第2話 連戦! 無間衆の陰謀

 時は幻想戦国時代。

 ヤスツナの道場内、正面の大庭。

 修行の旅に出たはずのムネチカは、無間衆八逆鬼むげんしゅうはちぎゃっきの傘下に加わっていた。

 ムネチカの後ろには、作務衣さむえを着たイクビが、気を失ったクニツナとツネツグの襟首をつかんでいた。

 その反対側には、シノギとミツヨがうずくまっている。

 人質を取られたヤスツナは無為に動けず、ただムネチカと対峙するばかりであった――



ヤスツナ「ムネチカ……」


ムネチカ「どうしましたか兄さん、顔色が優れないご様子ですが」


ヤスツナ「お前、自分が何をしているのか……」


ムネチカ「勿論解っていますとも。これはみそぎです」


ヤスツナ「禊だと?……」


ムネチカ「私は、目が覚めたのです。兄さん、あなたは間違っている。闘身とうしんとは即ち闘争心、闘いを求める心。兄さんの言う侍の魂、人の魂などは綺麗事に過ぎない」


ヤスツナ「……」


ムネチカ「だから私は粛清する……闘身のまことに辿り着けぬ師とたもとを分かつ為、過去という穢れを断つ為!」


ヤスツナ「ならば……その質草しちぐさの様なクニツナたちは何だ……それもお前の心か!」


ムネチカ「これはほんの余興ですよ。一番弟子を、はいそうですかと殺せる兄さんでは、“まだ”ありますまい」


 ムネチカが指で合図すると、イクビは笑みを浮かべながらミツヨの背を踏みつける。


イクビ「そら!」


ミツヨ「ぐはっ!」


ヤスツナ「ミツヨ!?」


ムネチカ「さぁ、兄さん……私と闘ってください。そうして兄さんを殺せてこそ、私は真の無間衆八逆鬼となれる」


ヤスツナ「ムネチカ……」


 童子切を静かに抜き始めるヤスツナ。

 シノギから声が上がる。


シノギ「い、いけませんっ……ヤスツナ様……!」


ヤスツナ「シノギさん!?」


シノギ「闘身を、納めてくださいませ……どんなに身を落としても、ムネチカ様は、ヤスツナ様の……」


イクビ「女は黙っていろ!」


 シノギの頬を叩くイクビ。


シノギ「ああっ!」


ヤスツナ「シノギさん!!」


イクビ「……ムネチカ、本当にいいのか」


ムネチカ「無論だ――何なら弟たちはお前に斬らせてもいい」


イクビ「……ほう?」


ムネチカ「斬りたいのだろう? 私に付き合ってくれた礼を、少しばかりでもせねばなるまい」


イクビ「クッ……ハッハッハッハ! 然らば、先に斬らせてもらおうぞ!」


ムネチカ「ふふふ……」


ヤスツナ「……ん?」


 何かに気付くヤスツナ。

 イクビは自身の佩刀『金切かなきり』を抜き、ミツヨの首に狙いをつける。


イクビ「まずは、貴様だ!」


ミツヨ「くうっ……!」


シノギ「やめてぇ!!」


クニツナ「鬼丸おにまるぅう!!」


ツネツグ「数珠丸じゅずまるっ!!」


 刹那、気を失っていたはずのクニツナが鬼丸を抜き、イクビに拳を見舞う。

 油断していたイクビは鬼丸の拳を顔面に浴び、壁に激突する。

 イクビの手から放れ、自由の身になるクニツナとツネツグ。

 ツネツグは数珠丸にミツヨを掴ませ、距離を置く。


ヤスツナ「クニツナ、ツネツグ!」


ツネツグ「……ミツヨ、しっかりしろ!」


ミツヨ「ツネ、ツ――」


ツネツグ「よかった、意識は……」


クニツナ「おいおいおい! 何なんだよこれ!? ……何だかよくわかんねーけど! おっさんにも……誰にも、皆は殺させねぇ!」


シノギ「クニツナ……」


ムネチカ「ほう。クニツナ、そしてツネツグ……見ぬ内に勇ましくなったものだ。このムネチカ嬉しく思うぞ」


ツネツグ「ムネチカ……様」


クニツナ「お前はムネチカじゃねぇ!」


ムネチカ「むっ?」


クニツナ「お前は、ムネチカじゃねぇ。ムネチカが俺たちを殺そうとするはずがねぇ! そんなムネチカ、ムネチカじゃあねぇ!」


ムネチカ「クニツナ、お前にも解る日が来る。闘身を使う事の愉悦が……闘いたくなる衝動が!」


クニツナ「うるせぇえ!!」


 ムネチカに跳びかからんとするクニツナと鬼丸。その時――


末喜「みぎゃああああああああ!!!!」


クニツナ「ぐああああっっ!!」


ツネツグ「うああああっっ!!」


シノギ「いやぁあ!!」


ヤスツナ「な、なんて……声だ!」


 劈く様な奇声の後、喧しい高笑いが道場に響く。

 大陸風の着物に身を包んだ、足の無い貴族の様な女――末喜が上空に現れる。


末喜「やぁだったらもう! アタクシに黙って面白しょうなコトしてるじゃごじゃりませんコト?」


イクビ「ヘッヘヘヘ……抜いた、抜いたぞ『金切かなきり』をぉ……」


ムネチカ「相も変わらず奇特な闘身よ……『金切』に憑きし闘身『末喜ばっき』」


クニツナ「み、耳が裂けそうだ……」


ツネツグ「ぅ……ぐ……なんだ今のは」


ヤスツナ「……皆、無事か?」


ツネツグ「頭ががんがんする……」


クニツナ「ツネツグ構えろ!」


ツネツグ「えっ?」


末喜「ひゃあああっ!!」


 ツネツグに飛びかかる末喜。構えが間に合わず、吹っ飛ばされるツネツグ。


ツネツグ「ぐあっ! がはっ!」


ヤスツナ「ツネツグ!」


クニツナ「この野郎! 名乗りもしねぇで向かってくんじゃねぇ!」


末喜「アタクシは野郎じゃあごじゃりませんでよぉ? アタクシの名は末喜。麗しき高貴の生まれでごじゃりましてよぉ?」


イクビ「そして我こそは無間衆八逆鬼ぎゃく、不義のイクビ!」


ヤスツナ「クッ……」


ムネチカ「イクビ、クニツナたちはお前と末喜に任せる――しくじるなよ?」


イクビ「フンッ、たかが小僧二人屁でも無いわ」


ムネチカ「さぁ兄さん……ご自分の身を案じてください……私は殺しますよ?」


ヤスツナ「っ!!」


 凄まじい踏み込みでムネチカに斬りかかるヤスツナ。受け止めるムネチカ。


ムネチカ「……」


ヤスツナ「如何に弟子といえど、魔道に堕ちた者に情けはかけん」


ムネチカ「そ、その意気ですよ兄さん……それでこそ、張り合いがあるというものです!」


 鍔迫り合いの態勢のまま、道場の敷地の奥へと跳ぶムネチカとヤスツナ。

 追おうとするクニツナ。


クニツナ「!? 兄貴! ムネチカ!」


ヤスツナ「追うなクニツナ! お前はツネツグと共に、ミツヨとシノギさんを守れ! お前たちならやれる!」


 クニツナたちの視界から消えるヤスツナ。遠くより剣の音のみが聞こえる。


クニツナ「!? お、俺が……?」


 クニツナが向き直ると、そこには既に立ち上がっているイクビと末喜の姿があった。


イクビ「フッフッフッ、怖いか小僧? 貴様らは我に刻まれる運命ぞ」


末喜「アタクシも、むしゃい男よりかは、ボクちゃん達をいたぶろうかしらん?」


 末喜の恐ろしい本性が顔に浮かび上がる。


末喜「悲鳴を聞かしぇてちょおだぁい? ほっほっほっほ!」


クニツナ「っぐ……」


ツネツグ「クニツナ……行くぞ」


クニツナ「ツネツグ――」


ツネツグ「何が起きたのか、起きているのか、正直ぼくにもよくわからない……でも、ぼくたちはこの日の為に稽古をしてきたんじゃないのか?」


 佩いていた木刀を構えるツネツグ。

 それに感化され、木刀を持つクニツナ。


クニツナ「……」


ツネツグ「闘身使いとして……侍として……兄上やムネチカ様のような人になる為に……」


クニツナ「……あぁ、やろう」


 その目に迷いはなく、イクビと末喜の前に躍り出て、口上をあげるクニツナ。


クニツナ「やいやいやい! 聞いて驚け! 俺の名はクニツナ! 剣は木刀、銘は『かし』! 振るう闘身は、鬼丸だ! お前の禿はげ頭、滅多打ちにしてやる!」


 同じく構えを取り、名乗りをあげるツネツグ。


ツネツグ「我が名はツネツグ! 剣は木刀『山桜やまざくら』! 舞うる闘身、銘は『数珠丸』! 如何なる者でも、容赦はしない!」


イクビ「ハーッハッハッハッハ! これはこれは面白い小僧歌舞伎だ。拝観料は……貴様らの生き血で払わせてもらおう……かぁっ!!」


末喜「ひょーっほっほっほっ!!」


 イクビと末喜、それぞれクニツナたち目掛けて駆け出す。


 クニツナはイクビの方へ駆け、末喜とは距離を取る。一対一に持ち込む手筈の様だ。


クニツナ「ツネツグ! 禿げのおっさんは俺がやる!」


ツネツグ「なっ……!? 一対一だって!? クニツナ――」


 呼びかけて、そこに、ヤスツナの言葉が蘇る。


ヤスツナ「お前のその一言居士いちげんこじは、やがて身を滅ぼす」


ツネツグ「……ならぼくは妖怪を!」


クニツナ「頼んだぜ!」


ツネツグ「任せろ!」


 末喜の方へ駆け、イクビと距離を取るツネツグ。戦いはクニツナ対イクビ、ツネツグ対末喜の様相となった。


末喜「しっつれーねぇえん!! 妖怪は訂正しなっしゃあぁあいっ!!」


 ツネツグへと体当たりを見舞う末喜。


ツネツグ「舞え! 『数珠丸』!」


 ツネツグ、数珠丸を抜くが一足遅く、末喜の発声を許してしまう。


末喜「しょ~んなとろくしゃい動きじゃ、アタクシは捕まりましぇんことよぉ! ひゃあああああっ!!」


ツネツグ「ぐあああっ!!」


 大音により耳を塞ぎ、のたうち回るツネツグ。苦痛の表情を浮かべる。


末喜「耳が潰れましゅかねぇ? そのままのたうち回ってくれると、アタクシとっっても幸せになれましゅ事よぉ?」


ツネツグ「ぐ……どうする? どうすれば? 近付こうと離れようと、あの奇声を発せられると動きが止められてしまう……ならば」


末喜「しょう考えると思いましてよぉ?」


ツネツグ「しまっ……こんな近くまで」


末喜「しょれっ!」


 ツネツグの目に絹が巻かれる。

 取ろうともがくが、絹は取れない。


ツネツグ「ぐあっ! 目、目があっ!」


末喜「耳を塞いで、アタクシの声を聞かない戦法に出ようとしたって無駄でごじゃりましてよ……ボクちゃんたちの悲鳴は、ボクちゃんたちにも聞かしぇましぇんとねぇえ?」


ツネツグ「み、耳を塞げば、完全な闇……そんな中で、戦えるはずが……!!」


 だが、そこに今度はムネチカの言葉が蘇る。


ムネチカ「闘身の色が、見えるのだよ」


ツネツグ「闘身の、色……」


 ツネツグ、焦燥と恐怖の中から精神を研ぎ澄ませる。

 すると、ぼやあっと人の姿が右前方に見えてくる――数珠丸だ。


ツネツグ「数珠丸が……視える……闇の中で、ぼくを案じてる……大丈夫だ、数珠丸……今のぼくには、お前が視えるぞ。そして……あいつも闘身……闘身故に――」


末喜「何やらぶちゅぶちゅと、念仏はまぁだ早くてよぉ!?」


ツネツグ「視える! 舞え! 数珠丸!」


 数珠丸が応じると、自身の周りに花を散らす。扇で末喜を差すと、花は末喜の口の中へと飛び込んでいく。


末喜「むぉごがぐぐっ!?」


ツネツグ「さっきの金切声は、かなり効いたぞ……数珠丸! 演舞開演!」


 数珠丸、袖から鞠を出すと空中に投げる。


ツネツグ「数珠丸演舞、宿雨しゅくうの舞!」


 数珠丸が投げた鞠が回転しながら空で留まり、それを足場の様に使って数珠丸とツネツグが空中の末喜に向かっていく。花を吐き出す末喜。


末喜「なーんていつまでも苦しがってると思いましてぇ? ひやああっ!!」


 袖からいくつもの絹の帯を放つ末喜。

 ツネツグは山桜で打ち払い、数珠丸は手に持った短刀で絹を切り裂いていく。


ツネツグ「数珠丸演舞、時雨しぐれの舞!」


末喜「ひやああっ!? 私の絹がああっ!? あぁ、でもこの絹を裂く音がまた快感……」


ツネツグ「数珠丸演舞、驟雨しゅううの舞! たぁっ!!」


 ツネツグ、数珠丸の肩を使い、跳躍する。

 数珠丸は持っていた短刀を扇で隠すと、手品の様に一本の打刀に変える。


ツネツグ「一閃いっせん!」


 ツネツグが山桜で脳天を打ち、数珠丸が下段から一気に切り裂く。


末喜「ワ、ワタクシは、末喜……麗しき高貴の……みぎゃああああああああ!!!!」


 奇声を上げながら、萎む風船の様に地に堕ちていく末喜。


ツネツグ「はすに吹き 伸びる草木も 天を知り いわんや人も 道をぞ知らむ……ぼくだって、兄上たちの教えがわからない訳じゃない」


 ツネツグ、山桜を静かに納刀し、数珠丸もツネツグへと納まる。


 その頃、クニツナとイクビは……


イクビ「小僧……悪いが俺は子どもだろうと容赦はせんぞ。隙あらば貴様を滅多斬りにしてくれる……フッフッフッ……」


クニツナ「ならオメェはその前に、俺の鬼丸がぶっ潰す!」


イクビ「おぉ怖い怖い、怖い小僧は……バラバラにしてくれるぅ!」


クニツナ「ぶん殴れっ! 鬼丸っ!!」


イクビ「おめおめと殴られるか! そらっ!」


 イクビ、庭石を片手で持ち上げて鬼丸に投げつける。

 鬼丸、庭石を拳で粉砕する。


イクビ「ふふ……本気を出せば岩など……ということか、次に殴られたらひとたまりもないだろうな……ならば!」


 イクビ、自身の指を軽く斬り、血を刀の地肌にさっと塗る。するとぼぅと淡く光り出す。


クニツナ「鬼丸! ぶっ叩けぇ!」


イクビ「ぬぅああっ!!」


 イクビ、鬼丸の拳を金切で受け止める。


クニツナ「う、受け止めたっ!?」


イクビ「ハッハッハ! 我が『金切』は先の闘身『末喜』を秘めた、言うなれば闘身刀とうしんとう! その刀を以ってすれば貴様の闘身の拳を受け止める事など造作もない! 更に、この『金切』に血を吸わせれば、その闘身刀としての力は更に高まるのだ!」


クニツナ「ぐえぇ……てっきりほっそい刀持ったただのオッサンだと思ってたんだけどなぁ……でもよぉ」


イクビ「む?」


クニツナ「なら、本気出して良いってことだよな!?」


イクビ「出せるものならな! ぬああっ!!」


 イクビ、縦一閃に鬼丸に斬りかかる。

 鬼丸は手甲で金切を受け止める。気味の悪い高音が響く。


イクビ「そらそらそらっ! 防ぐ事しかできんのかぁっ!?」


クニツナ「くぅうっ! 打てぇっ! 鬼丸ぅううっ!!」


 鬼丸、両拳の打ち出すが動きが重い。

 まんまとイクビに避けられてしまう。


クニツナ「どうした鬼丸っ!?」


イクビ「効いているようだな……何度も言ぅておろうが。この『金切』は闘身刀! 打ち合うことによって響く高音は貴様の闘身の動きを鈍らせる! 貴様以上に闘身は脆くなっているぞ! そらっ!」


 イクビ、力一杯金切を振り下ろす。

 鬼丸、クニツナを庇い両手で金切を受けるも、左腕に金切が食い込む。


クニツナ「鬼丸っ!?」


イクビ「隙ありっ!」


 イクビ、鬼丸を袈裟に斬る。

 が、クニツナが一瞬速く鬼丸を納め致命傷を避け、距離を置いた。


イクビ「ほほう? 闘身を納めたか。だが、小僧だけで何ができる? 我と本気で打ち合うつもりか? その木刀で」


クニツナ「当たり前だ!!」


イクビ「!?」


 鬼丸、勇んで出ようとするがそれをクニツナが止める。


クニツナ(大丈夫だ、鬼丸。俺があのおっさんの周りを動き回る……その隙を狙って、鬼丸がドンッとデカイのを決める……これで行こうぜ……大丈夫だ、俺を信じろ!)


クニツナ「見てろよおっさん! 今の内にその禿げ頭、磨いておきやがれ! だりゃあぁっ!」


イクビ「来るかっ! ならば斬るまでよ!」


クニツナ「よっと!」


イクビ「ぬっ!? このぉ!」


クニツナ「ほっ! あぶねっ!」


イクビ「ぬぐぐぐっ……小僧ぉ」


 クニツナ、イクビの刀を上手く避けていく。

 イクビ、当たらぬ苛立ちが頂点に達する。


イクビ「調子に乗るなぁ!」


クニツナ「!?」


 イクビ、今までよりも寸分速く踏み込み、クニツナを斬らんとする。

 クニツナ思わず樫で金切を受ける。鬼丸は抜かない。


イクビ「ほうっ!? よくぞ金切を受けた! 樫とか言ったなっ!? だがっ!!」


 イクビ、クニツナを蹴り飛ばす。


クニツナ「ぐふっ!?」


 低く飛び、砂利に打ち付けられるクニツナ。


イクビ「生意気なガキが、闘身も出さずに! まずは心の臓を一突き! 後に切り刻んでくれる!」


クニツナ「ッ……!!」


 イクビ、クニツナの所へ駆けながら、クニツナの胸目がけ、突きを繰り出す。


イクビ「手応え……あったぞっ! ふはははっ! そぉれ間髪入れずに刻んでくれるわ!」


クニツナ「無理だよ……禿げのおっさん」


イクビ「なっ!?」


 クニツナの胸に浮かんでいるのは、鬼丸の左手の手甲。


イクビ「貴様っ!? 闘身を限界まで自分の身体の近くで抜き……っ!?」


クニツナ「よく耐えてくれたぜ鬼丸……」


 浮かび上がる、鬼丸の顔。


イクビ「こっ! 小僧ぉぉぉぉおっ!!」


クニツナ「打ぅてぇぇっ! 鬼丸ぅぅぅうっ!!」


 鬼丸の右拳がイクビの左頬を捉える。


クニツナ「打つべしっ! 打つべしっ! 打つべしっ! 打つべしっ! 打ぅつべぇぇしっ!!」


クニツナ「打ぁ打打打打打打打打りゃあぁぁぁぁっ!!」


イクビ「ぶぎゃあぁぁぁあぁぁぁっっ!!!」


 道場の端までぶっ飛び、石灯籠を粉々にするイクビ、再起不能。


クニツナ「はぁ、はぁ……焦った……いってっ……!! 傷は浅いけど……こりゃ手当てしてもらわねぇと……!! ありがとな、鬼丸。俺を信じて、ずっと納まったまんまで居てくれてよ……」



 そして場所は変わり、ムネチカとヤスツナが対峙する道場裏へ。


ムネチカ「ふふ……兄さん……いい目ですよ。だんだんと殺しの目になっている」


ヤスツナ「あまり大人をからかうもんじゃあないぞ、ムネチカ……」


ムネチカ「童子切どうじぎり……敵ながら美しい闘身だと、前から思っていました。私の『三日月』が宿ったこの三条さんじょうと、どちらが強いでしょうね」


ヤスツナ「生憎、悪に賞される得物えものなど持たぬ……一息で行くぞ」


ムネチカ「お望みとあらば……『三日月』!」


 ムネチカの身体が月光の様に光り輝く。ムネチカの闘身『三日月』の憑依した状態である。


ヤスツナ(三日月……俺も見るのは久しぶりだ……クニツナやツネツグが扱う顕現式けんげんしきの闘身とは一線をかくす、憑依式ひょういしきの闘身。闘身自身が使用者に憑き、人間の持ち得る全ての能力を飛躍的に上昇させる――体力は勿論、視覚や聴覚、第六感をも向上させ、使用者と共に進化をしていく底知れぬ闘身……場合によっては、本当に……)


 ヤスツナ、童子切を最大まで抜き、ムネチカの方へと駆け出す。


ヤスツナ「『童子切』!」


ムネチカ「さぁ! 殺し合いましょう兄さん!!」


ヤスツナ「ぬあああああっ!!」


 真っ向からぶつかり合うヤスツナとムネチカ。

 激しい打音の後、空を払い、頬を掠め、霞を薙ぐ童子切と三条。


ヤスツナ「てぇえいっ!!」


ムネチカ「はっ!」


ヤスツナ「ぬうぅっ!」


ムネチカ「足下がお留守ですよ兄さん!」


ヤスツナ「かく言うお前は、踏み込みが甘い!」


ムネチカ「はっ!」


ヤスツナ「まだぁあっ!」


 尚も鎬を削る戦いが繰り広げられる。しかし、ヤスツナは戦いの中である事に気が付いていた。


ヤスツナ「ッ……今までの太刀筋――貴様、ムネチカではないな」


ムネチカ「? 何を言い出すかと思えば……仰っている意味が――」


ヤスツナ「貴様からは呼吸を感じない……闘身『三日月』も似て非なり。水面に映る月の光であり、本当の『三日月』ではない」


ムネチカ「何を根拠にそんな事を……」


ヤスツナ「忘れたのか? 闘身のいろはは誰に習ったと思っている?」


ムネチカ「フッ……ハハハッ! クハハハハハッ! さすが! さすがだよヤスツナ! これなら“ムネチカ”もあなたを超えたがる訳だ! だがその『童子切』も……粗方、“憶え”たよ……」


ヤスツナ「早々に尻尾を出したか……さぁ名を名乗れ! あやかしッ!」


ムネチカ「その前にボクの力を見せてあげよう! “童子切”ッ!」


ヤスツナ「なっ……!?」


 突如ムネチカの三条がうねったかと思うと、瞬く間に童子切そっくりに形作られる。


ムネチカ「ハッハッハッハッハ! 言葉にもならないだろう? 童子切と三日月、闘身同士の共演さ」


ヤスツナ「と、闘身を複数扱うだと……そんな事は有り得ん、有り得んはずだ――」


ムネチカ「ムネチカには出来ずとも、“ボク”にならできるんだよ……この“ヒルコ”にはぁ!!」


 懐に潜り込まれ、胴を下から袈裟に切り上げられたヤスツナが宙を舞う。

 不敵な笑みを浮かべる“ムネチカ”。

 ヤスツナは砂利に強かに打ちつけられ、悶絶する。


ヤスツナ「ぐはぁああっ!! ……がはっ! ごほぉっ!!」


ムネチカ「峰打ちだよ。ボクの存在と、ボクらの目的を教えないといけないからね――ボクは無間衆八逆鬼ろくぎゃく謀叛むほんのヒルコ。闘身は、ご覧の通りさ……相手の能力を“憶えて”、自分の“もの”にする――とでも言っておこうか」


ヤスツナ「ぐあ、あぁ……ぁぐ……っっ!!」


ムネチカ「苦しそうだね、ヤスツナ? けれど、まだだよ。今死んでもらっては“あの方”が愉しめなくなる……ボクが来た甲斐も失くなるというものさ……」


クニツナ「兄貴ーっ!」


ツネツグ「兄上ーっ! どこに居るのですかーっ!?」


 そこに、クニツナとツネツグの駆ける音が聞こえてくる。

 据わった瞳でクニツナたちの方向を見る“ムネチカ”。


ムネチカ「イクビと末喜は負けたのか?……情けない。だが、今日の所はここまでにしよう。――これからだよ、ヤスツナ……これからボクたち無間衆の饗宴が始まるんだ……たっぷりと抗ってくれ……抗って、戦い抜いて、それから死んでもらわないと……ムネチカにも、抗ってもらわないといけないし、まだまだ生かしておいてあげるよ。そこは安心してくれたまえ――じゃあね、ヤスツナ。坊やたちにも、シノギとかいう女にもよろしく」


ヤスツナ「ま、待て……うぐっ!」


ヤスツナ(無間衆八逆鬼……噂以上の強敵だ……このままでは、大丹おおにの乱の再来となってしまう……! ムネチカを、皆を、護らねば……!!)


 突如として現れた無間衆八逆鬼、そしてヤスツナをも破ったヒルコ。

 “あの方”とは誰なのか――

 無間衆の饗宴とは――

 囚われのムネチカの運命は――

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