8-3 アイシャルナ3
男はここ数日ずっとアジトにこもっていた。アジトにこもってその時を待っていた。
彼は島にいくつかのアジトを持っていた。先日その中の最も重要な一つが焼け落ちしまったのだ。それは彼にとって、一番大きな収入源を生産してるアジトで彼の今後を大きく左右するアジトになるはずだった。そして今いるアジトは彼が最近購入したものを置いておく倉庫のような場所であった。今後の商売を展開するための『道具』がそこには多数収納されている。彼はそれらを撫でながらここ数日を過ごしていた。
アジトの隅で現地人が小さくなって座っていた。男が前から金で雇っていた連中である。男がアジトに逃げてきた日に駆け込んできたのだ、なにやら男の知らないガラニアの言葉で騒ぎ立てていたが、男が『道具』で脅したら静かになり、それ以来ずっとアジトの隅でおとなしくしていた。男はそいつらを食料調達などに利用しているが、以前のように給料は払わなくなった。行くところがない元部下たちはその奴隷のような扱いに耐えるしかなかった。
今も一人の現地人にあるものの偵察に行かせている。男の見立てではそろそろ帰ってくるはずだった。
男は自分がこんなみじめな思いをすることとなった原因を作った者たちを憎んでいた。そしてそいつらに復讐する方法をずっと考えていたのだ。
だが男は復讐するといっても直接的な方法をとるつもりはなかった。というのも男は理解していた、彼まだ警察に捕まらずにすんでいるのは男がまだ重罪な犯罪をしたことになっていない、ということになっているからだ。元上司の性格を考えるに奴は警察に通報していないはずだ。だからこのままうまく逃げれば生涯警察に捕まらないどころか、なんの悪いこともしたことがない善良な一市民のふりをして母国に帰れるかもしれないのだ。おそらくそうするのが正しいのだろう、最良の選択なのだろう。だが男の腹の虫はそれでは収まらない。どうにかして復讐しなくてはならないのだ。
そうして考えているうちに男は復讐する妙案を思いついた。憎むべき者たちの社会的な地位を貶める方法、自分がされたことと似たような復讐をする方法を。
その時アジトの扉が乱暴に開いた。奴隷にしている現地人が飛び込んできて、片言の英語で叫んでいる
男はゆっくりと立ち上がった
「ブフフ、時は来たれり」
晴一朗とサリナはテントの下で涼んでいた。
「あー、水が美味だねー」
サリナは汗だくになっている。もともと薄着だから汗で下着が透けてみる。だがそれは誰も彼も同じことで、みんな汗や海水でぬれねずみのようになっていた。
「サリナ、アイシャルナはいつ帰ってくれるんですか?」
「んー、去年は日が沈むまでステイしてたかなー」
「太陽が沈むまでですか」
太陽が沈むどうこうといってもまだ11時前だ、まだ全然かかるということなのだろうか。
「テイク イット イージー。気楽にいこう。ほら、みんな楽しそうにやってるよ」
晴一朗はさっきは気が付かなかったが、このアイシャルナの足元を撃つ人間は交代制で行っているようだった。いくつかのグループに分かれアイシャルナの対応に当たっているみたいだった。晴一朗はその最初のグループだったようだ。そして晴一朗と同じグループのもたちはテントで涼んだりして休憩していた。
そしてテントでは老人たちが料理をみんなにふるまっていた。どうやら走れなかったり、銃を撃てない人間はこうやって炊事を担当するらしい。
晴一朗のそばに老婆が近寄ってくると笑顔で串にささった焼き魚を差し出してきた。同じように受け取ったサリナは現地の言葉で礼を言った。
「あ、お金を」
晴一朗が財布を取り出そうとすると、サリナは制止した。
「いーんだよ、セイ。こうやってアイシャルナの対応をする人は戦士って言われて、みんなに施しを受けることになってるの」
そういうと彼女は魚にかじりついた。晴一朗はそう言われてもなんだか落ち着かなかった。
晴一朗は魚を小さくかじりながらサリナに聞いた。
「サリナたちは毎年この祭りをやっているみたいですが、撃退じゃなくて退治する方向で考えないんですか?」
「ん、どういう意味?」
「ここで日本語を理解してるのサリナだけですからはっきり言いますが、つまりアイシャルナを再起不能にするなりして、二度とこの島に来ないようにしたほうがいいんじゃないですか。わざわざゴム弾なんて使わずに、もっと大きな兵器を使えば難しくないことのように感じます。だってこの祭りに信じられないくらい人間を使って、ゴム弾と食料を費やして、それを毎年やっているなんて。僕にはどうも合理的じゃないように思います」
サリナの表情は一瞬固まった。晴一朗は失言だったかと思った、そういうえば彼女はアイシャルナを神様だと言っていた。自分はえらく罰当たりなことをいってしまったのかと思った。
しかしサリナは噴き出すように笑い出した。
「あははは。昔、サリナのビッグブラザーも同じこと言ってたよ。このフェスティバルな無駄なんじゃないかって。こんなことやってるから村はいつまでたっても進歩しないんだって」
「お兄さんもそう思ってたんですか」
サリナは少し空を見てから話し始めた。
「アイシャルナはね、村のみんなが幸せに暮らせるようになることを祈ったフェスティバルなんだ。今日、アイシャルナをうまく追い返すことが出来たら、村にくる一年分の不幸な事情をすべて追い返せるとおもってるの。アイシャルナが不幸なことを全部食べてもっていってしまうっていわれているの」
そしてサリナは晴一朗に耳元にまで口を近づけた。
「実をいうとサリナもあれが神様だなんて思っていないんだ。あれはただの真に巨大なモンスターだって思ってるし、村にそういう風に考えている人もマイノリティだけどいるとは思う」
「やっぱりそうなんですか。じゃあアイシャルナはいつかなくなる運命にあるんですかね」
だがそれにはサリナは首を振った。
「たぶん、それだけはないと思うよ。島の人全員があれを神様だと思わなくなっても、この島はこの祭りを続けると思う。アイシャルナは神様なんかじゃないけど、この島の精神的に大切なものなんだよ。きっとジャパンにとってのライスみたいなもんだよ」
その例えはどうかとおもうが、晴一朗はなんとなく合点がいった。自分でも振り返ってみれば、もっと合理的な食糧があるはずのに白米は食べてしまっている。
「なるほど、わかりました。すいません、無神経なことをいって」
「ノープロブレムだよ。こうやってセイが島のことをわかっていってくれるのはサリナにとってうれしいからね」
テントの下で涼んでいるといろいろな食べ物の施しを受けた。主に現地特有の食べ物で、団子のようなものや串にささった肉など様々だった。晴一朗は断るのは失礼かと思いすべて受け取っているとサリナから「食べすぎだよ」と笑われた。
晴一朗とサリナがそろそろアイシャルナの対応に戻ろうかとしていると、目の前にひとつの影が現れた。
「すいません、もう食べ物はちょっと」
晴一朗は伝わるはずのない英語を言いながら顔を上げると、そこにいるのは食べ物をもった老婆が立っているわけではなかった。
「スイル!」
サリナは驚いて声を上げた。2人の目の前には家に置いてきたはずのスイルがいた。いつでも自由に出入り出来るようにはしていたが、まさかここに現れるとは二人とも思っていなかったのだ。
「スイル、ここにきてはだめですよ」
周りのものは熱狂しておりまだ気が付いていないようだが、スイルは少女の姿をしているとはいえモンスターであり、村の人間はどんな反応をするか読めないところがある。出来れば人目が多いところに連れてきたくないと晴一朗もサリナも考えていた。
「とりあえず、スイルを隠さなきゃ」
「ええ、そうですね。スイル、さあこっちに来てください」
スイルの手を取ろうとしたとき、晴一朗はスイルの表情がいつもと違うことに気が付いた。怒っているような、悲しんでいるような。彼はその表情を一度見たことがあった、菅谷のアジトにいるときにこの顔をしていた。とりあえずスイルの手を取ると、スイルはその手を強く握り、晴一朗をひっぱり走り出した。
「ヘイ! セイ! どこに行くの!?」
サリナは2人の後を慌てて追った。
「スイル、何かいいたいことがあるんですか?」
晴一朗は走りながらスイルに声をかけた。聞こえなかったのかスイルはなにも答えない。晴一朗はひたすら鈍い男である、だがそれは人間同士の関係での話だ。スイルのように直接的な表現をするもののことならなんとなく察することができる。悪い予感がした。
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