〔声劇台本〕天下五剣
柾 直斗
第1話 風雲! 閃く闘身揺らめく影
時は幻想戦国時代。
とある国の道場の敷地内。
野外で剣術の稽古に励む、門下生のクニツナ。
その相手を務めるのは同じ門下生のツネツグ。
二人は木刀で模擬戦をしている。
クニツナ「おりゃあぁぁ!」
ツネツグ「はっ!」
カァンと、木刀の競り合う音が快く響く。
クニツナ「へへっ。やるじゃねぇかツネツグ。昨日よりも更に強くなった俺様と互角に渡り合うなんてよ」
ツネツグ「またまた何を言い出すんだか。昨日とそんなに変わってないじゃないか」
クニツナ「あんだとぉ?」
ツネツグ「力任せ、考えなし、猪突猛進。そんな
クニツナ「馬鹿にすんな!」
ツネツグ「馬鹿になんかしてないよ。まだまだとは言いたいけどね」
クニツナ「ツネツグてめぇ!」
ツネツグ「なんだいクニツナ」
構えを変えるクニツナ。
間合いを取るツネツグ。
クニツナ「刀の
ツネツグ「それを言うなら
クニツナ「ぐっ!? くっそぉぉぉお! 堪忍袋の緒が切れたぜ! 出ろ! 『
名を呼ぶと、クニツナの足元に呪文で象られた紋章が現れる。
クニツナの背中から、半実体の赤鬼、鬼丸が現れる。
ツネツグ「やれやれ、キミもすぐに熱くなる……頭を冷やしてあげよう! 『
ツネツグも名を呼ぶと、クニツナと同じ様に紋章が現れ、背中から狐の面を被った半実体の貴族、数珠丸が現れる。
睨み合う二人。闘身と呼ばれる幽体の様なもの――鬼丸と数珠丸も、互いを見合っている。
ややあって、クニツナが踏み込もうとしたその時。
ミツヨ「待った待った待ったぁ! 二人とも
二人の間に割って入る、同じく門下生のミツヨ。
しかし二人の熱は収まらず。
クニツナ「邪魔すんなミツヨ!」
ツネツグ「そうともミツヨ、この猪武者には焼きを入れないといけないからねぇ」
クニツナ「まぁだ言うかぁ!」
ツネツグ「言うともさぁダメツナ、ダメな限り何度でもねぇ?」
クニツナ「くっそぉお! ぶっ潰せぇ! 『鬼丸』!!」
駆けながら、ツネツグに斬りかかろうとするクニツナ。咆哮を上げ、拳を振りかぶる鬼丸。
構えるツネツグ。慌てるミツヨ。
ミツヨ「だから待ったって言ってるのにー! もう! 『
ミツヨの闘身、大典太が、鬼丸の拳を正面から受け止める。
大典太はからくり武者の様な出で立ちで、二人の闘身よりもひとまわり大きい。
クニツナ「なっ!?」
ツネツグ「むっ!?」
ミツヨ「二人とも! 闘身は
ヤスツナ「ミツヨ、俺のことは師匠と呼ぶなといつも言っとるだろうに」
ミツヨ「あ!」
クニツナ「げっ! 兄貴」
ツネツグ「兄上……」
フケだらけでボサボサの髪を掻き毟りながら、ヤスツナが館の中から出てくる。
ヤスツナ「やれやれ、お天道様もこんなに昇ってらぁ……寝過ぎたなぁこれは」
ミツヨ「お言葉ですがお師匠! お師匠はお師匠です!
ヤスツナ「師匠っつぅのは、師範であり、匠だ。心身強壮、意思強靭。弟子の模範たるべき存在であり、優れた逸材でなければならん。俺のどこがそう見える? 俺は、成れてお前たちの兄貴分だよ」
クニツナ、ツネツグを肘で突き、目配せで逃げようと案ずる。
ツネツグ頷き、忍び足でミツヨとヤスツナから少しづつ距離を取る。
ミツヨ「しかしながらこのミツヨには見えます! そのお姿は世を忍ぶ仮の姿! お師匠は闘身を抜き、悪の闘身使いをバッタバッタと薙ぎ倒す! その
ヤスツナ「やれやれ。どうにも困ったもんだねぇ。だが、それ以上に困るのはクニツナ、ツネツグ」
クニツナ「ぎくっ」
ツネツグ「うっ」
あっさりと気取られる二人。
ツネツグ、踵を返し正座を組んでヤスツナに対する。
ツネツグ「兄上! 元はと言えばクニツナが悪いのでございます!」
クニツナ「っ! ツネツグてめぇ!」
ツネツグ「慢心するなと言いたいんだよクニツナ! それに短気を起こして先に闘身を抜いたのは紛れもなくクニツナじゃないか! ぼくはキミに助言を与えただけ、落ち着かせようとしただけさ」
クニツナ「てんめぇえ、そうやって兄貴の前でいい子振りやがって! この
ツネツグ「なんだとこの猪武者がぁあ!」
ヤスツナ「喝ぁつっ!!」
お互いに掴み掛り、殴りかからんとするクニツナ、ツネツグ。
だがヤスツナの大喝一声により止められ、渋々正座を組み直す。
クニツナ「ぐっ!」
ツネツグ「ううっ……」
ヤスツナ「短気は損気。
クニツナ「はい……」
ヤスツナ「お前のその短気はやがて身を滅ぼす。はらわたが煮えくり返りそうな時こそ、落ち着く事が肝要だと、俺は何度も言っとるぞ」
クニツナ「……」
ヤスツナ「次にツネツグ」
ツネツグ「はい……」
ヤスツナ「お前のその
ツネツグ「で、でも」
ヤスツナ「言い訳無用!」
ツネツグ「……はい」
ヤスツナ「お前たちは、まだ俺の教えを理解しとらん。罰として、お前たちは謹慎。今から明日のこの時間まで、自分たちの部屋から出る事を禁ずる。厠かわやに行く際は、俺かシノギさんを呼べ」
ミツヨ「師匠、その間、某は何をしていれば良いですか」
ヤスツナ「あぁ、ミツヨはこれからムネチカを迎えに行ってもらいたい」
クニツナ「えぇ!?」
ツネツグ「ム、ムネチカ様が帰ってこられるのですか!?」
ヤスツナ「先日便りがあってな夜にはここに着くらしい」
クニツナ「ひゃっほーう!」
ツネツグ「クニツナ! ムネチカ様に会えるぞ!」
ヤスツナ「だが、お前たちの謹慎が解ける訳ではない。お前たちがムネチカに挨拶できるのは明日の昼だ。解ったら、自室へ行け」
ツネツグ「……」
クニツナ「ちぇっ……」
ヤスツナ「ミツヨ、支度を整え次第、町の外れにある
ミツヨ「わかりました!」
ヤスツナ「俺は顔を洗ってくるよ……ふああぁ」
各々の方向へ向かうヤスツナとミツヨ。
黙って自分の部屋へと向かい、各々勝手に座するクニツナとツネツグ。二人の部屋は隣同士で、壁越しに話し合う事もできる。
クニツナ「……」
ツネツグ「……」
ふと、幕が切れ、火蓋が落ちる。
クニツナ「大体お前が余計な事を言うからぁぁ!」
ツネツグ「お前こそその短気が無かったらなぁぁ!」
クニツナ「てめぇはいつもいつも俺のやることなすことにケチつけやがってー!」
ツネツグ「クニツナだってぼくのやってることを馬鹿にしたりするじゃないか! ぼくの考えてることちっとも理解してくれなくてさぁあ……!!」
クニツナ「おめぇの言ってることがいちいちわかりにきぃんだよぉお……!!」
壁を挟んでも尚、睨み合い掴みかからんともがく二人。
しかしながら壁を壊したり、謹慎を破ったりしてはマズイと解っているので、だんだんと悪口雑言の水掛け論になっていく。
クニツナ「ばーか!
ツネツグ「ばかはお前だ! 能無し!」
クニツナ「なんだとこのゴマツグ!」
ツネツグ「イノツナー! 切り株に頭ぶつけて死んじまえ!」
クニツナ「くーっ! かっこつけしぃ! 糸目のきつねお化け! お前なんか油揚げにされちまえ!」
ツネツグ「ウスノロ! 無鉄砲! おたんこなすの大うつけっ!」
クニツナ「言ったなーっ!?」
ツネツグ「言ってやったさーっ!」
夕刻。空は茜色に映え、やわらかな西陽が部屋の中にまで差し込み、夜の近きを告げている。
さんざっぱら口喧嘩をした後、クニツナは仰向けに寝転がり、ツネツグは壁にもたれ、軽く膝を抱えて座っている。
ツネツグ「……」
クニツナ「……お前のせいだからな……ゴマツグ」
ツネツグ「イノツナ……まだ言うかい、もう何度目だよ。口喧嘩をふっかけられる身にもなってくれ」
クニツナ「あーあ! ムネチカに一番先に会いたかったなぁー」
ツネツグ「会ってもどうせ他愛のない話しかしない癖に。それより、ぼくは旅の話をたくさん聞きたいな。ムネチカ様がどんな国の、どんなものを見てきたのか、どんな話を聞いたのか、知りたいよ」
クニツナ「……最後に、ムネチカに会ったのっていつだっけ」
ツネツグ「去年の春。裏庭の桜が咲いた頃に顔を出して、すぐ旅立たれたよ」
クニツナ「なぁツネツグ。ムネチカと、兄貴、どっちが強いんだろうな」
ツネツグ「ぼくは、ムネチカ様だと思う。ちょっとしか見たこと無いけど、ムネチカ様の『
クニツナ「へへっ。俺もそう思う。兄貴がへらーんへらーんってしてる間にムネチカがズバーッ! ってな」
ツネツグ「ぷっ。やめろ……兄上に聞かれたらどうする」
クニツナ「『あぁ、ムネチカー。降参だー。俺は厠に行ってくるよー』」
ツネツグ「くくっ、や、やめろクニツナ……ぷっ!」
クニツナ「ぷっ、くくくくっ……」
二人「あーっはっはっはっはっは!!」
やがて、二人は堰を切った様に大笑いする。
その笑い転げている所に――
シノギ「かぁあっつ!!」
クニツナ「うわぁあ!」
ツネツグ「うわぁあ!」
道場の世話人、シノギが戸越しに喝を入れる。
血相を変えて部屋の戸の方向を見るクニツナとツネツグ。
シノギ「ふふふっ……こら、クニツナにツネツグ、部屋の中に居るだけが謹慎じゃあないんですよ? ヤスツナ様がお風呂に入られているからよいものの、聞かれていたらどうするんです? さっきの口喧嘩も、こっちまで聞こえてましたよ?」
クニツナ「シ、シノギ!」
ツネツグ「こ、この事は兄上には内緒に――」
シノギの方向に駆け寄るクニツナ、ツネツグ。
シノギ、唇に指を当て、思案する素振り。
シノギ「ふむ。次は、ありませんからね?」
クニツナ「やった! 恩に着るぜ!」
シノギ「はい?」
クニツナ「あ、いや……きょ、
恭しく、正座して戸の方向へ礼をするクニツナ。
シノギ「どこで覚えてきたのだか……それより、二人ともお腹が空いてきた頃じゃあないですか? お
クニツナ「! 飯っ!」
ツネツグ「ありがとうございます、シノギさん!」
シノギ「ふふっ、さすがにご飯まで取り上げるヤスツナ様ではありませんからね。当然です。今日の献立は白米に、鯵の開き、お豆腐のおみおつけ、蓮根とお芋の煮付けですよ」
クニツナ「早く早く!」
ツネツグ「行儀が悪いぞクニツナ」
クニツナ「うるせっ! 腹が減っては
ツネツグ「腹が減っては戦ができぬ。武士は食わねど高楊枝」
クニツナ「そ、そうとも言う」
ツネツグ「まったくお前は……」
ツネツグ、そのまま口を噤み二言目をしまう。
クニツナ「?」
シノギ「ふふ……さ、二人ともどうぞ」
シノギ、戸の横にある小さな引き戸から膳を差し出す。
クニツナとツネツグ、膳の前に正座し、手を合わせる。
クニツナ「へへ、それじゃあ……」
ツネツグ「クニツナ」
クニツナ「なんだよ?」
シノギ「いただきますの、前には?」
クニツナ「あっ……
ツネツグ「祖先や親の、恩を忘れじ――」
二人「いただきます!」
シノギ「大変結構」
ひたすら飯をかっ込むクニツナと、行儀よく頂くツネツグ。
シノギは戸越しに茶碗や箸の音を聞き、満足そうに微笑む。
シノギ「こうやって、戸越しにお茶碗の音を聞くのは何回目でしょうね」
クニツナ「んぐっ……そ、それを言うなよシノギぃ」
ツネツグ「そうですよ。言いっこなしですってば」
シノギ「ふふふっ……そうでしたね。でもだからこそ、二人とも成長してますよ。入りたての頃とは大違い」
クニツナ「……」
ツネツグ「それは……」
シノギ「自分勝手で、聞かん坊のクニツナはもう居ませんし、お高くとまったひねくれ者のツネツグも居ません。ムネチカ様が帰って来られたら、きっと二人を誉めてくださいますよ」
クニツナ「ほ、本当か?」
シノギ「えぇ」
ツネツグ「き、謹慎されて、いてもですか?」
シノギ「またかと仰って、お笑いにはなるでしょうけどね。ふふふ」
人知れず頬を染めるツネツグ。
照れ臭そうに鼻の下をこするクニツナ。
シノギ「そろそろお湯加減を見に行かないと。では、食べ終わったらお膳を廊下に出しておいてくださいね」
言うと、離れの風呂場へと向かい足音を遠くするシノギ。
クニツナ「よぉし、なんかやる気出てきた! ツネツグ! 稽古するぞ!」
ツネツグ「ちょ、調子がいいんだから……それに、稽古ったって何をするのさ」
クニツナ「なんかやるんだよ!」
ツネツグ「ぷっ。わかったよ……」
クニツナ、残りの飯をかっ込む。ツネツグもつられてかっ込む。
二人「ごちそうさまでした!」
クニツナ「よしっ! まずは素振りだ! ツネツグ! お前も付き合え!」
ツネツグ「先に音を上げるなよ?」
クニツナ「その言葉、ぽっくりそのまま返してやるぜ!」
ツネツグ「そっくり、だよ……まぁいいか」
回想。
時は遡り、去年の春。
ツネツグ、道場の裏庭で一人で素振りをしている。
そこへ、着流し姿のムネチカが現れる。
ツネツグ、面食らった様な顔でムネチカを見る。
ムネチカ「精が出るな。ツネツグ」
ツネツグ「ム……ムネチカ様!?」
ムネチカ「便りも無しに、突然来て済まぬな」
ツネツグ「本当に?……い、いつ帰って来られたのですか?」
ムネチカ「ついさっきだ。旅をしていて、気が付いたら近くまで来ていたので、思い切って帰って来てしまった。ふふふ」
ツネツグ「ム、ムネチカ様も人が悪い……」
ムネチカ「そう言うな……ところでツネツグ。『数珠丸』は元気か?」
ツネツグ「え? 『数珠丸』が……ですか?」
ムネチカ「『数珠丸』を、抜いてみてもらえないか?」
ツネツグ「わ、わかりました……『数珠丸』」
ツネツグの背中から数珠丸が出てくる。
あまり慣れない呼ばれ方をしたので、数珠丸も心なしか緊張している様だ。
ムネチカ「ふむ……勉強が足りないな。剣術の稽古ばかりで、勉強を疎かにしてないか?」
ツネツグ「え!? ど、どうしてそれを……あ、もしや兄上に」
ムネチカ「いや、兄上にはまだ会ってない。これから挨拶に向かうんだ。それより、図星だったんだな?」
ツネツグ「そ、その通りです……でも、本当に、どうして?」
ムネチカ「フフ。色、かな」
ツネツグ「色?」
ムネチカ「あぁ、口に出さずとも、闘身を見るだけで、闘身を使っている者の中身が、どうやら私には見えるらしいのだ」
ツネツグ「さ、さすがムネチカ様! このツネツグ、文武両道の闘身使いになれる様、精進します」
ムネチカ「おお。期待しているぞ」
ムネチカに頭を撫でられるツネツグ。
嬉しそうに、だが照れくさそうに俯く。
ムネチカ「いつか、私と共に旅をしよう。真まことの闘身使いになる為にな」
ツネツグ「……はい!」
時を同じくして、ムネチカ、次はクニツナのいる道場の表へ向かう。
鬼丸を抜き、稽古をと思いきや、鬼丸の腕の力だけで逆立ちをして遊んでいる。
ムネチカ「こら! クニツナ!」
クニツナ「わわっ! 兄貴!? っで!! ……ってぇえ…」
驚いて闘身を納めるクニツナ。頭から石畳に落っこちる。
それを見て目を丸くするも、すぐに笑いだすムネチカ。
ムネチカ「ははははっ。兄は兄でも、私だ。クニツナ」
クニツナ「ム、ムネチカ!? 帰ってたのかよぉ!」
ムネチカ「ついさっきだ。またお前は『鬼丸』で遊んでたな?」
クニツナ「えへへへ……ばれちまったかぁ」
ポリポリと頬を掻くクニツナ。
ムネチカ「相変わらず兄さんが居なくなると遊びだすんだからな、お前は」
クニツナ「だって、面白いぜ? この『鬼丸』。喋りはしねぇんだけど、なんかこいつの言いたい事がわかる気がするし、こいつになんて言えば動くかわかるんだぜ?」
ムネチカ「そうだな。心身共に侍に近づけば、また闘身使いにもなる。闘身を抜いたばかりの頃よりも、お前がだいぶ『鬼丸』に慣れていってるのは、このムネチカにはわかるぞ」
クニツナ「本当か!?」
ムネチカ「ただし、闘身は縁日のおもちゃじゃあない。刀と一緒で、人を殺すこともできる。恐ろしいものだ。一歩間違えば闘身は抜き身の
クニツナ「んー……でもよぉ」
ムネチカ「ん?……ふふふ。困った奴だな。わかった」
ムネチカ、クニツナの耳元にまで顔を近づけて――
ムネチカ「私が兄さんと話をしている間だけ、こっそり遊べ。話が終わったら、私が歌を詠む。そうしたら闘身を納めるんだぞ。いいな?」
クニツナ「うん、わかった! 話が終わったら、歌を詠んでくれるんだな!?」
ムネチカ「こ、こら! 大きな声を出すな! まったく……」
ムネチカ、クニツナの頭を撫でる。
クニツナ、なぜ撫でられてるのかわからないが撫でられるに任せる。
ムネチカ「忘れるなよ……闘身は刀だ。刀は侍の魂。侍の魂は、お前の魂だ」
クニツナ「……おう!」
ムネチカ「ふふ……そのうちお前も、私の旅に連れていってやるからな」
クニツナ「ほんとか!? 忘れるなよ!?」
ムネチカ「お前が、さっきの言葉を忘れなかったらな」
クニツナ「えっと! 闘身は……闘身は、俺!」
ムネチカ「っはっはっは……半分、当たりだ」
ムネチカが去り、回想終了。
一方その頃、ミツヨは小烏橋でムネチカの到着を待っていた。
西陽眩しく、橋の向こうに背を向けて立っていた。
ミツヨ「ムネチカ殿は遅いな……もう来る頃合いでも良いのだが……それとも某が早すぎたのか? やはりお師匠の
などと独り言を言っていると、ミシリミシリと橋を踏みしめ歩む音がする。
ミツヨ「ムネチカ殿?」
しかし、振り返るが誰の影も姿もない。
ミツヨ「気のせい……? いや、でも確かに」
ムネチカ「気のせいではないぞ。ミツヨ」
ミツヨが振り返ると、縞模様の外套に身を包んだムネチカが澄んだ微笑を浮かべていた。
ムネチカ「久しぶりだなミツヨ。去年の春、顔を出した以来になるか」
ミツヨ「ムネチカ殿! いやいやお久しゅうございます! 大変ご無沙汰しておりました。お元気そうで何よりです!」
ムネチカ「お前も相変わらずだな。ミツヨ。兄さんは、元気かな?」
ミツヨ「当然でございます! ほれ、この通り『大典太』もぴんぴんしてございますよ!」
大典太が飛び出し、己が気迫をゼスチャーで表す。
ムネチカ「そうみたいだな。では早速、道場まで行くとしよう」
ミツヨ「はい!」
すると、途端に人が変わった様な口振りで――
ムネチカ「但し、お前は
ゆらりと笑むムネチカ。明らかに生来のムネチカとは違う気配を察するミツヨ。
ミツヨ「……お、『大典太』!」
ムネチカ「遅い!」
場所は戻り、ヤスツナの居る書斎前。
湯を浴びてほんのりと顔が上気している。
ヤスツナ「いやぁひと月ぶりのいいお湯だった。ありがとうね。シノギさん」
シノギ「いいえ。それよりももっと
ヤスツナ「たまに入るからいいお湯になるのだ。それに嫌だったら、クニツナたちはそう言うであろう」
シノギ「それもそうですね」
ヤスツナ「……ミツヨは言わない気がするが……」
シノギ「それではおやすみなさいませヤスツナ様。私はこれで」
ヤスツナ「うむ。おやすみ」
シノギの足音が遠くなったと同時に、えも言われぬ空気が漂う。
背後に誰かの気配を感じ取るヤスツナ。
ヤスツナ「ん?」
ダンビラ「くくく……
書斎の入り口に立つ、黒い侍。
ダンビラが姿を現す。
ヤスツナ「だ、誰だっ?」
ダンビラ「くっくっくっく……名乗った所で役に立たぬと思うが、冥土の土産に教えてやろう。我が名はダンビラ。
ヤスツナ「無間衆八逆鬼……! 噂に聞くも恐ろしき悪逆非道の衆……お、お、お、俺を殺しに来たのかっ?」
ダンビラ「ん? くっ、くっくっくっくっく……震えているのか? 八逆鬼に会うのはこれが初めてだったのか? つくづく表の世のぬるま湯に浸かった侍は脆いものよ……」
腰を抜かすヤスツナ。
その醜態に眉を動かすダンビラ。
ヤスツナ「ヒッ……の、望みはなんだ。奥義か? 金か? か、刀でもいいぞ。刀も持って行け。く、蔵に行けば何振りも
ダンビラ「はっはっはっはっは! これは滑稽だ! 大丹の乱百人斬りのヤスツナが聞いて呆れる! よもやここまで落ちぶれていたとは……我が欲するは、貴様の命。例え身を
笑うダンビラ。
ずちゃりずちゃりと歩を進め、ヤスツナとの距離を縮める。
ヤスツナ「そうか……ならばお前も、俺にとっての邪魔者だ」
ヤスツナ、目にも止まらぬ速さでダンビラの横を通り過ぎる。
ぼとりと、何か、生温かいものが床に落ちる――ダンビラの右耳である。
気が付いた時にはそれが付いていた所から止め処なく血が流れてくる。
ダンビラ「う、うあ、うわあああ!! 耳が! 耳がぁあ!! ああぁあぁ!!」
ヤスツナ「これぞ、
ダンビラ「うあ、う、うっく! あ、あ、あ! あっ! うああぁ!」
突然の事に我を忘れ、落ちた耳を貼り付けようともしているダンビラ。
辺りの床が、だんだんと深い臙脂色に染まっていく。
ヤスツナ、うずくまるダンビラの背を見下げながら説く。
ヤスツナ「お前、刀はなんで鞘に入ってると思っとるんだ? それ自体が危なっかしくて自分でも持っていられないからだろうが。勇を誇るは
ダンビラ「お、おのれぇえ!!」
息を整えるや否や憤怒の形相でヤスツナを睨み付ける。
額には血管が浮き出ており、悪鬼が宿っているかの様。
が、ヤスツナ、先ほどの怯えなど何もなかったかの様に、研ぎ澄ましたかのような目で睨み返す。
ヤスツナ「己の鋭きを知り、然るべき時に然るべき刀を抜く者だ……来いよ、
ダンビラ「貴様はぁ、
ダンビラ、腰に水平に佩いた大太刀を振りぬく。まるで出刃包丁か大鉈の様な刀幅を持つ太刀である。
同時に背中から煙でできた仁王の様な闘身が現れる。
ヤスツナ「お前……闘身を」
ダンビラ「小細工無用! 我が
ダンビラ、何か念仏の様な呪詛の様なものを唱えると、煙羅が荼毘羅と融合する。
重量感のある大太刀はゆらゆらと揺らめき、重さを感じさせない。
風が吹き、揺れた太刀が燭台と本棚をかすめると、燭台は横一線に切れ、本棚の端と書物が八つ裂きにされてしまった。
ヤスツナ「ちっ……大事な書物を……」
ダンビラ「っはっはっは! これぞ『双羅幻惑剣』! 太刀と闘身、融合したこの
ダンビラが動くと太刀も揺れる。他の燭台や床、壁や襖を切り刻み、ヤスツナへと詰め寄る。
ヤスツナ、斬られまいと距離を取るが、煙の行方に阻まれ思うように動けない。
ヤスツナ「っ、ぐっ……くそっ……!」
ダンビラ「っはっはっは! 室内での戦は我が最も得意とする所! やがてこの煙はこの部屋全体を覆う! その時こそ『煙羅』の
ヤスツナ「そいつは、
ヤスツナ、何かを感じ取り、身を屈める。
ダンビラ、勝ったと言わんばかりに口角を吊り上げ、笑う。
ダンビラ「はーっはっはっは! 愚かなりヤスツナ! 無為! 無手! 無策! 屈んだとて何も変わらぬわ! 死ねぇ! 『双羅幻惑剣』!!」
その時、一陣の風が書斎に吹き込む。ダンビラ、我に返って周りを見たが時既に遅し。
ダンビラの闘身と太刀は吹き飛ばされ、部屋の奥にある木の壁と掛け軸をひっちゃかめっちゃかに切り刻んでいる。
ゆっくりと起き上がるヤスツナ。目は更に鋭さを増し、獲物を射抜かんとする鷹の目を模すかの様だ。
ダンビラ「!! し、しまったぁ……! え、『煙羅』! 戻れ!」
ヤスツナ「昔の
ダンビラ「あ、あ……う、うわあ!!」
ダンビラに歩み寄るヤスツナ。
尻もちをつき、怯え、後ずさるダンビラ。
まるで歌を読む様に語りだす。
ヤスツナ「冥土の土産を贈り返してやるよ……我が闘身は
ダンビラ「ま、待て! 殺さないでくれ!」
ヤスツナ「『
闘身でできた刃を拳の中から逆手に出し、高速でダンビラを袈裟に斬る。
爆ぜる様に吹き出す鮮血が、書斎を染め上げる。
ダンビラ「うおごばぁぁあぁ!!」
ヤスツナ「…………」
重苦しい音を立て、ダンビラが地に伏す。
ヤスツナ、押し黙って頬の返り血を拭い、やがて口を開く。
ヤスツナ「殺すな? そう言ってお前に殺された女が、子どもが、一体何人居ると思ってんだ……無間衆八逆鬼一の逆、不道のダンビラ。手前の悪行は昔っから知ってるよ。太刀と闘身を使って見境なく人を殺め、肉片に変える。役人や名のある剣豪ですら歯が立たない大罪人」
ゆっくりとしぼむ様に、『童子切』が消えていく。
ヤスツナ「確かにお前の攻撃は、室内戦では最強だ。揺らめく太刀を全て打ち、全てを避けるのは同じ煙にくらいしかできないだろう……だが、お前は最後まで俺を侮って書斎を開け放ったままにした。敗因はお前の慢心。お前の道を外したお前にある。地獄で償え」
複雑な面持ちで、書斎を出るヤスツナ。
眼前には――
ミツヨ「ぐ、う……お、お師匠ぉ……」
シノギ「ヤ、ヤスツナ様……クニツナが、ツネツグが……!」
ヤスツナ「シッ、シノギさん! ミツヨ! ……っ!」
ムネチカ「お久しぶりですね。兄さん……」
ヤスツナ「ム、ムネチカ、お前……」
ヤスツナの眼前に映ったのは、手傷を負って蹲っているシノギとミツヨ。
きんかん頭の入道に襟首を引っ掴まれて気絶しているクニツナとツネツグ。
そして愛する一番弟子、ムネチカであった……
ムネチカ「私は無間衆八逆鬼、
第二話へ続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます