第7話 それも普通のこと
この間の話の段階ではあたしの「塊」の見え方は
いつもは空気の塊と言うかモヤモヤとした歪んだ透明な物にしか見えなくて
それが何かの拍子に動かない状態になったときに人の姿や何かの形に見えることが多いということに気づいた。
おそらく、その「塊」というのはレンズのようなもので、周りの何かを映しだしているのか、あるいはそのものの形を生み出しているのかも知れないのかな?と思い始めていた。
だからあの夜以降にそれまで感じた気持ち悪さや怖さはずいぶんと減ったんだ。
普通に仕事をして、普通にご飯を食べて、普通に遊んで、普通に眠って。
その中に「普通に何か他の人が見えないものが見える」が加わっただけ。
それが特別だと言うのかもしれないけど、あたしにとっては「それで特別に何かをしていない」以上それは普通の人にとっても特に何か影響を及ぼすことはないんだと、そう思っていた。
そして何事もなく半年が過ぎ、また夏がやってきた。
あたしは春に会社の寮を出てアパートを借りた。
会社の寮が新人しか入居できないとのことになり、追い出された感じになった感じ。
そこであたしは寮で同室だった子とルームシェアすることに決めた。
会社から更に遠くなっちゃうけど近くにスーパーマーケットのあるところにマンションを借りて部屋を分けて使うことになった。
築八年くらいの五階建ての小さいマンションで全部で三十戸くらい。家賃も月六万位で地方都市といっても安い方でラッキーだった。
光熱費折半でもワンルーム四万円くらいならぜんぜん安いものだったのでしばらく二人で楽しく生活していた。
と言いたいところだったがなかなかそうはうまくいかない状況になってしまったから大変。
一緒に暮らしてた子の様子が少しずつ変わってきていることに気づいたから。
父の二周忌が終わって実家から戻ったときにそれが実感としてわかった。
彼女が明らかに痩せている。
以前はあたしと同じような肉付きだったはずなのに、ちょっとの間見ないだけでおそらくは十キロ以上の差が付いたと思われるくらい痩せていた。
ちなみにあたしが太ったと言うことはない。
部屋に入ったあたしを出迎えてくれた彼女だったけどあたしは思わず叫んでしまった。
「何があったの?」
「え?何が?」
彼女はあたしが叫んだ意味が飲み込めないでいるようだった。
「すごく痩せちゃってるじゃない!病気でもしたの?」
「え?全然?痩せてるの?」
あたしは鏡のある洗面台まで彼女を連れて行った。
「ほら!すごく痩せているじゃない!ちょっとおかしいくらいよ?」
「え?全然痩せてないじゃん?」
彼女は自分の頬に手を当てて見せるが、自分がやせているように見えていないようだった。
普通に笑って見せているのだけど、二十歳になったばかりの女の子がどう見えても四十代の痩せ細ったおばさんに見えてくるんだ。
彼女はあたしが実家に帰っていた、たった三日間でここまで痩せてしまっている。
「ねえ、どこか痛い所とかない?」
「全然。ご飯もちゃんと食べているし、痛いところもないよ?」
彼女は笑いながら答えるんだけどどうも腑に落ちない。
「会社にもちゃんと言ってるし。大丈夫だって。」
そう言われてしまうとあたしは何も返すことができなくてその日はとりあえずそのまま部屋に戻った。
あたしも明日の仕事に向けて体調整えたかったし。
それからのしばらくの間、会社で他の人たちが彼女を見る目はいつもと変わらなかった。
普通に会話をして普通に仕事している。
でもあたしには不健康なおばさんが仕事をしているように見えている。
一日過ごしてみたけど彼女の容姿以外変わったところは見られない。
もちろん他の人もいつもと同じということは私だけが特別に彼女をそういう風に見ているのかもしれないと感じていたんだけど。
そして次の日、会社であたしはちょっと離れたところから彼女の姿を見た瞬間にやっと気づいた。
「塊」だ。
それも形を作っている。
彼女の体を薄く覆っているので全く気づけなかったのだ。
離れた所で見たから何かぼんやりと彼女が見えたのでやっと気づいたんだ。
でもあたしには何にも出来ない。
説明したところで彼女には、それどころか周りの人も全然わからないことだし。
何でこんなことになったんだろう。
と考えてみたところであたしが判る訳ないし。
どうせわかんないだからほっといてみるということも考えたけど、このままだと彼女がどうなるかもわからない。
あたしはあたしなりに考えた。
で、「彼」に助けを求めようと思った。
あのお寺に行けばと思ったけど何の情報もなしに会えるだろうか。
でもきっと住職さんに聞けば判るかもしれないと思ってあたしは次の日に早く仕事を終えて彼に初めて出会ったあの寺に向かった。
引越しをしてからしばらく来てなかったけど、時間も早かったおかげで陽のあるうちにお寺に到着することが出来た。
いつも座っていたベンチのほうから本堂を覗くと人影が見えたので「すいません」と声をかけたら住職さんらしい作務衣の人が出てきた。
「…何か御用ですか?」
すごく声が小さい。
「すいません、何度かここで人形とかお札を持っていく人がいますよね?」
「ああ、××さんのこと?」
ここで初めて名前を聞いたけど実は声が小さくて名前を聞き取れなくてとりあえず「はい!」と答えた。
「その人に会いたいんですけど連絡は取れますか?」
「ああ、ちょっと携帯電話に連絡先があったと思うけど」
と言われてあたしはふと気づいた。
以前に携帯に電話をもらったはず。
折り畳み式携帯電話の着信履歴の一番古い方に無名の携帯電話番号があった。
あたしはその場で電話をかけてみた。
何度かの呼び出し音の後に
「はい」と彼の声が聞こえた。
あたしは思わず左手のこぶしを握り締めた。
「あたしだけど、助けて!」
「え?」
電話の向こうで一瞬の躊躇があった。
「助けて欲しいの!」
「あ、ああ、そうか。あの時の。」
彼の中でやっとつながったらしい。
「詳しいことはあって話すから。○○寺で待ってるから。」
「ちょっ、こっちの事情もあるんだけどさ。」
「お願い!どうしていいのかわからないのよ!」
とりあえずごり押しで話すしか方法が思いつかなかったので思いつくまましゃべってみた。
「何かあったら連絡しろって言ったでしょ?お願い!」
「あー、そうだけど。とりあえずそっちいく。三十分くらい待ってて。」
電話は切れた。
住職さんが心配そうにあたしの顔を見ている。
「あ、解決しました。すいません。」
苦笑いしながらその場を離れてベンチに座った。
その後しばらくして彼が来た。
駐車場にあの薄汚れたバンが入っていくのが見えた。
あたしは駐車場まで走って彼がのんびり降りようとするところで助手席をあけて飛び乗った。
「お?」
「お久しぶり!このままあたしの家に行って!」
「え?家?この間のところ?」
「あ、そっか、えっとね、とりあえず出して!」
彼はしかめっ面をしながら車を駐車場から出した。
あたしの住んでいるマンションまでの運転中に、あたしは彼にそれまでの状況を話した。
マンションの来客駐車場にワゴン車を入れながら彼はもう一度確かめるようにあたしに話した。
「言っとくけど俺もどうこうできるかどうか判らないからな」
「何もしないよりマシでしょ!」
あたしは彼の手を引いて部屋まで連れて行った。
時間的に彼女は帰ってきているはず。
部屋の鍵を開けてドアを開けるとたまたま彼女がトイレから出てきた所。
「お帰り。どこいってたの?」
彼女はごくごく普通にあたしに声をかけてきた。
しかしその顔は相変わらず生気のないどんよりとしていた。
「ちょうど良かった!これあたしの彼氏!」
あたしは笑って紹介したように見せたけどおそらく顔が引きつっていたんじゃないかな。
それ以上に彼の顔が引きつっていた。
「え?なんで?」
「いいからいいから。」
靴を脱ぐのももどかしく、あたしは彼の背中を押しながらリビングに向かう狭い廊下に押し出した。
「リビングに行くね。洗濯物とかないよね?」
「大丈夫だけど、ちょっとなんなの?」
彼女が笑いながらリビングに案内しようする。
その一瞬、彼の顔色が変わった。
彼女がリビングに向かうため背中を向けた瞬間を狙って彼はすばやく右手を上下左右に幾度か振った。
「ちょっとごめん。」
彼はそういって彼女に声をかけた。
その声に反応するように彼女が振り向いたとき、彼は彼女の両肩に手を置いた。
「ちょっと足がもつれちゃって・・・」
ちょっと不自然だったが、彼はそういいながら手を離した。
「あっ」と彼女が何か言おうとする言葉をさえぎるように
「大丈夫?あんた疲れてんじゃないの?」
とあたしは大きな声で彼の体に抱きついた。
そのときには彼女の顔は健康的ないつもの顔に戻っていた。
あたしは内心すごくびっくりしたんだけど、その素振りは見せないようにこらえた。
でも彼の方はあたしに彼氏呼ばわりされるわ、抱きつかれるわ、挙句に力を使わされるわで散々だったかも。
と、いう感じ。
後で聞いたことだけど
彼女は何かの拍子に「塊」を吸い寄せた感じになったんじゃないかと。
元々が空気の塊みたいにあるようなないようなものだし
あたしがそういう風に見えたのもたまたまイメージした物がそういうものだっただけ。
特に彼女に付いていたものは特に害をなすほどの強力な何かを持っていたわけでもないので、ほっとけば勝手に離れたり消えてしまうこともあるとか。
強力なやつだと「塊」を撒いてしまうこともあるという話も。
そして実は自分で知らなくても「塊」を消す力を持っている人もそれなりにいるらしい。
本人が気づいてないので誰も気づかないんだって。
そういう人と接触することで「塊」が勝手に消えてしまうこともあったりとかもあるらしい。
それは皆得手不得手があるにせよ普通に行われていることだから特別なことではないんだって。
ただ、人によっては「特殊能力」として商売にしたりする人もいる。
それはそれで格闘家とかと同じように何かしらの努力をしている人もいるので商売として頑張っているんだと言うことも聞いた。
そう思うと全部あたしたちが勝手な想像をして特殊なものとしているだけなのかもしれない。
で、そんなことがあって
彼とは本当に付き合うことになって
色々ありましたが
今普通に幸せに生活しております。
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