1-4 ガラニア諸島支部1
サリナに晴一朗は島に似つかわしくないコンクリートの三階建ての建物に連れてこられた。
「ここが晴一朗とサリナの新しい職場だよ。サリナも今日から正式配属になるんだ」
サリナは嬉しそうにしている。サリナは晴一朗のバディとして雇われているため、今日から新しい仕事を得たというわけだ。
「なんといってもこの建物が島で一番の高層ビルだからね。晴一朗もサリナも島で一番の労働者になるんだよ」
「なるほど、ここなんですね」
晴一朗は扉の前を確認する。確かに㈱ゼニーの看板が掛けられていた。
晴一朗はネクタイを正した。
「行きましょう、サリナ」
そうして二人は㈱ゼニー ガラニア諸島支部の扉を叩いた。
酒々井は頭を抱えていた。人事部が急に自分のもとに変人を送り込んできたのだ。白髪交じりにがりがりの体格、そんな彼がため息をつくと悲壮感がにじみ出た。
酒々井はガラニア諸島支部 モンスター営業課の課長であった。課長といってもそもそもガラニア諸島支部には彼を含め二人しかいない。しかもろくに成績を上げられていない。事業が拡大される見込みもない。増員希望も提出していない。それなのにここにきて急に人員が二人増だ。人事部がなにを考えているか酒々井には想像もできなかった。
「えーっと、晴一朗くんだっけ? 君、趣味とかあるの?」
形式的にであるが酒々井は新入職員との面談を行っていた。
「はい。趣味というわけではありませんが、いつも仕事が終われば筋トレを行っています」
「へえ、それはなんで?」
「それが最も効率的な時間の過ごし方だからです。人間の時間はそもそも有限です。仕事終わりの時間になるともっと少ない。そのわずかな時間で心と体のメンテナンスを行わないとなりません。その手段としてはスポーツが望ましく、かつ雨などで野外のコンディションが損なわれる場合も想定して、どんな天候でも平常的に行える室内筋トレが最も合理性が高いと判断し、大学生のころから続けています」
「へ、へー。確かに君体格がすごくいいもんね」
「おそれいります」
さっきから交流を深めるためにしている質問でこの調子なのだ。
「好きな食べ物はなにかな?」
「ささみです。もしくはイカやタコでもいいです。僕は筋トレをする関係から多少多めのたんぱく質が必要です。これらの食材はたんぱく質がたかくそれでいて脂質が低いため、体の状態をつねによく保たせます」
「うーん、それらの好きな食べ方とかあるかな」
「特に意識していませんが、野菜と一緒にゆでて食べることをよくします。時間とエネルギー、この場合ガスでしょうか、この二つの効率をよくすることができます」
「じゃ、じゃあ、好きな飲み物は?」
「炭酸水でしょうか。余分な成分が入っていませんし、夜間などの空腹をごまかすことができます」
ここまで聞いて酒々井は頭が痛くなった。目の前にいる男はとにかく効率や合理性を好む。まるでロボットの様だ。ここに唯一いる部下の菅谷はメタボ体型であるが彼のほうが健康的にすら思えてくる。
人事部から事前に届いている晴一朗の履歴関係の書類に目を落とす。この書類を見る限り晴一朗は非常に優秀な男に見えた。
理系の有名大学を卒業しており、当時の教諭たちからも非常に熱心に研究を行っていたと言われていた。また会社に入ってからも残業を全くせずにあの技術営業二課でそれなりの成績を上げている。それなりというかむしろいいほうだ。残業をしないスタンスなのかもしれないが、これは本人のやる気と経験次第で課のエースにもなれただろう。
「正直こっちの課になって残念とかじゃないのかな、晴一朗君的には」
「いえ、それが会社の命令であれば従うだけです」
酒々井には目の前の若造が噓を言っているようには見えなかった。社交辞令などではなく、本心からそう思っているように感じられた。
「そうか、感心だね」
口ではそう言ってみるも、人事部の思惑が全く理解できなかった。そもそもこの男の待遇は異例なのだ。この男が課に入ると同時に土地勘のある現地の人間を契約社員にしている。つまり事実上、晴一朗の部下をつけているのだ。そこだけ聞くと人事が業績を上げないこのモンスター営業課に業を煮やして送り込んだ刺客のように聞こえるが、晴一朗はこんな男である。もしかしたらこれはフェイクで本性はもっとあるのかもしれないが、酒々井にはどうもそういう風に見えなかった。しかしこの人事は社長の娘であるあの人事部長直々の判断であるそうだ。将来の幹部候補に勉強のため辺境の課に勉強に来させているのか、はたまた性格が異質すぎるからやっかい払いされたのか。どちらにしても少し気にかけていたほうがいいとこの老齢の課長は判断した。
「じゃあ、サリナ君も晴一朗君も面談が終わったし、課全体で顔合わせしようか」
とりあえず今は警戒しているそぶりを見せないほうがいいと、酒々井は努めて明るくふるまうことにした。
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