7-2 スイル
仕事が終わった後、晴一朗はサリナの家に向かっていた。仕事が終わった後というか、彼はこの日午後休の申請を出していた。サリナの見舞いをしてやりたいが、あまり遅くなるとサリナの実家に迷惑をかけてしまうし、お見舞いの品も買っていきたかったからだ。
しかしそれでは、ただでさえ二人いないのに半休なんてとってしまうと、職場が酒々井一人になってしまうことになったが
「昨日の今日でこんな調子じゃさすがに仕事にならないだろう」
といって快く許可してくれた。
そんなに焦って見舞いに行く必要があるかというと、晴一朗にとって大ありだった。というのもこの島ではどうだか知らないが、日本では16の子を前日仕事の関係で深夜まで連れまわし、さらに翌日風邪をひかせてなんかしまえば、普通の親ならまともな仕事をやっていないんじゃないかと疑うところだ。そしたらサリナが仕事を辞めさせられてしまうかもしれない。普通ここはお見舞いの品をもって、頭を下げに行くべきだろう。さらに言えばサリナの服もダメにしてしまったのだ、服の価値はわからないがクリーニング代もしくはそれに値するものをもっていなかいとならない。
サリナが仕事を辞めるといった昨日の今日だ、晴一朗は多少そのことに関して神経質になっていた。
また見舞いの品は会社の経費で落とすように酒々井に打診した。今回は晴一朗がお見舞いおよび謝罪をしにいくが、これは㈱ゼニーの代表としていくわけであり、あくまで会社としての謝罪なのだ。だからお見舞いの品も会社が払うべきだと晴一朗は考えていた。ちょっとは文句を言われるかとも思ったが、酒々井は笑顔でいいよと言ってくれた。今日の酒々井はなんでも快諾してくれる、さすがの晴一朗も少し妙だと思っていた。
ちなみにであるが、会社の代表としていくのであれば半休を取る必要もないはずである。だがあえて晴一朗が半休にしたのは、サリナの家に車で行って帰ってお見舞いをして一時間しかかからないだろうが、なんやかんやで午後まるまるつぶれてしまいそうだったのからだ。お見舞いをするだけの非生産的な時間を仕事をしたとするのは会社に対する裏切り行為だと晴一朗は考えていた。どこまでも融通がきかない、つまり晴一朗はそういう男なのだ。
晴一朗は村でフルーツを買って、車でサリナの家のすぐ近くまで走っていった。サリナの家は実は以前村を訪れた時になんとなく場所を聞いていたのだ。彼女の家は村のはずれにありそのエリアは民家が少なかったためそうは迷わなかった。
この辺の民家の特徴は何個かあるが、取り立てて日本と違うことはだいたい一階建てだということと、扉がないということだろうと晴一朗は考えていた。一階建てというのは人口が少なくわざわざ二階にする必要がないからというのが理由で、扉がなく代わりに竹でできた暖簾がかかっているのは年中暑いので、扉を設置すると室内に熱がこもるからだろう。
扉がないということに不便な点は防犯上よくないということと、扉をノックできないということだ。もちろんサリナの家にインターホンはない。
「エクスキューズミー」
晴一朗は暖簾に向かって言った。返事はない。そもそも英語でよかったのか、サリナの家の両親は英語に理解があるんだろうか。
「サリナー!」
仕方がないので呼び方を変えてみた。すると家の中から妙に騒々しい音が聞こえた、何かをなぎ倒すような音すら聞こえた。
「セイ! 来てくれたんだ!」
暖簾はがばっと開き、サリナが顔を出した。頭には氷が乗っているが、サリナはほぼ下着同然の姿だった。
「サリナ、着替え中とかでした?」
「ううん、ベッドの上でキルタイムしていたとこだよ」
「いえ、その格好が」
「何言ってるの、セイ。これは寝間着だよ、パジャマっていうほうが今は正しいんだっけ?」
来るべきではなかったのかもしれない、晴一朗は少しだけ後悔した。
「親御さんはいないんですか?」
「セイ、サリナのペアレントに会いに来てくれたの?」
「はい、ご挨拶できればと考えていたんですが」
「昨日のことで?」
「ええ、昨日のことです」
「そっかー、そっかー」
サリナはニマニマとした笑顔を見せた。こういう風な表情になったことがなかったから晴一朗は具合が悪いのかなと考えた。
彼にとってサリナの両親がいないのは残念なことではあったが、気楽な気持ちにもなれた。
晴一朗はサリナの部屋に案内された。彼女の部屋はあまり日本的な女の子らしさはなく、ベッドと本棚くらいしかものがなかった。その本棚の中身は大体英語と日本語の学習本だ。これまでの彼女の努力を現しているみたいだった。
「セイ、ここに座って」
サリナはベッドの上を叩いたが、それはさすがにどうかと思い、晴一朗は床の上に座った。
「これはお見舞いの品です」
晴一朗は彼女にお見舞いの品を渡した。
「あ、サンクス、セイ。うれしいよ」
ガラニアにはお見舞いという文化がなかった、のでサリナは完全にプレゼントなんだと理解した。
「具合はどうですか?」
「うーん、微妙にバッドかも。昨日フレンドと夜長電話しちゃったのが良くなかったんだと思うんだ」
「ああ、いつもの電話の人ですか? 仲がいいんですね」
「うん、その子ニャミーっていうんだけど、ニャミーは心配してくれてずっとサリナの話聞いてくれたんだ」
ニャミーという名前を聞いて前日本人と聞いていたような気がしたが、違いだったのかなと晴一朗は考えた。
「素敵な友達ですね」
「うん、昨日はげに盛り上がって、セイの話もたくさんしたんだよ」
頭に氷を乗せてはいるが、サリナは思っていたより元気そうだと晴一朗はほっとしていた。この調子なら親御さんも仕事をやめさせようとしないだろう。
「そういえば、セイ。あの子のことなんだけど」
あの子と言われ、すぐに晴一朗はピンときた。
「ヒューマンフラワーの彼女のことですか? 僕もちょっと不安なんですが家にそのまま置いてきました。幸い言語を多少理解しているみたいですから、家の出方は教えてきました。そのあとしばらく家を出たり入ったり繰り返してましたけど」
「ううん、そうじゃなくて、ほらあそこ」
サリナは窓の先を指さした。
サリナの家の近くには、木にハンモックがかけられていた。そしてそのハンモックを揺らしてスイは遊んでいた。
「今日の10時くらいからあそこらへんで遊戯してるの。たぶんセイが家を出て退屈だからこっちに来たんじゃないかな」
ここから晴一朗の家までは結構距離がある、たまたま来れる場所ではない。
「どうやってここにこれたんですかね」
「本当にそうだね。ところであの子の服なんだけど」
今スイは晴一朗のワイシャツを着ていた。ただし出会った日にあげたものとは別物である。
「ああ、あの後サリナが帰った後、目が覚めたみたいで急に着替え始めたんですよ。最初にワイシャツをあげたからか、ワイシャツはみんな自分の服だと思っている様でして」
そもそも彼女が衣服という概念をしっかりもっているのが晴一朗には不思議だった。
「ふーん、そうなんだね。じゃあさ、ヒューマンフラワーって何を食べるの?」
「はっきり言ってよくわからないんです。今朝、あの子にいろんなものをあげたんです。野菜とか肉とか、お菓子とか。そしたら出したもの全部食べたんですよ。それこそ出されただけ。でも別におなかが減っているから食べているというよりだされたから食べたっていうような感じでして。そもそも彼女の栄養にちゃんとなっているかも不明でして」
というよりヒューマンフラワーが植物であるのなら水と光だけで生きていけるから、ものを食べるってこと自体いらないことなんじゃないかとも晴一朗は考えていた
「摩訶不思議ってやつなんだ。これも食すかな」
いつの間にかサリナは晴一朗が持ってきていた洋ナシのような果物の皮をむいていた。
「あ、すいません、サリナ。具合悪いのに」
「平気だよこれくらい。あの子にあげてみてもいい?」
「ちょっとわかりませんので、本人に聞いてみてください。ちょっと今呼びますから」
晴一朗は窓から乗り出した。
「おーい、スイー!」
晴一朗の声に気が付いたように、スイは駆け寄ってきた。
「はい、サリナ。渡してみてください」
「ああ、うん。はい、食す?」
サリナはスイに洋ナシを出しだすと口でそのまま受け取った。スイの顔は笑顔になったが、もう一つねだるようなこともしなかった。
「ほら、こんな感じで特に欲しがってるわけでもないんですよ。出されたから食べるといった感じでして」
「そうだね。それよりさ、この子さ、スイっていうの? そういえばミスタスガヤのとこで聞いたような気もするけど」
「はい、名前がないと不便なのでつけました。センスないですかね」
「いや、センスないっていうか、サリナからしたらセイとスイって名前が似すぎてて、コールしにくいっていうか」
そういえばサリナは自分のことをセイと呼んでいたなと晴一朗は思い出した。確かに呼び分けしにくなっていうのはわかる。
「それに、セイとスイって名前似すぎててずるいよ!」
何がずるいのか、晴一朗はわからなかったが自分だけ除け者ってのはいやなのかなと思った。
「スイル」
サリナはぼそりといった。
「はい?」
「スイルにしようよ。それならサリナもコールしやすいしさ!」
「いや、そんなこといっても」
「スイルもスイルの方がクールっておもうよね!」
スイはわかっているのかわかっていないのか
「スイ!」
と元気よく返事をした。
「ほら、スイルもこっちのネームのほうがクールって言ってるし、今日からスイルはスイルだよ」
「まあ、本人がいいいっていうなら」
わずか一日でスイの名前はスイルになってしまったが、スイと鳴くからスイという名前も安直すぎるかと思っていたし、晴一朗はちょうどいいかと考えた。
スイ改めスイルはまたハンモックの方に遊びに行った。それを眺めながら晴一朗はサリナに話しかけた。
「そういえば今日ご両親はどちらにいるんですか? お仕事ですか?」
「うん、ワークと言えばワークかな。アイシャルナの準備をしに行ってるよ」
アイシャルナ、日本語名で大岩祭というこの島の祭りだ
「そういえば、もうすぐなんでしたっけ?」
「うん、大きなフェスティバルだからね。暇な村の人みんなで準備するんだよ」
どんな規模の祭りなんだろうか、参加したことがない晴一朗にはぴんとこなかった。
「アイシャルナにはこの島の一番大きな神様がやってくるの。ジャパンにも神様が来るフェスティバルあるんだよね?」
ああ、神社でやる祭りみたいなものかと晴一朗は理解した。一番大きな神様ってことはこの島も多神教なのかと晴一朗は考えていた。
「ええ、ありますよ。大きいものから小さいものとかいろいろ。そういうお祭りなんですね」
「うん、大事な大事なフェスティバル。晴一朗も参加するんでしょ? もし晴一朗が台無しにしたら島の人からぼこぼこにされちゃうかもね。昔粗相した人が島流しになったらしいよ」
だがサリナはあることを忘れていた。
「それは法的に合法なんですか? そんな理不尽な目に遭わされて、その人は裁判とかで争わなかったんですか?」
晴一朗が生真面目すぎる男だということを。
「いつくらいの話なんですか? どこで起きたんですか? その人は無事に帰ってこれたんですか?」
病人のサリナに迫るように聞いた。自分の身にも降りかかることだから、はっきりさせておきたかったのだ。サリナは明らかに困惑した顔をしていたが、それも晴一朗は気が付かなかった。生きていくには不器用すぎる性格、つまり晴一朗はそういう男なのだ。
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