004 英雄として、魔王として
青ざめた門番に連れられて、レオンハルトと少年は教会の客室に案内された。
少年と会話をしていた時より更にやつれた門番が、無愛想に言う。
「白の君様にはお伝えした。すぐにでも顔を見たいが今は時間が無い。時間ができるまでここで待っていて欲しいと仰せだ」
「承知しました」
「あ、はい。あの、すみません。どれくらい掛かりそうですか?」
無邪気に尋ねたレオンハルトを、門番はきっと睨みつけた。
「白の君様はご多忙だ。本来ならば、そう簡単にお時間を割けるお方ではないのだ。その時が来れば使いを寄越すから、それまでここで大人しく待っていろ!」
早口に言い捨てると、門番はそのまま背を向けて逃げるように去って行った。
呆然とその後ろ姿を見送る。レオンハルトの隣で、少年は忍び笑いを漏らしていた。
「お前…………良い度胸してるよなあ」
「えっ、えっ!? 何ですかいきなり」
「褒めてるんだ。光栄に思え」
にやにや笑いながら少年が部屋の中に入る。レオンハルトもその後に続いた。
遠方からの旅人を受け入れるために設けられた客室は、神聖教会らしく青と白を基調としている。
白い床に白い壁。窓には空色のカーテンが揺れている。
家具も基本的に同じだ。薄い青の衣装棚に、抽斗の取手だけが青く塗られた乳白色の机。二つ置いてある寝台は、部屋の入口に近い方が青で、奥にある方は白だ。
少年は手前の青の寝台の方に荷物を投げ出すと、その隣に腰を下ろした。
入口で呆然としているレオンハルトに向かって、独り言のように言う。
「まあ、一月は覚悟した方が良いかもな」
「一月?」
「白の君の使いが来るまでの時間だ」
「え、一月って、ひとつき…………ええええええっ!? そんなにっ!?」
頭を抱えた幼い英雄に対して、人の悪い笑みを浮かべた魔王は実に楽しげだった。追い討ちを掛けるように続ける。
「白の君は使者の最高位。つまりは偉い人だ。どこぞの国の姫君のための恋占いやら、貴族や王族の接待を受けるので忙しい。俺様たちのような庶民に割ける時間などほぼ無いだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
最上位の使者に向かってずいぶんな言い様だ。
場合によっては不敬罪に問われ、異端者認定されかねないことを言っている。他の使者に聞かれたら大惨事だ。
レオンハルトは素早く部屋から出て、辺りの様子を伺った。左右を確認しても長い廊下があるだけで、使者の姿は見当たらない。
ほっと胸をなで下ろして、部屋に戻る。扉は必要以上にしっかりと閉めた。
(誰にも聞こえていませんように)
「そんなに怯えなくたって良いだろう」
「あんなの聞かれたら不敬罪で牢屋に入れられちゃいますよ。もしかしたら異端者認定されちゃうかも」
「大丈夫だと思うけどなあ。お前は期待の英雄様だし、俺様は世界を滅ぼす魔王だ。ここで何を聞いたからと言って、どうこうしようとする人間がどれだけいるか」
呑気な調子で言って、少年は寝台の上に倒れ込んだ。顔だけレオンハルトの方に向けて、のんびりと言う。
「まあ、『その時』が来るまでのんびり待つとしよう」
☆☆☆
────白の君との謁見が叶ったのは、それから七日後のことだった。
初日の夜、二人の夕食を運んで来た使者に、しばらく掛かりそうだからそれまでこの部屋で待つようにと改めて指示をされた。この部屋は自由に使って構わないと言う。
朝昼晩と食事を用意され、寝る場所も提供されていたが、いつ白の君から呼び出されるかわからないため気軽に部屋の外に出ることはできなかった。食事を運んで来る使者にそれとなく尋ねてみても、「その時が来るまで待て」と繰り返すだけだった。
「せっかく聖都に来たんだ。観光して来たらどうだ? もしその間に白の君の使いが来ても、お前が戻って来るまでは待たせるから」
「そんなわけには行かないでしょう。白の君様ですよ!?」
部屋に居ても何もすることがなく、じっとしていることにも耐えられずに、部屋の中をうろうろと歩き回るレオンハルトに対して、少年の方は落ち着いたものだった。
乳白色の机の上に紙を広げ、ペンを片手にぼんやりとしている。何かを書こうとしているが、書き出しが思いつかないといった様子だった。
歩き回るのを止めて、少年の方を見る。念のために左右を確認し、更に用心を重ねて少年に近づき、耳元でささやくようにレオンハルトは言った。
「恋占いとか接待って、そんなに重要なんでしょうか」
「お前、やっぱり良い度胸してるよなあ。そんなことうっかり聞かれたら不敬罪で異端者認定だぞ」
レオンハルトの努力も虚しく、少年はいつもの調子で言う。
うっかり聞こえたらまずいから、少年にしか聞こえないように小声で話したのに。
びくりと肩を震わせたレオンハルトに、少年は喉の奥で笑った。大丈夫だと気楽に繰り返し、ペンを持ったままの手をぱたぱたと振る。
「この前も言ったが、たとえ何を聞かれていたとしても英雄と魔王をどうこうできる奴はいないから安心しろ。まあ、青の君や白の君に聞かれたらさすがにまずいかも知れないが、そんな偉い人はまずここまで来ない」
「はあ」
「で、さっきの続きだが────そうだな、恋占いや接待にも忙しいんだろうが、きっと白の君は神託が下るのを待ってるんだと思う」
白の君は、正義の神アスタに最も近い使者だ。
正義の神アスタから下された神託を民に伝え、導く使命を背負っている。
「神聖教会に英雄だけでなく、魔王まで現れた。どうすれば最も正しく生きられるのか、アスタに問うているのだと思う。…………正義の神なんてものが、本当にいればの話だが」
「ちょっ!? 声、声! もっと小さく!」
白の君への不敬罪どころか、正義の神アスタの存在まで疑い始めた。聞かれたら異端者認定どころか背信罪で処刑されかねない。
レオンハルトは部屋を飛び出し、近くに使者の姿がないことを確認した。少年は腹を抱えて笑っている。
誰のせいでこんな道化めいたことをする羽目になったのかと、レオンハルトは恨めしく思った。
────結局、部屋の中をひたすら歩き続けることにも飽きて、レオンハルトは教会の中を散策することにした。
たとえ部屋から離れていても、教会の内部に居るのならそう問題はないだろうと判断したのだ。教会に篭もりっきりのまま三日目を迎え、開き直ってきたからだとも言える。
いつまで待てば良いのか何度尋ねても教えてくれないのだから、向こうだってレオンハルトが部屋に戻るまでの間待ってくれても良いだろう。
(僕も誰かさんのこと言えなくなってきたかな)
青と白で彩られた礼拝堂や、正義の神アスタが最初の英雄を導いた場面を描いた壁画を眺めるのは一日で飽きてしまい────十分に堪能した。それ以降は、青の君の配下である神聖騎士団の訓練に混ざり、ひたすら剣を素振りして過ごしていた。
少年の方は、相変わらず机の前でぼんやりとしていた。書き出しに苦戦しているようで、紙はまだ真っ白なままだ。ようやくペンを動かしたと思ったら、何か失敗したのか、すぐに顔をしかめて紙をぐしゃぐしゃと丸めて捨ててしまう。
「何を書いてるんですか?」
神聖教会で待機を始めて五日目の夕方。
机の前で白い紙を睨みつけている少年に、レオンハルトはおそるおそる尋ねた。
少年はペンを放り出して、大きく伸びをした。それから苦笑する。
「セレネ宛に、手紙をな」
「セレネさんに?」
「きっと怒ってるんだろうなあ。なんて書けば良いのか、まるでわからない」
リベイラが魔物の大群に襲われた時、セレネは街の自警団や神聖教会の使者と共に戦った。
彼女はその時に大分無理をしたらしい。宿に入った途端に気絶し、部屋の中で行き倒れていたそうだ。
レオンハルトは早々に少年に蹴り出され、言われた通りに布と湯を持って来た後も部屋の前で見張りをするように命じられてしまったため、セレネがどんな状態だったのかは見ていない。
大量に用意したはずの布は、全て血塗れになっていた。回復魔法を唱える少年の低い声の中に、酷く苦しそうな声が混ざることがあった。
「どうして、セレネさんを置いて行ったんですか」
レオンハルトが入室を許された頃には、セレネはただ眠っているだけのように見えた。
命に別状はない、もう落ち着いたから大丈夫だと少年は言っていたが、せめて目が覚めるまで傍についていた方が良いのではないか。
「時間がない。あいつが目を覚ますまで待てないからって言っただろ」
「結局、ここで待機してるじゃないですか。本当に一月も待たなきゃいけないんなら、せめてセレネさんの目が覚めるまで待っても良かったんじゃないですか?」
「そうか…………そうだよなあ」
少年がばたりと机の上に倒れ込んだ。しばらく何やら唸っていたが、やがて気が済んだのかむくりと起き上がる。
「セレネは多分反対する。覚悟は出来てるつもりなんだが、あいつに反対されたら、それが揺らぎそうな気がしてな」
「…………」
「時間が無いのも、待てなかったのも本当だ。でも…………一番の理由は、これだろうな」
最後の方は、ほとんど独り言のようだった。
そうして、七日目。そろそろ夕飯が運ばれてくるという時間に、白の君からの使いが来た。ようやく白の君が時間を作ることが出来たので、白の君が待つ『純白の間』まで来て欲しいと言う。
『純白の間』は、礼拝堂の奥にある、白の君のための部屋だ。正義の神アスタからの神託は、この部屋で下される。
乳白色の壁と床は鏡のように磨きあげられ、窓はひとつもなく、天井がやけに高い位置にある。
大きさは礼拝堂と同じくらいのはずだが、部屋の奥にある長椅子以外何も置かれていないため、やけに広々として見えた。
長椅子からやや離れたところで、少年とレオンハルトは膝をつき、頭を垂れていた。白の君から許しを得るまで、顔を上げることは許されない。
「顔を上げよ」
若い女の声が響いた。それが白の君のものだと気付くまで、ほんの少し間が必要だった。
レオンハルトは、おそるおそる顔を上げた。
長椅子に、白い長衣を着た女が座っている。まだ二十代前半あたりに見えた。何の装飾品も身につけていないが、その代わりに白い長衣がきらきらと輝いていた。肌も髪も透き通るような白さで、瞳は昼の空を写したような青。正義の神アスタの色を体現している。人間よりも、神や精霊に近い存在なのではないかと思った。
その隣には、青い長衣を着た男が踵を揃えて立っている。腰に下げた剣の柄に右手を掛け、有事の際にはいつでも抜ける体勢を保っていた。
この男が神聖騎士団の団長であり、白の君に次ぐ使者である青の君だろう。こちらは四十代半ばあたりのようだ。レオンハルト達を睨みつける眼光は鋭いが、白の君よりはよほど人間らしく見える。
白の君の右側の壁に沿うように、白い長衣を着た使者達が並び、青の君の左側の壁に沿うように、青い長衣の使者が並んでいた。有事の際は、青の君と共にこの使者達が動くのだろう。
「長旅、ご苦労であった。英雄殿、そなたと会えたことを嬉しく思う」
なんと答えれば良いのかわからず、レオンハルトが戸惑っているうちに、白の君はあっさり視線を隣の少年へと滑らせた。
「そちらは────変わらないな」
「白の君様もお変わりなく」
「それは私がお前と同じ化け物だという意味か?」
「とんでもございません」
血が通っているかどうか怪しい白い顔が、ほんの少し緩んだように見えた。そう見えたのは一瞬だけで、ひとつ瞬きをした頃には既に元の無表情に戻っている。
「話は聞いた。お前が魔王と言うのは本当か?」
「はい。私が今代の魔王でございます」
壁際の使者達が、小さく息を呑んだ。水面に石を投げ入れた時のように、静かに動揺の波が広がっていく。
青の君は厳しい表情のまま、白の君は相変わらずの無表情だ。
「魔王とは、世界を滅ぼしかねない力を封じるための器のこと。英雄は、その力を身の内に抱えても耐えられる者が選ばれるのでしょう。器が壊れ、力が世界へ溢れてしまう前に、英雄が次なる魔王となる」
「だがお前は、英雄ではなかった」
「ええ。だから、私では十年しか保たなかった」
少年が穏やかな口調でそう言って、懐から小さな首飾りを引っ張り出した。
手のひらに握り込めるほどの大きさの、中央が白く濁っている水晶。
それから、鞘に入ったままの英雄の剣を、両手で掲げるように持つ。
「ここに、英雄の剣がございます。この剣でレオンハルトが私を斬り、私の中に封じられた魔王の力を継承すれば、またしばらくの間は平和になるでしょう。しかし────私は、魔王となるのは私で最後にしたいと思っています」
「何か案でもあるのか」
「ええ。とある村で、この水晶を手に入れました。魔王の力を継承する時、英雄ではなくこの水晶に魔王の力を封印することができると聞いております」
「そうか。それで、お前は私に何を望む?」
「魔王の力を封印するまでの間、結界を張って頂きたい」
壁際の使者達が、先ほどよりも大きくざわめいた。
青の君が顔をしかめる。白の君は変わらない。
白の君が片手を上げると、壁際のざわめきはぴたりと静まり返った。
「詳しく聞こう」
「魔王の力を封印するには、英雄の剣で魔王の身体を斬る必要がございます。その際、器から魔王の力が溢れてしまいます。先日、リベイラの近くの森で異変が起きたことはご存知ですか?」
「耳にはしている」
「あれは魔物に器が傷つけられ、力が溢れてしまった結果です」
少年の言葉を聞きながら、レオンハルトは拳を握りしめた。
あの森。あの惨状。しかしそれよりも、気になることがある。
「皆様に結界を張って頂き、私はその中で英雄の剣を以て魔王の器を壊します。魔王の力を水晶に封印するまでの間、力が外に漏れぬように、結界を維持して頂きたいのです」
魔王の器とは、少年のことだ。英雄の剣で器を壊すとはどういうことか。
彼は何をしようとしているのか。魔王の力を無事に封印出来たとして、その時彼はどうなっているのか。
喉元にまで出かかった言葉を飲み下す。覚悟はできたはずだ。自分はともかく、少年はとっくにそのつもりでいたのだろう。レオンハルトも、薄々は気付いていたのだ。
「失敗したらどうする」
「その時は────」
「その時はっ!」
少年の言葉を遮り、白の君を見据える。その先は、レオンハルトの役目だ。
「その時は、僕が魔王の力を封印します。僕は英雄で、次の魔王候補でもありますから」
白の君は、しばらくレオンハルトの顔を見つめていた。同じように少年の顔も見つめて、やがてぽつりと呟く。
「心残りはあるか」
「ありません」
「英雄殿も?」
「だい────大丈夫、です」
「そうか。わかった」
ひとつ頷くと、白の君は長椅子から立ち上がった。それから、『純白の間』全体に響くような声で宣言する。
「これより、『純白の間』にて魔王封印の儀を行う。白の使者は結界の準備をせよ」
「白の君様!」
青の君が悲鳴じみた声を上げた。それまでの厳格な様子をかなぐり捨て、縋るような調子で白の君へ言い募る。
「ここはアスタ様からのご神託を賜る神聖な場所でございます。魔王の封印のためにお使いになるなど、そんな」
「だからこそ、ここ以上に相応しい場所はないだろう。英雄も魔王も、この世界のために命を掛けているのだから」
「ですが…………っ!」
「私が間違ってると言うのか、青の君」
「…………いいえ。とんでもございません。青の使者よ! 白の使者の援護に当たれ! 魔法の心得のある者は、白の君様に加勢せよ!」
壁際に並んだ使者達が、ばたばたと走り回る。白の君は長椅子の前に立っていたが、白の長衣を着た使者の一人に促されて、部屋の入り口の方へと移動した。
(何かあったらすぐに逃げられる位置だ)
反射的にそんなことを思ってしまった。首を振って振り払う。
白の君は、神聖教会の使者の最上位。彼女に万が一のことなどあってはならないのだ。他の使者に任せきりにせず、この場に留まっているだけでも奇跡に近い。
白の使者が少年とレオンハルトをぐるりと囲むように立ち、更にその外側に青の使者が立った。白の君と青の君は、青の使者の輪の中で、入り口に最も近い場所にいる。
「英雄殿も、こちらに」
白の君に呼ばれて、レオンハルトはのろのろと立ち上がった。
少年は、膝をついたままの姿勢で両手に抱えた英雄の剣に視線を落としていた。
少年の姿を見下ろして、不意に、レオンハルトは自分が彼の名前も知らないことを思い出した。
「名前…………いい加減、教えてくださいよ」
「大した名前じゃない。それに、今更だ」
「なんで教えてくれないんですか」
「レオンハルト」
少年が、懐から小さな封筒を取り出した。レオンハルトを見上げて、にっこりと笑う。
今まで見たどの笑顔よりも、綺麗で穏やかな笑みだった。
「もし、会えたらで良いんだが…………これをセレネに渡してくれ」
「そんな────僕ひとりに、怒られろって言うんですか」
「うん。頼む。悪いな。俺様が土下座してたって伝えてくれ」
そう言うなり、少年は本当に土下座をしてみせた。レオンハルトがわたわたと慌てていると、すぐに身体を起こしてけらけらと笑う。
英雄殿、と再び白の君が呼びかける声がした。時間が無い。
差し出された封筒を受け取る。決して落とさないように注意して、懐に仕舞いこんだ。
「わかりました。必ず、セレネさんに届けます」
「ああ、悪いな。それから、万が一俺様が失敗した時は────」
「わかってます。僕があなたの後を」
「そっちじゃない。お前が覚悟してるってことはよくわかってる」
「え?」
「もし、お前が魔王をやる羽目になったら、セレネを頼れ。きっと力になってくれる」
「わかりました。その時は、そうします」
英雄殿、と三度目の催促が来た。これ以上は引き伸ばせない。
少年に背を向けて、白の君の元へ向かう。歩き出す直前に、ぽつりと少年が呟いた。
「…………ライアン」
「え?」
「俺の名前。ライアンって言うんだ」
「そう、ですか」
もう一度だけと決めて、振り返る。レオンハルトは彼に右手を差し出した。
「あなたと会えて、本当に光栄です。決して忘れませんよ────ライアン」
「俺も、次の英雄がお前で本当に良かったと思うよ。レオンハルト」
一度だけ握手をして、すぐに離れる。それで十分だった。
青の使者の輪の中、白の君の隣へと並んだ。長々と少年の傍に居座ったことを非難されるかと思ったが、
「話はすんだか」
「…………はい」
「わかった。では、始めよう」
小さく頷いた白の君が、片手を少年の方へ突き出した。白の使者達と、幾人かの青の使者が一斉にそれに倣った。呪文の詠唱が始まる。
白の使者たちの間に白い光の線が伸び、円を描いていた。外側の円にいる青の使者と白の君の突き出した手からも白い光が伸び、円の輪郭を太くしっかりしたものに補強している。
やがて白い線は壁となり、半円を描く半透明の結界となった。
結界が完成するのをじっと待っていた少年は、ゆっくりと立ち上がり、きょろきょろと辺りを伺っていた。そして、何を思ったのか突然呪文を唱え始めた。
彼の手に、巨大な光の鎌が現れる。神聖魔法の中でも最上級の攻撃魔法だ。
片手で握ったそれを何回か振り回した後、彼は白の君がいる方に向かって光の鎌を投げつけた。
「白の君様っ」
青の君がまたしても悲鳴じみた声を上げる。白の君を庇うように前に出ようとしたが、当の本人に制されていた。
光の鎌は結界の壁にぶつかり、何も傷つけることなく崩れて消えた。青の君が忌々しげに呟く。
「奴め。乱心したか」
「いいや、違う」
結界に向けた手を下ろさずに、まっすぐに少年を見据えて、白の君が言う。
「見ての通りだ。この世界で最も強い結界を張った。安心されよ────先代英雄殿」
結界の中にいて、彼女の声が届いたのかどうかはわからない。
だが、少年は白の君を見て大きく頷いた。
それから、膝をつき、英雄の剣の鞘を払う。祈るように両手で剣を持ち、その切っ先を、
「────ライアンッ!」
────彼は、躊躇わなかった。
迷うことなく己の胸を英雄の剣で貫き、剣を抱えるようにして崩れ落ちた。
そして、彼の身体から、黒い煙が、それまで封印されていた魔王の力が、結界の内部を埋め尽くす勢いで吹き出した。
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