第4話 マスカレード舞踏会

 「被害はどこまで広がっている!敵の総力はまだ全貌が見えんのか。全く、どいつもこいつも使い物にならん」


 「お言葉ですが、クルガン王様。兵たちは体力と気力の限界を超えて、戦い続けております。特にハルト様に至っては、もはや半日以上ずっと剣を振り続け、魔法を駆使して最前線で奮闘されております。焦るお気持ちはごもっともですが、このままでは敵にやられるまえに過労で全滅しかねません」 


 アストレア王国の会議室は揺れていた。ルシファーの軍はおよそ二万五千。対してこちらは、せいぜい八千弱。三倍近い軍勢を相手に、それでも味方の軍は弱音をはかず、愚痴もこぼさず、最後の勝利を信じて戦い続けている。


 クルガンも味方に無理をさせていることなど、重々承知している。だが、ここで手を引けば、被害はさらに悪化する。城に一番近い砦も篭絡寸前。逃げ場を確保しようにも、よほどの妙手を打たない限りは、すんなり逃げられるような算段はない。


 最初はアストレア王国の方が優位に立っていた。最年少ながら建国始まって以来の英雄とまで言われる魔法剣士ハルトや、ハルトと幼馴染の大魔術師メイガン、ハルト、メイガンより一歳だけ年上の紅一点の女性召喚士ルキナなど名だたるメンバーを引き入れ、また、兵の数でも圧倒していた。


 だが、ルシファー軍にたった一人の魔獣使いであるハルシオンが加わったことにより、戦局が一変する。ハルシオンは魔獣の群れを軍に取り込むことにより、ルシファー軍の兵士を前線に送り出すことなく、後衛に控えさせたまま、アストレア王国軍を攻撃する戦略をとってきた。


 アストレア軍からすれば、大変不公平な話である。味方の兵士はどんどん消耗していくのに対して、ルシファー軍が失うのは現地調達の魔獣や魔物の群れだけなのだから。

 それでも、アストレア軍の兵士が戦いを諦めないのは、ハルト、メイガン、ルキナの三名の存在があったためだ。メイガンは普段は好まない派手で人目に付くような魔法をわざと駆使して、大勢の魔物を一挙に焼き払い、氷漬けにし、大爆発に巻き込んだ。


 メイガンは普段はこのような戦い方は好んではいない。眠りや味方の身体機能の強化など、一見地味だが確実に効果のある魔法によって、最も少ない労力で最大の戦果を生み出すのが自分の役目だと心得ている。だが、今はあえて視覚的にインパクトの大きい魔法を使うことによって、味方の士気をあげることを優先させていた。


 ルキナも同じだ。彼女もあまり人前で目立つことを好むような性格ではない。だが、今は大地の精霊や風の精霊の力を広範囲にわたって使用し、大地に割れ目を作って、魔獣を落とし込み、巨大竜巻をおこして、魔物をはるか空高くに吹き飛ばしていった。


 そして、ハルト。彼は誰よりも最前線に躍り出て、誰よりも多くの敵を切り払い、焼き尽くしている。その姿は味方ばかりか敵をも魅了する。まさに英雄を地で行く戦い方。ハルトの部下となった騎士や兵たちは、不利な戦局にも関わらず、今自分たちの置かれている状況を幸運だと感じていた。

 ハルトの戦い方を誰よりも近くで、目に焼き付けることができる。たとえ一時でも英雄と肩を並べて戦えることを誇りに思う。


 それでも、アストレア軍はこのままでいけば、いずれ敗北することになる。大勢の魔獣や魔物を倒しても、ルシファー軍の本陣に切り込まない限り、局面を展開させることが出来ない。クルガンはそのことを誰よりも分かっていながら、何ら打開策を打てない自分自身に、一番の苛立ちを覚えていた。



**************************************



 「あの迷子の娘、お姉さん見つかってよかったね。ボク、感動したよ。そ・れ・と・」


 リーアはそこで一旦区切って裕也の目の前で空中静止し、片方の手を腰に当てながら、もう片方の手の人差し指を裕也の眉間にあてる。


 「マスター、ボクになんか隠してるでしょ。どうやって、迷子の姉を見つけることが出来たのかなあ?さ、正直に話してもらおうか?」


 ルカードの店に戻ってきた裕也は、迷子の姉を無事見つけたことを皆に伝えた。みんなの表情に笑顔が宿る。だが、これでめでたしめでたしというわけにはいかなかった。どうして、裕也が迷子の姉を見つけることが出来たのか。


 皆が納得いく理由をどう説明すればいいか、さっきから色々言い訳を考えているが、いい案が思い浮かばない。いっそのこと、本当のことを話してしまおうかとも思うが、そんなことすれば、皆もっと納得いかないだろう。自分には人の記憶の一部が見えますなんて誰が信じる?

 

  正直に説明しても信憑性がなく、かといって、手ごろなごまかしも思いつかない。さて、どうしたものか。


 「えっと、ほら、なんとなくかな。直観。インスピレーションってやつがバババンと舞い降りたっていうか・・」


 「へー、なるほどー」


 「ほー」


 ・・ダメだ。リーアだけでなく、周りの誰からも相手にされていない。仕方ない。ここは正直に話すか。そっちの方がより相手にされなくなるだけだと思うが。


 「実は俺は触れた相手のきお・・」


 そこまで言いかけたとき、不意に途轍もない閉塞感に包まれた。なんだ?息ができない。まさか本当に質の悪い風邪でも引いたか。どこまでも終わりのない下り坂を転がっていくような感覚をなんとかこらえ、もう一度声を出す。


 「俺は人のきお・・ぐはっ・・くが・・ががっ・・」


 苦しい。なんだこの感覚。何も言いたくない。何も考えたくない。立っているのもだるい。寝るのすらだるい。記憶を読み取れる力のことを誰かに伝えようとすると、この苦しみが襲ってくるってことなのだろうか。


 だとすれば、どう言い訳すればいい。本当のこと言えないなら、結局ごまかすしかないか。くそっ、迷子探しなんて、他の人に任せればよかった。


 しばらくのたうち回った後、ゆっくり時間をかけて息を整え、あたりを見回してみる。周囲のみんなが心配そうに裕也の顔色をのぞき込んでいた。


 「おい、どうした?気分でも悪いのか?なんなら、俺のベッドかすから少し休んでいくか?」


 ルカードが見かけとは裏腹に優しい言葉をかけてくれる。しかし出来れば美少女のベッドをかりたい。汗臭そうだし、謹んで遠慮しておこう。いや、それは偏見か。というより、俺が人の親切を踏みにじる、くそやろうになってしまうではないか。


 「いや、大丈夫。ちょっと眩暈がしただけだ。それより、さっきの迷子の娘な。実はこの店に来る前に偶然、遠目にちらっと、姉の方を先に見かけてたんだよ。なんか自分の子供探してるみたいだったからさ。で、迷子の子発見だろ?もしかしたら姉妹なんじゃないかって思っただけなんだ」


 「オレと一緒に街を散策してた時は、そんなそぶり全くなかったのにな。ただ、買い食いしてただけじゃなかったんだな。意外と目ざといじゃねぇかヨ」


 とっさに思いついた言い訳に、カレンが思わぬ形でフォローしてくれた。助かった。一安心しようとした矢先、余計な一言が間に入る。


 「でもマスター、あの娘の名前、エミリーって知ってたよね?」


 ・・おまえは仮にも俺とマスター契約を結んだ精霊だろう。会社で言えば、部下のようなもん、いや違うかもしれないが、とにかく言わんでいいこと言うなよ。


 「それはほら、さっき遠目に姉の方を見かけたときにさ、エミリーどこー?って歩き回ってたからさ。それでもしかしたら、あの娘がエミリーなんじゃないかって思ったんだよ」


 よし。苦しいかもしれないが、ぎりぎり筋は通ってるだろ。これ以上は突っ込んでくれるなよ。俺の頭じゃ、とっさの判断で、これ以上の気の利いた言い訳は考えつかん。


 「釈然としない部分もあるが、そういうことにしておくか」


 なんとか、その場は納得してくれたようで、裕也は無事、質問攻撃から解放されることが出来た。もっとも、みんな半信半疑なのは明らか。特にリーアはあからさまに疑っている態度を崩さなかった。

 

 「まぁ、迷子の話はそれぐらいでいいや。それよかさぁ、裕也、おめぇ、マスカレード舞踏会に興味あるか?」


 カレンがタイミングよく、話題を変えてくれたため、裕也は助け船に喜んで乗ることにした。


 「なんだそれ?マスカレードってことは仮面つけて、なにかするってことか?」


 「お! よくわかったな。舞踏会って言っても、そんな本格的に踊れる必要はねぇぜ。ほとんど普通の立食パーティーと変わらねぇヨ。仮面つけてるってこと以外はな」


 「へぇ。面白そうじゃん。参加させてくれんのか?」


 「いいぜ。興味あるなら来いヨ。って言っても、場所はクリスティ家だけどな。」


 なるほど、あの館なら大勢の来客も十分にもてなせるだろう。しかし、クリスティーさんもアルシェさんも、どちらかと言えば、あまり大勢の人々の中に溶け込むのを好む性格ではない気がする。


 招かれれば人の家でのパーティー参加はするかもしれないが、自宅で開催したがるようなタイプには見えない。しかし、クリスティーさんなら、王族やら貴族やらのしがらみなどもあっても、おかしくないか。


 あれ?そう言えば、クリスティーさんって何か仕事してるんだろうか?もう隠居して、今は悠々自適な生活を送っているのかもしれない。でも館の主が一人ってことは、少なくとも今は旦那さんはいないってことだよな。


 未亡人なのか未婚なのかは不明だが、最初の紹介のときにクリスティーさんの方から話してこなかったということは、何か事情があるのかもしれないし、こちらからは聞かないほうがいいだろう。

 

 ルーシィは大丈夫なのかな。「悪魔の子」呼ばわりするような街の連中は、さすがに招待客リストにはいれないとは思うが。クリスティーさんが開催する以上は何らかのフォローはしてくれるか、あるいは、そもそも心配するような事態にはならないようにするか・・


 あ?もしかして、そのための「マスカレード」パーティーなのか?仮面被っちまえば、ルーシィーも顔を隠して参加できる。


 色々考えていた裕也に、カレンは指をつきつけて難題を押し付けてきた。


 「なぁ裕也。来るなら、相手見つけとけヨ。さすがにリーアとダンス踊れねぇだろ?」


 「心外だな。ボクだって踊りくらい、淑女のたしなみとして出来るさ。なんなら神秘的とまで言われる精霊の踊りみせてあげようか?」


 リーアがすかさず抗議をあげる。神秘的なのか。少し見たい気もする。だが、今、重要なのはそこではない。踊れる踊れないの問題ではない。


 「・・サイズの問題だヨ!リーアの身長で、どうやって裕也と、いや普通の成人男性と踊れるんだヨ?周りを適当に飛び回るくらいしか出来ねぇだろうが」


 ・・カレンの言うとおりだ。ルーシィーの心配より自分の心配しなくては。ダンスパーティーに誘えるような相手なんて、心当たりないぞ。こちらの世界に来てから、まともに口きいた女性と言えば、リーア、ルーシィー、クリスティーさん、カレンだけだ。なんて絶望的なラインナップ。


 体系的に、年齢的に、色々問題がありすぎだろ。口さえ閉じてくれれば、カレンがこの中じゃベスト相手だが、誘ったところで応じてくれないだろうな、きっと。他にも迷子探しの姉妹もいるが、居場所もわからないし、どうしようもない。


 「パーティーって、いつやるんだ?」


 「今日の夜だヨ。ま、頑張って無駄な努力してみなヨ」


 「くそっ、何が努力だ。どう考えても、そんな都合のいい相手なんか見つかるわけねぇだろ。ダメもとで聞いてみるが、カレン、おまえ誘ったらのってくれるか?」


 「あー、悪りぃけど無理。オレは仮にもメイドだからヨ。手伝いやら、準備やらで休む暇もねぇヨ」


 「だよな。分かってはいたが、一応聞いてみた。まぁそっちはそっちで大変そうだな。頑張ってくれよ、俺もなんか出来ることあったら、手伝うからさ」


 やっぱり、舞踏会に誘う相手なんて、そう都合よくは見つからないか。仕方ない。他にも一人で参加しに来る人いるかもしれないし、あんまり一人で浮くようなら適当なタイミングで切り上げればいいだろう。なんならカレンの手伝いに専念してもいい。


 「マスター、ボクの精霊の踊り、見逃したらきっと後悔するよ~」


 「いや、それはもういいよ。今度別の場所で見せてくれ」


 話を切り上げ、街を散策しながら、適当な仮面を探して、購入することにした。血を浴びたら、針が飛び出るような石仮面があれば即購入したいところだが、見当たらなかった。


 代わりに木彫りの、目の部分の両端がウイング状になっている、割とよく売れていたらしい仮面を購入することにした。食事の邪魔にならないように口元までは覆い隠さないのも、売れ行きが伸びている理由の一つかもしれない。


 リーアの分は、ハンカチくらいの布地を切り取り、加工して、蝶の形をしたお手製の仮面を作ってやることにした。左右の翼の部分が、リーアが身に着けたときに、ちょうど目の位置にくるようだったので、そこに穴を開けて、見えるようにしてやった。


 リーアは思いのほか、気に入ったようだ。裕也からしてみれば、お世辞にもあまりいい出来とは言えなかったので、もっと不満を言われるかと思っていた。だが、リーアはマスターから初めてのプレゼントということで、すごく嬉しそうにお手製仮面を抱きしめていた。


 仮面を用意した後もしばらくの間は街を歩きまわり、立ち並ぶ屋台を行き来して、買い食いを楽しんでいた。


 クリスティーの館に戻ったときには、すでに部屋の飾り付けもほとんど整っていた。専門の業者に予め頼んでいたようで、数時間もかからないらしい。クリスティーさんから、いきなりパーティーのこと知って驚いたでしょと言われたが、昨日はルーシィーの事件があったので、それどころではなかったし、参加させてくれたことの感謝だけ伝えておいた。


 そのルーシィーもマスカレード舞踏会に参加するようだ。黒と白のストライプ状の模様が入った仮面を見せてくれた。ちなみにクリスティーさんは、ユニコーンの頭部を模った被り物を頭に身に着けるようだ。もちろん、二人の仮面も口元だけは覆い隠さないデザインで加工されている。


 但し、一つだけ注意点がある。パーティー会場ではルーシィーの名前は絶対に呼ばないこと。クリスティーさんが選んだ招待客以外にも、連れの連れという形で会場に入ってきた来客もいるため、ルーシィーのことを「悪魔の子」呼ばわりする輩が万が一入ってきたための対処だ。


 パーティー内ではルーシィーのことを「ルミ」と呼ぶことにした。安易だが、あまりかけ離れた名前にしても分かりづらいだろうし、仮面付けて偽名だしてりゃ、とりあえず問題はないだろう。


 アルシェさんとカレンはパーティーの参加者ではなく、裏方なので、仮面は必要ないかと思われたが、眼鼻立ちの部分だけを隠せるサイズの白い仮面を身に着けている。パーティーが始まるまでの間、裕也とリーアは料理をテーブルにセットしたり、飾り付けをクリスティーさんの指示に従って、少しだけ修正するなどして手伝った。


 開始時刻の数十分前くらいから、来客が次々と舞い込んできた。受付はカレンが担当している。流石に普段の言葉使いはやめて、丁寧に挨拶しているが、なかなか堂にいったものだ。来客者たちの服装から判断すると、王族や貴族、大商人といった富裕層が割合としては多いようだった。


 だがその一方で、クリスティーさんは孤児院の面倒も見ているようで、クリスティーさんの世話する施設の子供たちや、神父、シスターたちも来ていた。来客者はまだまだ列を並ばせていたが、開始時刻が来たため、クリスティーさんの挨拶が始まった。


 「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。このマスカレード舞踏会は、この場にいらっしゃる皆様の様々な階級、身分の垣根を越えて親睦を深め、ラング王国益々の発展を願うものであります。それでは、皆様グラスは行きわたりましたでしょうか?あまり、長くお話しても、退屈でしょうし、料理も覚めてしまいますので、挨拶はこのぐらいにしておきまして・・乾杯!」


 裕也も小皿を手に取り、並んでいる料理を端から順に物色していく。肉をローストしたものにグラタンやパスタのようなもの、魚のムニエル、野菜を花の形に切り取ったサラダ、果物の盛り合わせなど、彩も鮮やかな料理が並んでいる。


 これ全部、カレンが作ったのだろうか。だとしたら、大したものだ。味も悪くない。というより、相当旨い。酒については、こちらの世界のものは、どれも少しアルコール度数が強めになっているようで、少量飲んだ段階で、顔を赤らめてしまっていた。


 すぐそばではリーアが、どんどん料理を平らげている。どうして、リーアの胃袋に、リーアの体より大きな食べ物が収まるのか、相変わらず理解できないが、リーアの食欲はとどまることを知らない。ルミも負けず劣らず食欲旺盛で、すべての料理を皿に載せて、余裕で平らげている。リーアとルミの食いっぷりに見とれ、呆れていると、誰かに背中をたたかれた。


 「もしかして、裕也さんですか?」


 振り返ってみると、全身緑色のローブに身をつつみ、顔をすっぽり包み込むような白い無地の仮面で覆っている。声と体系からして女性であることは間違いないと思うが、誰だろうか。なんとなく聞き覚えのあるような声だ。それもかなり最近。


 「私です。クレアです。まさかこんなところで会うなんて思いもしませんでした。裕也さんも参加されてたんですね。びっくりしました」


 「いや、俺の方こそ、驚きました。舞踏会だけどリーアとルミ以外の連れもいないし、困ってたんですよ。まあその前に踊りなんかしたことないんですけどね。あ、紹介します。こちらはリーア、俺が契約結んでいる精霊です。で、こっちがルミ。俺たちみんな、この館に住まわせてもらってるんです」


 「え?クリスティー様のお館に住まわれてるんですか?もしかして、かなり身分の高いお方でしたか?すいません、そうとは知らず、いろいろ失礼なことを・・」


 「マスターって全然、全く、これっぽっちも、身分高くないから気にしなくていいよー」


 委縮してしまったクレアに対して、リーアが口の中一杯に頬張っていたものを飲み込み、余計な一言、二言つきでフォローを入れてくれる。


 「・・リーア、一応、俺っておまえのマスターなんだよな? でも、クレアさん、リーアの言う通りです。俺たち王族でも貴族でもなんでもありません。全然気にしないでください。ルミだけは、ひょっとしたら、本当は身分高いかもしれないけど、俺もよく知らないし」


 「あら、そうでしたの。ほっとしました。実は私こういう場に来るのって初めてで、少し緊張してましたの。本当はエミリーも連れてきたかったんですが、まだ小さいし、粗相があるといけないので、お留守番なんです。私一人でこんな大勢の人がいるパーティーに来ちゃって、どうしようかって困ってたんです。」


 「クレアさん、すごい美人だから、一人だったら、男がほっとかないでしょう?」


 「お上手ね。お世辞でも嬉しいわ。でも、仮面付けてるんだから、そもそも顔分からないんじゃないかしら?」


 「いや、クレアさんぐらいの美人だったら、仮面越しでも、魅力的な女性だってわかっちゃいますよ。あの、もし俺がダンスに誘ったら、ご迷惑ですか?リーアとルミだと、一緒に踊ることは出来ないので、今日の舞踏会は見てるしかないかなって思ってたんです」


 「あら?誘ってくださるの?嬉しいわ。私も、一人だったから、心細かったの。踊りの経験は豊富なのかしら?」


 「いや、すいません。誘っておいてなんですけど、実は踊りの経験なんて全然ないんです。それでもいいですか?」


 踊りなど、祭りの盆踊りぐらいしか経験がない。周りを見ると、さすがに身分高い人達の集まりだけあって、みんな優雅に華麗にきめている。裕也があの域までたどり着くには、数年はかかるだろう。


 「それでは、私がエスコートしますね。裕也さんは私に合わせて、自然に動いてくれれば、それでいいわ」


 クレアは自分の腰に裕也の左手を持っていき、右手を自分の手と合わせる。そのまま、軽快なステップをふんで、自然な動作で、踊りの広場へと体を移していった。


 裕也は最初こそぎこちない動きだったが、クレアのフォローが想像以上に優しく丁寧であったこと、また、絶えず裕也がステップを踏みやすいように、動きをリードしてくれたことから、なんとか様になる踊りを披露することが出来た。相手がクレア以外であれば、とてもまともに踊ることなんて出来なかったであろう。


 「ふぅ、ダンスってこんなに気持ちいいもんだったんですね。こんなに自分が踊れるなんて思わなかった。全部クレアさんのおかげです」


 「いえいえ、裕也さん元々センスあったんだと思いますよ。私も踊ってて、すごく気持ちよかったです。それにしても不思議。王族、貴族、平民、みんながひとつの場所で踊るなんて。クリスティーさんってすごい方なんですね」


 「俺もあの人のこと、まだよく知ってるわけじゃないけど、やっぱり相当な影響力の持ち主なんだと思います。でも、話すと気さくで、全然かたくなく話せるんですよ」


 「本当に力のある人って、意外と穏やかで優しい人が多いのよね。中途半端に肩ひじ張って強がってる人の方が、やたら身分や礼儀にこだわったりする印象があるわ」


 「それ、俺も同感です。素で力のある人や頭のいい人って、自分に余裕がある分、他人にも優しくなれるんじゃないんですか。逆に、外見上そういう風にみせかけてるだけで、実は弱かったり、愚かな人って心に余裕がないから、なかなか人に優しくなれないんだと思いますよ。って偉そうに言ってるけど、俺自身が弱くて頭の悪い代表格みたいなもんなんですけどね」


 「私だって、人のこと言えないわよ。ふふ。裕也さん、会ったばかりなのに、なんでも話せそう。聞き上手なのかな」


 「俺もクレアさんと、もっと色んな話したいです。クレアさんのこと、もっとよく知りたいし、クレアさんに、もっとよく知ってもらいたい」


 「あら、もしかして口説かれてるのかしら。そうね。あなた悪い人じゃなさそうだし、素直に嬉しいって言っておくわ。私もあなたのこと、もっと知りたい。まずはこのパーティーを思う存分、一緒に楽しみましょう。休憩したら、もっともっと踊りたいわ」


 裕也とクレアがパーティーを楽しんでいる頃、リーアとルーシィーはひたすら「食」に専念していた。これはこれで、楽しみ方のひとつであろう。


 「マスターってば、なにさ、デレデレしちゃってさ。ボクだって身長さえあればマスターといっぱい、いーっぱい踊れるのに・・ルミ、こうなったら、出てくる料理全部平らげるわよー」


 「おおー、まかせとけー」


 リーアとルーシィーは夢中になって、片っ端から料理に手を伸ばしていた。と、そこで、ルーシィーが不注意で、誰かの背中にぶつかり、衝撃で、皿に載せた料理の一部を落としてしまった。


 「あら。ごめんなさい、ルーシィーさん。代わりに私のを食べる?」


 「こっちこそ、ごめんなさい。わーい、ありがとー」


 ルーシィーが元気よく女性から皿を受け取り、顔を見た瞬間、目が焦点を失い始めた。汗がどんどん流れ始め、肩を震わせる。そんなルーシィーの様子を見て、リーアは女性を観察し、なにか得体のしれない不気味さを汲み取った。


 「もう、なにやってるのよ、ルミ。ほら、ボクが拭いてあげる。ごめんなさいね、お姉さん。ところで、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」


 本当はすぐに、この場から離れようとしたが、どうしても質問せずにはいられなかった。


 「なにかしら?ぶつかったことなら、気にしないでいいわよ」


 「ありがとう、お姉さん。それでね・・なんでこの娘の名前がルーシィーって知ってるの?」


 リーアは咄嗟にルーシィーを自分の背の後ろにさせる位置に移動する。女性の雰囲気、持っているオーラにただならぬ禍々しさを感じたためだ。ルーシィーがぶつかった相手、身に着けている仮面はいたってごく普通の、木彫りの量産されているものだったが、服装がおかしかった。こんなパーティーに喪服を着て参加。マスカレード舞踏会なので、変装したりコスチュームを着るのは自由だ。だが、パーティーの席に喪服はあまり合わない。


「あらあら、どうしたのかしら。そんなに怖い顔しちゃって。誰かがその娘に名前で話しかけてるの、偶然聞こえただけよ」


 「へぇー、そうなんだー。ところで、その人って誰なのかな?ちなみにね、この娘、ある事情からパーティー会場ではボクも他のみんなも、ルミって呼ぶことにしてるの」


 「・・何が言いたいのかしら?」


 「ルミ、ルーシィーは仮面をつけている。確かに、体系とか仕草、言葉使いとかから、本人を知っている人なら、ルーシィーのことが分かってもおかしくない。でも、ボクたち身内や両親以外の人たちだったら、ルーシィーのことが分かった瞬間に取り乱すと思うの。”悪魔の子”って叫んじゃうかもしれない。お姉さん、ルーシィーのこと知ってるのに、冷静だし、親切だよね?」


 「・・・」


 「ねぇ、もう一回きくね。なんでこの娘がルーシィーって知ってるの?お姉さん、ルーシィーの母親か姉か親戚なの?さすがに妹ってことはないよね。それとも、どこかでこの娘と会ったことあるのかな?例えば、そう・・お風呂場とかでさ・・」


 女性が放つ禍々しいオーラが一段と強まってくる。いつの間にか、身に着けていたはずの木彫りの仮面がなくなり、ベールを代わりに頭に被っている。ルーシィーは震える手でリーアの小さな背中の服を掴み、怯えた目で女性を見上げる。


 「・・ふふ。失敗しちゃったわね。初歩的なミスってやつかしら。ねぇ可愛い精霊さん。あなたは何色が好き?」

 

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