3-1 酒々井の悩み

酒々井は頭を抱えていた、何が彼の頭を悩ますかというとほかでもなく晴一朗のことである。あの合理主義ロボットのせいで酒々井はかなり疲れていた。

というのも晴一朗はすべてが酒々井の常識を超えていたのだ。まだ三年目といえば情熱にあふれ、元気がよく、上司のいうことをなんでも聞く、それが酒々井にとっての若手像であった。酒々井も古い人間であるので、時代の潮流に取り残されているところはあるが、彼が求める若手とはそういう扱いやすくかわいい人間であった。

しかし晴一朗はそれとは全然違った。かわいげもなく扱いにくい、そもそも何を考えているのか全く理解できない。新人が始末書を合理性がないからと上司に叩き返すなんて聞いたことがない。しかも壊した車も市場価格の半分以下の値段で直してくるし本当にわけがわからない。

いっそ異動希望を人事に出すかとも考えたが、それはだめだった。晴一朗がモンスター営業課に来てからまだ二か月程度しか経っていない。このわずかな間に問題を起こしていない職員を異動させるなんてできるはずがない。いや、上司に逆らったというのは立派な理由になるかもしれないが、奴は人事部長のお気に入りだ、そんな理由は消し潰されるだろう。もしかしたら、人事部長と良い仲なのかもしれない。そういうことなら晴一朗とはうまくやっていくべきなのかと酒々井はありもしない可能性すら考えていた。

「課長、ティーを献上します」

サリナがティーカップに入ったガラニア諸島産のお茶を持ってきてくれた。はじめは酒々井も味に驚いたが、慣れてしまえば香辛料が効いていて眠気の覚める良いものであった。

「すまないね」

「あんま考え込むとよくないって、サリナのフレンドも言っていましたよ」

サリナはにっこりと微笑みながら言った。酒々井はうかつにも涙が出そうになり顔を覆うふりをしてごまかした。

「ああ、ありがとう」

晴一朗に比べればサリナは実にかわいい社員だった。日本に置いてきた娘も素直にそだっていればいいなと彼に考えさせた。

そもそも晴一朗は酒々井から見ても仕事ができないわけではなかった、というより非常に優秀だった。

晴一朗は朝になれば昨日の調査報告をまとめて提出してくる。それは写真とわかりやすい解説が書かれたレポートであり、まるで図鑑のように細かく、そして学者顔負けの解説もついていた。こないだ持ってきた黄金リンゴ仮のものだって「実の形はリンゴの様だが、葉の形などを見るにナス科に類似しており、樹木ではなく大型の多年草と推察される。実に苦みがあるのもナス科の特徴である。しかし逆にナス科であれば日本での品種交配により改良が期待できる」といった解説がついていた。多少の時間でここまで見抜けるとは理系はすごいなと文系の酒々井はまったく見当違いな感想を抱いていた。そしてそのレポートは実に面白く、毎日することが少ない机に座ってばかりの酒々井の楽しみにもなっていた。

また晴一朗は設計ソフトで島の3Dモデルを作ったりもしていた。ちょっと見せてもらったが非常に精度が高く、そのままゲームに使えそうだった。晴一朗が言うに将来的にはこれを使って特定変異種の分布マップを作りたいと話していた。これも酒々井には想像もつかなかったことである。

まだ結果こそ実っていないものの、晴一朗の働きぶりは非常に可能性を感じさせるものだった。

「課長、ちょっとよろしいですか?」

酒々井が気が付くと目の前には巨大な男がいた。

「なんだい、晴一朗君」

「この特定変異種営業課のホームページがないことに気が付きまして、よろしければ作成してもよろしいでしょうか」

ホームページ。そういえば㈱ゼニーでは課ごとにホームページがあり事業紹介しているのだった。モンスター営業課はできたばかりといえどもう三年目になる、そろそろホームページの1つや2つ作るべきタイミングであった。

「あ、ああ、私もつくらなきゃとおもっていたところなんだ。任せてもいいかな」

課長としての体裁を保つため酒々井はまったく考えてもなかったことを言う。

「わかりました、ただ一点だけ提案がありまして。㈱ゼニーの他の課のホームページは造り、内容とともに旧式過ぎます。これでは若者受けもしませんし、スマホでも見にくいかと思います。よろしければ今風にわかりやすいものにしてもよろしいでしょうか?」

酒々井にとって今のホームページの何が古いのか全く分からなった。

「ああ、全権を君に任せるよ」

自分が下手に絡むよりはこのロボットに任せるほうがすべてうまくいくだろうと、老人は判断した。

「ありがとうございます」

晴一朗は丁寧に頭を下げてから、またパソコンに向かった。何を考えているかわからない男ではあるが礼儀はしっかりしている。

一日中遊び歩いて何をしているかわからない菅谷に比べたら、この合理主義者ロボットのほうが全然いいのだろうなと酒々井は頬杖をつきながら考えていた。


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