第5話 幻惑! 大不敬のサカバ
蕨手神社、境内。
日暮れに掃除を兼ね見回りをする
ふと、御神木の陰に何者かを見つける。
宮司「誰かおるのか」
宮司「……妙だな……誰じゃ、出てこい」
返事がない。歩み寄ると、宮司の背中側から声が聞こえてきた。サカバである。
サカバ「俺ぁよぉ……」
宮司「!?」
サカバ「俺ぁよぉ、
言いながら、短刀を抜くサカバ。
宮司「刀……何をする気じゃ……!?」
サカバ「きっとアレだぁ、ガキの頃になんかされたんだぁ……思い出したくもねぇ嫌ぁな事されたんだよきっと……」
宮司「だ、誰か! 誰かおらぬか!」
サカバ「
短刀を宮司めがけて振り下ろすサカバ。
しかし宮司にはただの一つも怪我はない。
宮司「あぁっ!? ……き、斬れとらん?」
サカバ「……きっとアレだ……ちょっとだ、ほんのちょっとなんだよ。神様ン所に置いてあった供えモンをちょっと摘んだだけなんだ……」
そこに、巫女が歩み寄ってくる。
巫女「宮司様、如何されましたか?」
宮司「お、おおお前か! すぐに人を呼べ! ならず者がおる! 刀も持っておるぞ! 逃げるのじゃ!」
巫女「宮司様、如何されましたか?」
宮司「な、何を言っとるんだ! いいから早く人を呼ぶんだ! 見えないか!?」
刹那、巫女の様子が忽ち奇異のものとなる。
巫女「宮司様、如何されましたか? 宮司様、宮司、ぐう、じ、じ、ぐ、じ、ぐじ、ぐじ」
その顔は青白く、からくり人形の様な無機的な動きに変わる。
宮司「ひ――!? 人形?
巫女「宮司様、如何されましたか? 宮司宮司様、如何されましたか? 宮司、宮司様、宮司様宮司様ァ!!」
サカバ「ちょっと摘んだだけで、俺は思いっきり引っ叩かれたんだぁ……痛かったぜあらぁよぉそうこんな具合になぁ!?」
宮司を力一杯引っ叩く巫女――で、在った者。
宮司「ぶほぉ!!??」
更に宮司を殴りつけていく巫女。
巫女「宮司様! 宮司! 宮司ぃぃい!」
宮司「がっ!? ぐほっ! げっ!」
禰宜「なんだ、この騒ぎは!? 宮司様!? お前、宮司様に何を!」
禰宜、宮司に駆け寄り抱き起こす。
宮司は血塗れである。
宮司「うぅ……人を、人を呼ぶんだ……」
しかしながら、禰宜の様子も先の巫女の様相に相似してくる。
禰宜「宮司様、お気を確かに――ぐっ!? ぐげ、宮司様、お気を確か、お気、お気を、お気、お気、き、き、キアァッッ!!!」
抱き起こしていた態勢から宮司を膝で蹴り上げる禰宜。
背の骨が砕ける音と共に宮司が宙を舞う。
宮司「ぐああああああっ!!!」
サカバ「俺ぁよぉお、神主ってのが嫌いなんだぁ……お前を殺してよぉ……この怒りを鎮めさせてくれよなぁ鎮めさせてくれよなぁ鎮めさせてくれるよなぁぁぁ?」
殴り、蹴り、折り……
目を覆わんばかりに宮司を甚振り続ける禰宜と巫女。
無機的に宮司を呼ぶ声が木霊する。
巫女「宮司様」
禰宜「宮司様」
巫女「宮司様」
禰宜「宮司様」
巫女「宮司様」
禰宜「宮司様」
巫女「宮司様」
禰宜「宮司様」
宮司「あぁぁぁぁぁぁ!!??」
翌朝、境内。
神職が宮司を捜している。
神職「宮司様、宮司様、おはようございます。如何なされましたか、境内のお掃除が何もされてなくてびっくりいたしました……宮司様?」
宮司「ぐーじぃ、ぐーじぃ、ひっ、ひひっ、ぐー、ぐー、ぐーじぃい……」
宮司の身体はぐしゃぐしゃに曲がり、奇異の声を挙げながら事切れんとしていたのであった。
恐怖で青ざめた神職は何処へともなく駆け去る。
神職「ぐ、宮司様……誰か、誰か!」
所変わり、ヤスツナの夢の中。
足下には靄が立ち込め、眼前には何処に向かうとも知れない闇が広がるばかりである。
ヤスツナ「ここは……夢の中、か……夢など久しく見てなかったな……」
カネヒラ「ヤスツナ……ヤスツナ」
ヤスツナ「ん? 誰だ……」
カネヒラ「ヤスツナ……生きていたか……あの頃以来だな」
ヤスツナ「あの頃? ……何の事だ……姿を見せろ、お前は誰だ?」
カネヒラ「ヤスツナ……久々に手合わせだ、かかって来い」
ヤスツナ「手合わせ? 同門の様な口ぶりだな――まさか、お前は」
カネヒラ「どうしたヤスツナ……お前の剣はそんなものか」
ヤスツナ「待て! お前は、お前は確かあの時……何故だ、何故今になって」
カネヒラ「お前の“童子切”はそんなものじゃあねぇだろうが」
ヤスツナ「待ってくれ! 行くな……俺は、俺はお前に――行くな!」
そして夢は醒め、道場の中、ヤスツナの部屋。
ヤスツナ「待ってくれ!」
シノギ「――どうしましたかヤスツナ様」
ヤスツナ「……夢から、醒めたか――ひどく、懐かしい夢を見た」
シノギ「まぁ、それはそれは……どの様な夢でしたか」
ヤスツナ「死んだはずの人間が出てきたよ」
シノギ「それは――」
クニツナ「兄貴ぃーっ! 大変だぁ!」
ツネツグ「こらイノツナ兄上が寝てたらどうするんだ!」
ミツヨ「師匠! 一大事です!」
ヤスツナ「騒々しい、なんだ朝っぱらから」
シノギ「もうお昼ですよヤスツナ様」
クニツナ「んな事より聞いてくれよ!」
ミツヨ「
ヤスツナ「あの
シノギ「そんな……どうして」
クニツナ「しかも、なんか変なんだよ」
ヤスツナ「変?」
ツネツグ「手口が、刺されたとか斬られたではないらしいのです」
ヤスツナ「そうか……ちょうどいい、寝床もそろそろ飽きた。ひとつ様子を見に行くとしよう」
布団から出るヤスツナ。
それを見てシノギが声をかける。
シノギ「ヤスツナ様――」
ヤスツナ「……まだ心配か?」
シノギ「もう止めても聞かずに行かれる事は存じております」
ヤスツナ「ふっ……」
シノギ「私も参ります。宮司様には良くしていただきました故」
ヤスツナ「それもそうだな。そもそもこの道場を開くのに力を貸してくれたのは、他ならぬ蕨手の翁だ。支度を頼む、シノギさん」
クニツナ「あ! 俺も! 俺も行く!」
ツネツグ「私も!」
ミツヨ「某もです!」
ヤスツナ「駄目だ。物見遊山で行く訳でない。お前たちは此処で留守番だ」
クニツナ「でもよぉ――」
ヤスツナ「案ずるな……俺を誰だと思ぅとる」
ツネツグ「……私達の、兄上です」
ミツヨ「そして、師匠でございます……!」
ヤスツナ「うむ――行くぞ、シノギさん」
シノギ「はい」
ややあって。
蕨手神社までの道すがら。
シノギ「ヤスツナ様。宮司様はやはり――」
ヤスツナ「まだそう決まった訳ではないが……だとするならば、いよいよ我らも動かねばなるまい。後手に回り過ぎたがな……」
シノギ「……」
ヤスツナ「機は熟した。シノギさんは何も悪くは無い。俺達の身を案じてくれたのだろう?」
シノギ「まだ、何も申し上げておりません……」
ヤスツナ「そうだな――だが、シノギさんの思ってる事は理解しているつもりだ」
シノギ「……」
ヤスツナ「大丈夫だ、ムネチカは生きている。だから助けに行くのだ」
シノギ「はい……」
黙って歩き続ける二人。
ヤスツナが言葉を繋ぐ。
ヤスツナ「……ところで、こうして二人で出かけるのも久方ぶりだな」
シノギ「……言われてみれば、そうですね」
ヤスツナ「蕨手の翁に、夫婦と間違われたのが懐かしい」
ふいとヤスツナへの視線を外すシノギ。
シノギ「――はて、その様な事があったでしょうか」
ヤスツナ「ふっ……」
シノギ「もう……」
ヤスツナ「……クニツナ達に、道場の留守を頼める様になったのだな、俺は」
シノギ「それは、ヤスツナ様のおかげですよ」
ヤスツナ「シノギさんが居てこそだよ」
シノギ「ふふ……有難きお言葉にございます」
蕨手神社、社務所の玄関。
ヤスツナ「御免、宮司殿が亡くなられたと聞いた。御遺体に会わせては貰えぬか」
神職「ヤスツナ様……こちらでございます……」
ヤスツナ「ありがとう」
社務所内、宮司の部屋。
宮司が棺桶の中に入っている。
神職が一礼し、棺桶の中を見せる。
シノギ「酷い……こんな……」
ヤスツナ「聞いた話の通りだな……刺されたり、斬られたりはしておらんが……まさか手足や腰、首まで折られて、この様な……翁、苦しかったろうに」
神職「とても、人の行いとは……」
咽ぶ神職を支えるシノギ。
ゆっくりと棺桶を閉めるヤスツナ。
ヤスツナ「せめて安らかに眠ってくれ、翁……」
神職「ヤスツナ様……必ず、必ず宮司様の仇を取って下さいませ。でないと、宮司様があまりにも……」
ヤスツナ「解った。済まないが昨夜の話を聴かせてくれないか? 下手人の手掛かりを掴まんといかん」
ややあって。
蕨手神社を発ち、街を歩くヤスツナとシノギ。
ヤスツナ「先の話をまとめると、先ずは居なくなったという宮司の倅と巫女の行方を追わなければならない。そこで――」
シノギ「私が町の方々に尋ねて参ります」
ヤスツナ「あぁ、頼んだ。俺は一旦道場へ戻る」
シノギ「道場へ?」
ヤスツナ「道場を発つ」
シノギ「! ……畏まりました。お気を付けて」
ヤスツナ「シノギさんも。道場で落ち合おう」
同じ頃、ヤスツナの道場。
居間で寝転ぶクニツナ。行儀よく座るツネツグとミツヨ。
クニツナ「ちぇ~。俺も行きたかったなぁ」
ツネツグ「兄上が言ってただろう野次馬みたいな事になると。慎めクニツナ」
クニツナ「はいはいっと……なぁツネツグ、ミツヨ」
ミツヨ「ん?」
ツネツグ「なんだい改まって」
クニツナ「シノギさんってさ……男? 女?」
ツネツグ「はぁ?」
ミツヨ「女の方では、ないのですか?」
クニツナ「だって、シノギさんが、
ツネツグ「でも、女性の着物を着ているぞ?」
ミツヨ「けど、背丈が少し、女の人より高くないですか?」
ツネツグ「確かに、
ミツヨ「けど、道場の裏に九尺もある様なアオダイショウが出た時に腰を抜かしておられましたよ」
ツネツグ「それは誰でも腰を抜かすと思うぞ……うーむ……いや、男? いや、でも……」
クニツナ「風呂、覗いた事ある?」
ツネツグ「え!? あ、あ、ある訳ないだろう!?」
クニツナ「ミツヨは?」
ミツヨ「無いです! 当たり前でしょう!?」
クニツナ、不敵な笑みをうかべる。
クニツナ「俺、あるんだけどさ」
ミツヨ「なっ!?」
ツネツグ「クニツナお前ッ……!!??」
クニツナ「見えなかった……というか、裸見る前に見つかって、お湯かけられた」
ツネツグ「そういう問題じゃあない!」
ミツヨ「と、と、と、闘身使いとして、あるまじき行いです!」
クニツナ「じゃあお前らは気にならないのかよ!? シノギさんが男なのか、女なのか」
ツネツグ「き、気にならない訳では……ん?」
居間の違和感にいち早く気づくツネツグ。
ミツヨ「ん?」
ツネツグ「……」
クニツナ「あん? どうしたんだよツネツグ、ミツヨも」
ミツヨ「しっ! ……ツネツグ」
ツネツグ「あぁ……誰か、いる」
クニツナ「! 鬼ま――むぐぐっ!?」
ツネツグに口を封じられるクニツナ。
小声で数珠丸を抜くツネツグ。
ツネツグ「数珠丸演舞……風雨の舞!」
高速で扇子を投げつける数珠丸。
扇子は天井を突き抜け、何か柔らかい物に当たる。
賊甲「ギャーッ!?」
突如、屋根から賊が落ちてきた。
クニツナ「ぷはっ!? ツネツグお前良い所持って行ってぇ!」
ツネツグ「敵は一人じゃない!」
ミツヨ「まだ来ます!!」
天井裏に潜んでいた賊が顔を出し、一丸となって攻めよせる。
賊長「くそぉ! どうして見つかったんだぁ!? えぇい構わねぇ! やっちまえぇ!」
賊乙「おらぁあっ!」
賊甲「くそあああっ!?」
抜刀する賊たち。
各々闘身を抜く三人。
ミツヨ「大典太! 胴!」
賊甲「ぐっほぉ!!??」
ツネツグ「数珠丸演舞!」
賊乙「げはああああ!」
クニツナ「鬼丸ぅうう!!!」
賊長「ぬおおおっ!!?? お、俺の子分たちが……!?」
次々と薙ぎ倒される賊たち。
慄く賊の長。
ミツヨ「某たちの敵じゃあないですね」
ツネツグ「次は、貴方の番ですね」
賊長「これが闘身……! 一瞬じゃあねぇか……!! う、うおおおっ!!」
跳びかかる賊長。
ひらりと躱すツネツグ。
賊長「うっ!?」
ツネツグ「数珠丸!」
数珠丸が刀の柄で賊長の腹を打つ。
賊長「ぐえっ!?」
ミツヨ「大典太!」
すかさず跳んだ大典太の木刀が賊長の背を叩く。
賊長「ごほっ!」
ミツヨ「クニツナ殿!」
ツネツグ「良い所、献上してあげようじゃないか!」
クニツナ「おうよ!! ぶっ叩けぇ鬼丸ぅぅぅぅ!!」
賊長「おぼあああああ!!!」
最後に鬼丸の拳が顎を狙う。
賊長、あえなく縁側に吹き飛ばされる。
ツネツグ「……しかし、なんだったんだ此奴らは」
ミツヨ「わかりません。けど、某たちを襲おうとしたのは明白」
ツネツグ「ただのこそ泥の類か、或は……」
思案に暮れるツネツグとミツヨ。
賊長の下へ歩み寄り胸倉を掴むクニツナ。
クニツナ「おい! 何もんだお前らぁ!?」
賊長「い、言うもんか……言ったらどんな恐ろしい目に合うか」
クニツナ「なんだってぇ?」
ツネツグ「
ミツヨ「言わないと、今すぐに恐ろしい目に合わせますよ?」
賊長「ケッ……ガキが、舐めやがって」
クニツナ「そのガキに負けたのはおっさんだよ! ほら! 言ってみろ!」
賊長「……」
口を閉ざす賊長。
その様にクニツナ、激昂する。
クニツナ「……このっ!」
賊長「ぐはっ! ……」
賊長を殴りつけるクニツナ。
それが決め手となり、ぐったりと気絶する賊長。
ツネツグ「クニツナ!? お前何を――」
クニツナ「こいつが喋んねぇから!」
ツネツグ「だからって気絶させてどうする!? 打ち所が悪かったら、死んでるかもしれないぞ……!」
クニツナ「ッ!? ……悪ぃ」
賊長が起きないか、頰を叩いたり、声をかけるクニツナ。
そこへヤスツナがやってくる。
ヤスツナ「どうした、なんだこの騒ぎは?」
ミツヨ「師匠!」
ツネツグ「突然、この様に野盗どもが」
ヤスツナ「野盗……」
思考を巡らすヤスツナ。
そこへおずおずと歩み寄るクニツナ。
クニツナ「兄貴……ごめん、俺――」
ヤスツナ「ん?」
ツネツグ「クニツナが、話を聞く前にこいつらの親玉を気絶させてしまって――」
クニツナを見つめるヤスツナ。
そしてクニツナの頭を優しく撫でる。
ヤスツナ「……短気は損気、今なら解るんじゃないか?」
クニツナ「……うん」
ヤスツナ「自分から言おうとしたという事は、そういう事だ」
クニツナ「……?」
言葉の意に気が付かないクニツナ。
小首を傾げる。
ヤスツナ「案ずるな――どちらにしろ、ここに居続けるのは良くない。早速だが旅の支度をしろ。道場を空ける」
ツネツグ「え?」
ミツヨ「つまり――」
クニツナ「ムネチカを!?」
ヤスツナ「あぁ、助けに行くぞ」
俄かに色めき立つ三人。
こっちへ来いと促すヤスツナ。
歩きながら。
ヤスツナ「ヒルコが去った方角が、恐らく寝ぐらか、そうでなくとも奴等の重要な拠点だろう」
ミツヨ「その方角は……?」
ヤスツナ「西……都の方角だ。奴等は京に居るかもしれん」
そこへ、シノギが駆け寄ってくる。
シノギ「ヤスツナ様」
ヤスツナ「行方は?」
シノギ「一人、お酒を召していた方なのですが、『
ヤスツナ「
クニツナ「どうして決まりなんだ?」
ヤスツナ「ムネチカの便りだ。ムネチカは小烏橋で落ち合おうとしていた。小烏橋は都とこの町を結ぶ唯一の橋だ」
ツネツグ「でも、もしその便りも偽物だったら……?」
ヤスツナ「ふっ……その時は片っ端から、無間衆の奴等の口を割らせるまでだ。無理矢理にでもな」
ツネツグ「お、恐ろしい……」
ヤスツナ「さぁ、ぐずぐずしている暇はない。支度ができ次第、出立するぞ」
クニツナ「おう!!」
ミツヨ「はい!!」
ツネツグ「はい!! ……待っててください、ムネチカ様……」
昇った日が傾き始めた頃。
小烏橋付近まで歩を進めた五人。
橋の側に、僧侶が立っている。
それがサカバである事に五人は気が付かない。
シノギ「もうそろそろ、小烏橋でございます」
ヤスツナ「ん? ……あれは、誰だ?」
シノギ「旅のお坊様……の様に見受けられます」
ヤスツナ「御免。某はそこの町で道場を開いているヤスツナと申す。済まないがこの先で、
サカバ「……巫女と、禰宜……ああ、見ましたぞ……橋を越えて、山中へと入って行きました……可笑しな者たちでした。旅の支度もしないで……」
ヤスツナ「そうか、世話になった。行くぞ、暗くなる前に見つけなければ」
クニツナ「幽霊が出たりしてな?」
ミツヨ「ゆ、幽霊?」
ツネツグ「またキミは下らない事を……」
橋を越えていく五人。
編笠を上げ、不敵に笑むサカバ。
サカバ「……ヘッ」
山の麓、草木を踏み分け、更に歩を進める五人。
クニツナは相変わらずふざけている。
クニツナ「本当に、出るかもしれないぜ~? うらめしや~……ってな」
ミツヨ「こ、怖くなんてござらん!」
クニツナ「ほんと~か~~?」
ツネツグ「や、やめろみっともない」
強がるミツヨ。
あくまで平静を装うツネツグ。
突如として声を上げるクニツナ。
クニツナ「あー! 一つ目のお化け!」
ミツヨ「うわああああああ!!??」
飛び上がるミツヨ。
大笑いするクニツナ。
クニツナ「ハッハッハッハッハ!」
ミツヨ「ク、クニツナぁ~!」
シノギ「こら、クニツナ」
ヤスツナ「お前ら、遊びに来ているんじゃないんだぞ」
ツネツグ「そ、そうだ、そうだぞ……」
ヤスツナ「ツネツグ……袖を引っ張るな」
ツネツグ「!? す、すみません兄上!」
ヤスツナ「
何かを感じ取るヤスツナ。
目の鋭さが変わる。
ツネツグ「怖いのは……?」
ヤスツナ「人間さ……」
消えたはずの禰宜と巫女が、眼前に現る。
禰宜「おし、お、と、とうし、と、闘身の、んに、に、匂い」
巫女「闘身、つあ、た、たお、
クニツナ「うえっ!? なんだあいつら!? からくり人形みたいに、青っ白い顔してる!」
ヤスツナ「あの身なり、どうやら捜していた禰宜と巫女らしいな……」
ツネツグ「兄上、如何しましょう?」
四方を一瞥し、思案するヤスツナ。
ヤスツナ(前方に二人、後方は……今は誰も居ない。左は崖、右には木立……戦いづらいな)
やがて、各々に指示を出す。
ヤスツナ「クニツナ、ツネツグ、お前達はシノギさんを守りながら後方へ下がって距離を取れ」
クニツナ「わ、わかった!」
闘身を抜くクニツナとツネツグ。
ツネツグ、数珠丸に傘を出させる。
ツネツグ「数珠丸、シノギさんに傘を――これを使ってください」
シノギ「ありがとうツネツグ」
大典太を抜くミツヨ。
やがて禰宜と巫女がこちらとの距離を詰めてくる。
ヤスツナ「ミツヨ、お前の大典太で壁を作れ。相手の攻撃を防ぎながら俺が反撃する」
ミツヨ「承知しました!」
ヤスツナ「来るぞ! 闘身を抜け!!」
禰宜「っつぉおおお!!」
ミツヨ「大典太!」
禰宜、大典太の盾を思い切り殴りつける。
盾にヒビが入ると同時に、禰宜の拳から血が吹き出る。
ミツヨはその光景に戦慄する。
ヤスツナはそれに気が付かない。
ミツヨ「う、あ……!?」
ヤスツナ「耐えろミツヨ! 必ず隙ができる!」
巫女「斃たおっしゃああああ!!」
巫女、常人離れした跳躍で後列のクニツナ達を急襲する。
ミツヨ「なっ!?」
ヤスツナ「なんて跳躍……!! クニツナツネツグ! そっちに行くぞ!」
ヤスツナが目を離した瞬間、禰宜がミツヨの足首に手を滑り込ませる。
禰宜「ぎぃあ!!」
ミツヨ「!? 脚を、掴――」
禰宜「いぃやぁあああ!!」
力一杯、ミツヨを投げ飛ばす禰宜。
面食らったミツヨは覚えず大典太を納めてしまう。
ミツヨ「うわぁああ!!??」
ヤスツナ「しまった! 投げ飛ばすとは……! ミツヨ!?」
ミツヨは崖から落ちそうなのを、幹に掴まり必死に堪えている。
ミツヨ「うっ……わ、落ち……」
ヤスツナ「落ち着けミツヨ! 大典太を使って登るんだ!」
会話を遮る様に、禰宜がヤスツナを襲う。
童子切で牽制するヤスツナ。
禰宜「しゃああああ!!」
ヤスツナ「ぐううっ!?」
ミツヨ「ど、どうやって……!?」
滑落の恐怖で狼狽するミツヨ。
ヤスツナ「考えるな! やれる! くそっ! 邪魔だ!」
禰宜を蹴り飛ばし、距離を置くヤスツナ。
禰宜の姿を見て驚愕する。
禰宜「ぎっ!」
ヤスツナ「!?」
同刻。
巫女の急襲を受けたクニツナたち。
巫女「りゃああああ!!」
ツネツグ「数珠丸演舞!
巫女「ちぃいいっ!?」
複数の帯が巫女の動きを鈍らせる。
すかさず拳を振りかぶる鬼丸。
クニツナ「鬼丸っ! ……!?」
振りかぶった拳を突如として下ろす鬼丸。
ツネツグ「クニツナ!?」
巫女「しゃおぅ!!」
地に降り立ち、素早く拳をたたき込もうとする巫女。間一髪受け流していく鬼丸。
クニツナ「ぬわっ!?」
巫女「ちゃ! りゃっ!! やあああっ!!」
ツネツグ「どうしたクニツナ! 何故さっき殴らなかった!?」
クニツナ「ぐっ!? こいつ、巫女、なんだろ!?」
ツネツグ「だからなんだ!」
クニツナ「こいつは! 普通の、巫女なんだろ!? 殴って、死んだら、どーすんだよ!?」
ツネツグ「そんな事を今言ってる場合か!!」
クニツナ「場合だよ!!」
シノギ「クニツナ!!」
巫女「きゃああああっ!!」
クニツナ「!? ぐああっ!」
隙を見切られ、巫女に首根っこを引っ掴まれるクニツナ。
あわや崖から落とされそうになっている。
ツネツグ「クニツナ!?」
クニツナ「ぐぎ……離せ……」
巫女「闘、身、やあぁ!!!」
何を思ったか、クニツナを引っ掴んだまま飛び上がる巫女。
クニツナ「くっ!? ぐわああああ!!」
ツネツグ「クニツナ!!?? クニツナが、連れてかれた……!」
シノギ「ああ……!」
その頃のヤスツナ、対する禰宜。
ミツヨは滑落の危機から未だ逃れていない。
ヤスツナ「この禰宜……!」
禰宜「じぅ、あ、あああああ!」
その手足は血にまみれ、所々肉が削げている。痛むのか、自身の身体を叩いている。
人間より獣に近い所作になりつつあった。
ヤスツナ「完全に操られているんだな……しかも、手脚がぐちゃぐちゃになっても自分で抗えない、抗わないまでに……これが、これが人の為すことか無間衆……!!」
サカバ「そうだ。それこそが俺だけに与えられた代物『
木の間からぬっとその姿を現わすサカバ。
それを睨み付けるヤスツナ。
ヤスツナ「……お前は、先の坊主……」
サカバ「そう、坊主だ。神主じゃあねぇ。俺は神主って奴が嫌いでねぇ——なんでか嫌いなんだ。坊主は嫌いじゃあないだから坊主の格好をした。神主はダメだぁ……なんでだろうなぁ」
ヤスツナ「それ以上つべこべ抜かすな。貴様は俺が斬る」
童子切を構えるヤスツナ。
サカバ「できるかなぁー? お前もお前の弟子達も皆、俺の恐の術中に嵌められるぜぇー?」
ヤスツナ「問答無用!」
ヤスツナ、素早くサカバの懐に飛び込み、横一閃。
サカバ「ぎゃあああああ! 痛ぇ、痛ぇ痛ぇ痛ぇ」
しかし、全く攻撃を受けたそぶりが無いサカバ。
ヤスツナ「!?」
サカバ「痛ぇけど……腹の虫はおさまりそうかもなぁ……ありがとよ」
逆に懐に潜り込まれ、殴りつけられるヤスツナ。
ヤスツナ「ぐああっ!!?」
サカバ「はっはっはっはぁー、そういえばまぁーだ名乗ってなかったなぁー、なんでだろうなぁ、俺はサカバ。
ヤスツナ「くっ……ご丁寧な事だ」
サカバ「俺の闘身も教えてやるよぉー、俺の闘身は恐おそらく——推測じゃあねぇぜぇ? 恐っていう名前にしたんだぁ此奴は不思議な闘身さぁ姿を見せねぇ。姿を見せねぇがこうしてお前を今、恐の術中に嵌めている」
ヤスツナ「術中だと……?」
サカバ「そぉーさ考えても見ろよぉー、いや、それより、周りを見れば解るだろうなぁ、なんでだろうなぁ……なぁ!?」
見ると、先ほどの山中ではない何処かになっていた。思考が追いつかないヤスツナ。
ヤスツナ「!? ミツヨ? ……ツネツグ、シノギさん!? あの禰宜も居ない……貴様!?」
サカバ「俺ぁああよぉ……師匠だとか、先生だとかそぉ言う奴も嫌いだったんだよなぁ……なんでだろうなぁなんでだろうなぁ?」
ヤスツナ「此処は……何処なんだ……?」
サカバ「きっとアレだ……ほんのちょっとだ……俺が寺子屋で、そうだぁ俺が寺子屋で、大好きだったお千代ちゃんの、帯を引っ張った時だぁ……」
ヤスツナ「この、色狂いが……」
サカバ「そこにやってきたんだよ……それで俺をぶん殴りやがったんだぁ……あれは痛かったあれは痛かったあれは痛かった……そうこんな風になぁあ!!??」
突然、何処かから殴り飛ばされるヤスツナ。防御もできずに吹き飛ぶ。
ヤスツナ「ぐはぁあ!!?? ……どこから、攻撃が……?」
サカバ「そうかぁ……解った。なんで俺がこんなにお前に対してむかっ腹が立つのか……お前も、師匠、だからだぁー師匠だったら殺さなきゃあならねぇあの神主みたいに……そうして俺のこのむかっ腹を鎮めさせてくれるよなぁ鎮めさせてくれるよなぁ鎮めさせてくれるよなぁああああああ!!??」
一瞬だけ見えた、サカバの闘身『恐』。
禍々しい紋様が全身に刻まれた、一つ目の、赤子の様な姿――
身動きの取れぬまま、恐の拳がヤスツナを襲う。
ヤスツナ「うおおおっ!!!」
サカバ「恐ぅううううう!!??」
ヤスツナ「ぐわぁあああっ!!」
その頃、町外れの
先程叩きのめされた賊長が、銀の長髪の大男と向かい合っている。
男の名はカネヒラ。
カネヒラはどっかと座って酒をかっ喰らっている。
賊長は慄き、俯きながら坐してカネヒラの言を待っていた。
カネヒラ「で? あっさりやられて、ガキ見てぇに泣いて帰ってきやがったと」
賊長「と、闘身が、あんなに強ぇなんて聞いちゃいねぇ……」
カネヒラ「だから言ったろうが、『精々頑張んな』ってな。相場の倍出した意味を理解できねぇテメェらが悪ぃんだよ」
賊長「……」
カネヒラ「それとも……この俺が舌ったらずだって、喧嘩を売りてぇってのか?」
賊長「そ、そうは言っちゃねぇ! ただ、助けを貸しちゃあくれねぇかってよ……」
カネヒラ「悪ぃがテメェらに貸す人手はねぇ。それに逃げ帰ってきた時点で用済み、報酬の話も無しだ。わかったらその臭ぇツラとっととどっかへやんな、鬱陶しい」
賊長「は、話が違ぇぞ! 報酬は払うって!」
盃を投げ割るカネヒラ。
賊長は思わず身じろぎする。
カネヒラ「しくじった時の話をこっちからしてねぇだろうが! 報酬に目が眩んで二つ返事寄越したのは何処の何奴だ! 失せろ。二度は言わねぇ」
賊長に背を向けるカネヒラ。
賊長の胸に怒りが込み上げてくる。
刀を抜き、カネヒラに襲い掛かる。
賊長「この……クソ野郎ぉ!」
向き直るカネヒラ。
その瞳は青く光り、髪は独りでに揺らめいている様であった。
カネヒラ「……馬鹿が……」
賊長「うおおおおっ!!」
カネヒラ「
カネヒラのひと吼えの後。
やけに静かな空気が辺りに立ち込める。
賊長「刃が……通らねぇ……?」
カネヒラ「そりゃあそうだ……テメェに俺は斬れねぇ……だが」
賊長の首に右の手刀を突き刺すカネヒラ。
空を斬る音と共に、賊長の首が宙を舞う。
賊長「ひゅっ?」
カネヒラ「俺にはテメェが斬れる。それだけだ」
自由を失い、力なく倒れる賊長だった身体。
古刹を出て、煙管を燻らすカネヒラ。
やがてニタリと笑みを浮かべる。
カネヒラ「そうか……こいつら追っ払ったか。くっくっくっくっく……」
カネヒラ「いい子に育ったみてぇじゃねぇか……ツネツグ」
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