2-1 黄金リンゴ
今までに見つからなかったものを見つけるというのは大変ロマンに溢れている。大昔は新大陸を見つけることをだれもが夢を見た。大子の生物を新しく発見することはその国の名誉となった。新しい数式を探すのに一生を費やしたものもいる。最近では新しい原子を組織で探しているものいる。だがそれらは成功の裏に数えきれない失敗や挫折がつきものである。
晴一朗とサリナは今その道をようやく始めたところである。数えきれない失敗がつきものなのだ。2人は島中を巡ってはトライ&エラーを繰り返していた。晴一朗は外回りもスーツで回っていたが、サリナは動きやすそうな格好をしている。そんな2人が樹の前でなにかをしているのは異様な光景ではある。
「うーん、このフルーツ見かけがおいしそうだからいけると思ったんだけどなあ」
2人は軍用車から降りて道端で見つけたリンゴによく似た果実を調べていた。黄金色をしており、特定変異種であることは間違いなかった。
2人は黄金リンゴ仮をある装置にセットしていた。その装置はパチガンと同様酒々井から支給されたものであり、見かけは旧式の携帯電話の様だが、食品の成分を即座に調べられるという㈱ゼニーの商品であった。
「糖質がほぼゼロで、苦みが強く、有害成分を含んでいる。まず使い物になりませんね。ただ観賞用として使えるかもしれませんし、何個かサンプルをとってみましょうか」
「セイ、これこんなに幻想的な風貌なのに、ジャパンでは売れないの?」
「売れるかはちょっと試してみないとわからないですが、我々は確実に売れるものを本社に提出しなければなりません」
「需要と供給。デマンドとサプライかぁ」
「そうです、サリナ。よくわかってきたじゃありませんか」
特定変異種を商品利用するためには、いくつかのハードルがある。
まず単純に商品価値だ。単純においしかったり、美しかったり、ニーズがあるものではないとならない。今回の黄金リンゴ仮はその意味では美しい部類に入るため、もしかしたら商品として利用できるかもしれない。2人としてはこれでおいしかったら申し分がなかったわけだが。
次にものもちのよさ。現代社会は流通社会だ。輸入輸出がしやすいものでないと販売できない。㈱ゼニーが当面目指しているのは日本での広くの流通販売だ。すぐに腐ってしまうようなものでは商品になり得ない
また同時に生産、黄金リンゴ仮の場合は栽培のしやすさも重要であった。出来れば日本国内で栽培できるもの、そうでなくてもガラニア諸島で栽培できるもの。そして手間を変えずに育ち、大量生産できるものが望ましかった。そもそも特定変異種は急激な進化をする代わりに、あっという間に進化前の種が滅んでしまうということで知られている、常に種が変化しているのだ。よって栽培という形で定着させるのはなかなか難しかった。また繁殖力が強くても日本国内に移植するのは繁殖しすぎて危険だと判断されるものも少なくなかった。
最後にこれがもっとも重要なことであるが、インパクトである。言ってしまえば㈱ゼニーとしては流通が不便なガラニア諸島での新商品開発というのはコストがかかっているわけである。ちょっとだけ珍しい動植物を販売したところでそのコストに見合っていないのだ。だから基本的に目立つものではないと本社が商品化を認めてはくれない。仮に売れなかったとしても、㈱ゼニーではこんな面白いことをやっていると世間に知らしめることが大変重要だった。
2人はそんな商品価値のあるものを求め島中を巡っていた。珍しく売れそうなものを求め車を乗り回し、何か見つければ写真を撮り、マッピングし、成分を知らべ、サンプルを持ち帰る。その一連の動作を1か月も続けていたのだ。しかし成果は実らない。サリナにとって素敵なものであっても、晴一朗がなかなかオーケーを出さなかった。晴一朗はこの間まで営業の仕事に携わっていたこともあり、何が売れてなにが売れないのかに対する明確な価値判断基準を持っていた。
売れないとわかってサリナは黄金リンゴ仮に興味を無くしたようだったが、晴一朗はそれを熱心に写真に収めていた。遠景と近景をとり、超接写して葉っぱや実の形が正確にとっていった。
「ねー、セイ。いつもそんなに莫大なフォトを撮ってどうするの?」
晴一朗はレンズを見ながら答えた
「サリナ、記録っていうのは時として何よりも価値のあるものなのですよ」
「うーん、セイのいうことは時々とても難解」
晴一朗の言っている意味がサリナにはよくわからなかった。日本語がわからないというわけではないが、売れないモンスターをいくら撮っても仕方ないだろうと思っていたのだ。
「お待たせしました。さあ、次にいきましょうか」
本社の意向を晴一朗は理解していた、モンスター営業課、特に新人である2人にはすぐに結果を出すことを求められていない。だから結果を出すために回り道でも確実な方法をとることにしていた。従ってすぐに結果を出せるとも思っていなかったので彼は焦ってはいなかった。だがサリナはなにをやっても不可とされ、もう1か月も続けているのに結果が出ないことに焦りを感じ始めていた。
「あー、とても難解なシチュエーションだよ。」
「そうですか? 見通しはそう悪くない気もしますが」
「セイ、気休めはやめて。極端にバッドだよ。げにやばいシチュエーションだよ」
ちなみに晴一朗は気休めをいったつもりはない。運転しながら気休めを言えるような男でもない。
「だってサリナの仕事ってセイの道案内と通訳でしょ? いろいろ島の案内してるけどぜんぜんリザルトがでないんだもん」
「そんなことないですよ。非常に助かってます」
「セイは優和だね。ありがと」
晴一朗はお世辞も言えるような男ではない。ここでサリナが役に立っていなかったらそのまま「本当に役に立ちませんね」くらい言う男である。つまり晴一朗はそういう男なのだ。
「そろそろフレンドにカッコいい逸話を聞かせてあげられるとおもってたのになあ」
「そういえば、前もフレンドっていっていましたね。電話の人ですか?」
サリナは出会った日にフレンドと電話したいから早く帰りたいと言っていたのだ。
「うん、最近仲良くなったんだ。確かセイと同じでジャパニーズだよ」
「そうなんですか。サリナはだいぶグローバルな友好関係をもっているんですね」
晴一朗は自分が子供のころだったら考えられないが、最近はインターネットで海外の人間とゲームしたりが普通になってきているし、ある意味当然のことかと変に納得した。
「あーあ、よし! セイ、今日はあのジャングルに侵攻してみようよ」
サリナは車を走らせている方向から向かって右側のジャングルを指さした。
「あそこですか? 確かにいままで入ったことなかったですけど、確か危険とか言っていませんでしたっけ」
2人は今まで比較的安全そうな海岸や草原しか回っていなかった。まだジャングルや沖合に行っていなかったのである。また課長の酒々井も行くのは勝手だが自己責任であると念を押されていた。
「うん、体躯のビッグなモンスターが出るんだって。でも車で走れるようなロードもあるし、サリナも見たことないから多分大丈夫だよ」
たぶん大丈夫やきっと平気という言葉は社会人が一番信用してはいけないものだ。そういう危険要素を取り除き安全な道を歩んでこそ一人前のサラリーマンである。
「わかりました、行きましょう」
だが晴一朗はそろそろジャングルの、モンスターの実態を知りたいと考えていた。晴一朗の思い描くプランには『特定変異種』ではなく『モンスター』との邂逅がどうしても必要だった。
「サリナ、帰ったら無事だったとしても労災の取り方を教えますね。たとえかすり傷でもちゃんと申請するのが社会人の務めですから」
「low side? 低い側の話?」
2人を乗せた車はジャングルのほうへ進んでいった。
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