9-1 影

スイルに二人が連れてこられたところはなんてことはない、これから二人がいこうとしていたところであった。

「アイシャルナ? スイルはアイシャルナのところに僕らを連れてきたかったんですか?」

足元というわけではないが、アイシャルナのそこそこ近く、その姿を一望できるところだった。

スイルはその大亀をじっと見つめている。

「スイルは何をいいたいの?」

息を切らしたサリナはスイルの顔を覗き込むが、スイルはサリナの方を見ることもなくずっとアイシャルナを見ていた。

「ヒューマンフラワーってアイシャルナって何か関係性が存在するのかな」

サリナは息を整えるように深呼吸をしてから晴一朗に聞いた。お互い特定変異種同士だ、そういうまだ人がよく知らない事実があってもおかしくはない。

「たぶん、違うと思いますよ」

だが晴一朗はそうは思えなかった。スイルが言いたいことはなにかもっとほかのことではないかと思っていた。

「うーん、スイル、なんでもいいからトークしてく」

サリナがそこまで言ったとき、スイルはすっとアイシャルナの方を指さした。2人がその指さす方向を見たと同時にアイシャルナの顔や甲羅で四つの爆発を見た、爆音が鳴り響いた。四つの爆弾がアイシャルナの体にたたきつけられたようだった。

「グオオオオオオオオオオ!」

アイシャルナは今までと比べ物にならないような大きなうめき声をあげた。そのうめき声と爆音、そして降りかかる火の粉に村人たちは驚き、大多数が悲鳴をあげながらテントの方に逃げていく。まだ逃げてないものは状況を把握できずに立ち尽くしているものだ。

アイシャルナは突然の事態に驚き、海の方に方向を転換しようとしてく。今まで味わったことがない衝撃に野生の勘が今すぐに逃げろと言っているのだろう。

だがそれは許されなかった。すぐにまた四つの爆発がアイシャルナを襲ったのだ。その瞬間のほんの少しだけ前に晴一朗は確かに見た。四つの飛行物が彼の近くを飛んでいたことを、アイシャルナを襲ったのはロケットランチャーだということを。

大亀は二回目の衝撃には耐えられなかった、ゆっくりと彼の体は傾き倒れようとしていた。

「アイシャルナが!」

サリナはその爆発現場に走ろうとしていたが、晴一朗は腕をつかんで止めた。

「サリナ! 今は自分の安全の確保が優先です!」

そういうと晴一朗はサリナとスイルの手を引いてテントの方に走った。彼らの背中の向こうから、これも今まで体験したことがないような轟音と震動が発生した、また目前は砂埃で何も見えなくなった。晴一朗は振り返ることなく走り続けた。


アイシャルナは大地に倒れた。顔や足を甲羅の中にひっこめることなく倒れていた。口は中途半端に開けられ、その長い舌は大地に露出していた。

そのアイシャルナの姿を見て泣き崩れる女性もいた。男たち、そして晴一朗とサリナはアイシャルナの周りを取り囲んでいた。死んでしまったのか、さっきの爆発はなんだったのか、誰もがそう思っていた。村人は茫然と立ち尽くし、身動きを取ることができなくなっていた。晴一朗は茫然としていたわけではないが、今動くと村人を刺激する危険性があると下手に動かないでいた。

だが晴一朗は動かない代わりに思考を巡らせていた。さっきの爆発はまず間違いなくロケットランチャーなどの兵器によるものであった。そんなものこの島の誰も持っていないだろう、そもそも争い事を好まないのがガラニア諸島の人間だ。同時にこの島には軍隊らしい軍隊がない。だから軍隊の誤射やテスト用試射などといった可能性もない。またなぜそんな兵器をわざわざアイシャルナなんかに使ったのも不思議だった。アイシャルナはさほど問題視するようなモンスターでもないのだ。討伐するにしてもほかにやり方がある。これを排除するためにロケットランチャーを使用するなんて、明らかに合理性の伴わない行為だ。

その時頭上から声が降ってきた。

「あー、あー、ハローエディバディ」

倒れたアイシャルナの甲羅の上に一人の男がメガホンを持ちながら立っていた。

それは2人が知っている人間だった。ついこの間まで同じ職場で働いていた。晴一朗が確認すると同時に隣にいるサリナが叫んだ。

「スガヤーーー!」

甲羅の上にいるのは消息を絶っていた菅谷だった。その後ろには三人の部下の姿もある。かれら四人でロケットランチャーを放ったのだ。サリナの声に気が付いた菅谷はこちらをみてにやりと笑った。

「ブフ、二人とも会いたかったよ」

サリナは阿修羅のような表情をしながら吠える。

「スガヤ! なんのつもりだ!」

「おお、こわいこわい。なーに、この島に巣食う悪いモンスターを退治しただけだよ」

菅谷はにやにやと笑いながら答えた。サリナが怒っているのが面白くてたまらないとった風であった。

「クレイジー! アイシャルナがどんなものかスガヤもわかっていたはずだ!」

「ブフ、わかっているさ。だから殺してやったのさ。君たちは俺の大事なものを奪ったしね、だからそのお返しをしてあげたのさ。この島で一番大切なものを奪ってやった。ブフフフ、ざまあみろだ」

菅谷の大事なものを奪った、それは間違いなく彼が栽培していた植物のことだ。

「見ろよ、俺にはもうこれしか残っていなんだぞ」

菅谷は何か丸いものを取り出した。その瞬間、周りの村人たちから叫び声が聞こえた。菅谷が掲げたものそれは少女の生首だった、正確にはヒューマンフラワーの頭部だったのだ。

「君らのせいでまた一から出直しだけど。ほんとにこれだけでも持ち出せてよかったよ」

菅谷はその生首を舌で舐めた。

「おお、おいしい」

鳥肌が立つ光景だ。メタボの日本人が少女の生首をなめている、状況を理解できない村人たちは男が少女を殺し、その生首を舐めているように見えた。

「このサイコパスめ」

サリナはマシンガンを構える。

「ブフフ、わざわざ大枚をはたいて買ったロケットランチャーを使った甲斐があったよ。そのロケットランチャーも実はこのヒューマンフラワーの売り上げで買ったんだけどね。さあ、そろそろお暇しようかな、君たちの悔しがる顔も十分に見れたしね」

「逃げられると思ってるの? こっちはこんなに人がいるんだよ」

「ブフ、逃げ出せるよ。こっちには武器があるんだ」

菅谷はそういって拳銃を取り出した。村人たちとは違いちゃんと実弾が入っていた。

「だけど、それを言えばそっちが逃げられないんじゃないのかな」

「パードン? なにをいって……」

そこまで行ってサリナは何かに気がついたようにあたりを見回した。村人は殺気だった目で晴一朗のまわりを取り囲んでいた。

「この島で日本語を理解しているのは君だけだよ、サリナ君。だから状況を把握できているのは君だけなんだ。愚かな村人たちは思っているだろうね、日本人が自分たちの神を殺したって。日本人はみんな異常者だって。そこにいるスーツの男も日本人の仲間だって」

菅谷は晴一朗を指さした。サリナは晴一朗の前で両手を広げ立った。

「ち、ちがう、この人は」

サリナは気が動転し日本語で周りに語りかけている

「晴一朗ちゃんは間違わなく村人のリンチに遭うだろうね。最悪死んじゃうかもね。さあ、サリナ君、守ってみろよそいつを。大切なんだろ、ブフフフ」

サリナは気が動転しすぎてて、もう三つの言語をごちゃまぜさせて叫んでいる。だが住人たちは以前、殺気立った目で晴一朗との距離を徐々に詰めていく。

「先輩」

だが晴一朗はまるでなにも感じていないかのように菅谷に声をかけた。

「なんだい、晴一朗ちゃん。今更僕に命乞いをしたってもう止められないよ、ごめんね」

菅谷は精一杯の悪意を込めていった。

「残念だったね、こんな辺境に飛ばされて、エリートコースから外れて、それでここで再起不能にさせられちゃうなんて。おとなしく本社の営業部にいればよかったのに。あーあ、でもどうしてもっていうなら今からでも仲間にいれてあげるよ。……なーんてね、ここでできたらなるべく苦しんで死んじゃいなよ」

ここまで言われても晴一朗は表情を崩さない、どちらかといえば何も聞こえてないような表情すらしている。

「先輩、お話し中すいませんが、一言だけ聞いてもらえませんか?」

「なに? 遺言? いーよ、あの無能な課長に伝えておいてあげよう」

「いえ、そうではなくて。スイルがあなたに早く逃げろといっているみたいでして」

「は? いわれなくても逃げるよ」

「そうですか、至急お願いします。僕もスイルから逃げろと言われているので、これで失礼します」

逃げるって、村人からということなのだろうか。最後まで調子の狂うやつだ、そう思いながら菅谷はその場から立ち去ろうとした。だが彼はその時、自分の周りに異変が起きていたことに気が付いた。さっきまで緑色だった甲羅が真っ黒くなっているのだ。いやそれだけではない、その黒い影は嫌な音を立てながらうごめいている

「な、なんなんだいったい! なんだこれは!?」

菅谷は三人の部下に説明を求めた。だが彼らは首を振るばかりであった。

「え、え、ちょっとまてよ、ちょっと待ってくれよ」

菅谷は影が迫ってきている方向と逆の方向逃げ出そうとした。だがそれもかなわない、彼はすでにその影に囲まれているのだ。影は徐々に彼に迫ってきている。

「く、くるなああああ!」

彼はハンドガンを放った、空になるまで撃った。だが影たち止まらない、あっというまに彼と三人の部下を飲みこんだ。

「うわああああああ」

その光景を晴一朗たちも見ていた、菅谷の断末魔をその場になりひびいた。あまりに異様な光景にその場にいた誰もが唾を飲んだ。

誰も何も言えなかったし、誰も何も言わなかった。サリナは歯を鳴らしながらもようやく言った

「た、たたりがおきたの?」

その光景はアイシャルナの怒りをかった祟りのように確かに見えた。だが晴一朗はいつも通り表情を一つも変えなかった。そして目を凝らして言った。

「いえ、あれはどうやら共生の様です」


辺りにいた人間たちはテントの方角に慌てて逃げて行っていた。逃げながらサリナは晴一朗に聞いた。

「共生? 共生ってなんの!?」

晴一朗はスイルの手を引っ張っている

「どうやら大型の虫の様ですね」

黒い影の正体は1メートル程度あるゴキブリのようなモンスターである、正確に言えばフナ虫の特定変異種だ。彼らはアイシャルナの甲羅の中に済み、大亀の体の老廃物を食べ生活している。影はアイシャルナの体をきれいにする代わりに、彼の甲羅の中を住処にしているのだ。だが今回宿主が倒れてしまったことにより、甲羅の中から出てきたのだ。

「ビートル? サリナはあんな真に大きな虫みたことない!」

「僕もです。ただこれはちょっと問題ですね」

アイシャルナの甲羅の隙間からは数えきれないほどの影が出てきて、大亀ごとその影が覆った。そして影は新たな住処を求め、浜辺に降り立ち始めた。

「虫ってのは繁殖力の強い生き物です。だからこのサイズの虫があの量、島に侵入したらあっというまに、爆増して生き物っていう生き物は食べつくされてしまうでしょうね。さらにいえばサイズ的に人間も捕食する可能性が高いですね」

晴一朗は事実のみ淡々と言った、サリナは自分の顔が青ざめていくのを感じた。アイシャルナと比較出来ないような島の危機が迫っていた。




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