6-3 帰宅

菅谷は床に手をついた。サリナやスイにはわからないが今に謝ろうとする姿勢をとったのだ。

しかしその時サリナは異臭に気が付いた。

「セイ! 火が!」

さっき晴一朗が入ってきた入口の方向が燃えていたのだ。さっきの晴一朗とサリナの国際警察どうこうの嘘を中途半端に信じた三人組が、逮捕されることを恐れ証拠隠滅を図ったのだ。

「先輩、なんか仕掛けをしたんですか?」

だが少し目を放した隙に菅谷の姿はなくなっていた。この火は菅谷にとっても想像していないものだった。だが菅谷は頭の回る男だった。わずかなスキも見逃さなかった。

「ダム! ミスタスガヤがランナウェイしたみたい!」

サリナは本当に悔しがっている。

「セイ、ミスタスガヤを捕縛しよう!」

サリナはボウガンを握りしめて、血気づいている。だが晴一朗は首を振った。

「サリナ、今はここから脱出することだけを考えましょう。ここにいる四人だけで無事逃げ出すんです」

晴一朗はここで菅谷を追うメリットを見いだせなかった。今こちらには万全に動ける人間がそもそもいない。だからここから脱出するだけでも大変なことになると想像できた。菅谷はどう逃げたのかわからない。まだ屋敷にいるのかもしれないし、もう外に逃げ出したのかもしれない。だがそれを気にして自分たちの生存確率を下げるのは合理的でなかった。サリナも自身が万全と勘違いしているみたいだが、へとへとに疲れ果てているはずだ。

「でも、このままだとミスタスガヤはまた……」

「先輩がいったい何をするっていうんですか。火が回る中、緊急逮捕しないといけないほどの罪はおかしていません。少なくとも日本の法律では」

「セイまでそんなことをいうの! あの子たちがかわいそうじゃない!」

サリナはビニールハウスの方を指さした。

「彼女たちを見捨てて今逃げようとしている僕たちだって同罪ですよ」

「セイはあの子たちを見捨てるつもりなの?」

「サリナ、あの子たちは、先輩が言っていた通りあくまで植物なんです。僕にはサリナとスイの身を危険にさらしてまで助けるつもりはありません」

晴一朗にとってこちらは人間2人と恩人一体と擬人花一体で、ビニールハウスの中は一体未満がたくさんだ。だったらどちらを救うなんて晴一朗は考えるまでもなかった。

「もういい! サリナだけでみんな助ける!」

だがサリナの手を取り動きを止めたものがいた。それは菅谷が閉じ込めていた擬人花だった。それはサリナに向かって首を振った。まるでもういいと言っているようだった。

それを見たサリナはがっくりとうなだれた。

「スイスイ!」

スイは彼らが言い争っている間に外への抜け道を見つけていた。ロフトに設けられた大窓だった

彼らはそこから抜け出した。抜け出した後、ロフトが焼け落ちるのを眺めていた。


「あ、セイ。こんなところに車が存在しているよ」

少し谷底沿いに歩いたところに車があった。それは㈱ゼニーの車だった。おそらく菅谷が使っているものだったんだろう。

焼け落ちたロフトを2人と2体は見たが、菅谷は見つからなかった。建物の下敷きになったか、それとも無事に抜け出したか。

仮に菅谷に不幸があってたとしても、今自分たちの状況もさほど変わらないなと思っていた。こんなジャングルの中全く食料を持っていない。いつ行き倒れになってもおかしくない。

「よかった、これで帰れそうですね」

「でもキーがないよ」

「大丈夫です。うちの車はいざという時のためにマスターキーで動くようになってます」

晴一朗は携帯のカバーに入れておいた車のマスターキーを取り出した。カギをさしまわしてみる。無事にエンジンは始動した、ガソリンも半分以上ある。晴一朗は本当に安堵できた。これで家に帰れることができる。さすがに今日は筋トレできないなと思っていた。

「さあ、サリナ乗ってください」

だがサリナは乗り込まず、2つの擬人花に声をかけた。

「2人はどうするの?」

そう声をかけると

「スイ!」

とスイは勢いよく車によじ登った。だが、菅谷につかまっていたほうの擬人花はゆっくり車から離れた。

「そっか。じゃあ別れをいわなきゃだね。じゃあね、ごめんね」

その言葉を聞いたか聞かなかったのか、擬人花は夜の森に消えていった。


3人を乗せた車は夜の浜辺を駆けていった。

「ごめんね、セイ。」

ずっと黙っていたサリナが口を開いた。晴一朗は彼女が疲れ切ってなにもいえないのかと考えていたところだった。

「なにがですか?」

「セイにあの子たちを見捨てるのかなんていって。セイは私を助けようとしてくれたのに」

「いえ、僕が彼女たちを見捨てたのはあくまで事実です。ああやってサリナが僕を責めてくれたおかげで、いくらか精神的に救われた部分もあります」

「強いね、セイは。トゥーストロングだね」

とても強いっていう意味の英語は本来ソー ストロングだ。トゥー ストロングだと強すぎるという意味になる。だがその微妙なニュアンスの違いは晴一朗には伝わらなかった。

「ところでセイ、この子はどうするつもりなの?」

「ああ、僕のコテージに住まわせるつもりですよ」

さすがにサリナに押し付けるわけにはいかなかった。まだ何を食べるかわからないし、サリナの家計を圧迫するわけにもいかない。

「そっか、ちょっとうらやましいかも」

「なにかいいました?」

「ううん、なんでもない」

サリナはふいに暗い顔になった。

「ねえ、セイ。別にミスタスガヤの言っていることを信じているわけじゃ決してないんだけど」

サリナは両手を組んで親指をくるくるさせた。

「この子が本当にセイにパラサイトするつもりで、寄生をする目的で、セイを利用するつもりで、近づいていたらどうするの? セイはこの子を本当に家に置いていいと思う?」

「サリナ、僕はこの子に命を助けられました」

「命の恩人だから寄生されてもいいってこと?」

「それは違いますよ、サリナ。寄生っていうのは宿主を一方的に利用することをいうんです。僕は彼女に一度助けられています、だったらそれは共生です」

「きょうせい?」

「生物学の用語で、複数種の生物が相互利益の関係で生きていくっていう意味です。えっと英語ではシンビオシスでしたっけ。共に生きるっていうんですよ」





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