第4話 激闘! 切羽との悪夢

 睨み合うクニツナとミツヨ。

 鬼丸と大典太。


ミツヨ「押し切る!」


クニツナ「やってみろ!」


ミツヨ「言われずとも! はああああああああ!!」


クニツナ「おりゃああああああ!!」


 大典太、手に持っている刀を頭上に構える。


ミツヨ「大典太おおでんた! 唐竹割り!」


クニツナ「受けっかよそんな大振り!」


 大典太の縦一閃は地面を割り、砂利を弾き飛ばすのみに終わる。


ミツヨ「ぬうぅ!」


クニツナ「鬼丸おにまる! 大典太をぶっ叩け!」


ミツヨ「受け止めろ大典太ァア!!」


 鬼丸、大典太目がけて鉄拳を振るう。

 大典太、手甲と刀とで拳を防ぐ。


クニツナ「ぬおおおお!!」


ミツヨ「このおおおお!!」


クニツナ「打つべし! 打つべし! 打つべぇぇぇし!!」


 同じ箇所に拳を振るい続ける鬼丸。

 手甲にヒビが入り始める大典太と、腕に血が滲み始めるミツヨ。


ミツヨ「某の、大典太は、大典太はぁぁ!!」


クニツナ「くそっ! 払われた!?」


ミツヨ「隙有り! 大典太、突けぇ!」


クニツナ「まずっ!?」


 距離を離したミツヨと大典太、構えを変え、突きの姿勢を取り突撃。

 捌ききれず、鬼丸の手甲に大典太の刀が突き刺さる。


クニツナ「ぐあぁ!」


ミツヨ「まだまだぁ!」


 更に、クニツナ目がけて飛び蹴りを当てるミツヨ。

 クニツナは地面にしたたかに打ち付けられる。


クニツナ「ぐっはぁ!!」


シノギ「!? クニツナの腕から……!?」


ツネツグ「えぇ、クニツナも刺されています。闘身は自分の魂……特にぼくたちの様な、実体を出す顕現式の闘身の場合、闘身が受けたダメージは闘身使いも受けるんです」


シノギ「ミツヨ! 止めなさい! あなたはクニツナを殺める気ですか!?」


ミツヨ「それがしは勝つ為に戦っております!」


シノギ「それは勝つ為などではありません! 貴方はただ、クニツナに八つ当たりしているだけ!」


ミツヨ「そんな事はありません!」


ツネツグ「じゃあその殺気は何なんだよ!」


ミツヨ「!?」


ツネツグ「ハ、ハッキリ見える訳じゃあないけど、ミツヨから、大典太から、殺気を感じるんだ……そうまでしてぼくたちと戦ったって! 兄上が認める訳ないじゃないか!」


ミツヨ「う、うるさい! 某だって! 某だってあの時戦いたかった! 戦って、師匠に褒められたかった! いい気になってるクニツナが憎かった! 表には出さないけどツネツグ! キミだってそう思ってただろう! 違うとは言わせない!」


ツネツグ「そ、それは……」


ミツヨ「某だって強いんだ! 戦ったら二人に負けないくらいの闘身使い、鬼丸や数珠丸じゅずまるより強い闘身、大典太! それを見せなくて、どうして師匠について行けるんだ!!」


ツネツグ「ミツヨ……」


ミツヨ「次はキミだよ……数珠丸……ツネツグ!!」


シノギ「止めなさい!!」


 シノギの言葉も聞かず、今度はツネツグを標的に変えるミツヨと大典太。

 ツネツグは一歩出遅れ、数珠丸を抜いていない。


ツネツグ「まだ続けるのかミツヨ!!??」


ミツヨ「はあああああああああ!!!」


クニツナ「鬼丸ぅうううう!!!」


ミツヨ「ぐはぁ!?」


 大典太がツネツグに突撃する前に、横から拳を見舞うクニツナの鬼丸。

 打撃を喰らった大典太は、ミツヨもろとも吹き飛ぶ。


ツネツグ「ク、クニツナ!?」


クニツナ「ばっか野郎……相手は、まだ、俺だろ……」


ミツヨ「ク、クニツナぁあ……!!」


ツネツグ「やめろクニツナ! 腕の傷が!」


クニツナ「だから何だよ! ……てめぇの傲りで、てめぇの首絞めてる大馬鹿の弟弟子おとうとでしに付ける薬は……この俺の拳だ」


ミツヨ「!! こんな時だけ、兄弟子あにでしぶって!」


クニツナ「うるせぇええええええっ!」


 体勢を立て直し、ミツヨと大典太に突っ込むクニツナと鬼丸。


ツネツグ「馬鹿! クニツナ! 突っ込んだって!」


ミツヨ「大典太ァ!」


クニツナ「おおおおおおああああああ!!」


ミツヨ「なっ……!!??」


 突進を払おうとする大典太。

 しかし、鬼丸の取った行動は、大典太の動きを止める事だった。

 ラグビーのタックルの様に大典太の胴に突っ込む鬼丸。


ミツヨ「鬼丸を、大典太を捕まえる為だけに――!?」


クニツナ「おらぁ!」


ミツヨ「ぶふぅ!?」


ツネツグ「ちょ、直接……殴った……!?」


 飛びかかった勢いで、馬乗りになるクニツナとミツヨ。

 クニツナはミツヨの顔面に拳を見舞う。


クニツナ「ミツヨ! てめぇがこんな! 器の小さい奴だなんて! 思わなかった!」


ミツヨ「ぐ、うああっ!!」


クニツナ「グッ!?」


 クニツナを体全体で目いっぱい振り払うミツヨ。

 体勢が崩れ、ミツヨに反撃を許す。


クニツナ「おめぇの良いとこってなんだ! グハッ!? ――ば、馬鹿なとこだろ! 馬鹿みたいに兄貴を慕ってるその心だろ!」


ミツヨ「このぉ!」


クニツナ「グフッ!!?」


 ミツヨの拳がクニツナの腹に食い込む。

 いつの間にか、鬼丸も大典太も消えており、クニツナとミツヨの殴り合いになっていた。


クニツナ「ゲホッ、ゲホッ――なんで兄貴を信じてやんねーんだよ……! ちょっとやられたからって、俺たちの兄貴が、お前だけ、お前だけ見捨てたりしねぇよ……!」


ミツヨ「うるさい!」


クニツナ「っ! いつもみてぇに、兄貴の背中を追えばいいじゃねぇか……! そんな簡単な事、なんで……!!」


ミツヨ「やめろ……やめろぉ!」


 ミツヨの拳を受け止めると、ミツヨを抱き留めるクニツナ。

 突然の事に一瞬体が強張るミツヨ。動けなくなる。


ミツヨ「!?」


クニツナ「……ごめんな、ミツヨ……俺、お前の言う通り、いい気になってた……初めて闘身を使って、戦えて、すげぇ嬉しかった……闘身って、すげぇって心の底から思った……でもそれで、いい気になって、浮かれて、ミツヨの事、全然気にしてやれなかった……ごめん」


ミツヨ「そんな……やめろ、やめて、くれ……」


クニツナ「……今日、改めて思い知ったぜ……お前も、大典太も、強ぇんだな」


ミツヨ「っ……」


 ミツヨの中で、何か熱いものが込み上げてくる。


クニツナ「稽古、がんばってたんだろ……そうだよな……なぁ、ツネツグ」


ツネツグ「え!?」


クニツナ「おめぇに殺気が見えたんだ……大典太がどれぐらい強いかだって、ちょっとは見えたよな……?」


ツネツグ「……あぁ。それに、クニツナの拳を喰らっても未だ立てている……強くなきゃ、できっこないよ」


ミツヨ「やめ……某は、某は……」


クニツナ「兄貴に言わなきゃな……『ミツヨはすげぇ奴だ』って。『俺が苦戦するくらい、強い闘身使いだ』って」


ミツヨ「……ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……某は、某は――」


クニツナ「泣くなよ……兄貴に笑われちまうだろ」


ミツヨ「うっ……うぐっ……」


シノギ「クニツナ……ミツヨ……!」


 駆け寄るシノギ。クニツナはミツヨを放し、シノギに託す。

 ミツヨを温かく抱き留めるシノギ。


ミツヨ「シノギさん……ごめんなさい、ごめんなさい……!!」


シノギ「わかってくれたなら、それでいいのよ……ほら、手当しないと」


 倒れそうになるクニツナを支えるツネツグ。


ツネツグ「……大丈夫かクニツナ」


クニツナ「イテテ……大丈夫な訳ねーだろ。血だらけだよ」


シノギ「さぁ、なんだか大変な事になっちゃったけど、一旦道場の中へ――」


 シノギ、今まで感じたことも無い気配を察知する。


シノギ「!? 皆伏せて!!」


 叫ぶシノギ。上体を低くする一同。

 突如として本館の壁に何かがぶち当たる。

 飛び散る破片。


クニツナ「こ、こりゃあ……!?」


ツネツグ「道場の、扉……!?」


サヤバシ「殺気ィィィィ……何処、行ったぁあ……?」


 目を血走らせ、涎を垂らし、こちらへとふらふらと歩いてくるサヤバシ。

 一瞥であれど正気を感じさせはしなかった。


ツネツグ「だ、誰なんですか……?」


シノギ「わからない……けれど」


サヤバシ「……子どもォ……!? 子ども、闘身!?」


 サヤバシが、シノギたちに気が付く。

 怯えにも似た狂気がサヤバシを支配し始める。


シノギ「あの人、正気じゃない……!」


クニツナ「まさか、無間衆!?」


ツネツグ「シノギさん! クニツナとミツヨを! ここはぼくが!」


ミツヨ「ツ、ツネツグ……!」


クニツナ「クソッ……こんな時に限って……!!」


サヤバシ「うぐっ!!?? 闘身!? ヒィィィィイ!! 闘身だぁぁぁ!!??」


ツネツグ「数珠丸演舞! 風雨ふううの舞!」


 素早く数珠丸を抜くツネツグ。

 数珠丸の袖から無数の扇が飛び立つ。


サヤバシ「ひいいいいいあああああああ!!」


ツネツグ「舞え! 数珠丸!」


サヤバシ「サヤバシァァァァァ!!」


 数珠丸が踏み込むよりも早く、サヤバシが何かを投げつけてくる。

 千本、小太刀、棒型の手裏剣――

 無数の刃物が数珠丸とツネツグを襲った。


ツネツグ「ぐはぁ!!」


シノギ「ツネツグ!?」


サヤバシ「闘身! 子どもぉぉ!! うああああああああああああ!!!」


ツネツグ「!? 今、どこからこんなにも武器を……!?」


 闘身には目もくれず、ツネツグに突っ込んでくるサヤバシ。

 どこからか持ち出した小刀でツネツグを切り裂こうとする。

 避けるツネツグ。


サヤバシ「シァア!!」


ツネツグ「うあっ!」


シノギ「ツネツグ!?」


ツネツグ「っ! ぐ……あっ! わわっ!」


サヤバシ「シャア! ヤァ! アァ! アァラァ!!」


 やがて先ほどの謎は、サヤバシの四肢の傷から判明する。


シノギ「暗器……それもあるけど、違う……あの人は……自分の身体にさえ、武器を埋め込んでる……」


ミツヨ「……う、うげぇえ……!」


クニツナ「馬鹿野郎……! ぼーっと見てんじゃねぇよ……! 助けねぇと」


 力むクニツナ、しかし痛みが走る。


クニツナ「グッ……!」


シノギ「クニツナ……!」


シノギ(どうすればいいの……クニツナとミツヨはお互い戦った傷で万全じゃない。ツネツグは避けるのに必死で闘身を扱えていない……頼みのヤスツナ様は館の奥で眠っていらっしゃる……呼びに……いえ、ここで私が離れたら……なら、ここは私が……でも、私が戦ったら……)


サヤバシ「シアァァラァァァ!!」


ツネツグ「グッ!? しまった!」


 サヤバシの小太刀が、ツネツグの腿に刺さる。

 のた打ち回るツネツグ。


ツネツグ「ぐああああああああ!!」


シノギ「ツネツグ!!」


サヤバシ「まぁぁずは足だぁぁぁ……! そしてぇえ……!」


ツネツグ「数珠丸ぅううう……!!」


 咄嗟に数珠丸を抜き、掌底をサヤバシの顎に見舞う。


サヤバシ「ブフォオ!!??」


ツネツグ「あ、足ぐらい、足ぐらいでぇえ……数珠丸……! 決めるぞ!」


 震える足で立ち上がり、体勢を立て直すツネツグ。

 数珠丸の小太刀が、一振りの打刀に変わる。


サヤバシ「痛い、痛い……痛い痛い痛い痛い、痛いぞおおおお!!??」


ツネツグ「数珠丸演舞! 驟雨しゅううの舞! たあぁっ!!」


サヤバシ「!?」


 足から血を噴かせつつも、踏込み、サヤバシに迫るツネツグと数珠丸。


ツネツグ「いっせぇぇぇぇぇん!!」


切羽「サヤバシ、もう少しだ……もう少しでお前は楽になれる」


サヤバシ「!?」


 何故か防御の体勢を取らないサヤバシ。

 やがて、ツネツグと数珠丸の一撃が決まる。


サヤバシ「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!???」


ツネツグ「……」


サヤバシ「アアアアア……アアアアア!」


 決めた後、膝をつくツネツグの背後を取るサヤバシ。

 まだ、倒れてはいなかった。


シノギ「!? ツネツグ! 未だ!!」


ツネツグ「そんなっ!?」


サヤバシ「アアガアアアア!!」


ツネツグ「ゴフッ!! ……!!」


 サヤバシの拳に薙ぎ倒されるツネツグ。


ミツヨ「ツネツグぅ!!」


クニツナ「シノギ! もう沢山だ! 俺は行く!」


ミツヨ「某も!!」


シノギ「……行きましょう!」


 止むを得ず、戦闘態勢を取るクニツナ、ミツヨ、シノギ。

 ツネツグにとどめを刺さんと、フラフラとした足取りで詰め寄るサヤバシ。


ツネツグ「……カハッ」


サヤバシ「アアアアア……アアアアアア……」


ツネツグ「そんな……驟雨の舞は、完全に……」


サヤバシ「終わりだ」


ヤスツナ「お前がな」


 青天霹靂。目にも留まらぬ速さでサヤバシの首を『童子切』で薙ぐヤスツナ。

 吹き飛ぶサヤバシの首。

 突然の出来事に、時が止まったかのようであった。


ツネツグ「!?」


クニツナ「兄貴!?」


ミツヨ「……師匠」


シノギ「ヤスツナ様……」


ヤスツナ「……」


 やがてどしゃりと、サヤバシの身体が崩れ落ちる。


ツネツグ「……兄上……」


ヤスツナ「済まない、ツネツグ……痛い思いをさせたな」


ツネツグ「次からは……ぼくたちの見える所で、寝てくださいね……」


ヤスツナ「あぁ、勿論だ……」


 ツネツグ、ヤスツナの応えに微笑むと気を失う。


クニツナ「兄貴……! 今――」


ミツヨ「凄い速さでした……」


ヤスツナ「う、ぐ……」


シノギ「!? ヤスツナ様!」


ヤスツナ「だ、大丈夫だ……少し力み過ぎただけだ……それより、ツネツグを」


シノギ「はい……ツネツグ、今、すぐにお医者様を呼びに行きますからね……」


 ツネツグを背負うシノギ。

 サヤバシの死体を今一度見つめる。

 ヤスツナに歩み寄るクニツナとミツヨ。


シノギ「……一体、この方は……」


ヤスツナ「わからん……だが、只の狂人とは思えん……でなければ、こんなにも身体中に武器は仕込んでない」


クニツナ「……首が」


ヤスツナ「……すまん。お前たちにはちと早すぎる、酷い殺し方をしてしまったな……だが躊躇う暇は無かった」


ミツヨ「……」


ヤスツナ「それにこれが俺たちの行く道だ。生きるか死ぬか、そういう戦いになる……無間衆と戦うという事はこういう事だ」


シノギ「……」


ヤスツナ「それでも行くか」


ミツヨ「……」


クニツナ「行くぜ、皆でな」


ミツヨ「っ……」


クニツナ「兄貴、ミツヨも、ツネツグもシノギも、二言はないぜ。ムネチカを助けに行く。――俺たちがダメでもよ、ミツヨだけは連れてってやってくれよ」


ミツヨ「!?」


ヤスツナ「ん?」


クニツナ「ミツヨはすげぇんだぜ!? 大典太もでっかくて鬼丸でもちょっと危ぇって思うくらいだし、俺と取っ組み合いになったって喰らいついてくんだよ! イテ、イテテテテ……」


ミツヨ「そ、某はそんな――」


ヤスツナ「何かと思えば……そんな事か」


クニツナ「え?」


ミツヨ「師匠……!?」


 ミツヨの頭を、ヤスツナの手が優しく撫でる。


ヤスツナ「それは、俺が一番よく知ってるに決まっているだろう」


ミツヨ「……」


ヤスツナ「ミツヨは、俺の自慢の弟子だ “師匠”として、鼻が高い……!」


ミツヨ「……勿体ない……勿体ない言葉です……」


 感情が昂ぶるミツヨ。

 笑むクニツナ。

 クニツナ、ニヤニヤと意地悪く、ヤスツナに微笑んで見せる。


クニツナ「あれー? いいのか兄貴ぃ? 師匠って呼ばれたくなかったんじゃなかったっけ?」


ヤスツナ「きょ、今日だけだ」


シノギ「フフ……ほら、皆傷だらけなんですから、中へ入りましょう。傷口から悪い虫が入ります」


ヤスツナ「俺はともかく、お前たちの手当を早急にせねばな」


シノギ「私、お医者様をすぐに呼んできます」


ヤスツナ「あぁ、よろしく頼む。三人は俺が連れて行く」


切羽「なら、私はキミたちを皆殺しだ」


シノギ「!!??」


ヤスツナ「危ない!!」


切羽「うあああああああ!!!」


ヤスツナ「はあっ!!」


 突如として、首なしになったサヤバシ――の闘身『切羽せっぱ』が目覚め、シノギに襲いかかる。

 ヤスツナ、間一髪童子切で応戦する。


ヤスツナ「なんだ……こいつは……!」


クニツナ「くっ、くくっ、首、首なし……」


シノギ「そんな……まさか……」


切羽「クッハッハッハッハ! ッハッハッハッハッハ!」


 飛び退く切羽。

 首なしの肢体が、サヤバシであった者の首を拾い、頭に添え付ける。

 驚愕の表情を浮かべていたサヤバシの首が血色を取り戻していくようであった。


切羽「恩に着るよ諸君。私は切羽せっぱ。今までは“こいつ”、サヤバシの闘身であったが、この度“こいつ”の魂を完全に喰らい、乗っ取る事ができた」


シノギ「な、何を……」


切羽「んんぅ? おっと失敬、雲を掴むような話に聞こえたかな? 私の様な闘身は初めてらしい諸君らにお教えしよう。先ほどのそこでくたばっている――ツネツグ殿だったかな? 彼の様な顕現式闘身けんげんしきとうしん、そして“こいつ”の首をブッ飛ばしたヤスツナ殿の様な不定式闘身ふていしきとうしん、諸君らが倒したイクビの『末喜ばっき』のような憑依式闘身ひょういしきとうしん――闘身は他にも居てだね、それが私、吸収式闘身きゅうしゅうしきとうしんだ」


ヤスツナ「……やはり、実在したか……」


ミツヨ「し、師匠?」


ヤスツナ「……俺も闘身を研究している者の端くれ、想像だけに過ぎなかった……闘身自体が自我を持ち、闘身使いを蝕む闘身……それが奴だ」


切羽「ご名答! しかしさすがはヤスツナ殿、剣の腕だけでなく思慮深くもある! ――加えて自己紹介させてもらおう、吸収式闘身である私切羽は、肉体の限界を超えられる!」


シノギ「……道場の扉を投げつけてきたのも」


切羽「んー……! そちらの佳人もなかなかの様だ。あの時はちょっとばかり私の力を使ったんだ。まぁ、気狂いのサヤバシはわからなかった様だがねぇー……クッハッハッハ!」


クニツナ「なんで……なんで笑ってられるんだよ! 闘身は! 侍の魂じゃあないのかよ!? お前と一緒に居た奴が死んでるんだぞ!?」


切羽「侍の魂ィ? クーッハッハッハッハァ! ヤスツナ殿、貴殿はそのような事を弟子にお教えなのか、いやいや、なかなかおめでたい考えだぁ……」


切羽「キミさ、何か勘違いをしてるみたいだね? 私にとって、こんな奴はただの傀儡くぐつ! 肉の塊も同然だよ! “こいつ”が生まれてから私はずーっと“こいつ”の魂と共存してきた。実に愉しかったよぉ――私が囁けば囁くほど、勝手におかしくなっていくんだ。『あいつを殺せ。あいつはお前を殺したがってる、大変だ。ほら、早く、あいつを殺すんだ』――ッハッハッハ! 恐怖! 戦慄! 狂信! “こいつ”が恐怖にのた打ち回り、“こいつ”を殺そうとなんてちっとも思ってない奴を殺して回るんだぁ……実に愉快だったよぉ……“こいつ”は勝手に、自分の保身の為に無間衆に入った様なもんさ……まぁ、時には私も手柄を立てる為に手伝ってあげたんだけどねぇ」


ヤスツナ「お喋りはそこまでにしろ……この畜生が!」


切羽「あー、お気に召さなかったかな? 申し訳ない、では趣向を変えて“こいつ”が今までに殺してきた奴を――」


ヤスツナ「ハァッ!!」


 切羽を袈裟に斬るヤスツナ。


切羽「グアアアアアアアアアアア! ……なんっちゃって」


ヤスツナ「!?」


切羽「効かないなぁ!?」


 血を噴き出しながら、ヤスツナに殴り掛かる切羽。


ヤスツナ「ぐほぁ!!」


シノギ「ヤスツナ様!!」


 打ちのめされるヤスツナ。


クニツナ「なんでだよ……斬られてんだぞ……!?」


ミツヨ「信じられない……」


ヤスツナ「まさか……いや、そんな――」


切羽「おっとぉ? 辛そうなヤスツナ殿の代わりに答えて進ぜようかぁ? ――この切羽に、痛いだとか、死ぬだとか、そんなものは、無い! 何故なら! 痛いし死ぬのは“こいつ”だからさぁ! クッハッハッハッハ! どういう事かご推察できますかな? ヤスツナ殿ぉぉぉぉ!?」


ヤスツナ「……」


クニツナ「兄貴……? どうしたんだよ……!」


ミツヨ「教えてください師匠! どうしたらこの化物を倒せるんですか!!??」


ヤスツナ「……」


切羽「クッハッハッハッハ! クアーッハッハッハッハ! 言えないでしょうなぁ! 言えないでしょうなぁ!? 師匠であるヤスツナ殿が、かわいいかわいい教え子に『わからない』なんて、答えられないでしょうなぁぁ!? なぁ!? ヤスツナァ!!??」


クニツナ「!!??」


ミツヨ「……そんな」


ヤスツナ「……傷を受けるのは、肉体であって、この『切羽』じゃあない……おまけに奴は、その肉体に隠れていて……闘身である『切羽』自体を叩く事ができない……攻撃を続けてもびくともせず、ただ反撃を許すだけだ……」


シノギ「……」


切羽「ッハッハッハッハ! クアーッハッハッハッハ!! ご名答! ご名答だよヤスツナァ――! ヤスツナとそのかわいいお弟子さんたちは、これから私によって、仲良く皆殺しさぁ!!」


 狂喜する切羽。受け止めがたい事実に歯噛みするヤスツナ。


シノギ「……まだ」


切羽「あぁ?」


シノギ「……まだ、望みはあります」


切羽「……クッハッハッハ……クッハァーッハッハッハッハ! 面白い! 慄いて突っ立ってるだけじゃなくて、そんなくっだらない事も言えるんだねぇ!? いや凄いわ、凄いよキミィ!?」


シノギ「……フフ」


 シノギ、笑みを崩さない。シノギの考えが読み取れないヤスツナ。


ヤスツナ「な、何を……!?」


シノギ「あの方は、嘘をついておられます。ご名答? とんでもございません……闘身自体を攻撃する事はできます――あの時、一番最初にこの切羽が現れた時……声を発していたのは飛ばされた首ではございませんでした」


切羽「!?」


シノギ「紛れもない、切羽本人でございます」


切羽「グッ――」


シノギ「つまり、今、身体を使って喋っている振りをしていらっしゃるだけ……肉体がなくなってしまえば攻撃は可能となるでしょうしそれに、ヤスツナ様の童子切どうじきり――斬るだけが能では無いでしょう?」


ヤスツナ「シノギさん、まさか――」


シノギ「――存じておりますとも」


ヤスツナ「……やってみよう」


 笑むシノギに、意を決するヤスツナ。痛みに耐え、もう一度立ち上がる。


切羽「な、何をするつもりかは知らないけど! そっちがお望みなら応えようじゃないか!! 皆殺しだよ皆殺しィ!!」


ヤスツナ「シノギさん! 火だ!」


シノギ「はい!」


 シノギ、火を求め館の中へ。

 切羽、動揺し始める。


切羽「何っ!? まずい! ――!!??」


ミツヨ「逃がすものか……!」


クニツナ「なんだかわかんねぇけど、足止めくらいならできんだよぉ……!」


切羽「こ、こいつらぁぁぁ――!!??」


 切羽の動きを封じる鬼丸と大典太。

 振り払おうと暴れる切羽。


ヤスツナ「よくやったぞお前たち……ここからが大詰めだ!」


切羽「放せ! 放せこいつらぁ!」


ヤスツナ「クニツナ! ミツヨ! 俺が良いと言うまで放すな!!」


クニツナ「合点!」


ミツヨ「承知です!」


切羽「くっそぉ! 放せぇえ!!」


 シノギ、館内から火の付いた小ぶりの行燈を持ってくる。


シノギ「ヤスツナ様! 火です!」


ヤスツナ「よし! そこから投げろ!」


シノギ「はいっ! ――やあっ!」


 シノギ、行燈を切羽やヤスツナの居る所へ投げる。

 投げた途端、中の油と火が行燈自体に燃え移る。


ヤスツナ「行くぞ『童子切』……はぁっ!」


切羽「なっ!?」


ミツヨ「なんと……!」


クニツナ「『童子切』を……投げた!!??」


ヤスツナ「教えてやる、あやかしの闘身切羽! 我が闘身はぎょうを定めず、ただ淡くその光をたたえるもの也! されど放てば蒼天け行く名槍変化めいそうへんげしからば悪鬼は灰となりたり!」


 槍となった童子切が、投げ入れられた行燈を貫き、炎を帯びる。

 やがて上空へと飛び上がったかと思うと、切羽目がけて舞い戻ってくる。


切羽「まさか……やめろぉ! やめてくれぇ!!」


ミツヨ「あっ! 火が……童子切が炎をまとって……!」


ヤスツナ「戻れ、童子切ィィィィィィ!!」


クニツナ「うわわわわ! こっち来るぅ!?」


ヤスツナ「良いぞ! 放せ!」


ミツヨ「はいっ!」


クニツナ「うわっ!」


 鬼丸と大典太が飛び退いた瞬間、炎をまとった童子切が切羽に突き刺さる。

 炎上する切羽。


切羽「ぐおああああああああ!!!!! も、燃えるぅう! 焼ける、焼けちまううう!! ぐごああああ!!」


 切羽、燃え上がりながら、シノギが目に留まる。

 切羽は、シノギを知っている様であった。


切羽「思い出した……思い出したぞ女ァ! お前は! お前はぁぁぁぁ!!」


シノギ「……」


ヤスツナ「吸収式闘身……なんと禍々しき闘身よ……荼毘だびに伏し、奈落へ落ちるがいい」


切羽「ヤスツナぁぁぁ!! よくも、よくもぉぉぉ!!」


 切羽、サヤバシの肉体から抜け出てヤスツナ目がけて突っ込んでくる。

 ヤスツナ、すかさず再び童子切を抜き、居合で以て打ち果たす。


切羽「が……あ……」


ヤスツナ「来ると思ってたよ……肉体を脱してな。出てくればこっちのもの……これで、本当に最期だ」


切羽「畜……生……」


 ヤスツナ、童子切を納める。

 消滅していく切羽。

 燃えていくサヤバシの遺体。


ヤスツナ「……終わった、これで、本当に」


 ヤスツナ、生も根も尽き果てたか、その場に倒れこむ。

 駆け寄るシノギ。


シノギ「……!? ヤスツナ様! ヤスツナ様!」


ヤスツナ「……シノギさん……俺はまた、粥に逆戻りらしい……」


シノギ「……えぇ、ヤスツナ様……」


 微笑む、シノギとヤスツナ。クニツナとミツヨもつられて微笑む。


クニツナ「すげぇや……やっぱ兄貴は」


ミツヨ「……はい」


クニツナ「俺らも負けてらんねぇな!」


ミツヨ「はい! さぁクニツナ、ツネツグと師匠を!」


クニツナ「おうよ! イテ、イテテテテ!」


ミツヨ「大丈夫ですかクニツナ!?」


クニツナ「誰かさんのおかげで腕が上がんねぇなぁまったく!」


ミツヨ「こちらこそ、先ほどから口から血の味しかしません!」


クニツナ「……ヘヘッ!」


ミツヨ「……フフ……」


クニツナ「? ミツヨ? おいミツヨ!? おい!!」


 その場に倒れるミツヨ。

 やがてこの騒ぎを聞きつけた町の人たちが、道場に押し寄せる事となる。


 ツネツグ独白。


ツネツグ「その後、シノギさんを除くぼくたち全員は、町中のお医者の力を借りつつ、療養を余儀なくされた。クニツナは、腕が使えないからとシノギさんから渡されるご飯を嫌がり――」


クニツナ「やめろシノギ! 俺はガキじゃねぇ!」


シノギ「はーい、クニツナ、あーん」


クニツナ「自分で食ううう!!」


ツネツグ「兄上は、軟膏を嫌がった」


ヤスツナ「よ、止せ、やめろシノギさん! うお、おおおお!!?? 沁みるぅううう!!」


シノギ「もう! 塗り薬くらいでなんですか! みっともない!」


ツネツグ「ぼくとミツヨはと言うと、二日ほど眠ったままだった。ミツヨはクニツナとの“稽古”で。ぼくは切羽に操られていた、サヤバシとの戦いで、思っていた以上に力を使っていたらしい。目が覚めた時、シノギさんが涙を流して喜んでいたのを覚えてる」


ツネツグ「ぼくは、師匠と切羽の戦いをクニツナから聞いた。……ぼくは、少しだけ、あのサヤバシという人がかわいそうに思えた。生まれた時から自分じゃない自分が居て、自分のしたい事は何もできずに、最期を迎えてしまった……歩けるようになってから、ぼくはこっそりサヤバシさんのお墓を作り、できる限りの供養をした。天国では、誰にも何も言われない事を、自由で、幸せでいられる事を願った……」


ツネツグ「こうして、今度こそぼくたちは、ムネチカ様救出への旅路を歩む事と成ったのです――!」

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