十月十日

赤ちゃんが母親のお腹の中にいるのは昔から十月十日とよばれているが詳しくはわからない。しかし桜子さんのお腹が日々大きくなるのは子供が成長している何よりの証であった。


その日僕は東京にある病院にいた。病院には桜子さんの両親と僕の両親がいる。

僕の父と桜子さんの父は犬猿の仲だ、今日も顔を合わすたびに犬のように唸っていたが母と洋子母が黙らせた。


兄夫婦は三河屋にいて知らせを待っていた。


桜子さんの予定日が迫っていたので今までたまっていた有給を全部消化して東京に戻ってきた。

「田代さん、これ」といって岩倉ちさとが「お守りの束」を渡してくれた。

「みんなで手分けしてお参りしてきました。きっといい子が生まれますよ」

「あ、ありがとう」僕は涙が出てきた。

僕は会社の帰りにそのまま東京に向かった。


「桜子さんリンゴでもたべる?」

「むいてくれるの?」

「ええよろこんで」といって僕は果物ナイフを使ってリンゴの皮をむく。

「相変わらず器用なのね」と桜子さんは微笑む。

「エンジニアですから。。。いちおー」

リンゴの皮が途中で切れてしまった。

「あー」と僕は声をあげる。

「どうしたの?」桜子さんはびっくりしている。

「い、いや、もしこの皮が切れなかったら男の子だとおもって。。。」

「残念でした。もう女の子は確定です」

「そっか」といって僕はリンゴの種を除いて桜子さんの前に持っていく。

「いただきます」


その夜実家に帰ったら母から電話があった。

「翔太。桜子さん産まれるって、は、はやくきなさい」


僕は急いで病院に向かった。

タクシーの運ちゃんに行き先をいうと、

「ひょっとして奥さん出産ですか?」といってきた

「ええ、今頑張っているんです」

そう答えると運ちゃんは

「わかりました、本当は使いたくねぇんだが。。」といって赤信号の時に革のグローブをした。

「ダンナ、よっくつかまっててくださいよ」

そういうとエンジンをふかす。

「え???」

といって青信号に変わると猛スピードでタクシーは出発した。

「ひゃ~~」と僕は悲鳴を出す。



悲鳴を出した僕の苦労が実ったのか病院に着いたのは普段の半分の時間だった。


ふらふらになって病院の入り口に向かうと看護婦さんに「どうかしましたか?お名前は言えますか?」と病人に間違われてしまった。



「早かったわね。」母のさなこが話しかけた。

「桜子さんは?」

「10分前に入ったところよ」


ふと見ると桜子さんの父辰治と僕の父祐司が一緒に「南無阿弥陀仏。何妙法蓮華経。。」といろいろな神様に安産を一緒に願っているようだ。


「キモッ」と内心では思ったが無視して椅子に座った。


それから一時間ほど経っただろうか。深夜でましてや東京まで帰ってきたためうとうとしていると「おぎゃ~~~」という元気な声が聞こえてきた。


「え??あかちゃん」

僕は目を覚ましたらちょうど看護婦さんが家族に「可愛い女の子ですよ」といっていた。


いそいで桜子さんのもとに行くとさすがに疲れているようだった。

「ありがとうね」僕は桜子さんに伝えた。

「どういたしまして」と桜子さんは汗をかいていた。

僕はタオルで彼女の顔を拭いた。


「よかった、赤ちゃんも桜子さんも無事で。。。」

僕の頬に涙が伝う。


僕の母と桜子さんの母は「孫、孫、孫」と手を取り合って謎のダンスを始める。


桜子さんの父と僕の父はガラス越しにみえる赤ちゃんを見ながら「俺にそっくりだな、目元のとこなんか」「なにお。おれのほうがそっくりでぇ」と言い合っていた。



十月十日桜子さんのお腹にいた我が子。桜子さんと僕の子供。。これが可愛くないはずがない。目に入れてもいたくないぞ。


「よし、将来は女子プロ野球選手だ、」と僕はつぶやき紙袋の中のグローブを見つめていた。


                完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「愛妻家」ですがなにか? 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る