2-2 リス

サリナはジャングルの中にも道があるといったが、日本人的な感覚でいればそれは道といえるものではなかった。別に舗装されているわけでもなく、ただ木と草がなく大きな砂利がひかれているだけだ。道幅も狭く、対向車が来たらすれ違うこともかなわないだろう。たまに大きめの枝が転がっていたり、デコボコがあったりして軍用車を転用しているこの車でなかったら通るのがなかなか難しい道だ。

「セイは運転がげにうまいね」

助手席に座るサリナはこんなに道が悪くても涼しい顔をしているが、晴一朗は少し車酔いをしそうになっていた。

「うーん、インターレスティングなモンスターいないかなあ」

「僕からしたらだいぶ面白いとおもいますけどね」

この島での生活が長いサリナにとっては珍しくないのかもしれないが、晴一朗は先ほど尻尾の生えたカエルを見かえた。写真を撮りたかったが逃してしまったところだった。

「ここいうプレースなら擬人花もいるかもね」

「そうなんですか?」

擬人花、晴一朗にとってもうだいぶ懐かしい響きになっていた。擬人花は彼が初めて見た特定変異種だ。島に初上陸した日以来見かけていない。

「アハハ、ジョークだよ。擬人化のいるところってノーバディノウズなんだよ。でも昔はもっとみんな目撃したっていってたけど、最近数が少なくなってきたのかなあ」

「それは絶滅に向かっているってことですか?」

特定変異種は新種が生まれては滅んでいく、仕方のないことであるだろうがあんなに美しい者たちがこの世から消えてしまうのは残念に思えた。

「うーん、ちょっと不明瞭かな。あの子たち昔からこのアイランドにいるし、存在が消滅するってのは連想しにくいかな」

まあ、でもとサリナは言ってから続けた。

「会いたいって願っていればそのうち会えるよ、きっと。このアイランドはスモールだし、一期一会っていうじゃない」

「サリナ、それはどちらかといえばもう会えないって意味のことわざなんですが」


「ここらへんでちょっと降りてみますか」

晴一朗はそういうって車を止めた、念のためエンジンは切らないでおいた。

「うわー、こんなに巨大なツリーがあるって知らなかったよ」

2人が車を止めたすぐ近くには2人が今まで見たことのない大きさの巨木があった。幹の周りは一軒家くらいの大きさがあり、高さはわからないほど高い。晴一朗は一枚近くに置いていた葉っぱを拾ってみたが、今乗っている車のタイヤより大きかった。しかし晴一朗は幹といい樹幹といいこの巨木をどこかで見たことがある気がしてならなかった。

「きっとこの子はこの森のマスターだね」

サリナは幹をやさしくなでている。

「森の主なんてもの存在しませんよ」

晴一朗はそういいながら写真を収めた。

「セイ! カムヒア! ルック!」

「どうしましたサリナさん」

サリナは興奮した時に英語になる癖があるなあと思いながら晴一朗はゆっくり彼女のもとへ向かった。

「見て! 見てあれ!」

サリナが指さす方向を見ると巨大な木の実が落ちていた。おおよそバスケットボールくらいの大きさだった。

「ドングリですかあれは?」

「すごいね、一気にギネス記録だよ! 持ち帰ってみる?」

「これはすごい、感動すら覚えます」

晴一朗は実を見たことで、この木は日本でも慣れ親しまれているブナ科の植物であることを確信した。今まで晴一朗が見てきた特定変異種はなにかしろの種が少し変化してきたものばかりであった。さっきのリンゴが金色になってみたり、カエルに尻尾が生えてみたり。酒々井に見せてもらった大玉トウガラシでさえも植物本体が大きくなったのではなく実だけ大きくなっていた。

だがこの木は日本でよく生えているものが単純に巨大化したのだ、それも常識の範囲を超えて。

「この調子だといろいろなものが巨大化しているのですね。さまざまな可能性を感じますよ」

「そうだね。ん? セイ、ちょっとなんか臭わない?」

「この実がですか? ちょっと遠くて僕にはわからないです」

「そうじゃなくて、あー、ジャパンではこういうのなんていうんだっけ。さ、さ、さ」

「さ?」

「ほら、サムライが醸し出しているっていう」

「殺気ですか?」

「そう!それ! げにやばい気配がする!」

サリナがそういうと同時に二人の背後から、枝の折れる音が聞こえた。同時に重低音の唸り声が聞こえた。振り返る前に「なるほど、現地の人間はここいう第六感が備わっているのだな」と晴一朗は感心した。


2人が振り返った先には少し先にはリスがいた。そのリスが特定変異種だと判断するのは難しくなかった。本来リスはげっ歯類と言われネズミと同じような前歯が生えているのだ。だがそのリスには2本の牙が生えていた。また低い唸り声をあげ、こちらを威嚇しているようだった。

「なるほど、どうやらこの島のリスは雑食なんでしょうね。捕食者のような形態をしている。同時にここが縄張りということは、このどんぐりも食べているってことなんでしょうね」

「何言ってるのセイ! 早く逃げなきゃ!」

晴一朗が落ち着いている一方で、サリナは慌てふためていた。それもそのはずだ、こちらに敵意をむき出しにしているそれは熊くらいの大きさがあったのだ。

「セイ! 早く車に乗って!」

サリナはパチガンをモンスターに構えた。外しさえしなければパチガンで怪物を撃退できるだろう。だがサリナにはその自信がなかった、彼女の腕は彼女の意思を離れ、小刻みに震えていたのだ。

晴一朗はリスに背を向けることなくゆっくりと車に乗った。誠一郎が車に乗ったのを見てサリナも飛び乗った。だがサリナは焦りすぎていたその機敏な動きが怪物に彼女を逃げる獲物だと錯覚させたのだ。怪物はこちらに向かって駆け出してきた。

「出して!」

晴一朗はいっぱいにアクセルを踏んだ。エンジンは悲鳴を上げて飛び出した。間一髪のところでモンスターの牙を交わすことはできた、しかしそれの猛追はとまらない。車と同程度のスピードで追いかけてきている。もしこれが舗装された道だったら振り切るのはそう難しくなかっただろう。だがジャングルの道路条件では車は半分の力も出せていない。結果モンスターと同程度のスピードしか出せないのだ。

「ダム!」

サリナはパチガンで数発モンスターを射撃した。だがそれには効かなかった、単に当たらなかったのだ。車体が揺れるこの状況では満足に的に当てることもままならない。

「ああ、セイ。ごめん、ごめん。」

サリナは頭を抱えた。自分がこんなところに案内しなければこんな危機的状況には陥らなかった。

「ごめん、セイ、なんとしてでもセイ生きて帰すから。大丈夫だから、サリナがなんとかするから」

サリナは自分の実を犠牲にしてでも晴一朗を救わなければならないと考えていた。だがその具体的な方法が思いつかなかった。まだモンスターはこの車を追ってきている。普段かわいげのあるリスがこんな恐ろしいモンスターになるとは考えもしなかった。

「セイ、安心して」

平和ボケした日本人にはさぞこの状況がハードだろうとサリナは晴一朗の肩に手をかけた。晴一朗の肩は震え、表情は青ざめているとサリナは思っていた。だが実際はそんなことはなかった。晴一朗はいつもと全く変わらない表情をしていた。

「サリナ、2つほどお願いがあるんですが」

「やめてよセイ。遺言をガールフレンドにいうとか絶対にしないからね」

「僕に彼女はいません。そうじゃなくて、まずシートベルトをしてください」

サリナは興奮のあまりシートベルトの存在をすっかり忘れていた。むしろこの状況でもちゃんとしている晴一朗が異常だった。

「多少運転が荒くなるかもしれません。車から落ちないようにしておいてください」

サリナは言われるがままにシートベルトを締めた。

「それからこれをあのリスちゃんに構えてください」

晴一朗はそういって胸ポケットに入ってたものを渡した。

「カメラ?」

「はい、動画モードになっています。これであれを撮ってください。助手席から身を乗り出さない程度でいいんで」

「クレイジー! セイ! こんな尋常なシチュエーションでなにいってるの!」

「サリナ、僕を信じてください。使うかわからないですけど秘密兵器だって積んでいます」

そこまで言われるとサリナも反論ができない。だまって動画を撮ることにした。レンズ越しに見えるリスはかわいさなどなく恐ろしさが募る一方だった。その間に晴一朗はどこかに電話を掛け、事務的な言葉をいくつか交わした。

「どこに電話したの?」

「課長にですが」

「助けを呼んだの!?」

「いえ、トラブルが発生したので、残業になるかもしれないと伝えただけですが」

「オーマイ……」

サリナはもう叫ぶ気力もなくしていた。

「大丈夫です。僕がなんとかします」

この状況を一般人、しかも頭でっかちの日本人にどうにかできるようにサリナはどうしても思えなかった。やはり自分がどうにかせねばそう思いカメラを持っていない手でパチガンを握りしめる

「サリナ、カメラはもういいです。車の前側に両手をかけて頭をガードしてください」

目の前にはさっき通った道で一直線の比較的道路がいいところまで戻ってきていた。

「スピードを上昇させるの?」

「いえ、止まります」

「セイ! 動転してるの!?」

「舌噛むんで黙っててください」

そういうと晴一朗はアクセルを思いっきり踏んだ、車はスピードを上げる。それに負けじとリスもスピードを上げた。二つの塊はどんどんスピードを上げる。晴一朗はバックミラーでリスが最高速度に達したことを確認すると同時に、ブレーキとハンドブレーキを思いっきりかけた。鉄の塊は轟音を出して止まった。

サリナと晴一朗の顔の前にエアクッションが出たと同時にガン!と鈍い音とともに後ろから衝撃が走った。

「あいたたた、セイ、何が起きたの」

サリナが晴一朗の方を見たとき彼はすでに、パチガンを持って車から降りていた。

まもなく「サリナ、車から降りても大丈夫そうですよ」という声が聞こえた。サリナが車から降りると大リスが車のすぐ後ろで横たわっていた。

「日本じゃこういうの玉つき事故っていうんですよ」

晴一朗の指さす方向を見ると車にへこみができていた。さらによく見るとそこに2本の白い刃がささっている。ついさっきまで大リスの口に生えていたものだった。


晴一朗が倒れた大リスの写真を十分に取った後、サリナは車で彼から何が起きたか話してもらった。晴一朗は大したことではなく鉄の塊を大リスにぶつけただけだといった。その鉄の塊とは今2人がのっている車である。リスは気絶しているだけであったが、行動不能にするにはあまりある物質量であった。そしてさらに晴一朗はあれのほかにも秘密兵器があったので大した問題じゃなかったといった。

「さて16時ですか。なんとか終業時刻には自席に戻れそうですね」

晴一朗は終始いつも通りだった。サリナはすかさず聞いた。

「ジャパンではこういうことはよく起こるの?」

「モンスターに追われたのは初めてですけど、トラブルはよく発生しますよ。こういうものっていつも終業間際に起こるものなんですよね」

晴一朗は涼しい顔をしながら言っていた。

「セイはやっぱりストレンジマンだよ」

サリナはその言葉をひねり出すだけで精いっぱいだった。

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