――幕間――

ある少年の記憶 002

「お前がいてくれて、本当に良かった」

 そう言って英雄は、少年が今まで見てきた中で一番優しい笑みを浮かべた。

 どう反応すれば良いかわからずに、少年は困惑する。こんなことを言われるのは初めてだった。

 今まではずっと、誰も少年の言うことなど信じてくれなかったのだ。

 人の死を夢に見る少年のことを、気味悪がって嫌悪して、逃げようとするばかりだった。

 実の両親や兄弟にさえ忌み嫌われた少年を、英雄はまるで実の弟のように可愛がった。知り合ってまだ一ヶ月しか経っていないというのにだ。

「何だよだんまりか? 俺、本気でそう思ってるんだぞー」

 少年が何も答えずにいると、英雄は笑いながら乱暴に少年の頭を撫で回してきた。

 驚いて逃げる。反射的ににらみつけたが、英雄は笑ったままだった。

「凄いのはあなたでしょう。俺は不吉な夢を見るだけで、何もできない」

 少年が夢を見ると、英雄は必ずその内容を確認した。

 何か特徴的なものはなかったか。

 死んだのはどのような人物か。

 何人死んだのか。

 死亡した原因は何か。

 ────そこに、魔王が関わっていないか。

 大体の場所がわかれば、英雄はすぐに行動した。

 疫病が流行っている村に薬を送り、魔物に襲われそうな村には、神聖教会のお告げと称して警備を強化するようにと警告した。

 彼らが行くことができる距離であれば、直接そこへ赴き、英雄が剣を振るうこともあった。

 もちろん、少年も奮闘した。必死に学んだ神聖魔法を用いて魔物を葬り、怪我人や病人の治療に奔走した。

 だが、それでも夢の中で死んだ人を助けることはできなかった。

「そんなことないだろ。俺は魔法が使えないから、剣振り回して魔物をぶっ倒すぐらいしかできないけどさ。お前は魔法で魔物をぶちのめして、怪我した人を治したり病気の症状を軽くしたり、色々やってるじゃないか。…………あれ? そう考えると、俺の方が何も出来てないっぽい?」

 最後の自虐は英雄の冗談だ。それはわかる。だが、どう応えれば良いのかはわからない。

 少年は逃げるように俯き、自分の爪先を見つめた。

 英雄が長いため息をつく。

「お前はきっと違うって言うんだろうけどな。お前が夢を見たから、ラシュの村に薬を送れたんだ。もし何もしなかったら、もっとたくさんの被害を出したかも知れない。この前、バスクルの街が魔物に襲われた時だって、大怪我した連中を何人も助けたじゃないか」

「でも、俺は」

 英雄が、少年の肩に手を置いた。

 駄々を捏ねる子どもを宥めるように言う。

「夢に出てきた人を助けることはできなくても、お前のおかげで助かった人がいるのは事実だろ? それを忘れるな」

 少年が、ゆっくりと顔を上げる。

 英雄は、優しい笑顔のままだった。

「お前がいてくれて良かったよ、本当に」






 ────その、三ヶ月後。

 少年は、英雄が死ぬ夢を見る。

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