接続改装の夏 ハユル篇
第3話 接続改装の夏 ハユル篇 1
「傷無くん!? 愛音さんに何かあったのですか!?」
愛音を抱きかかえて戻って来た傷無に、姫川は驚きの声を上げた。
姫川は赤やピンクの花柄の入った水色のビキニを身に着け、その上に白いパーカーを羽織っている。その裾をなびかせ、砂浜を走って傷無のもとへやって来た。
少し遅れてユリシアもやって来る。
「ちょっと姿が見えないと思ったら……一体、何があったの?」
「いや、心配ない。ちょっと寝ているだけだよ。別に溺れたわけじゃない」
ユリシアが眉を寄せる。
「寝てるって……」
釈然としない表情で愛音の顔をのぞき込む。しかし傷無の言うとおり、愛音は穏やかな寝息を立てていた。
姫川も呆れたように肩をすくめた。
「疲れて寝てしまうだなんて、子供みたいです」
口では文句を言いつつも、姫川の顔は子供を見つめる母親のように微笑んでいた。
「愛音さんも寝ているときは可愛いんですけどね……」
傷無は黙って苦笑いを浮かべた。そして愛音を抱いたままビーチパラソルの並んでいるところまで行き、パラソルの下にいる人物に声をかける。
「識名さん」
メガネをかけた少女が顔を上げる。水着は紺色のワンピース。一見、スクール水着かと錯覚しそうなデザインだ。
胸には、首から提げた携帯用キーボードが揺れている。そのキーボードを手に取り、指先でキーを叩くと、傷無の前にフローティングウインドウが浮かび上がる。そしてテキストが流れるように表示されてゆく。
『どうかした? 愛音に何かあった?』
識名京(しきなけい)。背が低く、体型も起伏に乏しいため幼く見えるが、実は二十四歳だ。傷無の姉である怜悧と学生時代からの親友で、ナユタラボの技術主任を務めている。
その頭脳と才能とは対照的に、他人とコミュニケーションを取る能力が著しく低い。直接肉声で会話が出来るのは、怜悧くらいなものだ。
「接続改装をしたんだけど、気を失っちゃって……申し訳ないんですが、ちょっと見てもらえますか?」
『了解した。ラボの女性スタッフを手配する。こちらに寝かせて』
ケイは立ち上がると、自分が座っていた場所を譲る。傷無はパラソルの下に入って、レジャーシートの上に愛音を横たえた。
『あと五分でヘリが到着する。愛音のことは心配いらない』
「いや、そこまでしなくても良かったんだけど……宜しくお願いします」
強制送還したみたいで、目を覚ましたら愛音は怒るんじゃないだろうか? と若干不安になったが、仕方がないと思うことにした。
どうせ一泊二日。明日にはアタラクシアに戻るのだ。愛音が目を覚ます頃には、自分たちも帰路に向かっているかも知れない。そんなことを考えながら、海を見渡した。すると、海に浮かぶ島が目に入る。
直径約三キロの人口島。あれが『戦略防衛学園アタラクシア』だ。
いま傷無たちがいるメガフロート日本とはリニア鉄道でつながっているが、関係者以外は立ち入ることを許されない独立したフロートである。そこには人材を育成する学園と研究機関があり、その人々の為の街がある。
傷無たちはアタラクシアの高等部に通う生徒であり、ケイは研究機関である『ナユタラボ』の責任者だ。
ナユタラボでは異世界間衝突という現象について研究を進めると共に、魔導兵器を倒すための兵器開発も行っている。現在はハート・ハイブリッド・ギア以外に有効な手立てはないが、いずれ魔導兵器を倒すことが可能な武器が開発されるかも知れない。
「そういえば、ビーチバレーの決勝戦はどうなったんだ?」
傷無が愛音と海の中で接続改装をしている間、砂浜では姫川&ユリシア組とシルヴィア&怜悧組の決勝戦が行われていたはずだ。
すると姫川とユリシアは、がっくりと肩を落とした。
「……負けました」
「まったく、油断したわ。総司令が強いのは知ってたけど、シルヴィアちゃんの運動能力もびっくりよ。見た目は小動物みたいだけど騙されたわ。子猫かと思ったらライオンの子供だったって感じね」
「あっ! たいちょーっ!」
そのライオンの子供が満面の笑みで駆けてくる。
イギリスからの留学生。中等部のシルヴィア・シルクカットだ。フリルの付いた可愛らしいビキニ。走っても、まったく揺れる心配がない胸。そのつるぺたボディに、傷無はなぜかほっとした。
シルヴィアは走ってくると、そのままの勢いで傷無に飛びついた。
「たいちょー、シルヴィア勝ったデス~♪」
頭を傷無の腹筋にぐりぐりと押し付ける。それが傷無にも心地良い。さらさらした金髪の頭を優しく撫でてやる。
「ああ、凄いぞシルヴィア。
傷無に頭を撫でられて、シルヴィアはとろけそうな微笑みを浮かべる。シルヴィアの後から、傷無の姉にしてアタラクシアの総司令、飛弾怜悧がやって来た。
「勝ったご褒美だ。シルヴィア、何でも好きなものを言ってみろ。かなえられる範囲で、聞いてやるぞ」
──何でも!?
ユリシアと姫川に衝撃が走った。ユリシアの瞳がぎらりと光る。
──キズナの姉である総司令が、何でも好きなものをあげるって! これって保護者公認でキズナがもらえるってこと!?
姫川も眉間にしわを寄せて考え込んだ。
──まさか!? 何でもって、例えば傷無くんとあんなこととか、こんなこととか!?
シルヴィアは指を口元に当てて、首を傾ける。
「やっぱり……目隠しをして叩くという、日本の伝統を体験したいデスネ……」
「なっ!?」
ユリシアが顔を赤くして、思わず声を上げた。
「でもでも、せっかくデスから、大人の世界も観たいデス……悩むデス」
「は!?」
姫川は我が耳を疑った。純真無垢なシルヴィアに一体何が? と顔色を変えた。
ユリシアは、慌てた様子でシルヴィアに詰め寄る。
「ダメよ、シルヴィア! そんなプレイまだ早いわ!」
姫川もユリシアに追随する。
「そうです! 大人の世界だなんて……しかも、そんな過激な行為……不道徳で破廉恥です! シルヴィアちゃんは、汚れのない、綺麗なままでいて下さい!」
凄い剣幕で迫る二人に、シルヴィアはきょとんとした顔で答える。
「お二人の言ってることが、シルヴィアよく分からないデス。目隠しをしてスイカを叩くゲームが、日本の夏の風物詩と聞いたデス。あとはせっかく日米のエースのお二人がいるデス。大人の世界で戦ってるお二人のデモンストレーションを見て勉強したいデス。中等部では絶対に見られないデス」
ああ……という顔で、二人とも頭を押さえた。そんなユリシアと姫川を、怜悧は呆れた顔で見つめた。
「まったく……汚れきっているな、お前たちは」
ケイのウインドウが、全員の顔の前にポップアップした。
『両方の希望を叶える方法がある』
ケイは積み上げられたケースの中から、ボールのような球体の機械を取り出した。直径は三十センチほど。ケイが片手で持てるということは、見た目より軽いらしい。
縦に筋が入っていて、黒いパーツに緑色の光が輝き、見ようによってはスイカに見える。ケースの中にはそのスイカ似の機械が沢山あるらしく、次々と取り出した。
『これは練習用自立飛行ターゲット。通称『スイカ』予測出来ない軌道で飛行する』
ユリシアがにやりと微笑んだ。
「なーるほど☆ それを叩き割るゲームってことね?」
『その通り。ハート・ハイブリッド・ギアを着装して、これを撃墜するタイムを競う』
姫川も、自信に溢れた笑顔を見せる。
「面白そうですね。シルヴィアちゃんに日本のエースの力をお見せしましょう」
ユリシアと姫川の間で火花が散った。まさかの日米エース対決である。
ケイがスイカを空に放り投げると、内蔵された小型スラスターで一気に空高く飛び上がる。続けて幾つもスイカが投げ上げられる。それぞれのスイカは八方向に取り付けられたスラスターによって、上下左右にトリッキーな動きで飛び回った。
「それではわたくしからね……クロス!」
ユリシアの体に金色に輝く光が集まってゆく。その光が弾けると、その下から青い装甲が現れた。
太陽の光を浴びて輝く美しい装甲。深い青色は何層にも塗り重ねられたような深く高級な色彩を見せる。その青に走る、きらびやかな金色の光。
これがユリシアのハート・ハイブリッドの輝きだった。
パイロットスーツを着ていないので、白いビキニの上に直接装甲が着装されている。普段は見ることが出来ないレアな姿だ。
「さぁ、未来の天地穹女神(アマテラス)メンバーに、わたくしの華麗なショーをお目にかけるわ」
「ふみゅっ!?」
ユリシアのリップサービスに、シルヴィアは驚きつつも頬を染める。
『では、スタート』
ケイの合図と同時に、ユリシアが粒子銃(パーティクルガン)を抜く。ターゲットに狙いを定めようとするが、動きが速く、狙いを付けるのが難しい。スイカはユリシアを挑発するように、その周囲をぐるぐると旋回する。
「ユリシアさん。銃で撃ち落とすのは難しいんじゃありませんか?」
そう声をかける姫川にユリシアは不敵な笑みを浮かべ、引き金を引いた。
「あっ!」
空を飛ぶスイカが破裂した。感嘆の声が見上げている人々の口から漏れる。しかしユリシアの銃は止まらなかった。両腕を広げると、間髪入れず引き金を引く。顔は正面を向いたままだ。しかし左右の飛んでいたスイカが爆発する。
続けて体を回転させ、腕をひねり一見無理のある姿勢を取っては引き金を引いてゆく。でたらめに撃っているようでいて、着実にトリッキーな動きをするスイカを撃破していった。
それは華麗なダンスを踊っているように美しかった。
そして銃を真上に向けると、最後の一個を撃ち落とす。
「フィニッシュ……ね☆」
傷無とシルヴィアの方を向いて、ぱちりとウインクをした。
「凄いデス……これがユリシア先輩の実力なんデスね……」
シルヴィアは尊敬のまなざしをユリシアに向けた。ユリシアもまんざらでもないらしく、ただでさえ大きい胸を反らし、金色の髪を払った。
「タイムは……二十秒ってところね。それじゃあ、次はハユルの番よ」
「分かりました。では……ネロス!」
姫川の体に真っ赤な装甲が着装されてゆく。深みのある赤に光沢が美しく輝く。美麗ながらも、恐ろしさを感じさせる装甲だった。そのデザインは、どことなく日本の甲冑を彷彿とさせる。
ユリシアと同じくビキニなので、普段のパイロットスーツよりも一段と露出度が高い。そんな水着姿でハート・ハイブリッド・ギアを着装した姿は、どこか淫靡だった。
「それでは参ります!」
すでにケイが空に投げ上げたスイカが十数個、沖の方へ飛んで行った。
「ちょ……何で、そんな遠くへ!」
姫川は慌てて空へ飛び上がった。姫川のネロスは中距離と近距離攻撃を専門としており、遠距離攻撃は苦手だ。姫川はスラスターを噴射してスイカを追った。その影を追い、姫川は必殺技の名前を叫んだ。
「
それは姫川の意志に従い、自在に空を駆ける剣。普段は姫川の背後に浮かんでいるが、それが矢が放たれたように飛んで行く。そして
「やりました! 次は──」
そのとき、姫川の体に異変が起きた。急に失速したかと思うと、海に向かって落下してゆく。
「な……こ、これは……」
姫川がフローティングウインドウを開き、ネロスの状態を確認する。すると、ハート・ハイブリッド・ギアのエネルギーであるハイブリッド・カウントが既に残り5%にまで減っていた。
「く……こちら姫川! 近くの島に不時着します! 申しわけありませんが、救出をお願い致します」
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