6-1 栽培所

スイに連れていかれた先には小屋があった、いわゆるログハウスというやつだ。島にあってもおかしいものではないが、こんな谷底にログハウスがあるのはさすがにおかしなことだった。

「なんでこんなところに小屋が。しかも割と新しいし、比較的大きい」

晴一朗は状況を冷静に分析できる程度に回復していた。もういつもの晴一朗である。その晴一朗はサリナを早く救出してここから脱出し、課長である酒々井に報告をしなくてはと考えていた。

スイは晴一朗の手を再び引っ張った。早く入れという意味らしい。だがここは敵のアジトかもしれないんだ、晴一朗はパチガンを手に持った。

「スイは僕の後ろから離れないでください」

スイは二度うなずいた。本当によく言語を理解している、どのくらいの知能を持っているか調べたくもなったが、それはあとでゆっくりと行うことにした。

晴一朗はドアノブに手をかけた、ぶち破ることも考えたがカギはかかってなかった。そしてそれをゆっくりと開き、静かに中に踏み入った。

室内は真っ暗だった。何もないように見えた。だが室内は明らかに異常だった、甘すぎる臭いが充満していたのだ。そしてスイはがたがたと震えていた

「待っていたよ、晴一朗ちゃん」

聞きなれた声がした。そしてその瞬間に部屋の中が明るくなった。ずっと暗い空間を歩いていた一瞬目が慣れなかった。だがその声の主は誰かすぐに分かった。

「菅谷先輩ですか?」

「ブフ、君ならすぐに来てくれると思ってたよ」

目が慣れた晴一朗は自分がかなり大きな部屋にいるということに気が付いた。そして部屋の奥には五人の人間がいた。菅谷とさっきの三人組と、そして椅子の上で縄に縛られ口元に布を巻かれたサリナだった。

「んー!んー!」

サリナは晴一朗と目が合うと唸り声をあげた。サリナは逃げてと言いたかったが、それが伝わるはずもなかった。

「先輩、なにをやっているんですか? 先輩にサリナがそういう姿にされる謂れはないと思うんですが」

晴一朗はまっすぐと菅谷の方を見た。

「おお、こわいこわい。まあ、落ち着けって」

菅谷はこわいと表現したが晴一朗は淡々と話していた。実際そこまで怒りなどといった感情を持っていなかった。むしろ業務時間中だろうに何をやっているんだこの人はと呆れていた。

「こうやってサリナくんを先に招待したのは、君をここに招待するためなんだ」

招待と菅谷はいったが、三人組の一人のボウガンはサリナの頭に向けられていてとてももてなされているようには見えなかった。

「いや、もっと正確に言うと、その後ろのモンスターをここにおびき寄せたかったんだ」

菅谷はスイを指さした。

「実はここ最近、君たちのあとをこの三人につけさせていてね。そのヒューマンフラワーはよく知られていないけど、気に入った人間のところによく出現するっていわれているんだ。その者が生死の危機に瀕すれば瀕するほどその出現率をあげるとも言われいてる。だから君をえさにしてそいつをおびき寄せようと思っていたんだよ。だからサリナくんは餌の餌だね。まあ、でもまさかこれから君を痛めつけてヒューマンフラワーをおびき寄せようと思ってたのに、もう連れてきてくれるとは思わなかったよ」

晴一朗は状況がすこし読み込めてきた。

「それなら、僕に直接いえばいいじゃないですか。現地の人間を巻き込むのはやめてください。スイになんの用事があるんです? 仕事に関係あることなんですか?」

そういうと菅谷は笑い出した。

「ブフフ、晴一朗ちゃんはそのモンスターに名前付けてるのかい?」

「別に名称を付けるくらい普通かと思いますが」

「わかってないねー。晴一朗ちゃんもその見かけに騙されているんだよ」

スイの見かけは可憐な少女のようである。そして擬人花はみんなこのような見かけをしているとは前もってサリナに聞いていた。

「ブフ、晴一朗ちゃんは花がどうして鮮やかな色をしているかなんて考えたことはあるかい?」

「それがなにか関係あるんですか?」

「あるとも。さあ答えてみろって」

晴一朗は花の色について疑問に思ったことはなかったが、知識としては知っていた。

「一説によると花粉を運んでくれる虫が見つけやすいようにするためだと言われています」

菅谷は大げさにため息をするふりをした。

「模範解答過ぎて、面白くないねえ。まあでもそれはあくまで一説にすぎないんだよ。俺もいろいろな学説を聞いたけど、この島に来て、そいつらヒューマンフラワーを見てある学説が真実に一番近いってことに気が付いたんだ」

「正直あまり興味はないのですが」

晴一朗は本当に心底興味がなかった。時計を確認しながらさっさとこの現場から切り上げたいと思っていた。

「ブフフ、晴一朗ちゃんははっきりしていて好ましいね。だけどちゃんと聞いておきな、君のためになるから。僕が信じている学説は、植物は人を魅了するために美しい花をつけるようになったって説さ」

「先輩の意図するところがよくわかりません」

「わからないよね。まあ当然だよ。僕も最初は理解できなかった。つまりね、植物は自分の種が将来的に繁栄できるように人間を利用しているってことだよ。美しい花をつければ、人間の目に留まる。目に留まれば花屋で売られるようになる、そうすれば自分の足でいけないようなところに勝手に運んでもらえるからね。そうでなくてもただ美しい花をつけるだけで大事にされたり、栄養をもらえたりする。だからどんどん人間が好む色、形に進化していったんだよ」

「つまり先輩は、植物たちが高度な知能を持ち、人間を利用しているって言いたいんですか?」

晴一朗にはちょっとあまりにも飛躍した考え方なのではないかと思えた。

「ああ、俺も初めて聞いたときは、なにいってんだ、この学者はって思ったさ。だけどそこにいる擬人花がこの学説が正しいことを証明してくれたよ。晴一朗ちゃんはそいつらが歌っているところをみたことがあるかい?」

晴一朗はさっきのこととサーマゴール村のことを思い出した

「ええ、二度ほど」

「ブフフ、だったら話が早い。そいつらはなんでそんなに美しい姿をしているんだい? なぜそんなに庇護欲を掻き立てるような見かけなんだい? なぜそんなにいい匂いがするんだい? なぜあんな美しい声で歌うんだい? そしてそれらのすばらしさの基準がどうしてこんなにも人間よりなんだい? 答えは簡単だよ、ヒューマンフラワーは人間をとりこにするために進化しているんだ。そいつも晴一朗ちゃんのもとに寄生しようと思って近づいてきたのさ。つまりヒューマンフラワーとは植物の進化体型の結晶ともいえるモンスターなのさ」

菅谷はスイを再び指さした。スイは晴一朗の背中に隠れ、顔だけ前に出していた。晴一朗には菅谷の話が信じがたかった。だが進化の過程でそういう形態になったとして、寄生どうこうといっても、それがどうしたとすら思った。

「先輩の考えはよくわかりました。つまり、擬人花は人を利用するための変異をした植物ってことですね。ですがそれとスイに用事があるっていうのはどう関係があるんですか?」

「ブフ、話した通りだよ。そいつらは人間に利用されることを望んでいるんだ。だから俺は利用してやるのさ」

菅谷は指を鳴らした。すると三人組の一人が擬人花を連れてきた。スイとはすこし見かけの違う女の子だった。スイよりも胸が大きく、瞳が細い。ヒューマンフラワーにも個体差があると晴一朗はこのときはじめて認識した。しかし、みかけどうこうよりもその子は首に鎖をかけられていた

「これが俺が唯一捕まえるヒューマンフラワー、かなり苦労したんだよ。君と違ってこいつらの寄生先に選ばれなかったからね」

そういうと菅谷は室内になぜかかけられていた暗幕をとった。

「そして、これが俺のこの島での成果だよ」

暗幕の下からビニールシートの様なものが出てきた。その中にはいくつもの人影があった。いや人影ではなかった、人影のように見えるものである。

「ここはなんの施設なんですか」

「ブフフ、簡単さ。俺はここでヒューマンフラワーを栽培してんのさ」

晴一朗はそのビニールハウスを覗き込んだ。そこには想像を絶するようなグロテスクな光景が広がっていた。

植木鉢に生首や腕や足が鉢植えに埋まっているのだ。しかしそれがすぐに擬人花のものであることがわかった。人間にしては肌が白すぎたし、菅谷の隣で鎖にかけられている女の子と同じ顔をしていた。それは大量にありまるで猟奇殺人犯が自分の殺した人間をアートにしているようであった。

「このヒューマンフラワーはね、植物だからある程度の大きさに切り分ければ、そこから体を再生させるのさ。そっくりそのままにね。だから切り分ければ切り分けるほどクローンがつくれるんだ。しかもここいう家庭菜園みたいなところでもね」

よくみるとすべての体のパーツはかすかに動いている。手だけで埋まっているものは指先を曲げたり開いたりしているし、顔だけで埋まっているものは瞬きをしてみたり口を開けたり閉じたりしている。足だけのものは比較的元気で空中をぱた足していた。光景とは裏腹に鼻いっぱいにあまいにおいが飛び込んでくる。切り離された体はより甘い匂いを発する様だった。

「これをみたら晴一朗ちゃんもこいつらが人間じゃないバケモノだってことがよくわかるだろう。」

あまりの光景に晴一朗は目をそむけたくもなった。だが目をそむけなかった、現実を直視する必要があったからだ。

「少女の姿をしているだけの植物だから、こういう風に栽培ができるっていうんですか」

晴一朗は努めて冷静に言った。

「ああ、それにこいつら体を裂いても痛みを感じないみたいだよ。こういう風にね!」

菅谷はそういうとナイフを少女の、いや植物の腹に突き刺した。

「んー!? んー!?」

ボウガンを突き付けられてずっと黙っていたサリナも思わず声を発した。だが突き刺された少女は多少よろける程度で表情も変えなかったし、悲鳴を上げなかった。それどころか刺された部分から体液が出てくるっていうこともなかった。

晴一朗はそれをまじまじと眺めてから聞いた。

「先輩のような人が、自分の嗜虐嗜好を満たすためだけに彼女を栽培しているとは思えません。どうして彼女を栽培しているんですか?」

「ブフフ、彼女って。晴一朗ちゃんはまだこいつらを人間だと錯覚しているね。まあ、いいか。実はこのヒューマンフラワーは実に利用価値が高いんだ。口から信じられないくらい高栄養の蜜を出したり、こいつらの肉自体も高栄養だったりね」

晴一朗はついさっきそれを身をもって知ったばかりだった。

「ブフフ、そしてなによりも姿が美しい、まだ一部の人間にしか売ってはいないけど、これが世界中の変態たちによく売れるんだ。サディストの少女性愛者だったり、殺人欲求をもっているやつらだったりね。そういうやつらは本気でよその家の女の子をどうにかしたいと思っている。だからその代用品として売りつけているのさ。これは非常に有意義だよ、金儲けの傍ら、世界中の危険思想者におもちゃを提供して、罪もない女の子を救うことになるんだからね」

「だけど、実は俺は今一つ問題にぶち当たっていてね。俺が持っているヒューマンフラワーをどんなに工夫して栽培しても同じ顔のヒューマンフラワーしか育たないんだよ。これではシリーズ展開できないのさ。高級品として売り出したいから、市場も狭く、なるべく同じ金持ちに売りつけたいのに、同じ顔じゃ二度は売りにくい。そこで違う個体のヒューマンフラワーを探している時に晴一朗ちゃんから自分のもとへよくあらわれるって話を聞いたのさ」

「そういうことだったんですか」

「さあ、サリナくんとそのヒューマンフラワーを交換だ、っていいたいところだけど、ここで逃がして課長とかに告げ口されても困るしね。だから君たちは帰せないよ。いや、むしろ合理性を愛する晴一朗ちゃんなら、俺の仕事にいっぱいのりたいんじゃないかな。こんなに楽で稼げる仕事はないよ」

「稼げる? ということはこの商売は会社に申告していないんですか?」

「当たり前だろ。そんなことしたら儲けがなくなっちゃうし、㈱ゼニーの清廉潔白な方針を守るためにこんな人身売買を連想させる仕事を許可しないよ。だから儲けはほぼ俺と晴一朗ちゃんで丸分けだ。この島にはあの間抜けな課長しかいないし、きっとうまくやっていけるさ。むしろ2人なら独立したってかまわないしね。さあ、晴一朗ちゃん、モンスターで人稼ぎしようじゃないか」

「なるほど、よくわかりました」

晴一朗はもっていたパチガンを放り投げた。

「ん!? んー!?」

サリナはまた叫んでいる。だが彼女につきたてられたボウガンは、発射先を地面に向けられた。日本語を多少しか理解していない三人組でさえ、交渉が成立したことがわかったからだ。

そして晴一朗は菅谷に近づき握手を求めるように右手を差し出した。

『勝った』

菅谷はそう確信した。

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