第6話 悪逆

 回想。九年前。

 深い山中、そこに開けた丘にある忍びの里。

 リョウがゲキを捜して山中を歩いている。


リョウ「兄上ー、兄上ーっ? どこにおられますかー?」


ゲキ「ばぁ!」


リョウ「うわぁ!?」


ゲキ「ハッハッハッ、どうだ驚いたか? リョウ」


リョウ「もぉ……びっくりするではありませんか、兄上ぇ」


ゲキ「すまんすまん、あんまり気付かないものだから、つい楽しくなってしまった。許せ」


リョウ「今度やったら、頭領に言いつけますからね?」


ゲキ「わかったわかった」


リョウ「それよりも兄上、頭領がお呼びでしたよ。早く参りましょう」


ゲキ「頭領が? わかった」


 里の中心、頭領ゲンバの館の中。

 ゲキが入ってくる。


ゲキ「お呼びですか」


ゲンバ「ゲキか、まずい事になった。我が方の大殿の城が攻め破られた。敵方の奇襲によってな」


ゲキ「なんと!?」


ゲンバ「主な下手人は忍の様だ……物見らの話だと、明日にもこの里に迫ってくる」


ゲキ「俺が打って出ます」


ゲンバ「ならぬ」


ゲキ「何故です!」


ゲンバ「お前は里の者を守りながら次の里を見つけるのだ」


ゲキ「しかし!」


ゲンバ「ではお前が行って、誰が里を継ぐのだ」


ゲキ「!? 頭領、それは……」


ゲンバ「お前は私の子も同然だ……お前を死なせたくはない」


ゲキ「しかし、ならば尚の事――」


ゲンバ「ゲキ!」


ゲキ「!?」


ゲンバ「……里の者たちを頼んだぞ」


 ゲキの肩を叩くゲンバ。

 館を後にする。


ゲキ「……」


ゲンバ「の者は先回りして罠を張れ! とらの者は大筒の用意! うしの者は武器を持てぬ者を従えて里を出る支度をせよ!」


忍乙「御意!」


ゲキ「頭領!」


ゲンバ「里の礎は人なり……生きておったらまた会おうぞ」


ゲキ「頭領ぉ!」


 明朝。

 里の者の中でも老いた者、子を負うた者が里を後にする。

 皆静かに涙を眼に浮かべながら粛々と歩いていく。

 殿を務めていたゲキが踏み留まる。

 その様子にリョウが気付く。


リョウ「兄上……」


ゲキ「……」


リョウ「兄上、参りましょう。皆が待っておられます」


ゲキ「……リョウ」


リョウ「はい」


ゲキ「お前に、これを授ける」


 ゲキ、リョウの首に勾玉を結ぶ。


リョウ「これ、兄上の大事な――」


ゲキ「そうだ。今後は、これを兄と思い生きよ」


リョウ「兄上?」


ゲキ「リョウ……さらばだ」


リョウ「兄上? 兄上!?」


 木を越え、草の根を分け、ゲキが里へと戻っていく。

 既に里には火の手が上がっていた。


ゲキ「我こそは迅雷じんらいのゲキ! 腕に覚えのある者は、かかって参れ!」


忍甲「じ、迅雷だ! この里一番の手練れの忍だ!」


ゲキ「来ないならこちらから行くまで! 迅雷じんらいぃぃ、撃掌げきしょうぉ!」


忍甲「ぐわああっ!」


ゲキ「っ……頭領ぉ!」


忍甲「逃がすな……追え……ぐふっ」


ゲキ「頼む……! 間に合ってくれ……!」


 やって来る忍を次々と打ち倒すゲキ。


ゲキ「頭領……頭領っ……頭領ぉ!」


ゲンバ「っ……ゲキ……?」


 そこには、血まみれのゲンバの姿があった。


ゲキ「!? 頭領ぉ!?」


ゲンバ「ゲキ……この馬鹿者……なぜ」


 ゲンバを抱き起こすゲキ。


ゲキ「頭領、しっかりしてください頭領!」


ゲンバ「……ゲキ、ゲキ……ワシの、ワシの……」


ゲキ「すぐに止血を……今助けまする!」


ゲンバ「……」


ゲキ「……頭領? 頭領……」


ゲンバ「……」


ゲキ「……うあああああああああああっっ!!」


 そこへ歩み寄る。忍装束に身をまとった剣士が一人。

 ヤスツナである。


ヤスツナ「……」


ゲキ「お前が頭領を……!!」


ヤスツナ「……構えろ」


ゲキ「許さん……許してなるものか……許せるかぁ!!」


 武器を構えるゲキとヤスツナ。


ヤスツナ「……」


ゲキ「我こそは迅雷のゲキ! 里の頭目ゲンバが長子ちょうし! いざ尋常に勝負!」


ヤスツナ「面白い忍だな……俺はヤスツナ。得物えものいたち……参る」


 その頃、里の者の中に紛れるリョウ。

 何かに気が付く。


リョウ「!?」


忍乙「リョウ、如何した」


リョウ「兄上……兄上が」


忍乙「ま、待てリョウ! リョウ!」


リョウ「兄上ぇ!」


 ゲキの下へ走るリョウ。

 一方その頃、ゲキとヤスツナは激しい死闘を繰り返していた。


ゲキ「はっ!」


ヤスツナ「ふっ!」


ゲキ「くっ! やっ!」


 刀を小手で耐えるゲキ。距離を離し、手裏剣を投げる。


ゲキ「そあっ!」


ヤスツナ「手裏剣か」


 ヤスツナ、投げられた手裏剣を素早く斬り払う。


ゲキ「弾かれた!? だが!」


ヤスツナ「ぬっ!?」


 距離を詰めるゲキ、砂つぶてを投げる。


ゲキ「はっ!」


ヤスツナ「ぐあっ! 目が!」


 そして両手に拳を握る。


ゲキ「迅雷ぃ、撃掌ぉ!」


ヤスツナ「ぐはああぁっ!」


 吹き飛ぶヤスツナ。


ゲキ「そのまま……とどめを!」


ヤスツナ「くっ! ……くそぉ!」


 ヤスツナ、一瞬だけ『童子切どうじぎり』を目くらましに使う。


ゲキ「ぐおっ!? なんだ……今のは何が光ったのだ?」


ヤスツナ「くっ……はああっ!」


ゲキ「!? ぬっ! このっ!」


 ヤスツナの剣がゲキの体力を削る。


ヤスツナ「ふっ! やっ! たああっ!」


ゲキ「くっ……おのれぇ! はあっ!」


 やがて両の拳でヤスツナの剣を受け止める。


ヤスツナ「こいつ!? ……鼬を、小手で」


ゲキ「ぬううっ……ふんっ、ぬあっ!!」


 拳を打ち合わせ、ヤスツナの刀にヒビを入れる。


ヤスツナ「!? 鼬が……!?」


ゲキ「迅雷撃掌!」


ヤスツナ「まずいっ! ぐああっ!!」


 ついにヤスツナの刀が砕け散る。


ゲキ「刀のない侍なぞ! はっ!」


ヤスツナ「うっ……苦無かっ! ならば!」


ゲキ「だけではないっ!」


ヤスツナ「!? おのれ、縄を……!」


ゲキ「足を取られたな! 今度こそ……もらった!」


 その時、リョウの声だけが焼け焦げた里に響き渡る。


リョウ「兄上ぇ!」


ゲキ「!? ……リョウ!?」


ヤスツナ「見切った!」


ゲキ「しまった!」


ヤスツナ「童子切!!」


ゲキ「ぐあっ!?」


 ヤスツナの童子切が、ゲキを貫く。

 辺りを静寂が包んだ後、突如として大雨が降り始める。


ヤスツナ「……」


ゲキ「……み、見事なり」


ヤスツナ「……」


ゲキ「さい、最期に……名を」


ヤスツナ「……ヤスツナ」


ゲキ「ヤスツナ……童子切……ヤスツナ……」


ヤスツナ「……御免」


 飛び去るヤスツナ。

 同時にゲキに駆け寄るリョウ。


リョウ「兄上ぇ!」


ゲキ「ヤス、ツナ……」


リョウ「あ、兄上……兄上ぇぇぇ!」


ゲキ「……リョ、ウ……」


リョウ「兄上! 目を、目を覚まして兄上っ! そんな、そんな……」


リョウ「兄上ぇぇぇ!!」


 回想終了。

 サカバの襲撃後に時は戻る。

 眠りから飛び起きるシノギ。


シノギ「!?」


ツネツグ「!? シノギさん、大丈夫ですか?」


 シノギ、辺りを見回して安堵する。


シノギ「……大丈夫ですよ、ツネツグ……ミツヨは?」


ツネツグ「今、交替でこの穴蔵を見張っています」


シノギ「……そう」


 雨が降りしきる中、一時の静寂がツネツグとシノギを包む。


ツネツグ「……シノギさん」


シノギ「?」


ツネツグ「兄上とクニツナを……救って参ります」


シノギ「……」


ツネツグ「ミツヨは少しばかり手傷を負っていますが、このまま何もしないまま居る訳にはいきません」


シノギ「そうですね」


ツネツグ「ですが、ぼくたち二人では、シノギさんを守りながら二人を救うのは無理です……だからせめて、シノギさんはもう一度町に戻って応援を――」


シノギ「ツネツグ」


ツネツグ「っ、はい」


シノギ「私も戦います」


 そこへミツヨが入ってくる。


ミツヨ「ツネツグ、交替だ――ツネツグ?」


シノギ「前にも言いましたが、私とて戦うすべは身につけています。三人で救いましょう」


ツネツグ「でも――」


シノギ「はっ!」


 すかさずツネツグを壁に追いやるシノギ。

 続けざまにミツヨの顔面ぎりぎりの距離に掌底を見舞う。


ツネツグ「ぐっ!?」


ミツヨ「わっ!?」


シノギ「ふふっ――これで、信じて頂けましたか?」


ツネツグ「お、お見逸れいたしました」


ミツヨ「速い……」


 一息に腰が抜ける二人。

 小さく笑うシノギ。


シノギ「ふふ……雨も上がった様ですね、支度が整い次第、参りましょう」


ミツヨ「……はい、でも……」


ツネツグ「……こ、腰が上がったらでよろしいですか?」


シノギ「まぁ」


 ややあって。

 指を差しながら現状を把握する三人。


ミツヨ「巫女がクニツナを連れたまま飛び去ったのが、この山のいただきの方角」


ツネツグ「サカバという奴が兄上を神隠しにしたのが、あの崖」


シノギ「つまりは山頂に向かって歩けば、少なくともクニツナは救出できる」


ミツヨ「師匠も、きっと居られます」


シノギ「そうですね……行きましょう」


 山を登る三人。


ミツヨ「某たちに、もっと力があれば――」


ツネツグ「もう言うなミツヨ……それはここに居る皆が考えている」


シノギ「悔やむのは後にしましょう」


ミツヨ「……あれ?」


ツネツグ「あ、また降ってきた……」


シノギ「すぐに止むかもしれません。でも足を滑らせない様に気を付けて。山頂は――ほら、あそこに」


 ややあって。

 山頂に辿り着く三人。


ツネツグ「……何処かに、奴らのねぐらが」


シノギ「……二人とも、あれ、あの谷の向こう」


ミツヨ「何かの穴ですね」


シノギ「この辺りは昔、銀山でしたから、もしかするとあの辺りに」


ツネツグ「この雨音なら、今下りても気取られないかもしれない」


シノギ「足だけは滑らせてはなりませんよ……参りましょう」


ミツヨ「はいっ!」


ツネツグ「クニツナ、兄上……待っていてください……!」


 やがて、銀の採掘場に潜入する三人。

 忍び足で奥へと進んでいく。


ミツヨ「入口に松明たいまつが残っていて、助かりましたね」


ツネツグ「あぁ。だが、静かだ……」


シノギ「いつまた現れるかわかりません……充分に気を付けて」


ツネツグ「これは……分かれ道だ……シノギさん」


シノギ「無闇に手分けをする必要は……誰!?」


 松明を向けるシノギ。

 そこには、無残に打ち捨てられた禰宜ねぎの姿があった。

 夥しい数の切り傷や打撲の痕がある。


ミツヨ「これは……!」


シノギ「……酷い。おそらく怪我が悪化して、足手まといになったから――」


ツネツグ「助けてあげられなくて……すみません」


ミツヨ「成仏してください……」


 手を合わせるツネツグとミツヨ。

 禰宜の瞼をそっと下すシノギ。


シノギ「恨むのは無間衆むげんしゅうです。きっと晴らしましょう」


ツネツグ「はいっ」


サカバ「おお、怖い怖い……怖い奴らが雁首がんくび揃えてきやがったぁ……」


ミツヨ「その声はっ!」


ツネツグ「無間衆八逆鬼むげんしゅうはちぎゃっきぎゃく大不敬だいふきょうのサカバ!」


 辺りに火をくべながら、にじり寄るサカバ。


サカバ「ほぉぉ、俺の名を覚えていやがったとは利口だなぁー……だったらなんで来たんだろうなぁなんでだろうなぁー……余程俺の『おそらく』にやられたいんだろうなぁ……」


シノギ「あなたの悪行……断じて許せません!」


サカバ「おぉん? ……はっはっは、綺麗なねーちゃんじゃねぇか此奴は――」


 シノギに、じっと目を凝らすサカバ。


シノギ「……」


サカバ「っはっはっはっはっは……お前、『いつまでそうしているつもりだ』?」


シノギ「……」


サカバ「はっは……まぁいい。どちらにせよ、お前らは俺の相手じゃあねぇお前らの相手は、こいつらだよぉーこいつらぁ」


 指を鳴らすと、穴の奥からクニツナとヤスツナが現れる。

 目は血走っており、明らかに正気の沙汰でない。


クニツナ「……」


ヤスツナ「……」


ツネツグ「クニツナ!?」


ミツヨ「お師匠!?」


シノギ「待って! ……まさか」


サカバ「おぉー? 感動の再会じゃあねぇのかー? いいんだぜ、涙を流して抱き合ったりしに来てもよぉー……その代り、来た所を腹からブスリだぁー……っはっはっはっは」


ツネツグ「『恐』で……」


ミツヨ「……巫女は? ツネツグ、巫女がいない」


シノギ「……」


サカバ「いい質問が出たなぁー? 巫女は、どうしたっけなぁ……禰宜ねぎが邪魔になって殺したら、暴れ出しやがったなぁそういえば……あんまり暴れるもんだからよぉー……うっかりそいつも殺しちまったぁ」


ツネツグ「この人でなしが!!」


ミツヨ「よせツネツグ!」


ツネツグ「放せミツヨ! もう我慢ならん! こいつを『数珠丸』で……!!」


サカバ「暴れ出した理由はすぐにわかったぜぇー? 巫女の懐に手紙がしまってあったぁーあれは感動的だったぜぇ……〈いつか二人で夫婦になりましょう〉だとよぉ……胸糞悪ぃぜ! だからそこら中引きずり回してやった! 禰宜共々八つ裂きにしてやったんだぁーっ! はっはっはっはっは!!」


ツネツグ「『数珠丸じゅずまる』! やれぇ!!」


ミツヨ「ツネツグ!?」


サカバ「『恐』ぅぅぅ!!」


 クニツナの『鬼丸』がツネツグの『数珠丸』と競り合う。


クニツナ「しゃあああ!!」


ツネツグ「クニツナ! お前もお前だ! こんな奴に操られて、恥ずかしくないのか! 兄上! 目を覚ましてください!」


ヤスツナ「……かああっ!」


ミツヨ「ツネツグ危ない!! 『大典太おおでんた』ぁ!!」


シノギ「……これほどまでに残忍な所業……生かして、生かしておいてなるものか!」


サカバ「来いよ来いよ来いよぉ! このむかっ腹を鎮めてくれよ! 鎮めてくれるよなぁあ!?」


シノギ「逃がすか!」


 サカバを追うシノギ、穴蔵の奥深くへと入り、見えなくなる。 

 ツネツグ、数珠丸を駆使してクニツナと鬼丸を翻弄する。


ツネツグ「数珠丸! 演舞開演! 風雨ふううの舞!」


クニツナ「しゃああ!」


ツネツグ「このダメツナ……熱い灸を据えてやるから覚悟しろよ」


ヤスツナ「かああ!」


ミツヨ「受け止めろ! 大典太!」


 ヤスツナの飛び蹴りを受ける大典太。

 すかさず童子切を抜くヤスツナ。


ヤスツナ「かあああ……」


ミツヨ「師匠が相手……師匠、見て下さい。ミツヨの本気を!」


ヤスツナ「かっ!」


ミツヨ「大典太! 一気呵成! たああっ!」


ツネツグ「参る!」


クニツナ「しゃああ!」


 同刻。

 おそらく採掘場の広場として使われた大きな空間に出るシノギとサカバ。

 シノギが素早く、礫を投げる。

 それを間一髪で避けるサカバ。


シノギ「しゅっ」


サカバ「ぬおっ!?」


シノギ「いい目を持ってらっしゃる」


サカバ「まさかテメェと戦うたぁなぁ……『いつまでそうしているつもりだ』?」


 サカバを睨むシノギ。

 先頃とは別の人格にも思える氷の眼。


シノギ「手前に切らせる者はもうございません」


サカバ「はっ! もうしらねぇぜ! どうなってもよぉ! 恐っ!」


シノギ「!」


 『恐』を抜くサカバ。

 一つ目の赤子の様な恐が宙を舞っている。


サカバ「っはっはっはっはぁー……まずはお前からだぁ、そのうち坊主らもまとめて一ひねりだぁ……」


 シノギ、瞼を下してゆっくりと、しかし確実に九字を結ぶ。


シノギ「臨、兵、闘、者――」


サカバ「あぁん? お前……何をしてやがる……?」


シノギ「皆、陣、列――」


サカバ「なんでだよ……なんで動けるんだよぉーっ!?」


シノギ「在、前!」


 シャコン――と、岩肌に棒型の手裏剣が刺さる。

 同時にサカバの両腕が千切れ飛ぶ。


サカバ「おああああっ!?」


シノギ「心を鎮め、体を落し……所作も静かに、技を潜ます……不敬の輩に、御仏の慈悲は無し」


 抜かれて間もなく立ち消えんとする恐。


サカバ「あー……あー……腕が、腕がねぇー……腕、腕ぇー……」


シノギ「……それが、蕨手わらびておきなの無念の分、次に」


 歩み寄りながら、小刀を振るうシノギ。

 サカバの左足が飛んでいく。


サカバ「あぁぁぁぁぁ! あ、あ、あー……あひぃ、あひぃ、あぁあ……」


シノギ「これが、禰宜と巫女の恨みの分……そして」


 すかさず懐紙で小刀を拭うと、サカバの胸目がけて小刀を落す。


サカバ「いやだ……もう、もう切らないで……切らないでくれぇ……俺、俺たちはぁ……!」


シノギ「これが私の分」


サカバ「仲間じゃねぇか」


 ドン――と、心の臓に深々と刀が刺さる。

 喀血するサカバ、返り血を浴びるシノギ。


 同刻。

 クニツナとヤスツナ、ツネツグとミツヨがいた場所。


クニツナ「しゃああ! ……あ?」


ヤスツナ「……これは」


 クニツナとヤスツナが我に帰る。


ミツヨ「お師匠? ……お師匠!」


ツネツグ「まさか、術が――シノギさんが……!?」


ヤスツナ「……操られていたのか、俺は」


クニツナ「!? 無間衆は!? あの巫女は!?」


ツネツグ「落ち着けダメツナ」


 クニツナを木刀で小突くツネツグ。


クニツナ「いって!? なんだよツネツグ!」


ツネツグ「まったく……あっさり術に嵌はめられて」


ヤスツナ「それは、俺にも言うとるか?」


ツネツグ「あ……そうです!」


ヤスツナ「な!? ――め、面目ない」


ミツヨ「お師匠は良いのです! 敵の闘身とうしんと真っ向から戦った上でございますので、良いのです!」


ツネツグ「またそうやって兄上贔屓びいきをして――」


ミツヨ「っへへへ……」


ツネツグ「はははっ」


 一同笑いあう。


ヤスツナ「そうだ、シノギさんは何処に」


ツネツグ「この向こうです。もしかしたらまだ――」


ミツヨ「すぐに救援に向かいましょう!」


シノギ「その必要はありませんよ」


 返り血も拭かずに奥から歩いてくるシノギ。


ツネツグ「シノギさん!」


クニツナ「シノギ! お前が、もしかして無間衆を!?」


シノギ「はい、もうコテンパンです」


クニツナ「すっげぇ! どうやってやったんだ!? なぁどうやって!?」


ツネツグ「馬鹿、ダメツナ、シノギさんが怪我をしていたらどうする!?」


 シノギに歩み寄る四人。


シノギ「ふふ。心配せずとも、何ともありませんよ」


ツネツグ「良かった……では、禰宜の方と巫女の方の亡骸を捜して――」


ツネツグ「……え?」


 倒れ伏すツネツグ。

 シノギの手刀が頸椎を突いたのだ。


クニツナ「な、なにすんだシノギ!? ……ぐ」


 そのまま流れる様にクニツナを気絶させるシノギ。


ミツヨ「え? ま、まさかまだ……」


ヤスツナ「危ないミツヨ!」


シノギ「っっ!!」


 ミツヨの鳩尾にシノギの拳が入る。

 あっけなく倒れるミツヨ。


ミツヨ「がっ! は……」


 『童子切』を構えるヤスツナ。


ヤスツナ「まだ、サカバの『恐』が!?」


シノギ「いいえ、ヤスツナ様――私は至って正気です」


 回想。六年前。

 ヤスツナが道場を開いて間もなくの事。


シノギ「ごめんくださいませ」


ヤスツナ「何者だ」


シノギ「私、旅の者なのですが、この雨故、一晩の宿をお借りしたく……」


ヤスツナ「汚い所だが、好きにするといい」


シノギ「ありがとうございます! 御礼といってはなんですが、もしよろしければお掃除やご飯の支度など……」


 それから、数々の思い出が走馬灯の様にヤスツナの頭を過ぎる。


ヤスツナ「名は」


シノギ「……シノギと申します」


ヤスツナ「俺はヤスツナ」


シノギ「ヤスツナ様、ですね……あの、そのお召し物はもしかして」


ヤスツナ「一張羅だ」


シノギ「いけません……すぐに着替えをこさえますから、お洗濯を」


ヤスツナ「やめろ、俺はこれでいい」


シノギ「なりませんったら」


ヤスツナ「やめろ! 追い出すぞ!」


シノギ「……申し訳ありません」


ヤスツナ「あ……あぁ……だ、だが、飯は美味かった。向こう三日分の飯を作るまで、宿賃を払ったことにはせん」


シノギ「……はい、ヤスツナ様」


 ある時は――


ヤスツナ「なんだこの汚いガキは」


クニツナ「ガキじゃねぇ! クニツナだ!」


シノギ「身よりがないのなら、助けてあげませんかヤスツナ様」


ヤスツナ「なにぃ?」


 またある時は――


ツネツグ「頼もう! ここがヤスツナとやらの道場か!?」


ヤスツナ「……寺じゃないんだがなぁここは」


シノギ「すみません、すっかり私まで居ついてしまって」


ヤスツナ「シノギさんは、クニツナの面倒を見てるから良い」


クニツナ「稽古つけろよバカ師匠!」


ヤスツナ「だから師匠と呼ぶでない!」


 そしてまた――


ミツヨ「この度は! 命を助けて頂き、ありがとうございました!」


ヤスツナ「ただ飯代を払っただけだっつぅの」


クニツナ「お前! 名前は!」


ミツヨ「ミツヨと申します! 此奴は、『大典太』!」


ツネツグ「闘身!?」


シノギ「まぁ、ふふふ」


ミツヨ「闘身使いの道場は、こちらでございますか!?」


ヤスツナ「……童は三人までだからな」


 走馬灯が過ぎる頃、言葉に詰まるヤスツナ。

 目の前にはシノギが、氷の眼でこちらを見ている。


ヤスツナ「……どういう」


シノギ「私は、無間衆……八逆鬼」


ヤスツナ「……嘘だ」


シノギ「ぎゃく……」


ヤスツナ「そんな馬鹿な話があるか!!」


 懐から小刀を出し、構えるシノギ。


シノギ「悪逆あくぎゃくのシノギ」

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