第4話 出会いの日
今度は今カレの話。なんつって。
この話も特に怖いこともないお話。
あたしが何か他の人と違うものが見えるようになって、すごく不安に思っていたことが彼に出会ってから考えが変わった。
というお話。
あたしはしばらくの間ちょっとしたノイローゼ気味になってしまってて。
なんだか、いろんなものが見えるようになってきたので。
ぼんやりとして空気の塊のようなものは別にいいんだけど、そうでないものをぽつぽつと見えるようになってしまったのはかなり大変なことで。
例えば墓場など近くを通るとやっぱり見えちゃう。
ただ、特に何かこちらに対して何かしてくるというものでもなく、ただ、あたしが見えているだけのような感じ。
何かしらのシンパシーがない限りお互いに知らないふりはできる。けどあたしにとっては気持ちが悪くて仕方ない。
見える頻度はさほど変わらないものの相変わらずで、できる限りそれらが見えるのを気にしないようにする日々が続いてた。
そんな中で唯一あまりそういうものを見かけないお寺が寮のそばにあった。
お墓も少なく、どちらかというと公園のような感じ。
大きな木がい何本か立っていてその傍には緑色のペンキで塗られた木製のベンチがあって、天気のいい日には緑で気持ちが安らぐ感じがする。
週に一度はそのお寺の境内のベンチにしばらく座って本や漫画の単行本を読んだりして時間をつぶしたりしてた。
暑さもだいぶ和らいだ秋の日。ややもするとちょっと涼しい位な日和の日曜日、あたしはお寺の境内のベンチでお気に入り文庫を読んでいたら、お堂に入っていく人影を見つけた。
一瞬、お坊さんかな?と思って目をやると結構若い、灰色の作業着を来た男の子でおそらくは高校生くらい。坊主頭に黄色いタオルを巻いてなにやら持ち込んでいた。
そうしたら作務衣を来た住職さんらしい人とちょっと立ち話をしてたかと思うとまた、荷物を出したり入れたりしている。
ちょっと不思議な感じがしたのでその作業風景を眺めていたら、こちらの視線を感じたのか、男の子がちらりとあたしの方を見た。
思いもかけず目が合ってしまいあたしは戸惑いながらちょっと頭を下げた。
と、その男の子もちょっとだけ手を止めて頭ちょっとだけ下げて作業に戻った。
作業の時間はそうたいした時間ではなかったけど大きな箱や小さな箱などいくつもあって、ちょっと興味がわいてきた。
距離にして十数メートルの所でみていたんだけどいくつもの段ボール箱が並び、ちょっとした荷物運びの様相という感じで。
その中で一瞬「あれ?」と思ったものがあった。
一つの箱がその周りを含めて妙にぼやけて見えた。
いつものあれだと直感的に思った。
でもその男の子は何の気にもせず触ろうとしたので思わずあたしは
「あっ!」と叫んでしまった。
その声に男の子が反応した。
「え?」
あたしの方を見る。
思わず大きな声を出したあたし自身がこのあとどうしていいかわからなくなって、つい口から声が出た。
「その箱、なんかあるの?」
考えると変な言い方だと思う。
でもそういう風に尋ねたほうがおそらくいいんじゃないかと思えた。
「その箱はちょっと他とは違うよ」とは言いづらいものでもあるし。
すると男の子はあたしを見た後、屈んでいた姿勢から立ち上がって並んでいる箱をさして言った。
「これ、全部人形。」
「人形?あっ、そう・・・。」
と尻切れトンボに言い淀んだ瞬間、男の子が何かひらめいた表情を見せた。
そして作務衣の住職らしい人に
「ほんのちょっとだけ休憩!」
と声をかけながらあたしの方に歩み寄ってきた。
そしてどうしていいかわからないあたしにちょっと怒ったような表情をして言った。
「お姉さん見える人?」
「え?」
「俺はあんま見えることないけど、お姉さん見えるんでしょ?それで声かけたんだよね?」
ちょっと馴れ馴れしい口調にちょっとカチンと来たけど、言っていることは間違いないので、体を引きながら小さく
「うん。」と答えた。
すると
「ちょっと手伝ってもらえるかな?」
「え?」
「さっきも言ったけど俺なんとなく感じる程度はわかるけど全く見える訳じゃないから、教えて。何がまずいやつ?」
あたしに聞いてくるんだけど、正直何を言っているのか意味が分からなかった。
でもたぶん力になってほしいということなのだろうかとぼんやり思った。
「お姉さんいくつ?」
「あ、十九。」
「へえ、じゃあ、俺より年下じゃん。」
「え?」
あたしはそこに一番驚いた。
背が小さいのでてっきり年下と思っていたらそうじゃなかったんだって。
と考えた瞬間、手を引っ張られお堂のそばに連れてかれた。
「この箱がまずいの?」
あたしが声を上げた段ボール箱をぽんぽんと軍手をつけた手を置いて尋ねるけど
相変わらずもやもやとした感じがあって、周りまでぼんやりとしている。
「これ、オーダーメイドのドールが入っているんだけど、やっぱりまずいと思う?」
あたしはなんて答えたらいいのかよくわからなくて
「なんか、箱そのものからぼんやりしているみたい。」
と答えると
住職さんに向けて声をかける。
住職さんが何事かとやってくると彼は小声になった。
「これ、本当にまずいんでちょっと弾みません?」
「え?そんなのがあったのかい?」
と住職。
「とりあえず他はそこまでではないのですけどね。一つだけは私の力じゃどうもダメみたいなんですよ。」
住職が難しそうな顔をしているけどあたしにはなにがなんだかさっぱりなのできょとんとするしかない。
「そういう話じゃしょうがないか」
と住職さんが話すと彼はにやりと笑って
「毎度」といって、その段ボール箱だけを別の箱に入れ替えた。
結局、あたしは彼のワゴン車が置いてある境内の外の駐車場までいくつもの段ボール箱を抱えて運ぶ羽目になった。
「ヒマなんでしょ?」
「暇じゃないわよ!」
毒づいてみたけど、この箱たち、というより箱の中の人形たちがどうなるのか興味がない訳ではなかった。
そして五つの段ボール箱がワゴン車に積まれた。
「ありがと。これバイト代ね。」
彼は車の中から缶コーヒーを投げて寄越した。
車の中で陽に当たっていたせいか微妙に温くなっている。
「あの、」
あたしはあの「箱の中」がどうしても気になっていて思わず話しかけた。
車に乗り込もうとしていた彼は一瞬動作を止め、私の方を見る。
「これ、どうなっちゃうの?」
「これ?」
彼はワゴンの胴体を指さして応じた。
「そう。」
「燃やすよ。」
「燃やの?」
「そう。」
彼は短く答えて、また運転席に乗ろうとした。
「それはそうするとどうなるの?」
あたしは再び問いかけてみた。
また彼の動作が止まり、頭をがりがりと掻いて運転席から降りてきた。
その手には缶コーヒーが握られていた。
「うーん」
と彼は悩んだ素振りをして、そしてはめていた軍手を外し缶コーヒーを開ける。
「あの・・・お姉さん見えるんだよね。」
「うん。」
彼が年下に見えるせいか、私が思わずタメ口になっているのはその瞬間わかった。
「あ、・・・ごめんなさい。そう。」
彼はその言葉を聞かず一口で青い缶のコーヒーをぐいっと飲み切った。
「それがどうして見えるのか分からないんだけど、ここしばらくなんだか見えることが多くなってきていて。」
あたしはまくし立てるように言った。
そこまで聞いた彼は
「じゃあ、全部が見えるわけじゃないんだ?」
と訊いてくる
「うん。」
「じゃあ、気のせいだよ。じゃあ。」
こっちの答えと同時に気のせいと答えてきた。
「違うわよ!」
あたしは怒鳴った。すごく簡単に言い切られたのは悔しかったからかもしれない。
「具体的にどうみえるの?」
「なんかもやもやっとしたものだったり、人の姿がふっと目の端に映り込んだり、いろいろあって。」
あたしの顔をじっと見ていた彼はそのまましばらく話を聞いてくれてた。
「一年くらい前にお父さんが死んでからそういうことが増えてきたの。」
あたしも聞いてくれると思ったら止まらなくなった。
「最初は気のせいと思っていたんだけど、これっておかしいと思って。」
そこで彼は手にしていた缶コーヒーを再び煽った。
「やっぱり空だった。」
「え?」
「コーヒー。まだあったかなと思ったんだけど。」
「話を聞いてなかったの?」
再び怒気を込めて言うと
「あ、いや、そういうことならちょっと他の人とは話がちがうなあと思って。」
と彼は再び、運転席のドアを開けた。
「ちょっと待ってて」
彼はまた缶コーヒーを持ち出していた。
何本あるのだろうと思ったら
「お姉さんもどうぞ。」
とあたしの手に持った缶コーヒーを指さした。
「あ、はい、いただきます。」
とあたしは思わず答えてしまった。
また彼は缶コーヒーを一気に煽ってから
「多分、そういう見え方がなんだろうな、と、思う。俺はちょっとちがって、さっき言った通り、感じるだけなんだよ。」
と言った。
最初にあたしに声かけたときに確かにそういった。
「で、一応ちょっと今すぐお姉さんにそういう話をするのもアレだから、今度また会えない?」
「え?」
「今日はこれからすぐに行くところがあるんで。時間作らないとこういう話はどうもうまく伝わらないから。」
その言葉にあたしはその理由がなんとなくわかったような気がした。
「いつならいいの?」
「俺は結構時間に都合きく方だから。お姉さんは?」
「あたし、NG電気の工場で働いているから土日なら。」
「じゃあ、今度の土曜の夕方ここで落ちあえる?」
「うん。」
「オーケー。じゃあ、来週。」
と言いながら彼は近くの自販機に駈け寄り、空き缶を空き缶入れに投げ入れ戻ってくる。
「携帯持っている?」
「うん、持ってる。」
つい先日携帯電話を買ったばかりだった。
メタルピンクの折り畳み式のやつ。
「じゃあ、電話番号がこれね。」
彼はポケットから古い厚みのある携帯電話を出してきた。
あたしはそのまま電話番号を入力し通話ボタンを押してしまった。
「お、まだかけなくてもいいのに。」
「間違えちゃっただけでしょ!」
「オーライ。じゃ、この電話にかけるから。」
そして彼はワゴン車に乗り込み、そのまま振り返りもせずに車をだした。
あたしは車を見届けながら、なんとなく嬉しいような寂しいような気分になっていた。
おそらくは初めて何かがわかるかもしれないという期待とそれは今日ではなかったという軽い失望があったんだと思う。
でも来週にはきっと何かわかるかもしれない。
そう思ってちょっと気が晴れてきた。
あたしは缶コーヒーを開けて彼のように一口で飲み干そうとした。
小さい缶だったので容易くできるかと思ったら、そんなことはなく、三口もかかってしまった。
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