2-3 ヒューマンフラワー
晴一朗は大リスに追われた後、簡単な書類整理を済ませ、速やかに帰宅することにした。車に傷をつけたことに対して酒々井は始末書を書いてほしそうにしていたが
「あの状況で自分は最適な行動をとっており、始末書を書く必要性はない」
とつっぱねた。
すると今度は
「サリナが悪かったです」
といってサリナが酒々井から始末書用紙を受け取ろうとしていたがそれも取り上げた。そして酒々井に
「サリナは自身の仕事を全うしただけです」
と言い切った。現に晴一朗はそう思っておりサリナが悪いとは微塵も感じてなかった。むしろ彼にとってはこういう小さいトラブルで始末書を書いていることが業務効率を落とし、無駄なことであると考えていた。その光景を見て菅谷は爆笑していたが、酒々井は青ざめた表情をしていた。
そんな風に晴一朗はすべてを突っぱねて帰宅していた。ついでに言えばサリナが一緒に帰りたさそうにしていたが、それも無視して帰った。晴一朗はサリナが今日のトラブルのことで謝りたいのだろうなと推測し、だがこれはサリナが自分に謝ることではないという判断のもとあえて無視したのだ。もちろんサリナは謝りたがっていたが、それだけではないという複雑な乙女心を晴一朗は理解していなかった。つまり晴一朗はそういう男なのだ。
ガラニア島は南の島だけあって日が長い。帰る時間になっても日があるのは晴一朗にとってありがたかった。というのもこの島では極端に街灯が少ない。人口が少ないから必要ないのだろうが、ぽつぽつとしかなく、その上電気が妙に弱かったりするのだ。おかげで月や星がよく見えるという利点こそあれど、効率的な行動にはやはり光が十分にあるほうがありがたい。
晴一朗は帰りながら今日のメニューを考えていた。メニューといっても筋トレのメニューである。晴一朗にとって筋トレは一日をしめくくる重要な儀式であり、安眠のと自己の体のメンテナンスのための必要な運動であった。
晴一朗が家に向かって歩いていると、ふいに視線を感じた。サリナが追ってきたのかと振り返ってみても誰もいない。しかし誰かがいるというのは晴一朗はほぼ確信していた。
晴一朗が歩いている道の脇には海岸が広がっていた。その先には夕日が沈もうとしている。ふいに夕日の方を直視すると、夕日が欠けているのに気が付く。晴一朗と夕日の間に人影があった。
強すぎる日の光というのは物の色彩や輪郭を奪ってしまう。だから晴一朗の目にはその人影を正確に捉えることができなった。
だが晴一朗にはわかった。その人影が人間でないことを、擬人花であることを。そしてそれは昔晴一朗の物であったワイシャツを着ていた。間違いなく晴一朗が初めて出会った擬人花であった。
「やあ、久しぶりですね。元気にしていましたか」
晴一朗は声をかけた。
「この島に来てから不思議なことが連続でしたけど、貴方ほどのものはまだ会えませんでしたよ」
だが聞こえるはずがなかった。擬人花との距離は波の音が彼の声をかき消してしまうほどに離れていた。そもそも擬人花は植物である、彼の声がとどいたところで意味を理解できるのか、それ以前に耳という器官があるかもわからなかった。
擬人花はこちらをまっすぐと見据えていた、だが以前のように近づいては来なかった。同時に晴一朗も近づくことができなかった。サリナに言われた擬人花に気に入られると現に帰れなくなってしまうという言葉が頭に残っていたからだ。見かけは美しいモンスターだが実は恐ろしいのかもしれないという恐怖と、こんなに美しいモンスターがそんなに恐ろしいものなのかという疑問が彼の足を動かせなくしていた。
お互いが近づくわけでもなく、二人とも銅像のように動かなくなっていた。波の音、風の音で彼女の姿は神々しくすら見えた。晴一朗はらしくもなく日が完全に沈むまで、ずっとその少女を見つめいていた。
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