9-3 対応開始

晴一朗は電話をポケットにしまった。上司からは思っていた以上に色よい返事をもらえた、これで細やかな方向をしなくて済み効率的に物事を運べる、問題解決をより迅速にできると晴一朗は考えており、上が責任放棄したとは思いもしなかった。

今この場はマシンガンの音が鳴り響いている。晴一朗たちはテントまで撤退したが、あの影を上陸させてしまうのはまずいと村人たちは判断したようで隊列を組んで影を撃退しようと試みているのだ。しかしそうはいっても所詮ゴム弾で撃っているだけだから、影の進行を遅らすことはできても退治することはできていない。このままいけばあの巨大な昆虫がこの防衛線を突破するのも時間の問題だった。

晴一朗は人ごみの中サリナを探した。男たちは勇敢に立ち向かっているが、子供たちは泣き叫び、老人たちはなにかを諦めたように地面や空を見つめていた。

「サリナ」

晴一朗がやっと見つけたサリナはスイルを抱きかかえしゃがみこんでいた。

「スイ?」

スイルは不思議そうな顔をしながら、サリナの頭を撫でていた。

「サリナ、顔を上げてください」

晴一朗はサリナの肩に手をかけた。ばっと上がったサリナの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「セイ……」

晴一朗はサリナが泣いているを見るのが初めてだった。こんな気丈な子でも泣くのだと思った。しかし晴一朗はそう思っただけで特に慰めの言葉をかけたりはせずに言った。

「サリナ、この村で力を持っている人物を集めてください。なるべき若者のリーダー格となっている人物がいいです。集め終わったらその人たちと会議をするので通訳をお願いします」

村の人間は正直なところ絶望の海に沈んていた、サリナだって例外ではない。だが晴一朗の表情にまったく迷いも絶望もない。

「セイ、なんとかなるの?」

晴一朗は時計を確認して言った。

「ええ、一時間でなんとかします」


サリナによって集められた十数名の村の権力者たちは憤っていた。目の前の男は自分たちを集め話し合いをしたいといっているのだ。今は一刻一秒を争う事態である、いったい何を悠長なことをいっているのだと考えていた。だいたいこの男はこの事態を引き起こした異常者の仲間である、ここさえ無事に切り抜けたら私刑にしたい敵であった。

「セイ、真に大丈夫なの?」

サリナは晴一朗の身を案じていた。サリナとしては問題の解決に当たらずこの場から逃げてほしいとすら考えていたのだ。

「ええ、では始めましょう」

晴一朗は権力者たちの真ん中まで進んだ。

「皆さん集まっていただきありがとうございます」

村人たちの険悪な雰囲気を気にも介せず、晴一朗は一歩前に出て話始める。サリナは晴一朗がさらに怒りを買わないように丁寧に同時翻訳をした。

「まず、今回の事態を引き起こしたことを会社としてお詫び申し上げます。申し訳ありません」

晴一朗は深く頭を下げた。ガラニアには謝罪の時に頭を下げるという風習がなかったが、その場にいる全員が晴一朗に謝罪の気持ちがあるのを理解した。

「つきましては事態の収束にあたりたいので、僕の指示に従ってください」

そこまで言うと権力者たちは怒声を上げた、サリナは訳さなかったが、なんで私たちがお前のいうことを聞かないとならないのだと叫んでいた。

晴一朗はその状況をはじめから想像できていたように続けた。

「もちろん、雇用形態はしっかりとらせていただきます。たった今からあなたたちは㈱ゼニーの契約社員になってもらう。事態の対応に当たってもらう人すべてがそうです。あなたたちは私の部下になってもらいます」

サリナは翻訳するかかなり迷ったが、なるべく正しく翻訳して周りに伝えた。当然のごとく権力者たちは怒り出した。それも当然のことだ、なぜ事態を引き起こした異常者の仲間の部下にならないといけないのだ。

「合理性の問題として、ここで一番優れたものが指導者にならないといけません。そしてそれは僕であると思っています。なぜかというと僕はこの島でずっと特定変異種つまりモンスターの研究をしてきました。だからモンスターに対してはそれなりに知識を持っています。このような際の対応策を考えるための基礎知識を持っているといえます。ただ、それは僕が皆さんのことをよく知らないから思う奢りかもしれません。ですので我こそはという方がいたら立候補してください。僕もその方の指示に従います」

晴一朗は全くの本心で言っていた。この場で自分が一番優れているというのも、もっと優れているものがいたらそれに従うということも。だが彼の本心からの言葉は権力者たちには脅しのように作用した。この事態を収束させることを指示できると言い切れるものなんてこの場にはいなかった。

彼らは黙って地面を見た。それを自分に対する同意だと晴一朗は判断した。

「では、この場で待機してください。指示を出します。何があってもそれに従ってください」


曲者ぞろいの権力者たちを黙らせた誠一郎の手腕にサリナは驚愕していた。しかしそれと同時にせっかく説き伏せた権力者になにも支持を出さない晴一朗を見てサリナ不安になっていた。彼のことだから大丈夫だとは思うが、まさか口から出まかせをいったのではないかと思っていたのだ。

「セイ、本当に一時間でフィニッシュできるの?」

「ええ、できます」

晴一朗は断言した。だが晴一朗はなにかを考えるように座り込んでしまっている。

「なにか秘策が存在するの?」

「今それを考えています」

サリナは声を上げた。

「じゃあ、なんで一時間なんていったの!?」

しかし晴一朗はさも当然のように答えた。

「昼休憩まであの時点でちょうど一時間だったからです」

サリナに声をかけた時点で晴一朗の時計はきっかり11時を指していた。だから晴一朗は一時間といった、彼にとってはそれだけなのだ、つまり晴一朗はそういう男だった。

サリナは血の気が引くのを感じた。

「クレイジー! ストゥーピッド! 大莫迦! セイは何を考えてるの!?」

どうしよう、セイをここから逃がさなきゃとサリナは考えた。けれどこんだけ罵声を浴びせても晴一朗は全く動じない。それどころか何も変わらずにサリナに話しかけた。

「サリナ、なぜあの虫たちはこっちだけに向かっているんですかね?」

晴一朗の言う通り、影はこちらにだけ向かってきている。まるで目的があるようにテントの方へ行進を続けている、別にすこし迂回すれば簡単に島に侵入できるのにそれでもだ

「セイ、今からスイルを連れてくるから、スイルと車に乗って逃げて。大丈夫、あの虫はサリナがなんとかする」

「スイル……、そういやあの時先輩も……」

晴一朗は再び考え込んだ。

「サリナってバイクの運転できますか?」

ふいに晴一朗は聞いた。

「一応できるよ、なんで?」

サリナの質問に晴一朗は答えない。

「あそこにある大砲って使えますか?」

「使えるよ。あれはフェスティバルの最後に祝砲を撃つ用のやつだから」

「わかりました。ありがとう」

「それよりセイ、早く逃げて。こんな大きな問題セイに解決できるはずがないよ」

「大きな問題とは小さな問題の集合体です。ですから一つ一つ解決していけばクリアできないことではないんですよ」

晴一朗は立ち上がった。

「サリナ、皆さんに指示を出します。通訳をお願いします」



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