第一話 佐藤一郎は、静かに暮らしたい。 三
私は残っている力を全てかき集めて、自分の周囲に魔法防壁を作る。
それは自分を守るためではなく、最終奥義の発動による影響を我々四人に限定するための手段だった。
これで少なくとも戦力の拮抗した公平な状況になるだろう。後は残った者たちに任せるしかあるまい。
「もう我慢できませぇん!」
ク・ミスの泣き言と共に、世界は紅蓮の焔に埋め尽くされて――
俺は目を覚ました。
枕元においた時計を見ると、時刻は朝の六時。
窓から部屋に柔らかな日の光が差し込んでいる。
布団から上体を起こした状態で、俺は小さく呟いた。
「また昔の夢かよ……」
*
今の俺の名前は「佐藤一郎」という。
これは決して役所や銀行の窓口に置かれている記入見本ではなく、正真正銘の本名だ。
魔王ギヴァルディスの身体が魔道士ク・ミスの最終奥義により、雲散霧消したところまでは確かに覚えている。
その後、気がついたら俺は佐藤一郎と呼ばれる今の身体の中にいた。
当時は小学校三年生。インフルエンザで寝込んでいたところである。
熱による倦怠感に、永い間の人間との戦いから開放されたことによる疲労感もあり、数日間寝込んでいたが、その間に俺は自分が置かれた状況を冷静に分析することが出来た。
病気でなかったら面倒なことになっていたところである。
さて、冷静に考えてみると俺は地球と呼ばれる世界の日本と呼ばれる国にいるらしい。
それ以前の自分の記憶を保持したまま、重ねるように魔王としての記憶が移植されていたため、最初から言葉に不自由はなかった。
しかも、先に佐藤一郎という意識があったところに割り込んだというより、魔王ギヴァルディスの意識が眠っている間に佐藤一郎として学習が行われたらしい。
つまりは最初から自分の身体であるから、意識の連続性という意味でも違和感はなかった。なんだか都合が良すぎて気持ち悪いほどである。
それにしても、この世界には魔力の片鱗すら感じられなかった。
向こうであれば空気中に魔素が充満していて、濃いところを肉眼でも見分けることが出来た。しかし、ここにはそれが全くない。試しに呪文詠唱してみたが、反応はなかった。
それが頼りなく脆弱に思えて――俺は逆に心の底から安堵する。
そう、前の世界は魔法があったからこそ、際限のない泥沼のような戦争が頻発していたのだ。
危険な世界よ、さらば。
安全な世界よ、こんにちわ。
最高の気分だ。
平凡なこの名前も悪くない。
どういう神意が働いたのかは皆目見当がつかないものの、どうやら俺は別の世界の平和的な生き物に生まれ変わったらしい。
――ここなら安穏とした生活を送ることが出来るに違いない。
そう確信した俺は、魔王ギヴァルディスという危険な過去を捨てて、佐藤一郎として平和的に生きる決心をした。
それでも今日のように、昔の夢を見ることがある。その夢から覚めるたびに、俺はこう考えるのだ。
「今度は静かに暮らしたいものだな」
しかし、残念ながらそうはならなかった。
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