっくりした目でこちらを見上げた。

 その目が明らかに「信じられない」と言っていて、僕はちょっとむっとした。

「ちょっとちょっと。せっかく仲良くなれたのに、これでサヨナラとか、僕、いやだからね? なんでそんなことにならなきゃなんないの。まったくもう……」

「だ、だって……ゆのぽん」

「黙って」

 僕は片手をあげて、しのりんの言葉をさえぎった。


「ねえ。しのりんだって、うすうすは分かってるんでしょ? 僕だって、ほんとは男じゃないくせにわざわざこんな格好してるような奴なんだよ? それなりに、色々あるんだろうなってことはさ――」

「え……と。うん。それは……」

 しのりんは、なにかもう困りきったような顔になって、ほんの少しうなずいた。でもすぐ、はっとしたみたいにこっちを見た。

「ご、ごめんね……」

「もう、謝らないでったら。そりゃ、僕のは多分、しのりんのとは似てるように見えても全然違うことなんだとは思うけど。でも、少なくとも、ここで『じゃあ友達にはなれないね』って言わずに済むぐらいのものではある、と思うんだけど。……ちがう?」

「…………」


 しのりんがまた沈黙してしまう。

 僕は、自分が純情な女の子をあれやこれや言いくるめていいようにしようとしてる悪い男になっちゃったような気分になってきて、鳩尾みぞおちのあたりがもわもわした。


「ああっ、もう! だから。スマホ、出して?」

「ええっ……?」


 そうして、目を白黒させているしのりんをせかして、僕は彼女にスマホを出させ、ほとんど強引に僕の連絡先をそこに入れてしまったのだった。しのりんは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、彼女の連絡先を僕のスマホにも入れてくれた。

 その日はもう夜も遅くなりかかっていたので、僕としのりんは大した話もせずに別れた。


 家に帰って、僕はすぐ、彼女にメールを入れた。

 だって彼女のほうからは、やっぱり色々考えて連絡をくれないだろうと思ったから。

 こういうのは、時間を置けばおくほど変なことを考えちゃって動けなくなっていくものだ。僕はそう思ったから、もう本当に、家に帰って自分の部屋に入るやいなや、彼女のアドレスにメールをしたのだ。


 しのりんはすぐに返事をくれて、そこからはもう、元通りに楽しく腐った話に花がさいた。それからは、すぐにもう今のように電話やメールやラインなんかで創作の話、好きなジャンルやカップリングの話を毎日のようにするようになった。


 それから僕としのりんの、ほんとの「友情」が始まったのだ。


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