第三章 過去から未来への夢の彼方に
第19話 サキュバス温泉街
クリスティ邸の一室。穏やかな夕暮れの木漏れ日が部屋の中に注いでいる。部屋の中では一組の男女の姿があった。
「今回は本当にお疲れさまでした」
クレアはニコニコして、お茶を飲み干す。
「いやぁ、それほどでも」
裕也はニコニコして、クレアの前に正座させられていた。クリスティやカレン、アルシェまでもが、クレアが裕也を説教することに諸手を挙げて賛成していた。リーアとエリスは別室で待機している。今頃はルーシィの遊び相手になってあげてるはずだ。
「確か、クリスティ様は裕也さんに、お使いを頼んでただけなんですよね?ハルトさんに救援物資を届けてくれって」
「いや、まぁそうでしたっけねぇ・・」
クレアはずっとニコニコしている。裕也もニコニコして返答を返す。クレアは持っていたティーカップをわざと、乱暴に机に叩きつけるように置いた。
「それが、どうしたら国の戦争に関わったり、裁判沙汰になるのか、分かるように教えてもらえません?それとも、私が世間知らずなだけで、普通はこれがあたりまえなのかしら?」
「ええっと、成り行きってやつでして・・」
「裕也さんは成り行きで、人がお使い頼んだら、国の戦争を止めてくるんですか?とーっても、ご立派ですこと。きっと私には想像もつかないような、深い深ーいお考えの持ち主なんですのね」
うう・・クレアの笑顔は、ハルトの剣撃よりも迫力がある。和平交渉の時よりも、緊張感あるんじゃなかろうか。
「そんな大それた人間じゃないです。クレアさんだって分かってるじゃないですか。やだなぁ、もう」
笑ってごまかそうとする裕也。だが、クレアからの圧力が弱まる気配はない。
「裕也さん。私たちが、いえ私が、どうしてこれほど怒ってるか、お分かりになります?」
「それはまあ、やっぱり少し心配かけちゃったかなぁって」
「少し・・ですか?」
クレアの目が光る。裕也の背筋に寒気が走った。これは第二の裁判だ。返答を間違うと即、有罪判決が下される。
「心配おかけして申し訳ありませんでしたぁ」
裕也はその場で深々と頭を下げた。クレアは裕也に近づいてくると、裕也の頭を自分の胸に抱きかかえる。その力が想像以上に強かったため、裕也は嬉しさよりも苦しさを感じてしまったが、力が弱まる気配はない。
「本当に心配したんです。分かってるんですか?裕也さんに万が一のことがあったら、私がどんな思いをするか。本当に分かってくださってるんですか?」
クレアは目に涙を浮かべて、裕也の顔を真正面から見つめる。裕也はクレアにこれほど想われていたことに、戸惑いながらも、クレアを抱きしめ返した。
「クレアさん、ごめん、悪かったよ。約束する。もう無茶な真似はしないって」
「今の言葉に、嘘偽りはありませんね?」
「ああ。もし嘘ついたら、クレアさんのどんな命令にも従うよ」
「まったく・・調子いいんだから」
クレアはようやく裕也を解放する。クリスティたちにも改めて心配かけたことを謝罪した。そして、裕也がルシファー軍に参加したそもそもの原因、ルーシィの母親シルヴィアについて、これまで知りえた情報を全てを打ち明けた。
と言っても、裕也自身、それほど多くの情報を握っているわけではない。ルシファーの姉であること。場所は不明だが、どこかで氷漬けにされていること。そして、”悪魔の花嫁”というキーワード。
現時点で裕也が把握しているのは、これくらいだ。ルシファーは本当なら戦争が終結してすぐに、姉探しの旅に出かける予定だったのだろうが、今のルシファーにはアストレアの宰相という責務がある。そう簡単に個人の時間を許してはもらえまい。
だから、裕也はルシファーの代わりにシルヴィアを探して、ルーシィに会わせてやりたいと思っていた。クレアの説教と抱擁から解放され、クリスティたちへの謝罪も済ませた裕也は、シルヴィアのことを話そうと、ルーシィの部屋に向かった。
「あ、ユウヤぁ。久しぶりぃ。だめだよ。みんなに心配かけたら、いけないんだからね」
「ああ、ごめんごめん。今、クレアさんにきつい説教くらってきたところだ。ところでルーシィ、ママのこと覚えてるか?」
「えっ?ユウヤぁ、ママのこと知ってるの?シルヴィアっていうんだよ。とぉっても、綺麗な人なんだから」
ルーシィは裕也の膝の上にのって、甘えてくる。裕也はルーシィの頭をなでてやると、ルーシィを抱き上げた。
「ルーシィ、もしかしたら、そのママをルーシィに会わせてあげられるかもしれないんだ」
ルーシィの目が驚きで丸くなる。裕也の腕をぎゅっとつかんで、揺さぶってきた。
「本当?本当に本当?ユウヤぁ、ママが何処にいるか知ってるの?」
「残念ながら、居場所までは分からない。だけど手掛かりが全くないわけじゃない。クリスティさんにも事情を話して、行方を追ってもらうことにした。それに、ルーシィのママの弟も協力してくれる」
「ママの弟?えっとぉ、ルーシィの叔父さんってこと?」
「ああ、そうだ。叔父さんにもじきに会えると思う。ルシファーっていうんだ。とっても格好いいし、ルーシィのこと大事に思ってくれてるから、信頼してくれていいぜ」
「やったぁ。ルーシィ、すっごい楽しみ」
ルーシィははしゃぎまわって、裕也の体のいろんな部分に移動して叩いたり、寄りかかったりしてきた。ルーシィにはさらにもう一つ良いニュースがある。
「それとな、ルーシィに新しい友達が出来るかもしれない。アルス、クリード、ベスティ、シャーロットっていう四人の子供たちだ。みんなとってもいい子だから、ルーシィともすぐに仲良しになれると思うよ」
「ええっ、どうしたのユウヤぁ。ルーシィ、今日だけで、嬉しいこといっぱいになっちゃうよ」
いいんだよ・・ルーシィは、これまで、理不尽な仕打ちを受け続けてきたんだ。人の幸せが平等っていうのなら。ルーシィはこれからは誰よりも幸せにならなきゃならない。そうじゃなきゃ、幸福と不幸のバランスが釣り合ってないじゃないか。
裕也はルーシィに優しく微笑みかけると、自分の部屋から紙を取り出し、以前にルーシィに教えていた折り紙の続きを教えた。他にも自分の知っている限りの遊びを教えてやろう。裕也はその日、ルーシィが寝どころにつくまで、ルーシィの遊び相手になってやることにした。
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裕也たちが、クリスティ邸に戻ってから、三週間近くが過ぎ去った。エリスは、クリスティから自分の部屋をあてがってもらい、徐々にクリスティ邸での暮らしにも慣れ始めた。クレアと交代で、午前中は裕也の剣の特訓、午後は魔法の基礎知識を教えている。
これは裕也の方から頼んだことだ。これまで、自分の実力からかけ離れた活躍を続けてきた裕也だが、実際の実力は最弱の雑魚モンスターにすら一対一で勝てない。その自覚があるため、この世界でこれから先生きていくための、最低限度の力は身につけようと思ってのことだ。
特訓のかいあって、ようやくゴブリンを三匹までなら倒せるところまで、力をつけた。もっとも、この程度では、隣の町まで行くのにも一苦労だが。
今日は、とある事情により、特訓はお休みになっている。訓練担当のエリスが季節外れの風邪をひいてしまい、寝込んだためだ。どうやら、感染するらしく、リーアまで熱でうなされている。裕也は今、二人の部屋に見舞いに来ていた。
「よぉ、調子はどうだ?少しは熱が下がったか?」
声掛けする裕也に対して、エリスにしては珍しく弱気な声を出している。
「全然だめ。うう、頭が重い。気持ちわりぃよ」
「マスター、ボクも。なんかお薬ないの?」
そうは言われてもなぁ・・相手が風邪では、裕也のヒーリングの魔法も効果がないっぽいし、どうしたものかと頭を悩ませる。そうだ、と思いつき、裕也は台所に行って、あるものをもってきた。
「マスター、それは?」
「ああ、ニースを助けたときに採取したデキアの花の実だ。もしかしたら、風邪にも効果あるんじゃないかと思ってさ。クリスティさんなら、この植物についても知識あるかもしれないから、ちょっと相談してくる」
裕也はクリスティに事情を説明した。裕也が思いついたとおり、デキアの花の実は、万病に効く特効薬としての効果も秘めているらしい。効果は人によって異なるが、よほど重たい風邪でもない限り、おそらく一日か二日で治るだろうとのこと。
クリスティから聞いた調合方法をアルシェとカレンに伝えると、二人は元々手先が器用なこともあり、あっという間に薬を用意してくれた。受け取った薬をリーアとエリスに渡すと残りを懐にしまい、裕也は一人特訓するために庭に出た。
「よぉ、精が出るじゃねぇか、大将」
「本当にここ、個人の住宅かよ。ハルト、おまえすげぇ所に住んでんだな・・」
聞き覚えのある声に、振り返るとハルトとメイガンの二人が手を挙げて、裕也のもとにやってきた。
「おまえら、どうしたんだよ?今、アストレア離れて大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃねぇよ。仕事はいくらこなしても、溜まりまくるだけだしな。だからよ、たまには息抜きしなきゃな」
「そうそ、今日はおまえをいいところに連れてってやろうかと思ってな」
裕也は、そこまで話して、違和感に気づく。いつもこいつらと一緒にいるルキナの姿が見えない。
「あれ?そういえば、ルキナはどうしたんだ?仕事で忙しいのか?」
「まぁそれもあるけどな。たまには男だけでくつろぎたいこともあるだろう?」
「心配すんなって。ぜってぇ、気に入るからさ」
ハルトとメイガンはニヤニヤしながら、顔を見合わせる。キョトンとする裕也だったが、まあ、たまにはそういうのも悪くないと思い直す。
「そういえば、今、リーアもエリスも風邪ひいて寝込んでんだ」
「おっ、そりゃ、丁度いいじゃねぇか」
ハルトがすかさず返す。メイガンもガッツポーズ。裕也は少しムッとする。なんで彼女たちが風邪で寝込んでるって聞いて喜ぶ?一体どういう意味だ?
「そんな顔すんなよ。ほら、善は急げだ。行こうぜ。どうせ暇してんだろ?」
ハルトとメイガンはそんな裕也の心境など構いなしに、裕也の両腕をもち、強制的にクリスティ邸の前に止めてあった馬車の前に、裕也を連行していく。
「なんなんだよ、二人して急かすなよ?分かった、分かったから。でも、どこに行くんだ?」
「数多の猛者揃い、名うての冒険者たちが揃って、『俺の冒険はここで終わった』って告げていくところだよ」
裕也は突然訪問した友人たちに、ほとんど拉致まがいの状態で、彼らの言う”いいところ”に連れていかれた。
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ここは間違いなくいいところだ。裕也は心の中で告げる。俺の冒険はここで終わった・・こここそが俺が目指していた目的地だ。きっと俺はここに来るために今までの辛く苦難に満ちた人生を生きてきたに違いない。
ここは温泉街。街には温泉宿や、土産屋、食堂が並んでいる。だが、それらは確かに温泉客の楽しみの一つではあるが、この街の魅力のほんの一部に過ぎない。ここの温泉街は少々変わっている。街を歩くのは男性の観光客ばかり。その隣には、それぞれ少なくとも一人以上の女性が寄り添っている。
「サキュバス温泉街へようこそ。ご利用は初めてですか?」
裕也は、最初にこの街の受付に出向いた時点で、もうここから出る気はなくなった。一生この街に住み続けてもいい。ここの温泉街のサービスとして、観光客の男性一人一人に最低でも一人のサキュバスが接客としてついてくれるのだ。
温泉で体を洗う、一緒に湯に入るなんていうのは基本中の基本。その後のサービスも料金次第で大抵のことはしてくれる。さらに、高額にはなるものの、二人、三人のサキュバスが同時に極上のサービスをしてくれる制度まである。
サービス時の服装やプレイ方法が色々選べるのは言うまでもない。テクニックだって、当然、文句のつけどころがないものだ。
裕也はサリーというサキュバスと一緒に、温泉に入ることになった。緑色の髪のショートカットで活発そうな女性だ。もちろんスタイルは抜群にいい。元々サキュバスは容姿に関しては他の種族よりも圧倒的に秀でており、どの娘をあてられても外れということはないらしい。
ちなみにハルトはメイリィ、メイガンはアリシアという名のサキュバスとそれぞれ一緒に別の風呂に入っている。
サリーは裕也の体を丁寧に洗う。後ろだけかと思ったら、前からもサービスしてくれた。その後一緒に湯に入り、部屋に戻って、久々の行為を楽しんだ後、裕也は、人生とはかくも素晴らしいものだったのかと感慨にふけっていた。
ちなみにこの温泉街のシステムはサキュバスにとっても、単に商売という以外にもメリットがある。サキュバスは種族上、雄性体を持っていない。そして何より、生きていくために男性の精を必要としている。サービスを受ける側も提供する側も得をするウィンウィンの関係。誠に持って、非常に有意義な、価値のある社会システムだ。
裕也はサリーと楽しんだ後、一緒に温泉街を散歩していた。街のつくり自体は日本の箱根や熱海などと非常によく似た造りになっていた。温泉饅頭や、温泉卵もあり、故郷を彷彿させてくれる。裕也はサリーの分と二つ、温泉饅頭を購入する。懐かしさにふけっていると、ふいに現れた小さな影が裕也の手から素早く饅頭を持って行ってしまった。
慌てて追いかける裕也とサリー。街角のところまで小さな影を追いかけると、小さな少年がうずくまっていた。この街に子供は珍しい。とりあえず、裕也が事情を聞こうと少年を捕まえる。瞬間、電気ショックを受けたような衝撃が裕也に襲い掛かる。
どこかのこじんまりとした部屋の一室。ベッドの上に一人のサキュバスが眠っている。表情がとても苦しそうで、なにかにうなされているようだった。心配そうに子供がのぞき込んでいる。
「お姉ちゃん、大丈夫?きっと必ずよくなるからね。俺、なにか食べ物もってくるから」
少年は部屋を駆け出す。そこに人相の悪い男が入ってきた。
「困るんだよなぁ。返すもん返してもらわなきゃよ。病気ぐらいで休んでんじゃねぇや。ほら、とっとと起きやがれ」
男は乱暴に寝込んでいるサキュバスをベッドから引きはがそうとする。少年は止めようとするが、男に突き飛ばされる。額を角にぶつけ、血を流す少年。男も流石に狼狽し、今のはおまえが勝手に転んだんだと言い訳しだす。
「ふん。今日のところはこれで帰ってやる。だが、明日も来るからな。そんときまでには働きに出てろよ」
そこで目の前の空間が歪み、裕也は目を覚ました。サリーが心配そうに裕也の顔をのぞき込んでくる。
「ちょっと、お客さん大丈夫?もしかして、湯でのぼせちゃった?」
「いや、大丈夫。サリーさん、心配かけちゃってごめんな。後、悪いんだけど、ほんのちょっとだけ待っててくれないかな」
裕也は少年とサリーをその場において、先ほどの温泉まんじゅうを追加で五個買ってきた。買ってきた分は全て少年に渡す。
「ほらよ、全部くれてやる。おまえ、お姉ちゃんがいるのか?」
先ほど見た光景で、一点だけ合点のいかない点があった。サキュバスは種族として雄性体を持たない。だから、妹はいても弟はいないはず。少年は裕也の言葉に目を丸くする。
「えっ、なんでお姉ちゃんのこと知ってるの?まさか、お兄ちゃんもあいつの仲間なんじゃ・・」
あいつというのは、裕也が映像で見た人相の悪い男のことだろう。あんなやつの仲間にされるのは迷惑極まりない。
「違うって。俺はただの観光客。なぁよかったら、おまえのお姉ちゃんのところに案内してくれないか?」
「えっ、いいのかいお客さん。そりゃ何処に行こうがお客さんの勝手だけどさ。こうしている間も料金が発生してるんだよ」
サリーが裕也を引き留めようとするが、裕也はサリーを軽く促す。
「まあいいから、いいから」
裕也は少年の案内で、病で寝込んでいるサキュバスの元についていった。懐から、先ほどリーアやエリスに渡した薬を、寝込んでいるサキュバスの枕元に置く。
「それはデキアの花の実ってのをすりつぶして調合された薬だ。大抵の風邪には効くらしい。丁度、俺の仲間が風邪で寝込んでてな。懐に入れっぱなしだったんだ」
寝込んでいたサキュバスのもとに水を一杯持ってきて、薬を飲ませる。効果は程なくして現れ、それまで苦痛に歪んでいたサキュバスの表情が穏やかなものに変わっていく。
「お兄ちゃん、ありがとう。俺はパーク。俺、お兄ちゃんの饅頭盗んだのに・・俺さ。捨て子なんだ。赤ん坊の時に、籠に入れられて、この街の温泉の脱衣場に置かれていたらしい。ニーナお姉ちゃんは、そんな俺を拾って育ててくれてたんだ」
寝込んでいるサキュバスはニーナと言うのか。どうやら、彼女もまた苦労をしているらしい。
「お客さん、私からも礼を言うよ。ニーナの奴、一週間くらいずっとうなされっぱなしだったんだ。それにしても、お客さんの持ってる薬、よく効くんだねぇ」
・・ま、六大魔女の病気すら治す薬だからな。大抵の奴には、そりゃ効くだろうさ。
「いえ、たまたまですよ。袖すりあうも他生の縁ってやつです。このまま安静にしてれば、じきに病気もよくなるでしょう。ただ・・」
その安静が脅かされる危険がある。さっきの男がまた現れたら、治るものも治らなくなってしまうかもしれない。仕方ない。乗り掛かった舟だ。もう少しだけ、お節介してやるか。
普段の裕也ならば、ここまですすんで人助けをボランティアしなかったかもしれない。しかし、サキュバスが相手となると、無償で奉仕したくなる衝動に駆られる。これもサキュバスの魅了の力なのだろうか。それはそれで悪い気はしないが。
裕也はハルトとメイガンにも合流して事情を話した。結果、翌日はニーナの家でボディーガードを務めてやるということで話は落ち着いた。サリー、メイリィ、アリシアも一緒だ。しばらく待っていると、予想通り人相の悪い男が、仲間連れでやってきた。
「よぉ、ニーナ。来てやったぜ。今日こそは働きに出てもらうからな」
男はニーナのもとに近寄ろうとする。ハルトは剣すら抜かず、裏拳を一発、男の顔面に叩きこむ。
「てめぇ、なにしやがんだ?俺はロウ。この界隈じゃ、俺に逆らうやつはまずいねぇ」
「へぇ、有名人なんだ。その割には弱そうだけどな」
ハルトは平然とロウを見下す。ロウは、指を口に当て、口笛を吹いた。見るからに屈強そうな二人の男がロウの後ろからやってくる。
「ガルフ、メッシーナ。このお坊ちゃんたちに、俺らが誰だか思い知らせてやんな」
ガルフとメッシーナは腕を鳴らしてこっちにゆっくりと向かってくる。ガルフは思いっきり腕を振り下ろす。ハルトはその腕を片手で軽くつかんだ。
「ほう、俺と力比べでもしようってのか、小僧。面白れぇ、どこまで頑張れるかな」
ガルフは腕に力を込めてハルトを押し切ろうとする。だが、ハルトは表情一つ変えず、平然としている。
「ガルフ、俺に任せろ」
メッシーナと呼ばれた男は短く詠唱を唱えると、氷の塊がハルトの顔面を狙って飛び出した。しかし、塊はハルトのもとに届く前に、炎に焼かれて消失する。
「なんだぁ、今のそれでも魔法のつもりかよ?こりゃまた、随分可愛らしい魔力じゃねぇか」
メイガンがメッシーナを嘲笑う。裕也はつくづく思う。やっぱりこの二人は化け物だ。決してガルフやメッシーナが弱いわけではあるまい。しかし、相手が悪すぎた。アストレアの英雄とその仲間が相手では、街のチンピラ風情にはあまりにも荷が重すぎるだろう。
ロウは取り乱して、裕也に狙いをつけ近づいてくる。だが、その表情は裕也の顔を見た瞬間に一変する。
「おまえ・・いや、あなた、もしかして裕也さんですか?」
なんだ?俺はこんな奴のことなんか知らないぞ。どこかで会った記憶もない。
「アストレアとルシファーの部族を平和に導いた功労者。あなたが私のことなど知らないのは無理もありません。ですが、私はあなたに返しきれないほどの恩があります」
「どういうことだ?」
裕也は問いかける。なんで、見も知らない男にこれほど感謝されているのか。裕也には皆目見当もつかない。
「あなたが戦争を止めてくれなければ、私がこの世で唯一誇りに思える、私の娘は今頃、アストレア軍の猛攻を受けて、どんな目に遭わされてたかわかりません。このサキュバスには金銭の貸しがあるのですが・・一度だけです。私が善人になるのは。今日はとてもよい出会いがありました。おかげで、誰にいくら貸したか、忘れてしまいましたよ」
ロウは懐から借金の証文を取り出すと、火をつけて燃やしてしまった。ガルフとメッシーナをつれて、そのままロウは部屋を去っていく。サリーが裕也の肘をつつく。
「信じられない。あのロウたちが、あんなにあっさりと引き下がるなんて。何者なんだい、あんたら?」
サリーが驚きと尊敬の念を持って、裕也たちを見る。だが、そんなことはどうでもいい。それよりも貴重な時間を精一杯楽しまなくては。
「別に、通りすがりのただの観光客だよ。ささ、そんなことよりサリーさん。まだ、料金は発生中なんだろ?時間がもったいない。さっそく、もう一風呂浴びて、この前の続きしようぜ」
裕也は用は済んだとばかりにサリーを連れ出し、自分の宿に向かう。ハルトとメイガンもそれぞれ、連れのサキュバスと一緒に部屋に戻っていった。パークは唖然としてながらも、感謝の言葉を告げて裕也たちを見送る。
立ち去る裕也の後ろをニーナが追いかけてきた。手には複数枚の紙切れを持っている。
「あの・・ありがとうございました。今度は私を指名してください。きっと、満足のいくサービスをしてみせますので。これ割引券です。良かったら使ってください」
「ああ、絶対にまた来る。楽しみにしてるよ」
ここはサキュバス温泉街。男なら絶対に一度は立ち寄るべき場所だ。高品質なサービスを安価で提供する。何度でも通いたくなる素敵な場所。
ただし一つだけご注意を。あなたが既婚者、もしくは恋人がいるのなら、全て自己責任でのご利用をお願い致します。
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