8-2 アイシャルナ2

「はい、セイ。これが予備の弾倉。たぶん三つは持っておいたほうがいいよ」

サリナの両手から一つずつ弾倉が手渡される。

「あと、これも一応ね」

サリナから大量のゴム弾が入った箱が手渡された。

「この弾倉の中もゴム弾なんですか?」

サリナから手渡られたゴム弾はいわゆる非殺傷性のもので、警察などが鎮圧用につかっているものだった

「うん。でも当たったら真に激痛だから、人に向かってファイヤしちゃだめだよ。あとどこから弾が飛んでくるかわからないから、一応厳重警戒しておいてね」

「どこから飛んでくるかわからないですか、確かにその通りですね」

晴一朗は辺りを見回した。彼らは今島の砂浜にいた。そこには日ごろ静かなビーチなのだが、今日はサーマゴール村の住民で埋め尽くされていた。砂浜にいるのは基本的に男性か若い女性かだ。ちょっと砂浜から離れたところにテントが張られていて老人や子供たちが涼んでいた。

この島でこんなに人が集まっているのを初めて見たが、晴一朗はそれ以上に驚いていることがあった。

「若い人はみんなマシンガンもっているんですね」

「そうだよ。でもみんなゴム弾だから大丈夫だよ」

「サリナ、今日は本当に祭りなんですよね? 今から船に乗ってどこかの国に戦争仕掛けに行くとかじゃないですよね」

晴一朗が言った通り、砂浜にいる人間はみんなマシンガンをもっている。普段着にマシンガン、アロハシャツの人間もいる。その光景はさながらゲリラ兵の決起集会の様である。

「フェスティバルだよ。アイシャルナは毎年こんな感じなんだよ」

サリナはいたずらっぽく笑いながら言った。


晴一朗は前日からサリナにマシンガンを使うとは聞いていた。だけど晴一朗は祭りに乱入してくるモンスターを撃退する様に必要なのかくらい思っていた。

そもそも祭りらしいが、この炎天下の昼間に浜辺でやる祭りとはどんなものなのだろうか。晴一朗はどんなところでも祭りと言えば楽器がつきものだとおもっていたが、アイシャルナとはその限りではないようで、楽器を持っているものはいない。何か特別な施設をつくっているわけでもない。そして祭りが始まる気配もなかった。

サリナは海の向こうを眺めている。

「うーん、今日もしかしたらフェスティバルやらないかも」

「なんでですか。こんなにいい天気なのに」

「たぶん、大丈夫だとは思うんだけど、たまに日にちがずれるからなあ。ちょっとセイここから海を見張っててくれる? ちょっと飲み物もらってくるよ、セイの分もとってくるね」

「いったい、何を見張ればいいんですか?」

「それは風習だから言えないんだ。でも来たらすぐにわかるよ」

サリナはテントの方に引っ込んでいった。


今日は非常に暑い日である。太陽がまっすぐ降り注いできている。晴一朗の黒いスーツを焦がし続けていた。晴一朗はほとんどの空になったペットボトルをあおった。

見張れと言われたって何を見ればいいのか、と思いながら晴一朗は目を凝らしていた。こんなことでも仕事は仕事だ、気を抜くは訳にはいかないと晴一朗は考えていた。

ひたすらに青い海だ、こんな暑い日ではなかったらいつまでも眺めていられるだろう。水面に光が反射している。島と海しか見えないが、晴一朗はそれでも十分に見ごたえがあると思っていた。

晴一朗はその時ふいに立ちくらみがした。水分がとれていないから、体調が悪くなりかけているのかもしれないと、晴一朗は額の汗をぬぐった。

彼はジャケットを脱ぎ、再び海の方を眺める。さっきと同じように島と海だけの光景だ。だがさっきと少しだけ違うところがあった。

「あんなところに島があったっけ」

ついさっきまで正面には島があり、その左右に二つ島がある形だった。だが今では左右の島のちょうど真ん中に島があった。

晴一朗は目をこすった。だが島が三つなのは変わらなかった。見る方向を間違えてしまったのかと晴一朗は不安になった。

その急に現れた島を見ていると、徐々に大きくなっているように感じた。晴一朗はさらに目を凝らす。気のせいではない、島は大きくなっていっている。

その時いつの間にか戻ってきていたサリナはセイの肩をつかんだ。息が切れている、走って戻ってきたようであった。

「来た!」

サリナは笑顔でだけど緊張した表情で叫んだ。


徐々に徐々に大きくなる島は、やがて見上げるくらいの高さに成長していた。成長したのではない、もともと巨大なものがこちらにゆっくりと近づいて来ていたのだ。

ビーチは異様な高揚感であふれていた。マシンガンを天に撃っている者もいた。絶叫している男や、上着を脱ぎだす女性もいた。

「来るよ、来るよ、来るよ」

サリナも妙にハイテンションだった。

「サリナ、あれはいったいなんなんですか!?」

周りが絶叫しているものだらけなので晴一朗は叫ぶように聞いた。

「あれがアイシャルナだよ!」

サリナも叫ぶように答えた。

「アイシャルナって祭りの名前じゃないんですか!?」

「アイシャルナってのは祭りの名前だけど、あのモンスターの名前なんだよ! ジャパン名だと大岩亀だよ!」

そうサリナが言ったとたん、水の中からその大きな足が現れた。現れた瞬間に大きな波が起き、村人たちは歓声をあげた。足というかそれはまるで巨大すぎる大樹のようであった。

どしんという大きな音と砂埃とともに、それの足は大地を揺らした。まだ島に完全に上陸していない、だが海面にそこの地面を踏むだけでそれは地鳴りを起こせるのだ。とうとう体の半分以上水面から現れたそれをみて、晴一朗は思わず声をもらした。

「すごい……」

「すごいでしょ。サリナたちのアイシャルナは」

まだそれとは少し距離がある、だがそいつは首が痛くなるほど巨大だ。

岩かと思うような甲羅にはたくさんのコケやイソギンチャクなどが付いている。海底の一部が間違って島に上がってきたといわれたほうがしっくりする見かけだ。甲羅の真ん中から生えている真っ黒な顔は、亀の顔というよりはまるで岩の隙間から出てきた大蛇のようだ。また大蛇の瞳はこちらを見ることがない、まっすぐと島の先を見ていた

どんどん地鳴りが大きくなってくる。

「アイシャルナはね、50年くらい前から出現するようになったモンスターなんだって」

「50年前っていうと、特定変異種が現れ始めた最初期ってことなんですね」

「うん、そうだよ。あの子は一年に一度だけ、だいたい同じ日にこの島にやってくるの。なんでも村の岩とかコンクリートとかを食べに来ているらしいよ。ほっておくと村の家とか全部食べちゃうんじゃないかな」

サリナたち村の人間が知っていることではないが、アイシャルナという大亀は岩を食べて体の調子を整える習性をもっているのだ。

「ひどく迷惑なモンスターじゃないですか」

「イクザクトリー! だから帰ってもらうんだよ! それがこのお祭りの意味!」

サリナはマシンガンを構えた。

気が付くとアイシャルナは本当に近くまで来ていた。その大きさを例えるならなんというのが近いのだろうか。ショッピングモールがそのまませめて来たようだ。モンスターと形容するにふさわしかった。

アイシャルナの足が完全に砂浜にあがった時、雄たけびが上がった。男たちはアイシャルナに向かって走り出した。

「セイ! フォローミー!」

サリナも走り出した、晴一朗の体はほとんど反射的に動いていた。


アイシャルナは一年のほとんどを海の中で過ごす。しかし人の目が付かないような深海というわけではなく、意外と浅いところに住んでいる。ほとんど動かないため、人々はアイシャルナの甲羅を見かけても岩だとくらいにしか思わないのだ。

また年中ほとんど動かないため、エネルギーの消費は少なく、あまりものを食べない。同時に雑食ではあるが主食は海藻のため、食べるために人を襲うといったこともなかった。見かけこそは恐ろしいモンスターではあるが、実態はさほど有害というようなものではないのだ。

だがアイシャルナは一年に一度ほぼ決まった日に、岩を食べるといった習性を持っていた。それは乾いた岩が望ましいようで、その日だけはわざわざ陸地にあがろうとするのだ。しかも彼は自分の住んでいるところから最もちかい浜辺にあがろうとする、それがサリナたちの住むサーマゴール村の近くなのである。

「あんな大きなものどうやって撃退するんですか」

晴一朗は走りながらサリナに聞いた。

「ノープロブレムだよ。真に簡単だから! とりあえずあの子の近くまで走って!」

大の男たちが砂浜を駆けているが、足場が悪くなかなか進んでいなかった。ようやく先頭組と合流できたセイは、アイシャルナの大きさに再び息をのんだ。アイシャルナの足の近くに来ているが、この距離だと目の前に巨木があるようにしか見えない。よく見ると村人たちが集まっているのは主にアイシャルナの足の近くだった。

「セイ! なるべくみんなと息を合わせて!」

その場にいる全員がアイシャルナにマシンガンを構えている。晴一朗もほかの人間たちに倣った。

「こんなに近寄ったら危険なんじゃないですか」

晴一朗はサリナに聞いた。しかし彼女は答えない、アイシャルナの動きを少しも見逃さないように見つめている。

そしてその時が来た。晴一朗たちがすぐそばにいるアイシャルナの足が動いたのだ。それは砂埃をあげながらゆっくりと晴一朗たちの遥か頭上まで上がり、そしてゆっくりと降下を始めた。

「ファイヤ!」

サリナは叫んだ。彼女は晴一朗に言ったつもりだった、だがその声は合図となって周りの人間すべてがトリガーを引いた。

轟音とともに放たれた無数のゴム弾はアイシャルナの足の裏に飛んでいった。晴一朗はどこを撃っていいかわからず、彼の弾だけ明後日の方向に行ってはいたが、無数の弾がモンスターの足の裏にヒットした。

アイシャルナは低い唸り声をあげて、前に進もうとしていた足を後ろに引っ込めた。彼の大きな体はわずかだが後退していた。それを見た村の人々は歓声をあげた。だがアイシャルナは前進をやめようとするわけではなく、今度は晴一朗たちがいない側の足を動かした。しかしそれにも同じ様に無数の弾を足に当てられ、また少し後退していた。アイシャルナはどうにかして前に進もうとしており、それを村人たちが追いかけていた。

晴一朗はその光景を見て今自分たちがなにをやっているかを理解した。この祭りはひたすらこの大亀の進行をこうやって阻むことを目的としているんだ。アイシャルナが上陸してしまえば島に甚大な被害がでる、島を守るためにやらないといけなかったことが、いつの間にかに祭りとして根付いていったのだろう。モンスターとともに生きる道をこの村は見つけていたのだ。本来もっと緊張感があるべきことなのに、そういった張りつめた空気はなかった。

「セイ! そっちにいったよー!」

そう叫ぶサリナは笑顔だった。晴一朗は走りながらトリガーを引いた。




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