喧嘩

「う~~~~」僕は唸っている。ここ三日設計のスケジュールが詰まっていて家に帰っていない。会社に泊まってインスタントラーメン生活を送っている。

「みんな、差し入れだ」とぶちょーが総菜屋さんのコロッケや唐揚げを持ってきた。

「あと1日、今日を乗り越えればひと段落付くからがんばろうね」

「はーい」高倉はまだ若いせいか元気だ。

部長が席に着くと僕は机をドンとたたいたてぶちょーの席に向かった。


「ど、どうしたの?田代君」

「ぶちょー、依頼先の担当者。。。。やってもいいですか?」


「え?やるって何を?」

「だって一週間も締め切りを前倒しするなんて、、、」

「それを何とかするのがエンジニアとしての君の仕事でしょ?」

「それを断るのがぶちょーの仕事です」

「まあ、そうなんだけどね。。。」

「おかげで僕は愛する桜子さんと一年あっていないんですよ」

「三日だよね。一年監禁ってマグロ漁船じゃないんだから。。」

「うちってブラック企業ですよね」

「上司の前でその言葉いっちゃう?ってか3日帰れないときなんてめったにないから」

「とりあえず、やってもいいですか?」

「だから今日我慢したらみんな休んでいいから、一週間お休みあげるから」


「やった~~」ぶちょーの言葉にみんな歓喜の声をあげた。

「わかりました」

「そう、わかってくれたんだ。よかった。」


僕は席に戻るとキーボードに手をかけ「鬼」の速さで打ちまくった。


その日の昼「ドラゴン高橋」いや、高橋竜馬が社員食堂でうどん定食を食べているとき「田代さん」の噂で持ち切りだった。

「おいおい、あの田代さんが「覚醒」したって聞いたか?」

「え、ほんとかよ。俺が入社して以来みたことないけどな、見にいてみるか?」


午後の設計部は野次馬が出来ていた。

確かにいつもの「上司をいじめる」田代さんではなく、おそろしく鋭い目をした田代さんがいた。

データを追う目がすさまじく速い。

データを確認するとすぐにパソコンのデータと確認して設計図を打ち込んでいく。

寸分の狂いもなく設計作業が終わっていく。

これには新入社員のちさとや竜馬は驚いた。

自分たちの足元にも及ばないスピードで作業を終わらせていく。

並行してほかの人のチェックも行っていく。


「おぉ」と田代さんの一挙手一投足に歓声が流れる。

午後3時半には最終チェックが始まり、4時ちょうどにはすべての作業が終了した。

「部長確認終わりました。問題ありません」と高橋が報告した。

「おぉおー」とギャラリーがうなりいつの間にか拍手が聞こえてきた。


「ちょっと君たち。仕事はどうしたの?うちの会社ってこんなに暇なの」ぶちょーがギャラリーに説教すると「バンッ」机をたたく音が聞こえる。


「ぶちょー、お先に失礼します。」

「はい、おつかれさま。みんなも帰っていいよ。明日から1週間休み取ってあるからゆっくりしてね」

僕はそういって会社を出た。


「なぁ。岩倉。田代さんってすげーよな。あんなの神ってるぜ」高橋は同期のちさとに話しかけた。

「えぇ、つくづく自分が役立たずだという事がわかりましたよ」

「いやいや、あの人がすげぇんだって」

「ところで明日からの一週間どうする?」

「実家に帰りますよ。もうくたくたです」

「岩倉実家どこだっけ?」

「神奈川です」

「へぇ~、かっこいいな。ところでさ、お前彼氏とかいんの?」

「え???なんですか???」ちさとの頬が真っ赤になる。

「い、いませんよ。」


「はい、新入社員のお二人さん。早く帰ってくれないかな?あたしこの後飲みに行きたいんだけど。。。」間に入ったのは高木愛だ。


「は、はい」ふたりして声をあげた。

「はい、結構結構。さて今夜は日本酒か?」といって高木は更衣室に向かった。


僕は自宅に向かって電車に乗っていた。

「明日から一週間休みをもらったよ」とメッセージを桜子さんに送っていた。

「ごめんねぇ。翔君。なんか風邪ひいちゃって。。。」と返信が帰ってきたのは自宅の前だった。

「な、なぬぅ~~」

ドンッとドアを開けると奥で「コホン」と小さく席の音が聞こえた。

「桜子さ~~ん」と僕は靴を脱いで寝室に急いだ。

「お、おかえりなさい」

「だ、大丈夫?熱は?病院にはいった?」

「大丈夫よ。ただの風邪。寝てれば治るわ」

「ちょっとまって」

といって僕は冷凍庫から氷をたらいに入れて蛇口をひねって水を出した。

キンキンに冷えた氷水の中にタオルをつけて絞って桜子さんの額に乗っける。

「つめたいっ」と桜子さんは言ったがやがて気持ちよさそうな顔になった。

「ごめんねぇ。せっかくお休みとれたのに。。。」

「気にしないでよ。ところで何か食べた?」

「食欲がないのよ。。」

「だめだよ。食べなきゃ。。」

そう言って僕はキッチンに向かった。

幸い炊飯器にご飯が残っていたため、そのごはんに水とスープの素を入れて煮る。

そしてご飯粒が柔らかくなったら、生卵をいれてふたをして蒸す。

「できたよ」といって桜子さんのもとにもっていく。


ふわ~~と湯気が立ちおかゆが出来上がる。

「おいしそう」と桜子さんの一言で僕は笑顔になる。

「ふーふー」と僕はおかゆを冷ます。桜子さんは猫舌なのだ。

スプーンを口に持っていき桜子さんの口に入る。


「おいしい。」と桜子さんは微笑む。。

その一口がおいしかったのか桜子さんはおかゆを全部食べてしまった。


「あーおいしかった」

「ところで明日病院いこ。念のために」

「ただの風邪だってば」

「念のため」

そういって桜子さんを布団に寝かせ洗い物を片付ける。



そして翌日、僕は桜子さんを車に乗せて病院に向かった。

桜子さんを乗せるときはいつも安全運転だ。40キロ以上は出さない。

「ブブーッ」と聞こえるがガン無視だ。

20分かけて総合病院に着いた。


病院では受付をすべて僕がやった。

「今日はどうなさいました?」

「僕の、奥さんが、、風邪っぽいんです」

「か、風邪?」

「ええ、熱は下がりましたが食欲があまりなくって・・・」

「わかりました。少々お待ちください」


そういって僕は桜子さんと待合室の椅子に座った。

総合病院は待ち時間が長い、その間僕は黙っていた。一応エコーやレントゲンを受ける時一緒に入ろうとして止められた。

やがて内科の順番が来た。

「翔くんはここで待ってて。私子供じゃないんだから」

そういって桜子さんは受診室に入っていった。


足が貧乏ゆすりをしている。と、止まらない。心臓がどきどきする。。。

あーどうしていいんだろう・・・


やがて20分が経過した。。。

「な。長い」

「どうしたんだろう?」ひょっとして重病か???死んじゃうのか?

そう考えると涙が流れてくる。


「あ、田代さんの旦那さんですね」と看護婦さんが呼んだ。

「え、ええ」

「先生が旦那さんにも来るようにとのことですんで、どうぞ」と看護婦さんがカーテンを開ける。


「しょ、翔君」桜子さんの声はか細い。

「旦那さんですか?まあお座りください」医者は深刻な顔をしていた。

僕は医者に土下座をし

「先生、どんなにお金がかかってもいいですから桜子さんの病気を治してください」と大きな声で言った。

「ぷっ」と看護婦さんが笑う。

「いえ、旦那さん、奥さんは病気じゃありませんよ。」

「え??」

「おめでたです。おめでとうございます」

「え??」

僕は桜子さんの顔を見た。

「赤ちゃん、、できたみたいなの」

「え。え~~~~~」

「まだ、4か月ほどですが元気に成長しています。」

僕は泣いていた、

「家族が増えるね」と桜子さんが僕に言った。

「う、、うん」


このうれしい出来事があって休暇の1週間は遠出をすることなく近くの公園を桜子さんのお弁当を持って出かけたりした。

時折桜子さんのお中に手を当てて命を感じていた。

最高に幸せな時間だった、、、、


あっという間に休暇が終わって一週間ぶりに会社に行った。

「どんっ」雑にカバンを机の上に置いた。

「ど、どうしたの?田代君」ぶちょーがびっくりしている。

「ちょっと奥さんと喧嘩しまして。。。」

「え、喧嘩?よくないよ、君浮気でもしたの?」

「しません、」とぶちょーをにらんだ。

「ま、そ、それは冗談として。。。何があったのか上司に話してみなさいよ」

「あくまでプライベートなんでぶちょーみたいな他人が入ってきてほしくないんで。。。。」

「つ、つめたいね、君って悟り世代だっけ?」

とりあえず、休暇の出来事を話す。

「おめでとうございます、田代さん」とちさとは声をあげた。

「よかったじゃないの、田代君。で、なんで、喧嘩したんだね?」

「実は、、、、」

「う、うん」皆息をのむ。

「桜子さんは絶対に女の子がいいっていうんですよ、でも僕はキャッチボールがしたいから男の子がいいって言って今朝喧嘩に。。。」


一同ドン引き、、、、

「たったそれだけかね?」

「ええ。それだけです。」


「あ、ドラゴン高橋君、クライアントとの面談の日っていつだっけ?」

「ぶちょー、ドラゴンはやめてくださいよ、」

「明日の午後一時からです、資料はここに」と高木愛が雑にぶちょーの机の上に置く。


しばらくして、桜子さんからメールが来た。画像が添付されていてエコーの写真があった。

「翔君、女の子だって、まだはっきりはわからないんだけど、、、」という文面があった、

「女の子かぁ。ぬいぐるみ買って帰ろう。」と僕が言うと、皆あきれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る