5-1 食獣植物
晴一朗は崖から降りる前に自分の私物を木の上などわかりやすい場所に置いてきた。彼のトレードマークであるジャケットとネクタイすらも木に結び付けてきた。なぜかというと自分のことを捜索しに来た人間への手がかりとしてである。よって晴一朗は今携帯電話と水筒と護身用のパチガンしかもっていなかった。しかしその水筒の中身もほぼなくなりかけていた。水の摂取は節約していたつもりだったが、それだけ長い時間彼は谷底をさまよっていた。具体的にどれくらい時間が経っているかは彼には分らなかった。腕時計も捜索者用に置いてきたし、携帯電話は節電のためさっきからずっと電源を消していた。
「サリナー、どこですかー」
谷底には湖、いや泥水のたまりがありサリナはそこに落ちたようだった。しかしサリナの姿どころか三人組の姿も見当たらなかった。崖は簡単に降りられたが登ることはほぼ不可能な形状をしていた。最悪の事態も考えたが、サリナが見当たらないところを見ると、やつらはサリナの誘拐が目的だったようだし、どんなに頑張ってもサリナを攫いながらこの崖を登るのは不可能だろうと晴一朗は判断した。
谷底は一方こうだが道が続いていた晴一朗はそれにそって歩いていた。いつ三人組が襲ってくるかもわからない、だからパチガンを構え慎重に慎重に進んだ。しかし三人組はさっさと谷底を進んでいったようで、一向に姿が見当たらなかった。
それでも晴一朗は焦らず確実に歩みを進めていった。晴一朗は平常心こそが目的を達成するための最適な精神状態であると信じていたため、常に心を冷静で保つように心がけていた。
しかしそれがよくなかった。今は極度の緊張状態だ、そんな中精神に乱れが出るのはある意味当然のことだった。それなのに晴一朗は無理に冷静でいようとした、それが彼の疲労を加速させていたのだ。
晴一朗が歩き続けていると日のよく当たる場所に出た。今まで日が全然差し込まないところだったので、植物が全くなかったが、そこにはひまわりほどの背丈の植物が花畑のように繁殖していた。しかしその花畑を形成しているものが特定変異種であることは一目でわかった。ひまわりのような背丈の花は、円形で濁った紫の花をつけていた。しかも花びらに交じって牙のようなものがついている。何よりも花たちはいまお食事中のようだった。それは光合成をしているとかそういう意味ではない、彼らは動いていたのだ。サリナはこの島では動く植物なんか珍しくないと言っていたが、晴一朗にとって擬人花と合わせてまだ二種類目の対面だった。
根こそ大地におろしているので、動ける範囲は限られている様だが、彼らは肉をむさぼっていた。まるでオオカミのように、シカのような大型動物の死骸を多数の個体がむさぼっていた。
「なるほど、彼らがこの森の主か」
晴一朗はその光景を見て直感的に理解した。彼らこそがこの森の生態系の一番上にいるものたちなんだろうと。きっと森中に彼らのような植物がいて、大型小型問わず動物たちを喰っているんだろうと。
「さながら食獣植物っていったところか」
この森の動物たちは彼らによってほぼ根絶やしにされたのだろう。しかも食獣植物が食虫植物と同じ特徴を持っているとしたら、彼らからして捕食は必要不可欠なことというわけではなく、水と光さえあれば生きていけるのだ。だから動物たちを根絶やしにしても、まだ繁殖を続けることができるのだろう。
「ある意味、もっとも理想的な形態をしているな。肉食動物として植物としても生きることができるなんて」
晴一朗はその食獣植物たちに近づいてみた。何に反応しているのかわからないが、晴一朗が近くに寄った花たちは、素早く花をこちらに向けその口を閉じたり開けたりした。餌を待つ鯉のようなしぐさだがそんなにかわいらしいものではなく、自分の血肉を求めるそれを見て、晴一朗は鳥肌が立った。
「こっちじゃないみたいだな」
晴一朗は来た道を引き返した。あんな恐ろしい花畑の先にサリナがいるわけはない、どこか自分が見落とした抜け道があったに違いないと。
しかし花畑がまだ見えるところで晴一朗はの体が前に倒れた。晴一朗は倒れるまで自分が倒れることを自覚できなかった。
「あ、足が……」
晴一朗の肉体は限界に来ていた。足が全く動かなくなっていたのだ。晴一朗はやっとの思いで体を起こし、崖壁にもたれかかるように座りなおした。
「サリナ、ちょっと待っててください」
晴一朗の声はもちろんサリナには届かない。だが晴一朗は言い訳をするようにつぶやいてから意識を失った。
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