3-3 サーマゴール村

晴一朗がサーマゴール村にちゃんと来るのはこれが初めてだった。彼はこの島で暮らし始めてずいぶん経つが、仕事では村の中に入らないし、食料品などの物資の補給はコンビニで済ませていた。よもやこんな島にもコンビニがあるとは思わなかったが、よくよく調べてみると㈱ゼニーの傘下のコンビニらしい。そもそもサーマゴール村の店は晴一朗たちが仕事を終えるころにはとっくに閉まっているから使おうにも使えないというのが実際のところであった。

車の助手席にはサリナを乗せ、晴一朗はまだ見ぬサーマゴール村に向かっていた。さきほどガイドで調べたらサーマゴール村はガラニア諸島では三番目に大きい村のようで、村の中心の繁華街はそれなりの賑わいを見せているらしい。

「村についたら案内をお願いします」

「はーい、了承したよ」

「サリナも中心部の繁華街にはたまにしかいけないんですよね?」

「うん、トゥデイはあんまりいく気勢になれないけどね」

サリナは明らかに暗かった。というのもサリナも今日が仕事なのに村に行ってこいなんてあきらかに元気づけようとされているのがわかったからだ。わかっていないのは晴一朗くらいだった。ちなみに晴一朗は今日の村探索を特定変異種さがしの一環くらいにしか考えていない。サリナは優しいといわれる日本人という人種が慰めの言葉をかけてきて余計にみじめな気分になったらどうしようとおびえていたが、そもそも晴一朗は慰めるつもりもなかった。仮に慰めるつもりがあったとしても晴一朗はうまいことを一つも言えず、気分を晴らすためには運動ですよとくらいしか言えないだろう。

サリナは運転している晴一朗を横目で見てため息をついた。

「セイの姿、ジャパンではオーソドックスなのかもしれないけどさ、ここではだいぶ目立つと思うよ」

「そうなのでしょうか?」

サリナは今日はいつもよりきれいな格好をしていた。ホットパンツにランニングの上から真っ赤なシャツを羽織っている。そして首元には金色だが下品ではないネックレスをしていた。

それに対して晴一朗はいつもと同じようにスーツを着ていた。いつもと違うところがあればネクタイがいつもより明るめの色かもしれない。これから行くサーマゴール村では確実に場違いな格好である。だが晴一朗はそれが場違いだと気が付いていない、つまり晴一朗はそういう男なのだ。


晴一朗は村の入り口で車を止めた。村には結構人がいるみたいで車を止めただけで遠巻きに人だかりができた。そしてみんなやいのやいの言いながらこちらを見ている。みんなスーツを着ていることで晴一朗が部外者であることにすぐに気が付いたのだ。そしてその中の数人は晴一朗は日本の大手企業の人間だってことも気が付いていた。ガラニア諸島の物価は日本に比べだいぶ安いことあって、晴一朗が日本人だと気が付いたものは日本人=金持ちっていう誤解を抱いていたが。

だが晴一朗はそんなことを気にする男ではない。

「サリナ、つきましたよ」

サリナは車でうずくまり、降りるのを嫌がっていた。

「はー、やっぱりこういうシチュエーションに展開するよね」

「どうしたんですか?」

「どうしたって、セイ、出られなくなってるんだよ」

「ああ、なるほど」

サリナはこういう注目が集まっている中、外に出るのが嫌だと言った。だが晴一朗はただ単に物理的に出られなくなったのだと理解した。

「手を貸します」

「HA? セイ、ウエイト!」

サリナは晴一朗に腕を持たれ、車から引きずり降ろされた。その姿は腕を組んで車を降りている、まるでカップルのように見えた。

ウォーーーーーー!!?

疑問、歓喜、驚愕、さまざまな感情が入り乱れた叫び声が上がった。サリナ、サリナといった声も聞こえる。

「サリナはずいぶんと有名人なんですね」

晴一朗はこの叫び声がサリナに向けられたものだと理解した。

「あー、ダム! セイ、フォローミー!」

サリナは晴一朗の手を取って走り出した。サリナはこの状況を脱するため、晴一朗の手を取った。だけどそれが逆効果になり叫び声がより大きくなったことは気が付かなかった。


「いい、セイ? この村の人たちは日々を退屈して過ごしているの。だからゴシップニュースを欲しがっているんだよ。だからあんな目立つこと再発しちゃだめだよ」

「はあ、そうなんですか」

晴一朗は気のない返事をする、何が目立つ行為なのか理解できてないのだ。

「すいません、勉強不足で」

しかも理解できない理由をこの島の風習に対し理解が足りなかったせいだと考えていた。

「わかってくれたらノープロブレムだよ」

サリナも「勉強不足」という単語が自分の知らない日本語のニュアンスのものだと思っていた。だから二人のコミュニケーションは正常に取れていなかったのだ。

街を歩いているとサリナはやたら色んな人から話しかけられていた。男性であったり女性であったり子供であったり、しかも各々が笑っていたり泣いていたり怒っていたりする。彼らは日本語でも英語でもない現地の言葉で話しているので晴一朗には何を話しているかわからなかったが、サリナは恥ずかしそうに対応していた。

「サリナはお知り合いが多いんですね」

人がある程度話しかけなくなった時に、晴一朗は言った。

「知り合いっていうか、なんていうのか。前にセイにこの島にはファミリーネームがなくてビレッジネームになっているって言ったの記憶している?」

「ええ。だからここの村の人はみんなサーマゴールさんになるんですよね」

「うん。だけどあれはちょっとニュアンスがミステイクで厳密に言及すると、ビレッジがファミリーなんだ」

「村が家族ってことなんですか?」

「うん。だからみんな仲良しなの。パーソナルスペースがほぼないっていうほうが正確かな」

村社会ならではの文化なのだろうか、名字がみな同じことでそれを加速させているのかもしれないと晴一朗は考えていた。

「それでサリナ、村の人はさっきからやたら声をかけてきますが、いったいなんなんですか?」

「えっと、それは」

サリナの顔が赤くなった。

「サリナたちが、その、メオートみたいだって」

「メオト? ああ、夫婦ですか。こうやって歩いていたらそう見えるんですかね?」

晴一朗はいつも通り無感動な感想を述べた。だがサリナにはそれがまんざらでもない態度をしているように見えた。サリナは顔の熱を払うように顔を振った。

「ところでサリナ、さっきからやたら成人男性が暇そうにしているのを見るのですが」

夫婦どうこうより、晴一朗にはだいの大人がひまそうにほっつき歩いているのが目について仕方なかった。

「あ、うん、この村の人ってちゃんとしたワーク持っている人ほとんどいないんだ。だからああやって朝今日食べる分だけ漁とかして一日を暇してすごすの」

「物資が豊富なこういう島だからできることなんですね」

日本では考えられないことである。

「うん、でもやっぱりお仕事してるほうがちゃんとした生活を送れるから、だからサリナはセイと一緒にワーキングできてとっても感謝しているんだよ」

「そうですか。僕もサリナが仕事を手伝ってくれてとても感謝してます」

お互いの言いたいことのニュアンスはちょっと違ったが、サリナは少しだけ元気を取り戻してきていた。セイとこうやって歩くのも悪くないなと思った。

その時サリナの後ろから声が聞こえた。聞きなれた声だった、近くに住むおばさん連中だった。彼女たちはサリナを讃えていた、立派な仕事について、金持ちの彼もゲットして。だがそのあと一言だけ付け足された言葉で彼女の心は奈落の底に突き落とされた。

「サリナ、課長が現地調査で村で昼食をとってこいといっていたのですが、どこかおすすめはありますか?」

晴一朗の声が遠くから聞こえる。サリナはやっとの思いで知ってる店を告げた後しばらくなにも聞こえなくなってしまった。


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