第3話 夜のA浜海岸道路
彼氏ができました。
とか言って。
就職をして父の一周忌からちょっと経ったある日、仕事場で告白されました。
同期の男性というか、男の子というか。
あまり好みということもなかったけど、かといって全く興味のない事ではなかったのでこれも経験かなって。
ということであたしはその子と特別な友人という関係になりました。
なんというか見かけ上はね。
だからと言って、何か特別に何かしているわけではなく、普通に話をする回数が増えただけのような感じ。
二人きりになるタイミングが少し増えたかな。
それくらいのこと。
普通でしょ。
でもちょっと違ったのはあたしのほう。
あの喫茶店での一件からどうも何かが変わってきた気がしていた。
なんというか見えることが増えてきた。
そんなに頻繁なことではなく、ちょっとした一週間に一度くらいの割合で目の端にふっと映り込む感じ。
それも人の形という具体的なものじゃなくてモヤッとした感じで空気が違うところみたいに。
彼と二人でいる時に何気なくそういうことが増えた気がした。
でも、何かあたしに関わるようなことでもないし、おそらくはそれらもあたしのことなんかなんとも思っていないのかもしれないと思ってた。
彼と付き合いを始めて一月目、彼がドライブに誘ってきた。
梅雨明けも発表された直後だったので、あたしたちも夏の暑さには辟易していたこともあって仕事が終わったあと、工場近くのファミレスで食事をしてから待ち合わせることにした。
彼は地元の出身で、家は街から海辺に向かっていくいくつかの通りの途中にあって。
寮はバスで停留所三つほど先の街に近いところなので寮に帰ってから着替えて彼が来るのを待つ予定を組んでた。
寮の門限もあるのであまり遅くにはなれないのは彼も同じ職場だから事情は知っていたはずなので特に心配することもなかったし。
寮に戻ったあたしは私服に着替えて彼からの連絡を待っていたんだけどなかなか電話がかかってこない。
さすがに約束した時間から三十分も経ってしまうとあたしもどうしたのかと思って。
電話をかけてみたら、出て来る途中で警察に行ったんだけどもうすぐ着くからという話。
だったら早く電話してくれたらいいんだけどと思っていたら車が来たようだったので出てみたら彼の車が寮の前に止まってた。
当時ちょっと人気が高いといわれてた白い乗用車で、あたしの趣味ではない感じ。内装も当時でいうところの「ださい」といっていいかも。
その車の運転席側のドアの中央より下の部分にポッコリとへこみがあった。
「どうしたの?」と聞くと
「駐車場から出すときにへこんでいるの見つけて警察に被害届けだしてきたんだよ」
という話。
あたしも「ふうん」と思っていたら
「横に乗りなよ」と促され助手席に座る。
すると、煙草の匂いがしたので
「あれ?煙草吸ってた?」と聞くと
「前の持ち主の匂いじゃないかな?そんなににおう?」
「ちょっとね。車酔いするかもしれないから窓開けていい?」
「いいけどエアコン効かなくなるよ?」
あたしは電動のスイッチを入れると窓が小刻みに振動を刻むように降りていく。
「中古なんだ。」
と聞くと
「まあ、給料が上がれば新車でも買えるんだけどね。」
と返事が返ってきた。
まだ未成年だからそんなもんかもしれない。
おそらくいろいろセレクトしてきたであろうCDをカーコンポにかけながら彼は運転を始めた。
「どこ行くの?」
と、あたしが尋ねると
「Y山とかどう?」
Y山はここから40キロくらい離れたところにある山で、海岸沿いということでいわゆる「ドライブデート」の定番だ。
海は結構好きだし、特に夜の海岸線は見たこともなかったこともあって、あたしのテンションもちょっと上がってしまった。
とはいえ、彼は運転初心者でもありちょっと不安ではあったんだけど。
海岸道路は道も広く、快適であたしも結構ドライブを楽しんでしまった。
で、Y山に到着する頃には8時を回ってしまい
「もう帰らないと10時になっちゃうから」とそのままUターン。
おそらく彼はなにかを期待したのだろうけど、正直あたしの気持ちはそこまでにはなってなかったので。
それとどうしても煙草の匂いが鼻についてロマンチックな気分にまではなれなかったんだよね。
それでもあたしは彼に今度もまた来ようねなどと話しながらしばらくドライブ。
寮まであと10分くらいで到着するなあーと思ってた。
さすがに海岸線通りは交通量も減り、前も後ろも車が走っていない。
ちょうど海岸線通りが終わり、右折すると街に入る街道に差し掛かった瞬間。
あたしと彼は同時「あっ!」っと叫んだ。
ヘッドライトの先に「人の足」が見えたから。
彼は同時にブレーキを踏んだ。
タイヤが高い音を立てる。
あたしはやってしまったと思った。もちろん彼も同じだったと思う。
が、来ると思った衝撃は起こらず、何事もなく車は止まった。
シートベルトしてなければちょっと頭をぶつけたかも。
「あれ?」
彼が辺りを見回す。
何もなかった。
「見間違いかな?」
あたしもちょっと周りを見回したら、一瞬目の端に入ったバックミラーに初老の男の人が映った。
あたしは思わず後ろを振り向いたけどそこには誰もいない。
バックミラーは運転手席とその後ろを映している。
もちろんその時点でいつものように車の室内がバックミラーには映っている。
「大丈夫?」
車を路肩に寄せながら彼があたしに聞くけど、あたしも一度にいろんなことが起きてちょっと混乱してしまい、しばらくなんて答えていいのかわからないでいた。
「大丈夫だけど。」とあたしがなんとか返すと同時に彼は車の外に出た。
あたしも続けて車から降りる。
しばらくして後ろから車が通ったけど左手は海岸、右手は防砂林というか腰の高さの藪であることはわかった以外特に何もない。
動物を轢いたのならなにか衝撃があってもいいんだけどそれもなかったし道に何かの跡があったわけでもない。
あたしはそれよりも車の方が気になっていた。
「しょうがない。たぶん気のせいだ。帰ろう。」
彼はそういって再び車に乗り込むのをみてあたしも助手席に乗りこむ。
なんとなく気味が悪い気はした。
そうして寮までの間あたしたちは黙ったまま。
彼にとってみればもしかしたら事故を起こしたかもしれないという緊張もあったろうし。
やっと寮について
「今日はありがとう。」と声をかけると
「こちらこそごめん。」と返してくれた。
「別になんでもなかったから。」といっても、弱弱しく笑うだけ。
あたしは車を降りて寮の玄関に立つと彼はそのまま車をだした。
あたしは玄関に入る前に車のほうを振り返ってみたけど、もう車は見えなくなってしまっていた。
その後彼はどうしたかというと、特に何があったということもなく普通に過ごしている。と思う。
というのもすでに彼には新しい彼女がいて結婚してしまったので。
その後日談という感じだけど
あの白い車はしばらくして事故って廃車にしたみたい。
事故そのものはたいしたことではなく追突のもらい事故。
彼もちょっとムチウチ症があったけどそれくらい。
その後彼とは話も合わなくなって、何もないまま彼に彼女ができてそれっきり。
でも、新しい彼女とその車にしばらく乗っていたみたいだけど
後部座席にまだだれかが乗っているみたいだった。
というのもあたしはその光景を何度も見ていたから。
でもおそらくそれは「ただそこにいる」だけのようなものだったんだろうと思う。
よく怪談話とかでそれで気が狂ったとかいうこともなかったし。
気のせいと思えばそう思えることもできる。
なぜそう思うようになったのかは今度書き込んでみようと思う。
でもいまだによくわからないのはあの時の「人の足」。
あの時あたしには足だけが見えて他は何も見えなかった。
それまでは大抵の場合全身が見えるか、なにかぼおっとした空気のような塊しか見たことなかっただけに部分的に見えることは初めてだったので。
でも考えてみるとあの場所の近くに火葬場があったのは何か関係しているのかなーと思ってみたり。
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