第3話 迷子探しは突然に

 裕也とリーアがアルシェに連れられてルーシィの部屋に入ると、見知らぬ老婦人が、ベッドに寝かせられたルーシィの前で悲愴な表情を浮かべているのが見えた。


 喉に穴が開いている。この異常な状態に対して、裕也はとっさに街の中でルーシィの傷を癒したことを思い出し、ルーシィの喉に手を当てる。アルシェと老婦人が驚いて裕也を見るが、説明は後回しだ。裕也の手が触れた箇所を中心として、瞬く間にルーシィの穴は塞がっていき、元の状態に戻る。意識はまだ回復してないが、安らかな寝息をたてている。取り合えず命に別状はないと言っていいだろう。


 「今のは・・あなたはヒーラーの魔法の使い手なのですか?」


 「うん、そうだよ。マスターってば珍しい力の持ち主でしょ。」


 裕也が老婦人の問いに答える前に、リーアが誇らしげに、即答した。


 「えっと、その、実は俺自身もヒーラーの魔法ってのはよくわかってないんですが、街でルーシィが襲われてた時も同じ方法で傷治せたんで、ダメもとでやってみたんです。」


 「そうですか。街中でもルーシィの傷を治してくれたのですね。本当にありがとうございます。裕也様がいなければ、ルーシィはどうなっていたことか。申し遅れました。私ルーシィの母替わりで、この館の主を務めておりますクリスティと申します。」


 「えっ、クリスティ?苗字はアガサじゃないですよね?」


 「いえ、家名はヴァンです。ヴァン・クリスティですが・・なにかまずかったでしょうか?」


 「あ、いえいえ全然全然。すみません、変なこと聞いてしまって。俺・・私は朝霧裕也と申します。裕也でいいです。こちらは精霊リーア。マスター契約を結んで、共に行動しております。」


 「ボクがマスターの一番の精霊リーア。宜しくね、クリスティおばちゃん」


 ・・初対面の相手におばちゃんはないだろう。せっかく丁寧に返答した裕也の立場が台無しだ。だがクリスティは嫌な顔一つせず、穏やかな微笑みを浮かべている。こういった屋敷の主は大抵お堅い人物という偏見を持っていた裕也は、自分の常識も案外狭いんだなと思い直す。


 「裕也様にリーア様。すでにアルシェより話は伺っております。どうぞお気のすむまで何日でもご滞在ください。もちろん食事も提供いたします。ただ昼間は訳あって、あまり人前に顔を出したくないため、夕食と朝食のみとさせてください。ルーシィを助けていただいた恩人に大変申し訳ないのですが」


 「いえ、とんでもないです。助かります。いや、本当に」


 「それから、余計なお世話かもしれませんが、何かと物入りになるかもしれませんので、少しばかりの貨幣も渡しておきましょう。足りなくなったら、またお申し付けください」


 「アルシェさん、クリスティさん!!あなたがたは神様です!!」


 一番、問題視していた衣食住のうち、食と住が確保できた。しかも、こんな大層な屋敷に泊まれるとなれば、ありえないぐらい相当な幸運と言える。魔法やら魔竜やらよりも、よっぽど切羽詰まった死活問題として抱えていた生活基盤の問題が一気に解消できたことを神様に感謝する。さらに当面の生活費までもらえるとは思ってもみなかった。ああ、この立派な方々の未来が明るいものでありますように。


 「でもさぁ、なんでルーシィの喉に穴が開いてたんだろ。自分で開けるわけはないよね」


 「どんなプレイだよ。そうだな。呪いとかの類か?魔法があるなら呪いもあるだろ」


 「うーん、呪い自体はあるけど、喉に穴を開ける呪いなんてあったかな?少なくともボクは知らないや。ルーシィを見つけたのはアルシェさんだったよね。どんな様子だったの?」


 ルーシィの問いかけを受けたアルシェは、そのときの様子を思い出したのか、目をつむり、首を垂れる。


 「私がルーシィ様を発見したのはお風呂場でした。ルーシィ様に体の汚れを洗い流すよう申し上げたのです。なかなかお風呂から上がってこないため、呼びに行ったのですが、返事がなく、失礼ながらお風呂場に入らせていただくと、喉から血を流して倒れていました。」


 その後、すぐにルーシィを部屋に運びベッドに寝かせると、クリスティさんを呼びに行き、それから俺やリーアを呼びに来たようだ。相当慌てていたのだろう。普段は冷静沈着と思われるアルシェさんが、服の袖を捲り上げたままでいることにも気づいていない。おそらく、ルーシィを抱きかかえる際にその方が運びやすかったのだろう。


 クリスティの方は、ルーシィの手を包み込むように両手で握り、ルーシィの布団をかけなおしていた。


 「リーア、とりあえずここはクリスティさんとアルシェさんに任せて、部屋に戻ろうか。俺たちがここで話し合ってると、ルーシィも煩くてゆっくり寝れないだろうしさ」


 「うん、そうだね。アルシェさん、クリスティおばちゃん、またねー」


 だから、おばちゃんはやめろって・・クリスティさんの機嫌損ねたらどうするんだ。せっかく、神様がくれた幸運により、メシと宿の確保が出来たっていうのに、台無しになったらどうする。 



 *************************************



 とある街の一角。ここは丁度隣り合う家と家が背中合わせになった隙間の土地であり、昼間でもほとんど人の出入りはない。ましてや深夜の今なら邪魔するものは誰も来ないだろう。


 男たちは、目の前の獲物に舌なめずりする。喪服を着ているが葬式帰りだろうか。だがそんな女の事情などどうでもいい。顔はベールに隠れてよく見えないが、服の上からでも、スタイルの良さは際立っており申し分ない。


 くだらない揉め事がきっかけで、長い間牢獄に入っていたため、ずっと女に飢えていた。こちらは三人。しかも、大通りへの通路は男たちの立っている場所の後ろであり、女の方は行き止まりの道に繋がっている。極上の獲物におあつらえ向きの場所。出所祝いとしちゃ上出来だ。


 「おやおやぁ、どうしたんですかぁ?こんな場所に、あんたみたいな綺麗な姉さんが一人でいると危ないですよぉ。俺らがきっちり体の隅々までボディーガードしてあげましょうかぁ?」


 下卑た笑いを浮かべながら、三人のうちの一人が近づいていく。女は逃げ出す素振りを見せない。既に覚悟を決めたということだろうか。余計な手間が省けて助かる。

 男が女の目の前まで近づくと、女は特に怯えた様子もなく、聞く者を落ち着かせるような優しい声で囁きかけてくる。


 「あなたは何色が好き?」


 色?何を言ってるんだこの女は。絶体絶命の状況に立たされて、イかれたのだろうか?まともにとりあってやる必要もないと思い適当に返す。


 「俺はぁあんたの、ここの色が大好きだぜぇ」


 男が女のスカートに手をかけようとした途端、男の手がとれた。文字通り、手首から先、手が付け根の部分から離れ落ち、その場で地面にポトンと転がる。

 男は最初何が起きたのか、気づかなかったが、自分の亡くなった手首から先を見て、絶叫をあげてのたうち回る。


 「ぎぃやぁあああああああああああ、うげぇええええええええええ、おぉあああああぁぁ」


 様子を見た残り二人の男のうち一人が女に飛び掛かる。


 「てめぇ、なにしやがった?おい、アルケー、女の手に何か武器持ってないか調べろ。ワイヤー状の導線か何かで切断したのかもしれねぇ」


 目の前の異常事態を目の当たりにした直後にしては、なかなか冷静な判断だ。アルケーと呼ばれたもう一人の男は目を凝らして、女の手元を見てみるが、特に何かを持っている様子はない。仲間にその旨を伝えようとして、飛び掛かった男の方を振り返ると、頭の頂上から股にかけて縦の綺麗な切れ目が入っていた。見事なシンメトリー状にパックリ左右に体が分かれて、血の渋きが飛び出す。


 「あぎゃうわわわぁぁああああああああああああああああああああ」


 アルケーはこの時点で完全に戦意を喪失していた。逃げるしかない。幸い自分のいる方向の先に大通りがある。通りの道まで行って、大声をあげれば、街の人が気づいてくれるかもしれない。一目散に通りを目指して駆け出す。


 誰かにぶつかって見上げると、目の前に喪服の女がいた。何故だ。女は道の反対側にいたはずだ。仮に女が自分を追いかけてきたとして、女のほうが足が速かったとしても、通りは狭い一本道。追い抜かれる時点で気づくはずだ。


 戦うしかない。男はそう判断し、懐から刃渡りが肘から手の指先くらいまである、幅広のナイフを取り出す。


 「あなたは何色が好き?」


 女は問いかけてくる。質問に何かの意味があるのだろうか。もし女の気に入る回答を答えられたなら、見逃してくれるだろうか。


 「俺は・・」


 この女の問いに対する正解を考えるか、それとも・・。結局、男は言葉よりも手元のナイフの力を信じることにした。それが男の運命を分けたのかもしれない。男はナイフを女の腹に突き刺す。ダメ元だった。避けられるか、反撃されるか、どちらにしても、自分の攻撃が通るなどとは思ってなかった。


 だが、予想に反してナイフはすんなり女の腹に突き刺さる。血が噴水のように吹き出し、女はそのまま倒れた。


 「はは・・なんだ、いや、案外こんなもんだ。やってみりゃ、簡単に決まるもんだぜ。ひひひ・・ひゃはひひひははは」


 男は目の前の脅威が倒れたことに、自分が助かったという安堵を覚え、狂ったように喜び狂う。ひとしきり笑い終わった後に男は気づく。自分の腹にナイフが、確かに女に突き刺したはずの自分の持っていたナイフが、全く同じ突き刺さり方で自分自身の腹に収まっていることに。そこから先は、血の吹き出し方から倒れ方まで同じだった。男は最後に上を見上げる。


 喪服の女が立っていた。確かにナイフを突き刺したはずの女の腹は全くの無傷だ。女はその場の出来事にはもはや興味をなくしたようで、そのまま大通りの中に消えていった。


 「なんで・・」


 それが男がこの世に残した最後の言葉だった。死にゆく瞬間まで、女を刺したこと、自分が同じ方法で刺されていることを考え、だけど答えに到達することはなく、そのまま男の意識は闇に堕ちた。



*************************************



「ルーシィの記憶がない?」


裕也とリーアは、クリスティの言葉を反復する。


 「記憶がないと言っても、ほんの短い間の記憶が欠けているだけですので、生活に支障はきたさないでしょう。裕也様とリーア様のこともちゃんと覚えてます。ただ、被害に遭ったと思われる今日の風呂場での出来事のみ、どうしても思い出せないようなのです」


 精神的ショックが大きかったためだろうか。出来れば、ルーシィがどういう状況で、喉に穴を開けられるという不可思議な怪我を負ったのか、問いただしたいところではあったが仕方がない。


 「とりあえず、ルーシィは意識は取り戻したということですよね?今は部屋で安静にしている状態ですか?」


 「ルーシィ様は一度お目ざめになられた後、簡単な軽食をとり、再びお休みになられました。裕也様たちにも会いたがっていた様子でしたが、夜も遅いことですし、明日の朝まではお休みになるようご提言いたしました。まずかったでしょうか?」


 クリスティの代わりにアルシェが答える。彼もずっとルーシィを心配していたのだろう。疲れが顔に滲み出ている。


 「あ、いえ、俺もその方がいいと思います。とりあえず無事でよかった。何があったかは気になるところですが、館の用心だけはしておいた方がいいかもしれませんね」


 「それでは、裕也様とリーア様も遅くなってしまいましたが、ご夕食になさいますか?」


 夕食!そういえば裕也はこちらの世界に来てから、まだ一度も飯を食ってなかったことを、今更ながら思い出す。思い出したら、どんどん腹が減ってきた。一度意識すると空腹がとまらない。


 「よろしいんですか?ではぜひ、お言葉に甘えて。実は相当腹減ってて、困ってたんです」


 「それはそれは。すぐにご用意いたします。ですが、リーア様についてですが、精霊用の食事というのはご用意できないかもしれないのですが・・」


 「裕也と同じメニューで大丈夫だよ。量もマスターと同じでいい」


 量も同じ?裕也は首をかしげてリーアを見る。


 「え?メニューはともかく、量は・・調整してもらったほうがいいんじゃないか?」


 「そんなことしたら、ボク怒るよ。アルシェさん、もう一回言うね。量もマスターと同じでいいからね」


 「かしこまりました。それでは、リーア様の分もご用意いたします。カレン、裕也様たちをダイニングルームにご案内して」


 「ええっ、超めんどくせぇヨ、もう遅いし寝ようぜ。明日でいいじゃんヨ」


 アルシェの呼びかけに不満いっぱいの声で返事が返ってくる。声の方を振り返ってみると赤毛のポニーテールにエプロン姿の上から何故かヒョウ柄のガウンを羽織り、黒長のブーツを履いた女性が部屋のドア付近に立っていた。

 アルシェの言っていたこの館のメイドだろうか。それにしては、随分、活発な格好をしている。メイドという単語に噛み合っているのは、ガウンの下のエプロンだけだ。そんな彼女をアルシェが窘める。


 「カレン、お客様に対する口の利き方ぐらい、いい加減、覚えなさい。大体なんですか、その恰好は。お仕事中ですよ」


 「うっせーヨ。小言ばっか言ってるとハゲるぜ、爺い。ダイニングルームにこいつら、連れてきゃいいんだろ。ほら、とっととついて来いや。ぐずぐずしてんじゃねぇヨ」


 カレンはそれだけ言い残して、勝手に部屋から出て行った。裕也とリーアは慌ててカレンの後姿を追いかける。なるほど個性的だ。少なくとも裕也の常識にあるメイド像には当てはまらない。

 というか、メイドだったら、少なくとも屋敷にいる間は業務中ってことだよな。この世界のことはよく知らないが、世間一般常識としてダメじゃないか?給料だか、給金だかをもらってるんだよな?


 ダイニングルームに用意された椅子に着席後、まもなくしてカレンが料理を運んでくる。


 「ったく、なんどこんなメンドクセーこと・・」


 ぶつくさ文句を言っていたが、運ばれた料理は申し分のないものだった。若鳥のソテーにパンプキンスープ、グラタン、サラダの盛り合わせ。こちらの世界の料理について少し心配していた裕也だったが、運ばれてきた料理を見て、杞憂でよかったとほっとする。


 若鳥のソテーは塩胡椒の加減が絶妙な塩梅に収まっており、パンプキンスープは体の芯まで温めてくれる。グラタンは表面のチーズがかかった箇所のみパリッとしていて、中はクリーミー。サラダも一つ一つの野菜の味が見事なハーモニーを奏でている。


 「すっげぇ、これ上手いっす。いやまじで。専用のシェフとか料理人とか雇ってるんですか?あ、でも、この館にいるのって五人だけなんですよね。俺とリーア含めても七人」


 「作ったのはオレだヨ。いいから黙って食え。片付け済むまで寝られねーんだからヨ」


 え?嘘?どう見ても社会人失格者のカレンがこの料理を?もしかしたら、この料理の才能のために、クリスティさんはカレンを雇っているのだろうか。ありうる。普通だったら、即刻クビになってておかしくない、むしろ、なってなきゃおかしい、非常識メイドのカレンがこんな大豪邸に務めているのだから、何らかの卓越した特技があるとみて然るべきであろう。


 「おかわりないのぉ?ボクこれだけじゃ、足りないよー」


 裕也がまだ半分も食べ終わらないうちに、リーアは完食していた。単純な体積比だけを見れば、一杯のパンプキンスープの量だけでも、リーアの体の大きさより上なのだが・・一体どうやって、あの小さな体の中に収まったのか。物理法則を完全に無視している。


 「おめぇ、その体でよく食えんな」


 さすがのカレンもリーアの食欲には驚いたようだ。それでも、リーアの望むままにおかわりを提供し、やがて裕也とリーアがひとしきり食べ終わり、満足げに背もたれによりかかると、あぁメンドクセーと文句を言いながらも、食器をさげていった。


 今日一日だけで色々あったが、とにかく今日はもう寝よう、裕也は自分の部屋に戻るとそのままベッドに倒れこんだ。


 リーアは結局、裕也の部屋までついてきた。裕也と一緒に寝てもよかったが、人間用のサイズのベッドは流石に寝心地が悪かったし、裕也の寝返りに巻き込まれたら大怪我しかねない。仕方なく備え付けのコップをベッド代わりに、裕也のポケットから断りなく勝手に取り出したハンカチを毛布代わりにして体に巻き付け、そのまま安らかな寝息をたてた。


 翌朝。裕也とリーアがルーシィの部屋を訪れると、ルーシィはすっかり元気になったようで、裕也が部屋に入った瞬間に「ユウヤぁ、オハヨー。朝のおんぶー」と言って背中に乗りかかってきた。

 

 朝のおんぶってなんだ。昼や夜は別に何か用意されているのか。じゃれつくルーシィを見て、リーアが私も私もと言って、裕也の頭の上で胡坐をかく。人の頭の上に乗っかるのは、おんぶとは言わない。そう抗議しようと思ったが、体は小さくともリーアの感触が予想以上に柔らかく心地よかったため、何も言わないことにした。

 決して、やましさなどない。あくまで、ほのぼのとした朝のコミュニケーションの一環だ。


 裕也は朝食の席で、アルシェから街を散策してみることを勧められ、カレンの案内で、昨日はゆっくり味わうことのできなかった、街の景観を堪能していた。当然のようにリーアは一緒だ。ルーシィは危険なのでお留守番。


 本当はルーシィも外に出たいのだろうが、「悪魔の子」絡みのトラブルを起こされるのはルーシィにとっても、裕也にとっても面倒だし、何より昨日みたいに街の連中に襲われたとしたら、正直裕也には事を無事に収める自信が無い。


 カレンは街の案内役を自らかってでた。もちろん、裕也たちへの親切心などではない。裕也たちを案内するという名目で、屋敷の仕事をさぼり、かつ自由に昼間から街で遊べるというメリットをとっただけだ。適当に裕也たちをいくつかの店に連れて行ったあとは、自由行動時間を設けるつもりだった。


 「この店は鳥串焼き売ってるんだぜ。酒にも合うんだけどヨ、街歩きながら食うのもうめぇぜ。ああ、服も欲しいんだっけか?確かに、その恰好じゃ目立つわな。手ごろな服買うんなら、ルカードんところがお奨めだぜ」


 ついに衣食住の最後の砦、「衣」が完成する。生活基盤が完全に整ったことの感慨に浸りながら、裕也は鳥串焼きを頬張る。間違いなく、まごうことなく、焼き鳥だ。ただ、この世界ではタレまでは再現できてないようで、売っているのは全て塩焼きのみ。それでも十分にうまい。今度機会があれば、タレについて提案してみるのもいいかもしれない。


 「おお、兄ちゃん、もう三本ぐらい、いっとけよ。って、おぁ、カレンじゃねぇか。おめぇ確かクリスティ様んとこでメイドやってんだよな。なんで、こんな昼間から出歩いてるんだよ?買い出しか?」


 鳥串焼きの店の主人が張りのある声で、カレンにどなってくる。とは言え、悪い響きではない。祭りの掛け声みたいな感じで、むしろ聞いていて心地がいい。


 「ちげぇよ、アル。こいつらの道案内してやってんだヨ。おめぇこそ、いいんかヨ?これから、色々と物入りだろ。なんせ、家族が一人増えるんだからヨ」


 「おおっ、そうさ。だから、大黒柱の俺が、こうして汗水たらして働いてんじゃねぇか。感激したか?したよな?だったら、もう四、五本ぐらい買っていきたくなるのが、人情ってもんだよな?」


 「ちっ。仕方ねぇな。五本はいらねぇけど、後二、三本ぐらいなら買ってってやらぁ。アルもついに父親か。信じらんねぇぜ。子供は母親に似るといいな。外見も中身もヨ」


 「おめぇ、そりゃどういう意味だよ?」


 「なんだぁ?子供がどっちに似たほうが幸せになるかって話だろうが」


 アルがカレンに飛び掛かる。カレンは華麗に身をかわし、アルの頭を抱えてチョークスリーパーを決める。しばらく取っ組み合いを続けた後で、顔を見合わせ、アルもカレンも大声で笑いだした。


 「ったく、おめぇも、早くいい男を見つけて、幸せになれよ。俺みたいなよ」


 「うっせぇ、余計な世話だぜ。・・しょうがねぇから、そっちのサラダもついでに買ってってやるヨ。泣いて感謝しな」


 「お、毎度ありぃ。そっちの兄さんもまた来てくれよな」


 裕也は突然アルに声かけられたことに驚いたが、サムズアップを返して焼き鳥もとい鳥串焼きを気に入った意を伝えた。ルカードの店に向かう道すがら、他にもいくつか立ち並ぶ屋台に立ち寄り、「魔女の焼き菓子」やら「亡霊味の饅頭」なる珍妙な名前の出物を買い食いしていった。


 「ネエさまー、ネエさまー。どこ、ネエさまー」


 迷子だろうか。屋台での買い食いを楽しみながら、街の雰囲気を味わっていると、どこかそう遠くない場所から鳴き声が聞こえてきた。声のする方向に駆け寄ってみると、赤いカチューシャを身に着けた、一人の女の子がルカードの店のすぐ前で泣いていた。


 「オウ、どうしたんでぇ、嬢ちゃん。姉ちゃんとはぐれちまったのかい?父ちゃんや母ちゃんはどうしたい?」


 紫のスーツに黄色のズボンという異色の服装を着こなした、見るからにゴツイ男が少女に話しかけている。やばい。ひょっとしたら、誘拐目的か?裕也は内心で考えられる対策法を考えたが、それは無駄に終わった。


 「ルカード、その娘、どうしたんだヨ。お前の顔見て泣いてんじゃねぇか」


 カレンがマッチョ男に悪態をつく。どうやら、彼が服屋のルカードらしい。それにしちゃ彼の独特の服装は、どうかと思うが。


 「誰の顔見て泣いてるってんだよ、カレン。いや、まいったぜ、全く。迷子みてぇなんだがよ。俺は知ってのとおり、どこかのわがまま強気無鉄砲娘と違って、性根が優しいからよ。こういうの見るとほっとけねぇんだ」


 「あ?何か言ったか?この筋肉ダルマ。可憐で誰よりも美しくて、皆から愛されてるカレン様に無駄口叩いてる暇があんなら、とっとと、その娘の姉だか親だか知らねぇが、見つけろヨ。もっとも、お前の頭じゃ無理か。けけけけ」


 ・・カレンは何も喋らなければ、すごい美人なのだが、一言口を聞くたびに女としての、いや人としての評価を下げていく。


 「ルカードさんですか?俺、裕也って言います。こちらはリーア。俺とマスター契約を結んでる精霊です。その娘迷子なんですか?街の衛兵とかに事情を説明して、手伝ってもらいますか?」


 裕也はとりあえず、女の子を泣き止ませようとし、頭をなでてやろうと手をかざした瞬間、またまたルーシィやリーアのときと同じように、電気ショックを受けたような感覚に襲われた。


 レンガ造りの建物が複数並んでいる。そのうちひとつの建物に緑の旗がたっている。見覚えこそないが、道のつくりは今いる場所と同じ・・ということは、この街のどこかの風景だろうか。


 「エミリー。もう駄目じゃないの、勝手にあっちこっち行っちゃ。迷子になっても知らないわよ」


 「だってぇ、猫さん、可愛かったんだもん。触ると尻尾がくるってなるんだよ」


 「しょうがないわねぇ。ほら、とっとと行くわよ。お父さんとお揃いの食器とコップ買いに行くんでしょ」


 大きな買い物袋を抱えて、歩いていく金色の綺麗な長い髪をたなびかせた、皮のドレスを着た女性の後姿が見える。おそらくは、この娘、エミリーの母親、いや、ネエさまって呼んでたってことは姉だろうか。


 なるほど、大きな荷物を抱えていたから、エミリーの手をつないで歩くことが出来なかったのか。加えて、荷物を前に抱きかかえるような形で持ち運んでいるので、視界が極端に狭くなる。迷子を生み出した原因はこれだろうな。


 荷物を持つ女性の後姿が見えなくなったところで、裕也は目を覚ました。リーアが心配そうに裕也をのぞき込む。


 「マスター、どうしたの?ぼうっとしちゃって。風邪でも引いた?」


 「そんなんじゃねぇよ。でも、心配してくれて、ありがとな。それはそうと、なぁ、誰でもいいから、この辺で食器とかコップ売ってる店知らねぇか?」


 「なんだヨ、おめぇが服買いたいって言うから、わざわざルカードの店まで案内してやったんだぜ」


 カレンが突っ込んでくる。裕也は自分の身に起こったこと、つまり触れた人間の記憶やら感情が時々見えることを伝えようと、一瞬思ったが、思いとどまった。そもそも信憑性のない話だし、裕也自身、この不思議な現象が自分の力によるものかどうかすらも分からなかったためだ。


 「服はもちろん買うさ。だが、その前に食器とコップだ。なるべく早いほうがいい。頼むよ。この店には用事済ませたら、すぐにまた来るからさ」


 「どんな事情があるのか、皆目見当もつかねぇが、食器なら三ブロック先を右にいったところに、売ってるぜ?瓦屋根で小さな暖簾がかかってるからすぐ分かる」


 「それじゃダメだ。レンガ造りの建物で食器を買いたいんだ」


 「・・ますます意味が分からねぇ。レンガ造りの建物って言ったら、ビロード街の方角じゃねぇか。なんだ、食器とやらは口実か?おめぇも好きだな」


 ビロード街。聞き覚えがある。そうだ、ルーシィに最初に出会ったときに、彼女に襲い掛かろうとしていた街の奴らが確か、ビロード街は娼婦街とかいう話をしていたはず。そんな場所に食器売ってる場所なんてあるのか?やっぱり、過去が見える云々は裕也の勝手な思い込みだろうか。だが、ルカードの次の一言で思い直した。


 「ま、確かにあそこには有名な食器職人が、自分の作った品売ってる店があるけどな。周り中レンガの建物だらけだが、緑の旗が目印になってるから、行けばすぐわかると思うぜ。こっから北にまっすぐ行って、突き当りを左だ」


 「! そこ、そこに行きたい。今すぐ。サンキュー、ルカードさん。ほら、ネエちゃんのところに行こうぜ、エミリーちゃん」


 「えっ?なんでお兄ちゃん、エミリーの名前知ってるの?」


 「いいから、後々。早くしないと、姉上様と会えるチャンス失っちゃうかもしれないぜ」


 裕也は少女の手を取り、食器を打ってる店を目指して駆け出す。周りのみんなが唖然としていたが、後回しだ。緑の旗、あの店か・・いた!ビジョンの中で見た女性に間違いない。


 「すみません、この娘、迷子みたいなんですが、ご存じありませんか?」


 女性は振り返り、エミリーの姿を見ると、一目散に駆け寄り、エミリーの頭を胸に抱え込むように抱きしめた。


 「もうっ!どこ行ってたのよ!本当に、本当に心配したんだから」


 それから女性は裕也の方に向き直り、深々と頭を下げた。


 「ありがとうございました。こんな場所だから、なおさら怖かったんです。変な人に捕まったら、どうしようかって」


 「ま、確かに小さな女の子連れてくる場所じゃないよな。それにお姉さんもこんなところ、あまり長いしないほうがいいと思いますよ、美人だし、変な輩に絡まれないうちに、とっとと用事済ませて帰ったほうがいい。ほらチビッ子、もう姉ちゃんから離れちゃだめだぞ。それじゃ、俺はこれで。仲間を待たしてるんで」


 「うん、ネエさまに会わせてくれてありがとう、お兄ちゃん。またねー」


 「ええ、そうしますわ。エミリーのこと、本当にありがとうございました。私クレアって言います」


 「いや、そんな大したことはしてませんよ。俺は裕也。朝霧裕也。とにかく迷子見つかってよかったです。それでは、お気を付けて」


手を振って立ち去る裕也を見て、エミリーもエミリーの姉も手を振り返して応える。今度は姉がエミリーの手をしっかりつなぎ、その分一人で持ちきれなくなった荷物は、半分エミリーに手伝わせて、店の中に入っていった。


 



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