006 その後の話
翌日。
仔竜を古城まで送り届けた後、セレネと友人はトトの村を発つことにした。
「さーて、やることもやったし、次行くか、次」
大きく伸びをしてそう言う友人には、何の未練も感じられない。それでも念のために、セレネは苦笑混じりに尋ねてみた。
「いいんですか、お城。一緒に住むぐらいだったら、何とかなったかも知れませんよ」
「…………。確かに、魔王の城に住む竜というのも浪漫があるがな…………橋、腐ってるし。屋根は落ちてるし、崩れてる部屋も多いし。住むとなったら色々と手直ししないといけないだろう。面倒になった。うん」
「そうですか」
「それに────剣を封印できたからな。充分だ」
黒の長衣を着た少年の腰には、今は何も吊るされていない。
昨日までそこにあった英雄の剣は、あの古城の中に封印してきた。
次の英雄が現れるまで、決して抜けないように。
彼が仔竜に言った「頼まれて欲しいこと」は、あの城のどこかに英雄の剣を封印させてもらうことだった。
仔竜はその意味をわかっていないようだったが、「まあ剣が一本増えるぐらいなら」とあっさり承諾してくれた。
「これで、やっと正式に継いだことになるんですね、魔王様」
「…………うむ。これからは俺様のことは魔王様と呼ぶように」
「承知しました」
からかうように言ってやると、魔王は胸を張り、精一杯の威厳を持って返してきた。
セレネは地面に膝をつき、魔王の右手をとって、その甲を自分の額に押し付けた。しばらくしてから手を離し、そのままの姿勢で魔王を見上げる。
目を丸くしている、まだ十代半ばの幼い少年の顔が見えた。
彼に向かって微笑んで、告げる。
「忠誠の誓いです。どこまでもお供しますよ、魔王様」
☆☆☆
古城に戻った仔竜は、かつて寝室として使われていた部屋の中にいた。
中央に設置された天蓋付きの寝台の他には何も無い、殺風景な部屋だ。
その寝台の向こう、窓の近くの床に、柄にいくつも宝石が埋め込まれた細身の剣が生えている。
あの黒衣の少年が何やら剣に魔法を掛け、そこに突き刺して行ったのだ。
試しに何度か引っ張ってみたが、剣はびくともしなかった。
それを見ていた少年は、封印をしたのだから抜けなくて当たり前だと笑っていた。
この剣は、いずれ現れるであろう次の英雄にしか抜けないのだと言う。
「あっ、いた!」
背後から子どもの声が聞こえて、仔竜は飛び上がった。
慌てて寝台の下に潜り込もうとする。だが、すでに見つかってしまった後のようで、隠しきれなかった長い尾をつかまれて引きずり出されてしまった。
宙吊りにされたかと思ったら、すぐに両手で抱き上げられる。目の前に、満面の笑みを浮かべた子どもがいた。
「みんなー! 竜だよ! 助けてくれたの!」
「えっ、ほんと!?」
「わあ、本物だ」
仔竜が必死に護った、あの子どもだった。
他に二人、彼の友達らしき少年達が、目を輝かせてこちらを見ている。
笑顔だ。三人とも笑っていた。仔竜を見て怖がったり、怯えたりしていない。
生贄として来たのではない。悪い竜を退治するために来たようにも見えなかった。
(遊びに来てくれたんだ)
言葉にならない感情に突き動かされて、仔竜は何かを叫びたくなった。叫ぶための言葉を思いつかなかったので、仔竜は人間の姿に変身した。
子ども達よりも少し年上の、少年の姿に。
仔竜を抱き上げていた子どもを、今度は彼が抱き上げた。
「よーし、にーちゃんが一緒に遊んでやろう!」
────それから。
朽ちかけた古城の中で、時折子どもの笑い声が響くようになったという。
☆☆☆
「それにしても、大丈夫ですかね、あの村」
「大丈夫って何が?」
「いやほら、襲われてたじゃないですか、吸血鬼に。またあんなのが入り込んで、本当に棲みついちゃったら大変でしょう」
あの仔竜は吸血鬼相手に善戦していたとは思う。だが、また同じようなことが起きた時に、あの仔竜だけで対処できるかどうか。
「なんだ、そんなことか」
魔王はにやりと笑った。
「それなら心配いらないぞ。封印ついでにお節介してきたからな。この俺様が」
「お節介? …………結界でも張ってきたんですか?」
「魔王である俺様特製の結界だぞ? 百年は保つ。保証する」
彼の魔法の威力なら、セレネも知っている。
本当に百年保つかどうかはともかくとして、悪意ある魔物を弾く結界を張るぐらいなら朝飯前だろう。
「結界が消える頃には、あの仔竜も立派な成体になってるだろう。それよりも、今は吸血鬼だ。…………確か、魔王に力を授けられたとか言ったんだな?」
「ええ」
魔王が宙を睨む。
真剣な顔をする魔王を見て、セレネも表情を引き締めた。
「魔王はこの俺様だけだ。偽物の正体を突き止める必要がある」
「ええ。では、これからどうなさいますか、魔王様」
宙を睨んだまま、魔王が固まった。
「…………。まずは情報集からだ。近くの村に全速前進!」
どうするのか、その先のあてはなかったらしい。
気合いを入れるように天に拳を突き上げ、魔王が街道を突進して行く。
セレネは苦笑して、その後を追いかけた。
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