1-6 事業開発案

「それではこの課の仕事を紹介しよう」

酒々井は二人を連れて、屋外の畑に出ていた。課の仕事の紹介は菅谷にやらせようかと考えていたが、さっきの自己紹介の調子じゃとても無理そうである。もしかしたら菅谷は後輩の世話をみたくないからさっきはあんなに険悪な態度をとっていたのかもしれないと酒々井は考えていた。

「サリナ君は晴一朗君の補佐だから、そこまで気にしなくていいが㈱ゼニ―で仕事をする以上理解しておいてくれ」

サリナは緊張した面持ちをしている。

「この課ではこの島にいる特定変異種、つまりモンスターを資源として利用できないかを調査し、そして実際にそれらの栽培・販売を目指す課だ」

晴一朗は事前にそれくらいは調べていたが、サリナは目を丸くしている。

「ミスタシスイ。この島のモンスターを資源活用するといっても、とても難解なこととフィールしますが。具体的にどう利用するんですか?」

「一応、会社が出しているプランとしては新しい食料、紙資源の材料や、有効利用できるものならなんでもいいとしている。つまり急激に進化するモンスターたちは我々がまだ見ぬ金脈をもっているのはないかという可能性を探すのがこの課の意義なんだ」

「うーん、なるほど?」

「新種の愛玩動物の発見なんかもあるね。モンスターを愛玩動物にするなんてひどい皮肉だけどね」

「へー、すごいね、セイ」

「はい、そうですね」

晴一朗は簡単に返事をするだけで熱心にメモを取った。それほど重要な情報に思えなかったが、いつだれがどういう発言をしたかを記録しておくのは役に立つと考えているからだ。

「一応これが会社の出している事業プランだ。サリナ君は英語版を渡しておくよ」

二人に手渡られたプリントには次のようなことが書かれていた。

・新種植物の果実の有効利用⇒モンスターの実という付加価値で効果販売

・新種動物のペット産業⇒安全な動物の販売、同時にその動物のペットフードの独占販売

・エネルギー燃料の新市場の開拓⇒電気を発生させる動植物の発見

・ゴミの有効理由をしてくれる動植物の発見⇒プラスチックを分解できる微生物等

・超大型モンスターの動物園の開園

・現状利用されている畜産動物のさらに優れた種の発見⇒繁殖能力が優れるものなど

上記の例は一部ではあるが、このようなことが用紙10枚分つらつらと書かれていた。

「会社としてはこれくらいの可能性がこのガラニアにあると考えているらしい」

「ファンタスティック! これはとてもやりがいがありますね」

サリナは目を輝かせている。彼女は仕事へのやりがいはもちろんのことだが、先ほどさんざんこけにされた自分の島のことについて自信を取り戻した様だった。

「やりがいを感じているようならありがたいよ」

サリナが明らかに機嫌がよくなっているのを見て酒々井も少しほっとしていた。

「ここまでで何か質問あるかな?」

晴一朗はまっすぐと手を挙げた。

「課長、よろしいですか? 3点ほど質問があるのですが」

「どうぞ、晴一朗君」

「ありがとうございます。じゃあ1点目から。この事業案はたしかに様々な可能性を秘めていて大変興味深いと思いますが、事業候補の割には課の人員が少なすぎると感じるんですが」

酒々井はさっそく痛いところをつかれた気がした。

「そうだね、確かに今人がすくない。発足して三年目だからね。まあでも今後増員されるかもしれないし。君たち2人が加入されたのもその傾向かもしれないしね」

酒々井は少し嘘をついた。本来であればもっと人員が増えていてもいいはずなのだが、試験的に送り込まれた酒々井と菅谷があまりにも成果を上げていないため、人員が増員されていないのだ。

「そうですか、じゃあ2つ目をお願いします。今開拓中の事業はこのリストに載っていますか? また僕とサリナはその開拓中の事業に従事したらいいのですか?」

「それは、ちょっと違うかな。2人にはまったくの新規事業を開拓していってもらおうとおもっている。今ちょうどいい開拓中の事業がないし、人のを引き継ぐより2人でなにか新しいものを手探りでさがしていった方が面白いと思うしね」

「そうなんですか? セイ、エンジョイできそうだね」

「僕ら2人で最初から行うというのは、効率性が落ちそうですがそれでもよろしいですか?」

「ああ、もちろんだとも。その方が2人のレベルアップにつながるからね」

「やったね、セイ」

酒々井はこう言っているが、実際のところ2人に回せるほど開拓中の事業などないのだ。

「じゃあ、3つ目の質問をさせていただきます。この課ですでに開発した商品など見せていただきたいんですか」

「ああ、それならお安い御用だよ。この施設のすぐ裏にうちの畑があるんだ。ついてきたまえ」


2人が連れてこられた畑には、真っ赤なスイカのようなものがたくさんなっていた。

「真紅のウォータメロン? ですか?」

この島の出身のサリナでさえ初めて見るものであった。それもそのはずであるこの植物は隣の島で酒々井が偶然見つけたものなのだ。

「これがうちの次期主力商品だ。まだちょっと研究中だけどね」

正確には主力商品ではなく、唯一軌道に乗りそうな商品だ。

「名前を大玉トウガラシとしている。まあ、どこかで気の利いた名前にするかもしれないけどね。名前のとおりトウガラシの特定変異種のようなんだ。まあ、遺伝的な解析はまだだからもしかしたらまったく別の植物かもしれないけどね」

「へー、レッドペッパーなのですね。ちょっと怪奇なサイズになってますね」

「晴一朗くん、ちょっとこれをもってごらん」

酒々井はそういって晴一朗にパチンコのようなボウガンのようなものを渡した。

「一応、君たちにあとで支給する予定の変形スリングショットさ。一応パチガンって名前になってる。この島の法律上ハンドガンでも問題ないんだけど、大きな音をだす道具だとモンスターを刺激するかもしれないし、なにより素人が銃を持つのは危険だしね」

従来のスリングショットは自身がゴムを引くようになっているが、パチガンは自動でゴムをセットし、トリガーを引くことによって玉が発射する仕組みになっている。玉も自動装填になっていた。晴一朗はそれをしばしば眺めた。

「これをどうしたらよろしいのですか?」

「ちょっとここから大玉トウガラシを撃ってごらん」

「商品でしょうによろしいのですか?」

「いいさ、まだ研究途中のものだしね」

そういわれると晴一朗は素早く構えた。畑までそれなりに距離があったし、晴一朗は射撃の経験があるわけではない。普通の人間なら尻込みし、辞退しそうな状況であったが、晴一朗はやれと言われたことに疑問やためらいを感じなかった。

また彼は無意識的にこういうものはためらいや疑問が達成率をさげることを理解していた、つまり晴一朗はそういう男なのである。

晴一朗は速やかにトリガーを引いた。彼が放った玉は大玉トウガラシの芯をとらえ、直撃、そしてそれを四散、いや爆散させた。

「ワット!?」

大玉トウガラシは跡形もなく消し飛び、赤い煙を上げている。さすがにこれには晴一朗も面食らった。

「おそろしい威力ですね」

「当たり所がよかったんだろうね。威力もそうだが、ちょっと2人ともあたりの臭いをかいでごらん」

2人ともいわれるままに空気を吸ってみる。激痛に似た臭いが二人の鼻に飛び込んできた。

「げに過激なスメルですね」

「確かに。なんというか。相当の激臭ですね」

「この距離でこの匂いなんだ。大玉トウガラシはサイズもそうだけど、臭いも味もグレードアップされている。このままでは一部のマニアにしかうれないからね。今活用方法を考えているところさ。この場にいたら時期に臭いで涙が出てくるだろうし、みんな室内に避難しようか」



室内に戻った二人はパチガンと車のカギが支給された。

「なんとなく2人もここでの仕事内容を理解してもらえたと思う。とにかく珍しいものを見つけてそれを商業利用するってのが目的だ。基本的に調査のため外回りをしてもらうことになるね」

「了解しました、拝命します」

「あと晴一朗君、これ君のコテージのカギだ。このコテージで一人暮らしをしてもらうことになる。広いからだいぶ気楽に過ごせると思うよ。この地図通りいったところにあるから」

晴一朗がちょうどカギを受け取った時に終業のベルが鳴った。

「おっと、もうこんな時間か。コテージまで迷うことはないとは思うけど、なんだったら案内しようか」

「いえ、もう終業時刻を過ぎているので結構です」

遠慮しているのか、案外かわいいとこもあるのだなと酒々井は思った。結構うまくやっていけるかもしれないという気持ちが心の中に芽生えた

「じゃあ、親睦を兼ねて飲み会でもいこうか。これでも課長だしね、ごちそうしてあげるよ」

サリナは申し訳なさそうに答えた。

「すいません、サリナ今日食事当番なもので。あとフレンドと電話する約束もあって」

「あ、そういえば小さい妹さんがいるんだっけね。まあ、別の機会にしようか。晴一朗君はいくだろ?」

晴一朗は眉一つ動かさず答えた

「いえ、お断りします」

「え? いや遠慮しなくていいんだよ」

「もう終業時刻は過ぎておりますので。ついでに言うと飲み会という行為は金銭を払って必要以上のカロリーおよびアルコールを摂取し、時間を浪費する行為と考えています。同時に未成年であるサリナを飲み会の席に同席させるのも望ましくありません。ですので親睦会を開いていただけるというのであれば栄養バランスが考えられた店での昼食会を希望します。それでは失礼します」

いつの間にか帰り支度を済ませていた晴一朗は一礼すると去っていった。サリナも「グッバイ」といって晴一朗の後を追った。

「ブフ、いやー、大物ですね。俺は好きですけどね、ああいうやつ」

いつの間にか後ろにいた菅谷はにやにやしながら言った。

「まったくだね、あの調子じゃ何回さそってもこないかな。しょうがない菅谷君2人で」

「あ、俺は育成ゲームがいそがしいんでかえります、おつおつでーす」

菅谷も足早に去っていった。この後酒々井は結局自分のコテージで一人酒をあおることになった。

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