掃き溜めの娯楽ショー

飛騨群青

第1話 2017/06/06 10:06 曇り

 僕は無職だったので、真昼間からボロアパートの部屋の中でゴロゴロしていた。飲んだくれになりたい。そう思ってはいても先立つものが僕にはない。仕方なく僕はひたすら寝ていた。寝てばかりいると、飯も食いたくなくなるし、喉が渇かない。これは穏やかな自殺だ。このまま即身仏になるのも悪くはないだろう。30秒前まではそんなことを考えていた。


 近所から女の叫び声がして、僕は飛び起きた。

「このろくでなし、ぶっ殺してやる」

 なんて力強いありきたりな宣言だ。やっちまえリエコ(仮)、刺せ、殺せ。何でもいいから僕を楽しませろ。

 僕は光より早く部屋を飛び出したが、101号室のドアの前には、既に人だかりができていた。僕は顔見知りの前歯のない爺さんに尋ねる。

 「どうしたんだ」

 「いや大きい音がしただけだ」

 本当に役に立たない野郎だ。

 「おい、女が包丁を持ち出したぞ」

 アパートの反対側から誰かが叫んでいる。人の部屋を勝手に覗くのは、いつから合法になったのか。まあいいじゃないか。今は非常時だ。それに楽しいし。

 男女の叫び声、物が倒れる音、部屋から何かが聞こえる度に、野次馬たちからどよめきが上がる。ドアから血まみれの男が飛び出してきた。なんだ死んでないじゃないか。逃げようとする男を誰かが蹴り飛ばした。男が敵に背を向けるんじゃない。堂々と戦え、それよりも、もうちょっと僕らを楽しませろ。

 返り血を浴び、両手で包丁を握りしめた女が、鬼の形相で部屋から出てきた。男にぶん殴られたのか、顔がはれていて迫力が倍増している。こいつはすごい。括約筋がしまる。

 パトカーのサイレンが聞こえた途端、野次馬たちは一斉にため息をついた。通報した無粋な輩を咎める気力もなかった。すっ飛んできた数人の警官が、血まみれの男と女に体当たりをかまし、有無を言わさず押さえつける。残念ながら祭りは終わった。

 男と女が連行される際、前歯のない爺さんが警察に邪魔だと罵らられ、かなり強く蹴られた。僕はそれを見て爆笑した。


 後で聞いたが、あの2人はまだ一緒に暮らしているらしい。爺さんは腰の骨を折って入院したが、未だに帰ってこないし、誰も気にしない。おそらく死んだんだろう。

 僕は横になって天井を見ていた。今日も特に何かする予定はない。だから、とりあえずは寝ることにした。


 

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