第18話 本当の英雄

 裁判所には大勢の傍聴客が詰め寄っていた。六大魔女を戦争に連れ込んだとして、論議がなされるのは国にとって、前例すらない大事件だ。しかもその対象は、長引く戦争を終わらせるのに、大きく貢献した人物だという。人々は自分の目でこの裁判の成り行きを見たいと、裁判所の前に殺到していた。


 「それではこれより、被告 朝霧 裕也の六大魔女を戦争に介入させた件について、審議を開始する」


 ハルト達とアクア達もそろって、傍聴席に座っている。なにかあれば、いつでも動き出せるように、手元の武器をそれとなく確認する。もし判決が不本意なものであれば、力強くでも裕也を連れ戻すつもりだ。


 「まずは被告 職業と名前を」


 「名前は朝霧 裕也。えっと、職業は・・」


 そういえば、俺、特に定職についてないんじゃなかったか。冒険者ギルドに所属もしてないし。やばい、これまで、あり得ないぐらい、いろんなことやってきたのに、ニートだったのか・・


 「先日までルシファー軍の軍員として活躍しておりました」


 傍聴席にいたアクアが上手くフォローしてくれた。ほっと胸をなでおろす間もなく、次の質問が飛んでくる。


 「では裕也君。六大魔女と懇意にしているというのは本当かね?」


 「ええ、本当です。六人全員を知ってるわけではありませんが、ジェシカ、ニースとは顔なじみです」


 たったそれだけで、傍聴席がどよめく。どうやら、裕也が自覚していた以上に、六大魔女と関係を持っているというのは、この世界でかなり常識外れの出来事のようだ。


 「では次の質問だ。六大魔女ニースは先日まで、どこにいたのかね?」


 裕也の額に緊張の汗がにじみ出る。しかし、ここで嘘をついても仕方ない。


 「ルシファー邸におりました」


 再び傍聴席はざわめきつく。これだけで状況は非常にまずい。ルシファー軍の軍議は大抵、ルシファー邸で行われていた。実際にはそこにニースは参加していなかったが、それを証明しろと言われても無理な話だ。


 「それは、六大魔女ニースがルシファー軍に加わっていたということではないかね?」


 裁判官の質問に応えたのはルシファーだった。ハルシオンや、アクアとエリスもいつでも援護できるように構えている。


 「それは違う。彼女は一度たりとも、戦争に関わるようなことはしていない。兵としての参加は当然として、軍議で発言したことも、その席にいあわせたことすらない」


 「ルシファー様の言う通りです。裁判官殿。それにニース様は先日まで病にふせっておられました。裕也殿が薬の材料をとってきてくれて、ようやくベッドから起き上がったのです」


 ハルシオンがルシファーを援護する。だが、裁判官の心境はゆるがない。


 「ニース様は、最初から病に冒されていたわけではあるまい。であれば、ルシファー軍の参加は疑わざるを得ない。そして、次。ジェシカ様についてだ」


 裁判官のわきにいた事務官が、裁判官の発言を引き継ぐ。


 「ジェシカ様は現在、クリスティ殿の家に厄介になっておるそうだな?」


 再び、裕也の顔に汗がにじみ出る。クリスティの家にいること自体はいい。問題は・・


 「はい。間違いありません」


 「そこは、アストレア軍の所属、ハルト殿の住処であるな?」


 周囲がこれまでにないくらい、ざわめきつく。今までアストレアの英雄と称えられていた。その家に六大魔女が住んでいる。もしかしたら、ルシファー軍だけでなく、アストレア軍にも六大魔女が介入していたのではないか。疑いのまなざしは、すぐに広まっていく。


 「そして、裕也君。君もクリスティ邸に住んでるんだったな」


 ハルトが頭をおさえる。メイガンとルキナも目を伏せる。非常にまずい。状況証拠は確実に悪化の一途をたどっていく。


 「もう十分であろう。裕也君はルシファー軍に六大魔女ニース様を、アストレア軍に同じく六大魔女ジェシカ様を介入させ、戦争に巻き込んだ。彼を有罪とし、即刻この場でその罪を問うものとする」


 頭に覆面を被ったガタイのいい男たちが数名、裕也を押さえつける。そのまま、裕也を絞首台に連れていき、裕也の首元に縄を用意させる。もう駄目だ。裕也が覚悟を決めたとき、凛とした美しい声が響き渡った。


 「お待ちなさい。彼を処刑するのなら、裁判官。それに皆様。あなたがたの命もなくなりますわよ」


 ジェシカが裁判長に、そしてその場にいる全員を見渡し、声高に、しかし落ち着き払った口調で語りかける。ジェシカの隣にはニースも控えていた。六大魔女が二人も登場する事態に、周囲に動揺が走る。


 「ジェシカ様。ニース様。あなた方もわざわざ傍聴に来られたのですか?しかし、先ほどの発言は一体どのような意図に基づくものでしょうかな」


 「簡単なことよ。そこにいる裕也さんの処刑を宣告したもの。処刑に関わったもの。処刑を促した国の関係者。皆の命を奪うつもりだってこと」


 「いくらなんでも、流石にそれは無理でしょう。たとえ六大魔女といえど、国を相手にするというのは・・」


 「ええ、そうね。いくら私たちでも国なんてものは相手に出来ないわ。でもね、個人なら別。裕也さんの処刑に関わった国の王族、宰相、大臣、その他主要な位置を占める代表者たちを一人ずつ屠り去るくらいなら、可能なのよ。無理だと思うなら、まず、あなたから試してあげましょうか?」


 ジェシカは裁判長の隣に瞬間移動する。目を丸くする裁判長とその周囲の者たち。ジェシカが腕を一振りすると、裁判官の前に置かれていた机は、綺麗に二つに切り裂かれた。それまで安全圏にいたと思われた裁判官や事務官たちは皆いっせいに顔を青くし、緊張の冷や汗を流す。


 「さ・・さすがですな・・しかし、ここは裁判所。まさか私たちを脅すつもりですか?」


 「そうよ。あなたたちを脅すつもりなの。さあどうする?今ここで裕也さんを、無実の罪で処刑することに、自分たちの命を懸けるのか、それとも今後長らく私やニースと友好的な関係を築くのか。私はどちらでもいいわよ。お好きなほうを選びなさいな」


 ジェシカの脅迫は、淡々と続く。決してその声に威圧感はない。むしろ、鈴の音色でも聞いているような美しく、そして魅力的な声色だ。裁判官たちだけではない。その場にいた誰もが、六大魔女ジェシカの堂々とした脅迫行為に、魅力すら感じていた。


 「ジェシカ様。あなたは今、裕也殿を無実の罪とおっしゃいましたな」


 「ええ、事実よ。私もニースも、アストレアとルシファーの争いには一切、関わっていないもの。そうよね、ニース」


 「ジェシカさんの言う通りですわ。六大魔女の歴史と名に誓って宣言します。私たちはこの度の戦争に何ら巻き込まれても、巻き込んでもいません。そして同時に私たちは、そこにいる裕也さんをとても大切な友人と認識しております。もし彼やその仲間たちに、理不尽に手を出すような真似をすれば、その時点であなたがたの人生は終焉を迎えると思いなさいな」

 

 乱入した二人の六大魔女の意見に、裁判官たちは顔色を変えて、慌てて相談しだす。そもそも戦争は既に終結している。ならば、戦争に六大魔女が介入という定義自体が、既に今の時点では成り立っていない。裁判長が意見をとりまとめる。木槌を手に持ち、判決を下す。


 「この度の戦争に六大魔女ジェシカとニースが関わったという具体的な証拠や、被害状況などはでていない。また、既にアストレアとルシファーの間での戦争は終結しており、この先、六大魔女がこの戦争に関わる恐れもない。本法廷は、朝霧 裕也を無罪放免とするものとする」


 ハルト、メイガン、ルキナが一斉に立ち上がってガッツポーズをとる。アクアとエリスが互いに抱きしめあい、はしゃぎまわる。ハルシオンは腕を組んで深くうなずいた。


 裕也は自分が助かったことよりも、他のどの仲間のことよりも、まず、リーアのことを考えた。リーアはまだ眠ったままだ。起きたら真っ先に伝えてやりたい。


 リーアと話したいことがたくさんある。もう二度と馬鹿な真似をしでかさないように、きつく叱りつける必要もある。だが何よりも優先して最大限の感謝を伝えたい。


 裁判は閉廷し、裕也は無事解放された。ハルト達が、アクア達がみな一斉に裕也のもとに駆け寄ってくる。そのまま裕也の体を全員で持ち上げ、胴上げしだした。ジェシカとニースも裕也のもとにやってくる。


 「ジェシカ、ニース。本当にありがとう。二人は俺の命の恩人だ。俺に出来ることがあれば、何でも言ってくれ。どんな恩返しだってさせてもらうつもりだ」


 ジェシカとニースは顔を見合わせ、それからふいに悪戯っぽい笑みを浮かべる。ジェシカが裕也の左腕を、ニースが裕也の右腕をそれぞれ掴む。裕也は二人が何をするつもりかと焦りだす。


 「それじゃあ、裕也さん。今日は一日中、このままで過ごしましょうか」


 それ、恩返しじゃなくて、ご褒美だから。裕也は急ににやけだす。その頭をハルトが思いっきり叩きつけた。


 「ったく、鼻の下伸びきらしてんじゃねぇよ。どんだけ俺たちに心配かけたと思ってんだ、てめぇはよ。よし、今日は黒猫亭で宴会な。全部費用は裕也もちでよ」


 「ちょっと待て、ハルト。なんでそうなる?普通は晴れて無罪放免となった俺が奢られる立場だろうが」


 ハルトに突っ込む裕也だったが、またもや頭を思いっきり叩かれる。今度は誰だ?ただでさえ悪い頭をこれ以上悪くさせてんじゃねぇよ。裕也が振り返ると、エリスが後ろから抱き着いていた。


 「わ・・私はおまえのことなんて、まったく、これっぽっちも、心配してなかったんだけど、アクア姉さんがそうしろっていうから・・」


 「エリス、とりあえず落ち着け。何言ってんだか、全然わかんねぇぞ」


 「うるせぇ、てめぇは一生わかんなくていいんだよ」


 さらに追撃の一撃が裕也の脳天に炸裂する。ルキナとアクアがにやけながら、エリスの両肩に手を置く。


 「よかったわね、エリス。一晩中、裕也さんの無事を祈り続けたかい、あったじゃない」


 「ば・・ばか、アクア姉さん。何勝手に話し作ってんだ。誰が何を祈ったってんだよ」


 アクアの発言を必死になって否定するエリス。そこにルキナとメイガンが一言ずつ、追撃を加えてくる。


 「私も聞いたよ。確か、裕也を殺しやがったら、私が逆に死刑にしてやる・・だっけ?大声で叫んでたもんね」


 「あ、それ俺も聞いた。やたらでかい声で叫ぶんだもんな。耳鳴り出来たぜ、まったく」


 エリスは顔を真っ赤にさせてわめきだす。


 「どいつもこいつも、人に無実の罪、着せてんじゃねぇ。おまえら今から裁判所に戻って、全員で裁かれてこい!!」


 エリス以外の皆が一斉に笑い出した。笑い声に誘われて、眠ったまま裕也の肩の上にのせられていたリーアが目を開けた。


 「あ・・あれ、マスター?それにみんなも。いったいどうして・・」


 裕也はリーアに事の成り行きを話そうとし・・やめることにした。全く。俺以上に心配かけさせるようなことしやがって。ちょっとしたお仕置きだ。


 「さあね。勝手に自分の命、捨てようとする悪いお子様には教えてあげません。ったく、リーア。もう二度とあんなことするんじゃねぇよ。リーアがいなくなったら俺は・・」


 「俺は?なにさ、マスター。はっきり言いなよね。まったく弱いくせに優柔不断とか、ほんと情けないったらありゃしない。あーあー、今から強くて格好いいイケメンマスターでも探しに行こうかな」


 「なんだと、リーア。俺がお前のこと、どんだけ心配したと思ってんだ。ああ、そうかよ。勝手にしやがれ。ルシファーなんかいいんじゃねぇの?強えぇし、イケメンだし、おまけにアストレアの宰相だ。将来設計ばっちりじゃねぇか。ハルトでもいいけどよ」


 「ふん、なにさ。マスターなんか、ボクがいなくなりそうになった瞬間、涙目になっちゃってさ。もっと正直に言ったら?俺はリーアがいないと何にもできません。どうか俺を見捨てないでください。リーア様ってさ」


 「リーア、てめぇ。もう容赦しねぇ。大体お前は主従関係ってのを完璧に無視し過ぎなんだよ。ま、この世界のどこに行っても、俺みたいなジェントルマンじゃなきゃ、お前と契約してやろうなんて物好きはいないだろうがな」


 裕也とリーアは激しくにらみ合う。アクアがふいに吹き出した。ハルトとエリスもつられて笑い出す。ルキナとメイガンはあきれかえっている。常に沈着冷静なハルシオンまでもが大声で笑い出した。


 裕也とリーアだけが青筋立てて、そっぽを向く。だが、ふいに気になり、裕也はリーアを見つめた。リーアは相変わらず横を向いたままだ。


 「な・・なにさ?マスター、ようやく謝る気になったの?」


 「リーア。ありがとうな。俺はお前と契約結んで、本当によかったよ。不甲斐ないマスターだけど、俺はお前のためなら、なんでもしてやる。だから、一つだけ約束してくれ。もう二度と命を自ら捨てるような真似はしないって」


 「ば・・ばか、また不意打ち?まったく、これだから、マスターは・・どれだけボクが振り回されてると思ってるのさ・・」


 「それも含めてマスター契約だぜ。リーア。俺もリーアのこと好きだ。それだけ言っておこうって思ってな」


 リーアはこれでもかというくらいに、顔を赤く染め上げる。青くしたり赤くしたり、忙しい奴だ。


 「もう・・ボク、マスターのこと嫌い。大っ嫌い。だからこうしてやる」


 リーアや裕也の頭の上にのり、髪をくしゃくしゃにしだす。裕也は痛みを喚き散らす。禿げたらどうすんだ。リーアは裕也の髪をひとしきり弄んだあと、いつもの定位置、裕也の肩に座りかけ、ゆっくりと裕也に寄りかかった。


 短いようで長く、長いようで短かったアストレアでの生活は、これでようやく終わりを告げる。今度こそ、クリスティ邸に戻ろう。裕也が歩き出すと、周囲をまたしても衛兵たちに囲まれた。裕也だけでなく、ハルト達やアクア達も一斉に身構える。まさか、また裁判の続きか?


 「お待ちください。クルガン王とルシファー殿が、裕也様に帰る前に挨拶したいとおっしゃっています。ご足労をかけますが、アストレア城までお越し願いたい」


 衛兵は揃って、深々と頭をさげた。裕也は呆気にとられた。とりあえず、面倒ごとじゃなくて良かった。もう裁判はこりごりだ。裕也は一気に肩の力が抜け、そのまま大きく安堵の息を吐いた。


 

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 立派な柱がいくつもシンメトリー状に並んでいる。床は一面磨かれた大理石。脇には一定間隔で大きな絵画がかけられている。これがアストレア城か。凄い立派な造りの建物だ。ここを観光の目玉にでもすれば、アストレアの収益はうなぎ上りなんじゃないだろうか。


 裕也は跪きながら、色々と妄想にふけっていた。クルガン王が姿を現す。戦場で見たときとは見違えるほどの、立派な装飾を身に着けている。その隣には同じく洗練された衣装をまとう、ルシファーの姿があった。


 「面を上げよ」


 裕也はゆっくりと顔を上げる。


 「裕也よ。この度のそなたの働き、誠に見事であった。儂はもう少しで取り返しのつかぬ過ちをおかすところであった。お主には返しても返しきれん恩が出来た。それに裁判ではとんだ迷惑をかけてしまった。このとおりだ。許せ」


 「いえ、そのようなお言葉、もったいなく・・」


 うわぁ、緊張する。舌噛みそう。大体こんな場所、俺には場違いなんだよ。どうせ会うなら、お忍びで黒猫亭で会えばいいだろうが。王族相手の礼儀作法なんて知らねぇぞ。失敗したら、お前のせいだからな。


 心の中で自分勝手な主張を押し広げていく。と、同時に緊張で汗が噴き出してくる。うわーん、早く帰りたいよー。裕也は心の中で叫びだした。


 「ときに、裕也よ。お主、アストレアに仕えてみる気はないか?お主なら、クヌルフの代わりに大臣の地位を与えてやってもよいぞ」


 周囲の兵がざわめきつく。見たところ平民出の裕也がいきなり、大臣。とんだ大出世だ。羨むもの。妬むもの。様々な思いが交差する。


 ・・が、裕也は、そんな思いなど露知らず、勝手な妄想を続ける。


 なんだそりゃ。大臣だぁ。メンドクセェ。あ、でも大臣になったら、女にモテ放題なのか?収入だって相当いいだろうし。なぁに、あのクヌルフでさえ務めてたんだ。手ぇぬいてても問題ねぇだろ。


 裕也の隣で同じく頭を下げていたリーアが、裕也を白い目で睨む。


 「マスター、心の声漏れまくってるよ・・」


 「有難き幸せ。謹んでお受けいたします」


 クルガンの表情が喜びで満ちる。ルシファーも・・あれ?ルシファーはなんか難しそうな顔をしている。俺が大臣になるの嫌なのかな?そもそも宰相と大臣って、何が違うんだっけ?


 「それでは、早速だが、大臣となった裕也にラング王国クフ王と、シスイ王国パトラ女王との会見を・・」


 ちょっと待て。外交ってめちゃくちゃメンドクセェやつじゃねぇか。しかも失敗したら、全責任、俺持ちだろ。冗談じゃねぇ。交渉事はこの前の和平交渉一回きりで十分だ。あんな緊張感たっぷりの思い、何度も味わってたまるか。


 「お待ちください、クルガン王。やはり、そのような大それたお役目、私には荷が重すぎます。それに私には他にやりたいことがございます」


 クルガンの目が光る。やばい、王様相手に一度受けた承諾を覆しちゃまずかったか。でも、ここで断らなきゃ、もっと面倒なことになっちまう。


 「やりたいこととは、なんだ?」


 あ、やばい。適当に言ったから、内容全く考えてなかった。どうしよ、なんて言い訳しよう。リーアの裕也を見る目がどんどん白けたものになっていく。そんな目で見るな、リーア。主の危機だぞ。今こそ、従者としての力を発揮するがいい。あ、横向いた。横向きやがった、こいつ。裕也は冷や冷やしながら、弁明を考える。


 「それは、あえてこの場では言わないことにしましょう。王族や政治家の立場では出来ないこととでも申しましょうか。では、そういうことですので」


 そそくさと、帰ろうとする裕也だが、周囲一斉に注目を浴びる。うわぁ、みんな見てるよ。どうしよう・・あ、そうだ。


 「ふっ、仕方ありません。それでは申しましょう。私は此度のような、戦争の陰に隠れた、王族や政治家の目には届かない者たち。彼らのためにこそ、力を発揮したいのです。王は万人を幸せにします。ですが、そこには必ず漏れが生じるもの。助けきれない方々も必ずいる。そういったものたちにこそ、私は手を差し伸べたい・・」


 決まった・・完璧な言い訳。どうだ、微塵の隙もあるまい。よし、今度こそ帰らせてもらおう。裕也が話を切り上げようとすると、クルガンは酷く感銘を受けた様子で裕也を見つめてきた。


 「なるほど、お主の言う通りかもしれん。流石だな。だが、それではこちらの気が収まらん」


 うそー?今の完璧な言い分に何か文句でも?勘弁してよ。帰らしてよ。こんな緊張感あふれる場所、これ以上、耐えきるの無理だって。


 「と、申しますと?」


 「何、簡単だ。お主にアストレア名誉顧問の称号を授ける。儂からは具体的な仕事の指示はせぬ。すべてはお主の自由だ。お主の思うままに行動し、何か困ったことがあれば、いつでもこの儂や、ルシファーを頼るがいい。ルシファー、お前もそれで文句なかろう?」


 「ええ、全くございません。裕也。おまえには本当に世話になった。全く、大した奴だよ。俺の一番の功績はお前を味方に引き込んだことかもしれないな」


 え?なに?今度は褒め殺しか。そういうのは女性相手にやれっての。男からされてもあんまり嬉しくは・・なくはない。まぁ、ルシファーから褒められるんなら、悪い気はしないな。決して変な意味じゃないぞ。俺はノーマルだ。その手の趣味はない。


 「有難き幸せ。今度こそ、謹んで頂戴いたします」


 裕也は深々と頭を下げた。兵たちが一斉に裕也に拍手をおくる。裕也は恭しく礼をした。やっと終わったー。七面倒くせぇ会談だったぜ。


 クヌルフの野郎、王族の血筋に拘り持ってたみたいだけど、全く気がしれん。こんな緊張しまくりの場に毎日でるなんて、俺は死んでもごめんだ。ま、とりあえず、無事で何より。裕也の人生初の正式な形での王との接見はやっと終わりを告げ、今度こそ、クリスティ邸に戻る準備が整った。クルガン王が最後に締めの言葉をつづる。


 「アストレアの誤った過去は終わりを告げた。これからは、輝かしい未来に向かって、万進していくであろう。皆よ聞け。これからは、上位の者の言葉だけを鵜吞みにするのではなく、万民の言葉を聞き届けたいと思う。もちろん全てが上手くはいかぬであろうが、今日この日が、その第一歩だ。具体的な方策はここにいるルシファーや、ハルト達と協議を重ねていくつもりだ。儂は今、この意志をこの国の王の正式な発令として、ここに宣言する」



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 「くそっ、裕也とかいうやつ。甘く見過ぎていたかもしれん。まさか、六大魔女を味方に引き入れているとは。しかし、策は他にもある。裕也がだめなら、今度はハルトでも狙うか。いや、アクアを襲って無理やり俺のモノにするというのも・・」


 クヌルフは再びやけ酒を飲みながら、暗い復讐の案を練り始めていた。酒瓶が空になり、次の瓶を開けようとしたすると、突然、酒瓶が二つに割れた。割れ口から酒がこぼれおち、地面が真っ赤に濡れていく。


 「なんだ、誰かいるのか?」


 返事はない。だが、凍り付くような殺気を感じる。クヌルフはあたりを見回す。誰もいない。しかし、なんなのだ。誰かが俺を見ている。


 クヌルフは刀を構え、あたりを斬りつける。見えない何かに刀が食い込んだ。やった、不明な侵入者を打ち取った。クヌルフは肩から袈裟切りに刀を振り下ろす。ふいに肩に痛みが走った。たった今、自分が斬った道筋と同じように自分の体が斬られている。クヌルフは改めて前を見る。そこには妖艶な一人の女がたっていた。


 「おまえは、六大魔女ジェシカ・・」


 「あなた、失敗したわね」


 「なんの・・ことだ・・?」


 「あなたは私が親しくするにふさわしいと認めた、大切な人を陥れようと画策した。それも私たち六大魔女の名を利用して。ふふふ。六大魔女の名も随分と舐められたものよね。殺しはしないわ。本当はそうしたいところだけど、裕也さんは私がこれ以上、人を殺めるのを喜ばない。だから、代わりに・・」


 クヌルフは自分の体に走った痛みに思わず、唸り声をあげる。一体どうしたというのだ。周りの全てが漆黒の闇に包まれている・・


 「あなたの五感はもう何の意味もなさないわ。視覚も、聴覚も、嗅覚も、味覚も、触覚もない。あなたはこれから一生何も感じない。その状態で残りの人生を全うしなさいな」


 ジェシカはその場を後にして立ち去った。部屋にはクヌルフ一人が残る。今ジェシカがいった言葉も、クヌルフには聞こえていなかった。ふいにとてつもない孤独感がクヌルフを襲う。何も見えず、何も聞こえず、何も感じられない。


 「う・・うわ・・うぁあぁぁっぁあわわぁぁ・・」


 クヌルフがこの先、何を言ってもその言葉を聞くものは誰もいない。クヌルフは一人部屋に残された。


 クヌルフはこの日を持って、アストレア国内から完全に姿を消した。



**************************************



 「さてと、今度こそ、やっと帰れる。ハルトは次戻ってくるのは、夏ごろになるのか?メイガンやルキナもたまには遊びに来いよな。もちろん、アクアとエリス、それにハルシオンさんも」


 「ああ、田舎じゃ買えないアストレアの土産持って出かけてやるよ」


 「あなたたちがいなくなると寂しくなるわね・・」


 メイガンとルキナがそれぞれ裕也と分かれの握手を交わす。アクアとエリス、ハルシオンも裕也のもとにやってきた。


 「アクア、エリス、ハルシオンさん。これからいろいろ大変だろうけど、頑張ってくれよな。アルスたち、子供たちのためにもさ」


  アクアとハルシオンも順に裕也と手を握る。だが、エリスだけ、握手をしてこない。


 「エリス、おまえともお別れだ。これから・・」


 「ヤダ」


 「エリス?」


 「なぁ裕也、おまえ別に必ず帰らなきゃいけないわけじゃねぇんだろ。もうちっと、こっちにいろよ。そうだ、一緒に冒険者ギルドにでも登録しようぜ。私が弱っちいおまえを一から鍛えて立派な冒険者に仕立て上げてやるからさ」


 突然のエリスの発言に、裕也は戸惑った。エリスと冒険。それも悪くないかもしれない。だが、今はとりあえず、クリスティ邸に帰らなきゃ。


 「エリス、せっかくの申し出だけど・・」


 「いいか、裕也。私はおまえのことなど、これっぽっちもなんとも思ってない。だけど、お前が何か勘違いしてるかもしれない。だから、その誤解がとけるまで私の側にいろ」


 「エリス、言ってることが無茶苦茶だって。一体どうしたんだよ?」


 裕也の発言に裕也とエリスを除く全員が長い溜息をつく。ハルトが裕也の頭をたたく。


 「痛ってぇ。なにすんだ、ハルト」


 「おまえ、まさか、本気で分かってねぇわけじゃねぇよな。エリスにちゃんと挨拶してやれよ」


 「いや、流石の俺も気づいたけどさ。でも、まさか、嘘だろ。だって俺はアクアやエリスと一緒にいた時間のほとんどを、情けなさいっぱいの裕也君で過ごしてたんだぜ」


 「細かい事情は知らねぇよ。だけど、エリスがそう想ってるのは事実なんだろうぜ」


 裕也はエリスのもとに歩み寄る。エリスは裕也に抱き着いてきた。


 「私も一緒に行く」


 「・・は?」


 「おまえは弱っちいから、護衛が必要なんだ。私がその役目を買って出てやる。お前は泣いて土下座して感謝してればいいんだよ」


 「おい、ちょっと・・」


 エリスは勝手に、裕也が使う予定の馬車に乗り込んでしまった。アクアが仕方ないわねとため息をつく。


 「こうなったら、あの娘は聞かないわね。裕也さん、不束者の妹ですが、どうかよろしくお願いします」


 アクアが頭を下げた。それまで黙っていたリーアが裕也に軽い一撃をくらわしてきた。


 「マスター。言っとくけど、マスターはボクのものなんだからね。それが分かってる範囲で、エリスの同行を特別に許可して進ぜよう」


 「リーア。なんでお前が上から目線なんだよ・・」


 その後、エリスの説得をついに諦め、裕也たちは帰りの馬車へと乗り込んだ。裕也たちを乗せた馬車は、アストレアを後にし、目の前に広がる草原を駆け抜けていく。ふいにリーアが大声で叫ぶ。


 「ああっ、忘れてた・・」


 「どうしたんだ、リーア。何を忘れたって?」


 「クリスティおばちゃんたちへのお土産、結局買ってない・・」


 「あ・・」


 馬車はもうすでにかなりの距離を走っていた。ここから引き返すとなると、それなりの重労働だ。


 「ま・・まぁ、クリスティさんなら大目に見てくれるさ」


 「そうだよね、マスター・・」


 と、そのとき突然馬車が止まる。何事かと思って、外を見ると見覚えのある子供たちが裕也たちの進路に立ちふさがっていた。あれは・・


 「よぉ、アルス、クリード、ベスティ、シャーロット。どうしたんだよ、おまえら。なんでこんなところにいるんだ?」


 「それはこっちのセリフだっての。せっかくお父さんがアストレアとの戦いっていうのが終わって、戻ってくるから皆で迎えに来たら、裕也兄ちゃんがいるんだもん。びっくりしたよ」


 ああ・・そっか。親が戦争に兵士として駆り出されてたから、戦争が終わって、それぞれの家庭に戻っていくんだな。この道はその帰宅路にあたるというわけか。


 「でも、なんで突然戦争が終わったんだろうな」


 「きっと、あれよ。アストレアの英雄ハルト様がなんとかしてくださったんだわ」


 「そっか、やっぱすげーな。ハルト様」


 裕也とリーア、そしてエリスが顔を見合わせて、キョトンとし、そして笑い出す。裕也は子供たちの前にたち、一人ずつ、順番に頭をなでていった。


 「また、遊ぼうな。そうだ、おまえらも今度、うちに来いよ。お前らと同じくらいの年齢のルーシィってのがいるんだ。よかったら、友達になってやってくれないか?」


 四人の子供たちは、それを聞いて嬉しそうに裕也を取り囲む。


 「えっ、いいの?行く行く。ルーシィってどんな子?可愛い?」


 「ああ、メチャクチャ可愛いぜ。それに性格もいい。きっとみんな気に入ってくれると思う」


 「わー、すげぇ楽しみ。これもアストレアの英雄のおかげかな」


 アルスを皮切りに、みんなでルーシィの話題で盛り上がる。裕也は子供たちの前で、人差し指をたてて、ひとつ言葉を付け足す。


 「ハルトがアストレアの英雄なのは確かだけどな。他にも後、四人、戦争を終わらせて、国を平和に導いた英雄たちがいます。誰かわかるかな?」


 子供たちが、相談し始める。裕也は子供たちを誇らしげに見つめる。


 「正解は、アルス、クリード、ベスティ、シャーロット」


 アルスたちが驚いて、裕也を見返す。


 「ええっ?俺たち何にもしてないぜ」


 「そうだよ、裕也おにいちゃん。私たちが子供だからって、からかっちゃだめなんだからね」


 裕也は子供たちを優しく見つめ、エリスを振り返る。


 「なぁ、エリス。こいつらが、クルガン王の心を動かし、戦争を終わらせたんだよな?」


 エリスもまた嬉しそうに、子供たちのもとによってきて、誇らしげに子供たちを見つめる。


 「そうよ。あなたたちは、国の戦争を終わらせたの。自慢していいわよ。小さな英雄さんたち。あ、だけど一つだけ間違ってるわね」


 えっ?裕也は驚いてエリスを見る。この状況でなんか間違ったっけ?


 「英雄は五人。もう一人いるわ。その人は普段はとっても弱くて頼りがいなくて、そのうえメンドクサガリ屋なんだけど、いざというときは、とんでもない奇跡をおこしちゃうの」


 エリスは裕也の腕をしっかりと組む。


 「そうでしょ?私の英雄さん」

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