第21話 女王パトラ

 シスイ王国の中では、割と観光客で賑わいを見せる有名な酒場『白猫亭』

アストレアにある黒猫亭の店主がかつて、ヤンチャをしていたときの弟分が運営している店だ。店内はウッドベースの心地いい空間を提供しており、店内の端にはこの地方独特の少し背の高めの観葉植物が飾られている。


 白猫亭の隅の席に、城を追われた元女王のパトラと、彼女を慕う数名の側近たちが席を取り囲んでいた。久しぶりに顔に着けた装束を脱ぐパトラ。長く美しい黒髪を無造作に一つに束ねて、そのままおろしているだけの髪型。しかし、それが褐色の肌と絶妙のコントラストを奏でており、見るものを惹きつける。


 「パトラ様。此度のビネガーの謀反はおそらくかなり前から、計画されていたものと思われます。アストレアの一件など体のいい口実に過ぎますまい」


 「それにしても、厄介なのはビネガーに従いパトラ様に反旗を翻したものが、これほどの数いたということ。しかし、妙ですな・・」


 従者の一人が怪訝な顔を浮かべ、手元のエール酒に口をつける。パトラは従者の言うことに首をかしげる。


 「ヘミング、何が妙なのかしら?」


 「率直に言いますと、ビネガー一人にこれほどの人の心を動かす力があるかということです」


 「そいつは、俺も気になっていた。ビネガーの奴に、人々から慕われるような人徳だとか、何かに秀でたカリスマ性なんてものはねぇよな。あいつ一人でクーデターを起こすってのは、少々考えにくいぜ」


 「ああ。トールの言うとおりだ。ビネガーは悪知恵は働くかもしれねぇが、人から信頼されるようなたまじゃねぇ。第一、人徳って話なら、パトラ様は十分に兼ね備えてるしな。だが、現実に側近の兵たちまでがパトラ様を裏切った。パトラ様、おそらくビネガーの背景には、何か別の、得体のしれない、これまで従っていた兵たちまでも手のひらを返させるような存在があるかもしれません」


 パトラはビネガーの今回の謀反について、改めて考えなおす。自分に至らないところがあったから、部下たちが愛想を尽きたものという自虐の念があった。だが、事はそう単純ではないのかもしれない。


 「でも、それだったら、なんであなたたちは、今も私についてきてくれるの?」


 パトラの疑念に、ヘミングとトールの二人は顔を見合わせ、大声で笑い出す。二人の行動の意味が分からず、戸惑うパトラ。もしかして、二人もビネガーとつながっているのではないかという不安に駆られる。


 「なにが、おかしいのかしら?」


 「そりゃ、おかしいですよ。だって、俺らの主はパトラ様ただ一人なんですから」


 「そうそ。大体、パトラ様は普段は凛としてるくせに、意外と抜けてるとこあるし、思い込み激しいとこもあるし。そんなパトラ様を一人で放っておくわけないじゃありませんか」


 二人の言葉に顔を赤くするパトラ。


 「ちょ、ちょっと、私のどこが抜けてるっていうのよ」


 「だって、今もパトラ様。俺らがビネガーとつながってて、スパイでもしてるかも、なんて思ってたでしょ?ったく、俺らが何年パトラ様と付き合ってると思ってんですか。心配しなくても、俺らがパトラ様を裏切ったり、見捨てることは絶対にありません」


 「そういうこと。パトラ様は今まで通り、ビシッと俺らに指示してくれればいいんです。ビネガーの陰謀をつきとめろってね。俺らはただ金をもらってるからとか、近衛隊の地位にいるからって理由でパトラ様に従ってたわけじゃないんですよ。パトラ様が従うに値するお方だから、自分自身の意志で従ってたんです」


 ヘミングとトールは再び笑い出し、ジョッキを重ね合わせて乾杯する。パトラは赤面しながら、二人の従者を少しでも疑ってしまったことを恥じた。同時に二人のような従者がいてくれることを嬉しく思う。


 「まったく・・私もエール酒もらうわ。もう一回、乾杯するわよ」


 パトラは照れを隠すようにエール酒を飲みつくす。一通り飲み終えた後、ヘミングとトールは別行動をとって、ビネガーの秘密を暴き出すことを約束してくれた。本来ならパトラの護衛に専念するところだが、守っているだけでは道は切り開けない。こちらからも考えられる打開策を打たなくては。


 パトラは自分の身を隠して、ヘミングとトールを信じる。それまでの間、自分の実は自分で守らなければならないが、単独行動であれば、かえって自由がきいて守りやすい。三者はただ慣れ合うだけの主従関係などではない。互いが互いを信頼している仲間通しだ。パトラは自分の中にかすかな希望を抱くのを、確かに実感した。



**************************************



 「暗闇の塔ですか?そこにシルヴィアさんの手掛かりがあるということですか、クリスティさん」


 クリスティから依頼していたシルヴィアの居場所について、情報を得たと聞いて、裕也はクリスティのもとに飛んできた。アルシェとカレンが脇に控えて、紅茶と菓子を用意する。


 「確かなところは、実際に行ってみないと分からないわ。でももしかしたら、シルヴィアさんが今どこにいるのか、知っている方に会えるかもしれない」


 裕也はクリスティの発言にいまいち要領を得ない。塔にいけば、人に会えるというのはどういうことだろうか。普通なら人に会うなら、町や村に行くように指示されそうなものだ。


 「暗闇の塔に、その人が住んでいるってことでしょうか?」


 クリスティは小さく吹き出す。


 「違うわよ。あの塔に住むなんて、よほどの物好きでもない限り、しないわ。暗闇の塔はね、天空城に通じていると言われているの。塔の最上階まで行けば、転移装置が用意されているらしいわ。信憑性は半々といったところかしら。裕也さん、本当に伝承通り、天空城に行けるか確かめてきてちょうだい。もし天空人に会うことが出来たなら、シルヴィアさんの居所を聞けるかもしれない」


 ほぇー。天空上に天空人。まるでどこかの有名なRPGの世界ではないか。いや、やっぱり異世界って言えば、こういうシチュエーションがないとな。これまで喪服女とか、国の戦争とか、明らかに普通の冒険から逸脱してたし。大体、戦闘力にしたって、俺がゴブリン三匹倒すのがやっとってのが、そもそもおかしいんだ。うん。


 「・・天空人ですか?でもなんでシルヴィアさんが、その天空人と関係があるんですか?」


 「シルヴィアさんが、悪魔の花嫁と言われていることはご存知よね」


 裕也がシルヴィアについて知りえた数少ない情報の一つだ。シルヴィアが、そういう風に呼ばれていることは、少し大きな町の住人なら誰でも知っている。だが、その理由については、まったく知らなかった。


 「アストレアでも、街の人々がそういうふうに噂していました。一体何でそんなことに?」


 「シルヴィアの夫はね、元々は天空人だったのよ。彼の名はゼウシス。ただゼウシスは他の天空人よりも、ありとあらゆる分野で秀でていた。いえ、秀で過ぎていたの。いわゆる天才ってやつね。彼は天空人たちから期待と羨望の目で見られていた。ただ、そんな彼の才能は同時に、彼を嫉妬する人たちも生み出してしまった・・」


 クリスティは目を伏せ、アルシェから注いでもらった紅茶に口をつける。裕也もその動作に倣って、紅茶を一口飲んだ。


 「詳しいことは分からないわ。ただ、彼を嫉妬する他の天空人が、彼を貶める罠を仕掛けた。そして、ゼウシスは天空人から、悪魔へとその身を変えさせられた。今から百年以上昔のことよ」


 裕也はいきなりクリスティから、途方もない話を持ち出され、なんて答えていいかわからなかった。ふと、一つ疑問がよぎる。


 「あれ?百年ですか?でも、それじゃあ、そのゼウシスって人が悪魔になった後に、シルヴィアは身ごもってルーシィを産んだってことですか?」


 「いえ、ルーシィはゼウシスが悪魔になる前。まだ天空人だったころに、シルヴィアとの間にもうけられた子よ」


 「でも、それじゃ話が合わない。だって、そうするとルーシィの年齢は百歳以上ってことになるじゃないですか」


 「そうよ。知らなかったの?ルーシィは実年齢、百歳以上。と言っても天空人の寿命や成長速度は、人間とはかなりの時間の開きがある。普通の人間に換算するなら、ルーシィはまだ八歳か九歳ぐらいってところかしら」


 二度目のほぇー。百年生きてて、あれか。折り紙なんて教えててよかったのかな。でも見た目には全然わからないし、アルスたちとも違和感なく遊んでるし、自分の、というか、人間の常識にあてはめちゃいけないんだろうな。それにしても、びっくりだ。


 「いや、驚きました。それで、その暗闇の塔っていうのは、何処にあるんですか?」


 「砂漠の国シスイ王国の領土内よ。あなたもパトラ女王の名は聞き覚えがあるでしょう。アストレアの戦争に助力した方なんだから。パトラ女王はとても美しい方よ。シスイ王国に行ったら、一度会ってみるといいわ」


 それは楽しみ。是非お近づきになりたいものだ。話はそこで終わり、シスイ王国に行くための馬車の用意や護衛をアルシェに頼む。するとカレンが裕也に小さなナイフを手渡した。


 「ほらヨ。護身用にとっておけ。裕也、お前弱いんだから、アストレアの時みたいな無茶すんじゃねぇヨ。お前にもしものことがあったら、泣くのはクレアだけじゃないんだからヨ」


 「おっ、カレンも俺のために泣いてくれんの?」


 すかさず、カレンの飛び膝蹴りが裕也の胸部に炸裂する。


 「バ・・バカ、言ってんじゃねぇヨ。クリスティやアルシェ、ルーシィが泣くって意味に決まってんだろうがヨ」


 あれ?心なしかカレンの顔が赤くなっている。ひょっとして照れ隠しか。照れで飛び膝蹴りは勘弁してほしいものだが、なかなか可愛いところがあるではないか。裕也は調子に乗り、カレンの頭をポンポンと軽く叩く。


 「はっはっは。心配するな、カレン。可愛いところあるじゃんか。安心してくれ、事が済んだら、ルーシィの母ちゃん連れて、ちゃんと愛しい愛しいカレンのもとに帰ってきてやるからヨ」


 カレンの二度目の飛び膝蹴り。しかし、それを読んでた裕也はスウェイバックでカレンの攻撃を躱す。そしてカレンはそこまでの裕也の動きをさらに読んでおり、裕也のバックをとって、ジャーマンスープレックスを仕掛けた。それまで面白がってたリーアも流石に心配する。


 「ちょっと、大丈夫、マスター?」


 「ぐぇ。ってぇぇ。カレン、お前、クレアさん見習って、ちょっとは淑女の心ってものをだな」


 「あ?なんか言ったか?今のじゃ物足りないから、もう一回仕掛けてくれヨってか?」


 ・・ダメだ。カレンには人の言葉は通じない。裕也は適当に切り上げるのが正解と判断し、早々に部屋を後にした。



**************************************



 シスイ王国に近づくにつれて、砂漠を旅する過酷さが身に染みてわかってきた。砂漠の冒険は男のロマンだとか、ピラミッドでの大活劇なんてのは、映像の中のイケメンかつタフガイかつ頭脳明晰な主人公がやってこそ、華やかになるのだ。自分がそのカテゴリーに当てはまってないのであれば、我が身をもって実体験するのは決してお奨めできない。


 喉はカラカラだが、水が貴重なので節約には過分なくらい気を使わなきゃならない。昼は滅茶苦茶、暑いのに、夜は凍えるぐらい寒くなる。今、風邪をひいてないのは、それだけで一種の奇跡だ。


 馬車で移動しているので、実際に砂の上を歩いているわけではないが、砂嵐や砂風で服や口の中にまで砂が入ってきて、すごく気持ち悪い。おまけに砂漠地帯のオリジナルモンスターも次々に登場してくる。草原でゴブリン相手に訓練してた頃が懐かしい。


 比較的に小柄で単体での出現が多いサボテンダーやキラーアント程度なら、裕也の腕でもなんとか倒せるが、それ以上は無理。砂漠に罠を張って待ち構えている、ジャイアントアリジゴクや、サンドウォームといったモンスターが出たら、裕也とリーアは馬車の奥に隠れることにしていた。

 

 しかしその一方、頼もしいことに、クリスティの雇った護衛が精鋭揃いなことに加え、味方になれば非常に心強いエリスが同行してくれている。


 エリスは、流石にアストレアの英雄ハルトの攻撃を真正面から受け止める力量の持ち主だけあって、これまでのところ、どんなモンスターが現れても、苦戦らしい苦戦はせず、ただの作業として襲い掛かってくるモンスターを次々に迎撃してくれている。そんなエリスは裕也を見て、苦言を呈する。


 「ったく、裕也。お前はいざって時にはちいっとは格好いいのに、普段は本当にダメダメだな。私とクレアの特訓、少しは思い出せよ」


 うう・・面目ないです。縮こまる裕也をリーアが慰める。


 「まぁまぁ、マスター、落ち込まないで。ほら、人には向き不向きってものがあるからさ。それにしても、エリスやっぱり、マスターのこと格好いいって思ってるんだね」


 ささやかなリーアの反撃に、エリスは顔をみるみる赤くする。


 「バ・・バカヤロー。違げぇよ。ったく主が主なら、従者も従者だぜ。ほら、次のお客さんだ。とっとと片付けてくる」


 エリスはその場を逃げ出すように、新手のモンスター群に立ち向かっていった。エリスの照れ隠しの攻撃で、倒されていくモンスター達が少し哀れに思えてくる。


 裕也とリーアだけだったら、苦難極まる道のりだっただろうが、頼もしき護衛たちのおかげで、大事件や大事故もなく、無難にシスイ王国に辿り着くことが出来た。


 シスイ王国は砂漠の中に位置する国だ。民家のつくりもアストレア王国や、クリスティ邸のあるラング王国とは様式が異なる。まず、屋根がどこも平たんで、その代わりに扉や窓を閉めたときの密閉度が高い。


 これは砂嵐や砂風への対策だ。街を砂嵐が覆いつくすという現象は、シスイ王国では決して珍しいものではない。このため、強めの風が吹き出すと人々は屋内に閉じこもり、風が弱まるのを待つ習慣が根付いている。


 また、水も貴重だ。アストレアにあるような噴水なんてものは、当然この国にはない。下手したら水の一滴よりもエール酒などの酒の方が安いくらいである。風呂だって毎日入れるのは、王族や相当身分の高いもの、大商人などの富裕層に限られる。


 個人の家に風呂なんてものはない。王国側で所々に設置されている共同の大浴場があり、順番待ちで入浴の許可を得て入ることになっている。大抵、三日に一度くらいの割合だ。


 「参るわね。砂が服の中にまで入ってきて気持ち悪いから、早くシャワー浴びたいのに」


 エリスがシスイ王国に入って早々、街の仕組みに文句をつけだす。俺もエリスの服の中に入りたい、などと冗談を言えば、その場で叩き殺されるだろうから、裕也は口をつぐむことにした。


 「マスター、とりあえず、当分泊る宿を探さなきゃ」


 「ああ、それなんだけどさ。アストレアの黒猫亭にいたときに、店主からこの国に白猫亭ってのがあるって話を聞いたんだ。黒猫亭の店主の、昔の弟分がやってる店なんだと。とりあえず、そこに行ってみるか?」


 エリスとリーアから反対の言葉はない。他のここまで連れ添ってくれた護衛たちは、シスイ王国に入った時点で任務を完了しており、それぞれの職場に帰っていった。それでもクリスティに電報一本送れば、また来てくれるらしい。


 裕也たちは白猫亭を探すついでに、シスイ王国の城下町を散策することにした。この街は、大通りなら治安は問題ないが、裏通りや人気の少ないところだと、奴隷商人や、シスイ王国の盗賊ギルドの連中なども暗躍しており、気を付けるようにクリスティから忠告を受けていた。


 なので、出来るだけ大通りを通って、街の人々に白猫亭の場所を聞いたり、土産物屋に売っているアクセサリーやオブジェをウインドショッピングしている。また、この街の特徴として、料理をするときも出来るだけ水分を使わないで済むように工夫されたものが多く出回っていた。


 コメを水で炊くようなご飯の類は、この街の下流、中流家庭ではあまり食べることが出来ない。ましてや、コメを水で研ぐなんてのは贅沢の極みだ。その代わりに小麦粉を水ではなく牛乳もしくは羊の乳で練って焼いた、具無しのピザのようなものが、主食となっている。


 裕也たちは、パン生地で、焼いた羊肉をくるみ、辛めのスパイスをかけた料理を人数分買って、砂漠での旅の飢えを癒していた。しかしこれが存外に旨い。


 「おっ、以外にいけるじゃん。この国の料理も悪くないかもな」


 「そうね。水が貴重だから、出来るだけ、水を使わないで料理する。この街の料理人たちの知恵と工夫が、詰まってるのね」


 「マスター、ボクこれお代わりしてもいい?」


 メンバーからも中々に好評だったので、もう一品ずつ、同じ料理を追加注文した。白猫亭の場所は程なくして見つかった。しかし、もう少しで白猫亭に辿り着くという所でこれまで順調だった旅行に一波乱余計なイベントが起きてしまう。


 酒場に近づこうとすると、タチの悪そうなチンピラまがいが裕也たちに狙いを定めて近づいてきてしまった。どうやら一番の狙いはエリスのようだ。


 「へへっ、この街には貴重な別嬪さんじゃねえか。なあ、俺ら暇してんだけどよ、ちょっくら付き合わねぇか?」


 超絶典型的ダメ男のセリフ。いい年して気恥ずかしさというものがないのだろうかと疑問になる。そんなことは構わず、男はニヤ付きながら、ヤニ臭い息をエリスに吐き掛ける。戦闘経験の浅いユウヤでも、エリスの殺気が急上昇していくのが、手に取るようにわかった。


 「黙りな。この耳には下種の遠吠えは聞こえないんだよ」


 エリスは近づく男に、裏回し蹴りを放つ。蹴りは気持ちいいぐらいに決まり、男は、人間の体がこんなに飛ぶのかというくらいに、勢いよく後ろに吹っ飛んだ。倒れた先で、果物屋にぶつかり、フルーツが地面に散乱する。


 「てめえ、こっちが下手に出てりゃ、調子に乗りやがって」


 別の男が刃が内側に丸まった変わった形の刀を抜き、エリスに襲い掛かる。これもお決まりのパターン過ぎて、見てるこっちが萎えてくる。案の定、エリスが小さくため息を吐き、迎撃を試みるが、エリスが攻撃を加える前に、男は前のめりに倒れた。どうやら後ろから誰かに強烈な力で蹴り飛ばされたらしい。


 「せっかく王国に来てくださった観光のお客さんにみっともない真似してんじゃないよ、この国の恥さらしが」


 女性の声?顔は口以外すべて青い布で覆いつくされており、見た目には分かりにくいが、凛として聞き心地のよい声が、倒れた男の後ろから聞こえてきた。エリスは納得がいかないようで、助けてくれた侵入者に文句をつける。


 「余計なこと、してんじゃないよ。こんな奴ら、私一人で十分だったんだ」


 だが、侵入者の方も中々に堂に入った態度をとっており、エリスに物怖じする様子はない。


 「おやまあ、そいつは悪かったねぇ」


 エリスは、少しだけため息をつき、侵入者に手を差し伸べる。


 「だがまあ、助けてもらったことには違いない。礼を言うよ。私はエリス」


 侵入者もエリスの手を取り、握手を酌み交わす。だが、心なしか少し狼狽しているようにも見える。気のせいだろうか。


 「わ・・わたしは・・パ・・じゃなかった。ラートパ、そう、ラートパだ」


 なんだその名前?この国では一般的な名なのだろうか。しかし、男か女かも分からない。ただこの名前がシスイ王国では風習とか、有名な名であるのなら、笑うのも失礼だろう。


 「連れを助けてくれてありがとうございます。俺からも礼を言わせてください、ラートパさん」


 裕也はラートパの手を握る。瞬間、電気ショックを受けたような衝撃が裕也に襲い掛かる。


 城の中の空間。それも玉座から見下ろした風景。眼前には兵たちが頭をさげて並んでいる。


 「皆の者、ご苦労であった。今日はこれで下がるがよい。後で功労のあったものに報酬を授ける」


 凛とした声で、兵たちに告げる。やがて、兵たちの姿が見えなくなると、玉座に深々と座って大きなため息をつく。


 「ふぅー。皆の前で威厳を保つとうのも、大変なものだな。そうは思わぬか、ヘミングにトールよ」


 「まったくですね。お疲れさまでした。パトラ様もごゆっくりお休みくださいませ」


 ヘミング、トールと呼ばれた男たちが深々と頭をさげる。そこで映像が歪みだし、裕也は目を覚ました。リーアとエリスが心配そうに裕也の顔を覗き込む。


 「マスター、大丈夫?砂漠の横断で疲れちゃった?」


 「どうした、裕也?今日はもう宿だけとって、早めに休むか?」


 裕也は自分の実を案じてくれた二人に礼を言う。そして、目の前の覆面の女性が誰だか気づいてしまった。そして、そんなまさかだろと自分の考えを疑う。しかし、そうとしか考えられない。目の前にいるのはシスイ王国の女王パトラだ。


 だが、彼女がこんな格好して、こんな場所にいる理由が分からない。時代劇などでよくあるような、将軍様がお忍びで、町人に扮して街を散策するといった類の者だろうか。だとしたら、正体を暴くような真似も無粋であろう。


 「ああ、いや何でもない。ええっと、ラートパさん。連れが世話になりました。俺は裕也って言います」


 するとラートパは、少しだけ嬌声をあげて驚きの表情を浮かべる。


 「あなたが裕也さん?あのアストレアの戦争を終結させた・・」


 裕也は突然のセリフに、戸惑いだし、慌てて首を横に振る。なんで皆して自分をありもしない偶像崇拝するのだろうか。もはや過大評価という領域をも通り越している。


 「あ、はい、裕也です。えっと、いや、確かにちょっとは貢献したかもしれないですけど、それだけです。全く噂ってのは勝手にどんどん大きくなって、困ったもんです、あはは」


 「あら、そうでしたの。ごめんなさい、噂話を鵜呑みにしてしまって」


 ラートパもつられて笑い出す。だが、ラートパの目は笑っていなかった。裕也は知らなかったかもしれないが、アストレアの和平交渉については、詳細な会話内容までパトラ女王の耳にも入っていたのだ。


 最初はおどおどして、挨拶すら碌に躱せなかったが、最後には頑なクルガン王の心を見事に開いた青年。しかもこの青年はかの六大魔女とまで親交があるらしい。


 その青年はラートパ、いや、女王パトラに手を振って、去ろうとする。


 「ラートパさん、もし何か困ったことがあるんだったら、俺でよければ、相談に乗りますよ。って言っても、俺は腕力もないし、頭脳だって、立派な戦略を立てて、悪の親玉をギャフンなんてのは無理です」


 ラートパは口元に僅かに笑みを浮かべて、裕也を振り返る。


 「ふふっ、ありがとう。それじゃ、もし私の身に何かあったら助けに来て頂戴な」


 途端に砂埃が舞う。ラクダが前足を地面に踏み鳴らしたためだ。ラートパはからかう様に、裕也を見つめた後、乗っていたラクダを走らせる。


 「はー、綺麗で凛凛しいお声。それにスタイルも抜群。全身が布で覆われていても、美人ってのはオーラが外に出るもんなんだよな」


 すると、エリスが不機嫌な顔をして、白猫亭に向かって素早く歩き出してしまう。慌てて追いかける裕也とリーア。もっとも、リーアはずっと裕也の肩の上にのっているだけなので、自分では何一つ動いてはいないが。


 


 

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