4-1 サリナの悩み

サリナは今までの人生で今日がもっとも屈辱的な日であると感じていた。ことの発端は課長の酒々井に来週に晴一朗の誕生日であるのを聞いたことだ。酒々井からしたらなんてことのない話題であったが、サリナにとっては重大な問題であった。

サリナは常々晴一朗になにかを送りたいと考えていた。仕事でお世話になっているし、命を救われているし、元気づけてもらったし、ほかにも様々な無意識的な理由もあって、とにかく感謝の気持ちを表したいのだ。

ガラニア諸島にも誕生日を祝う習慣があるが、プレゼントを贈る習慣はない。だからどんなものがいいか全く見当がつかないのだ。ましてや晴一朗は若い男性でしかも日本人である。サリナとは年齢も性別も国籍も違う。共通するところを探すほうが難しい、だから今の自分が欲しいようなものはまず欲しがらないだろう。

だったらどうすればいいか、簡単だ。同じような人間に聞いてみるのがいい。サリナには日本人の電話友達である者もいたが、その友人は女性であり年齢は聞いたこともなかった。だから彼女を除外して日本人、しかも若い男性といえば一人しかいなかった。それはサリナが最も嫌いな人間の一人だったが文句も言っていられなかったのだ。


「ブフ、日本で男性に送るものを教えてほしいー?」

「はい、ミスタスガヤ。教えてください」

サリナは廊下で菅谷を捕まえ聞くことにしたのだ。サリナにとって菅谷は犬猿の仲であるが、この男以外に頼れる人間がいなかった。

「はーん? ガキのくせに色気づいたこと聞いて。なにボーイフレンドにでもおくるの?」

「いえ、そうではなくて。もっとこう、感謝の気持ちというか」

菅谷は歯切れの悪いサリナをみてすぐに察しがついた。

「なるほどなるほど。つまり晴一朗ちゃんになんかあげたいわけだ。なに? 晴一朗ちゃんのこと好きなの?」

「いえ、決してそんなわけじゃないんですが。セイに送るなら何がいいかティーチして欲しいんです」

菅谷はわざとらしく肩をすくめる動作をした

「ブフフ、いやだよ。なんでガキの恋愛相談をうけなきゃいけないんだ」

サリナにとっては半ば予想していた反応だった。

「ミスタスガヤ、そこをなんとかお願いします」

「いや、だよ。あいにく俺は忙しいんでね」

そう言って菅谷は立ち去ろうとした。サリナは自分の肩が下がっていくのを感じた。やはりだめか、仕方ない。少々頼りないが酒々井に聞いてみるかと思った矢先に、菅谷は声を上げた。

「いや、ちょっと、ま、て、よ。あれならいいかもしれないな」

菅谷はサリナの方に顔を向けた。

「ガラニア人、しょうがないから助言してあげるよ。ちょっとこっちについてきなよ」

サリナにとってそれは意外な反応だった。

「ミスタスガヤ、いいんですか? 本当に助かります」

サリナにとって菅谷は救世主に見えた。

「まーねー。ただあげるのはモノじゃないよ。最近の日本では誕生日にモノをあげるのはあまり良しとされていないんだよ。日本ってのはモノ余りの国って言われてて、下手なもの送ってもゴミになることがおおいんだ」

「そうだんですか。それはすごくリッチな国ですね」

「ブフ、そら日本だからね。こんな辺境の島と比べないでよ。でも逆に精神的には満たされない国とも言われている。だから今の日本にはモノじゃないものを送るってのが普通なんだ」

「シングじゃなくてメモリーってことですか?」

「まあ、それに近いかな。そのうえで晴一朗ちゃんの性格を考慮すれば、送るべきものは一つしかないと思うよ。とりあえず玄関までついてきなよ。あそこにある大きな地図みながら話すから」

菅谷がこんなに協力的にしてくれるなんてサリナには信じがたいことだった。きっと自分の働きぶりが評価され、すこしは関係が改善したんだろうとサリナは確信していた。




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