4-2 人事部との電話
晴一朗は広すぎる職場でたった一人で仕事をしていた。課長である酒々井は今日有休をとって近くの島まで遊びに行っているらしい。晴一朗はいったことがないがガラニア諸島でも一番大きな村に行けば、カジノ場などあるということだった。酒々井はそこでチップを山のようにかけるのが好きらしい。とはいっても、そもそもガラニアと日本では一月の給料に大きな隔たりがあるため、チップも格安である。当然酒々井は㈱ゼニーの社員なため、日本基準の給料をもらっている。だから安いチップでは買っても負けても最終的に財布の中身はそう変わらないのだ。本気を出せばそれなりに大損も大勝もできるのだが酒々井にとってレジャーだったのでそういうことはしなかった。晴一朗も以前誘われたが断った、晴一朗にとってカジノとは店側が勝つようにできており、儲けが出る確率のほうが低く、しかもそこに体力と精神力を費やすのはばかばかしいと考えていたからだ。つまり晴一朗はそういう男なのだ。
またさっきまで近くにいたサリナと菅谷もどこかにいってしまった。なにやら仕事の打ち合わせをしているようだと晴一朗は考えた。
よって晴一朗は今この部屋で一人きりなのだ。しかしだからといって晴一朗の仕事に支障が出るわけでもないのでこれといって何かを考えるわけでもなく、仕事を続けることにしていた。
晴一朗が今やっている仕事は前に酒々井に話した課のホームページの作成である。㈱ゼニーではホームページはデータを作成するところまで自身の課で行い、アドレスの取得などは広報課でやってもらうことになっていた。そして晴一朗もようやくホームページの原案を仕上げたのだ。
「広報課に電話をしなくては」
データはメールで送りいくつかの事務手続きを行えばホームページを作成してもらえるが、㈱ゼニーで働く以上一日にとどくメールの数は膨大だ。だからメールを送った上で電話をしとかなくてはメールが埋もれてしまう危険性があった。もちろんモンスター営業課はその例外でそんな莫大なメールは来ない。
晴一朗はダイヤルを押す。こういう時海外支部は不便だ、ちょっとした確認の電話ですら高額な電話料がかかってしまう。今時無料通話サービスというのもあるが、課の内部の情報漏洩の恐れがあるため、正式な電話サービスしか使えない。もちろん晴一朗の懐が痛むわけではないが、こういう効率が悪いことは晴一朗の嫌うところであった。
しばらくベルが鳴った後に電話がつながった。
「はい、人事部 銭元です」
「特定変異種営業部 佐藤です。すいません番号を間違えました」
耳元から若い女の声が聞こえた。人事部長で社長令嬢の銭元だ。晴一朗は確実に電話番号を押し、広報課にかけたつもりだった。だが国際電話というのが初めてだったため、なにか間違えて人事部、しかも部長席につながってしまったようだ。
「ああ、君か」
銭元は晴一朗のことをしっかりと記憶しているようだった。自分はただの一社員だと思っていた晴一朗にとっては少し意外であった。
「すいません、失礼します」
「いや、待て。電話番号は間違いではないよ」
「いえ、自分は広報課にかけるつもりだったのですが」
「モンスター営業課の番号はひとまず人事部にかかることになっているんだ。だから間違いではない。広報課の用事というのも人事部から伝えておこう。あとでくわしい内容をメールしてくれたまえ」
モンスター営業課の電話が一度人事部を仲介する。なぜそんな面倒なことをするのか晴一朗にとって疑問だったが、自分が口出すべきことではないのは理解していた。
「ちなみに、どんな用事なのかな?」
「ホームページの作成を依頼しようかと考えておりまして」
「ふむ。モンスター営業課はまだホームページの作成もしていなかったのか。やはり有能な君を送り込んで正解だったな」
「ありがとうございます」
「相変わらず君は謙遜しない男だな」
これ以上の無駄話は課の経費を圧迫する。そう思い晴一朗は電話を切り上げようと思った。しかし銭元は
「サリナ君は元気にしているか? ちょっと前まで元気がないみたいだったが」
という意外なことを言い出した。晴一朗は、さすが人事部長は末端のしかも海外の職員のこともよく知っているのだなと感心した。
「はい。今ここにはいませんが、元気にやっています」
「君がいうのならそうなのだろうな。彼女は君に一目を置いているみたいだしな。どうか彼女をよろしく頼むよ」
「了解いたしました」
晴一朗は若い女性の心の機微なんて理解していない、だが理解できていないことを理解していなかった。
「君もなにか課でうまくやっていけてないだとか、なにか私に頼みたいことがあるのなら、遠慮なくいうように」
さすが人の上に立つ人間は違うものだ、若くて女性の銭元が人事部長まで登りつめたのもこういう気遣いができるからなのだろうなと、晴一朗は考えた。
「では銭元部長。ついでのようで申し訳ないのですが、少々事務手続きをお願いしたいので係員の方に代わっていただけませんか」
「つれないな、君は。私に直接話しなさい」
「いえ、本当に簡単な事務手続きですので」
「許可する。言いなさい」
「では、三点ほどお願いします」
「ふむ、三つもあるのか」
いったいどんな重要な用事なんだと銭元は身構えた。しかし晴一朗からは全く予想してなかった言葉が飛び出した。
「はい、まず自分は異動に伴い通勤ルートの変更の手続きをおこなったのですが、その際に徒歩で通勤しますとしていましたが、最近島で車を譲り受けまして。たまに車で通勤するので、通勤ルートを車または徒歩というようにお願いしたいのです」
「非常にまじめだな。君は」
「ありがとうございます」
銭元は皮肉を言ったつもりだが、晴一朗は感謝の言葉を述べた。
「二つ目は住居届ですが、四月に住んでいる箇所名をコテージとだけ書かせてもらったのですが、それも島の言葉ではカレッジというらしいのでそれの訂正をさせていただきたいのです」
「いや、それは割とどうでもいいことなのではないか?」
「いえ、規則ですので。カレッジもしくはコテージと両方記載すべきでした。申し訳ありません」
「いや、謝罪する必要もないと思うが」
ほんとうにこの男はまじめだなと銭元は電話越しの男を考え頬が緩むのを感じた。自分もまじめすぎるといわれる彼女だが、晴一朗はくそ真面目というやつだなと考えていた。
「それで、晴一朗君、三つめはなんなんだ」
あきれを通り越して聞くのが楽しくなってきた銭元は三つ目にどんなものが飛び出すのかすこしわくわくし始めていた。
「ええ、三つ目なんですが、一応書類を完成させているので、一度送付してから再度連絡します」
「ふむ、わかった。すぐ送るように」
電話を切った銭元のもとには本当にすぐにメールが来た。仕事の早い男だ、銭元は感心しながらメールを開くと、実に面白い書類が送られてきていた。
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