1-3 サリナ
「それは高確率でヒューマンフラワー、擬人花だと思うよ」
晴一朗は車で揺られていた。彼は車に詳しくはないがそれが軍用車を流用している車だということくらいが、推察が付いた。そして運転しているのは彼ではなく、現地で案内役として雇われていて、今晴一朗に説明している人物である。
「ギジンカですか? サーマゴールさん、それはどういったものですか?」
「ミスタ セッチュロー。サリナって呼称して」
車を運転しているのはサリナ・サーマゴールという少女であった。褐色で黒髪でこの島のまさにスタンダードというべき少女だ。背丈も高く、グラマラスな体型をしている。Tシャツにジーンズという彼女の服装がそれを強調しているようだ。彼女の姿を待ち合わせ場所で見たとき、晴一朗はひどく安心した。この島では全員が全員、さっき見た不思議な少女のような姿なのかと考えていたからだ。
年齢はまだ16歳であるそうだが、この島では車の免許というものがないので彼女が運転している。
「サーマゴールっていうのは村のネームだよ。諸外国の人がいつも驚嘆するけどガラニア諸島ではファーストネームの次は村のネームなんだ。だから、セッチュローがこれから買い物とか行く村ではみんなサーマゴールになっちゃうよ」
「そうですか。わかりました。ミス サリナ。」
「だからサリナでいいよ、セッチュロー」
ところどころ変なところはあるがサリナの日本語が流暢であることに晴一朗は驚いていた。彼女の祖父は日本人だからと日本の最近のテレビ番組をよく見るからという理由に晴一朗はそのしゃべり方に妙に納得した。
「わかりました、サリナ。じゃあ僕のことはセイと呼んでください」
セッチュローってのは晴一朗が発言できなくて言っている単語だ。決してここにもう一人いるわけではない。
「ありがとう、セイ。素敵な仇名ね」
サリナはスピードをゆるめにこっと笑った。さっき見た少女とは対照的であるが健康的で美しい女の子だ。
「それでギジンカっていうのかなんなんですか」
「ああ、そうだったね。セイもこの島にモンスターの研究に来てるんでしょ? それの一つなんだけど」
「モンスターですか……」
サリナがモンスターと呼んでいるものは日本では特定変異種と呼ばれている。
「知っての通り、ここ50年くらいでこの島にはモンスターが沸くようになったからね。」
ガラニア諸島は激しい海流に囲まれている。だから飛行機が発達するまでこの島に出入りするのは非常に大変だったとされる。しかし逆にその海流に囲まれているから独自の生態系を築いてきた。ちなみにこの島にいる人間の祖先は島に漂着した人間たちであるとされている。
ところがつい50年ほど前からその生態系に異変が見られるようになった。生物たちが異常なスピードで進化しているのだ。ハムスターが犬くらいの大きさになってみたり、逆に犬がネズミのようなサイズになってみたり。人間の想像もつかないような進化をしているものもある。
彼らがなぜ急に進化したのかはまだ解明されていない。地球温暖化、放射能、進化のパラダムシフト、いろいろな学説があるがどれも正しいと立証されたわけではない。進化した彼らに聞いても、彼ら自身もなぜこんなことになったかわからないだろう。
同時に彼らの進化は刹那的なものでもある。つねに進化し続けているからその姿であまり定着していないのだ、だから日本ではそれは進化ではなく変異として、彼らを特定変異種と呼んだ。だがその姿はあまりにも異様であり、現地の人間、もしくは冗談めかしてモンスターと呼ばれるようになった。晴一朗が配属されるモンスター営業課もそれはあだ名であり、正確には特定変種利用促進営業課だ。
「擬人花ってのは、この島でたまに見られるあの不思議な女の子たちのこと。結構めずらしいモンスターだからそういう意味ではレアな体験をできたのかもしれないね」
「あんな可憐な女の子がモンスター、いや特定変異種だとは」
特定変異種はこのガラニア諸島にしかいない。よって晴一朗にとって初めて見るモンスターが彼女だったってことになる。そして妙に納得したあの美しく不思議な姿は確かに人間のものではなかった。
「容姿はソーキュートよね、あの子たち。だけど識者たちが言うにあの子たち植物らしいの。げに信じがたいけどね」
「植物? あの子は植物なんですか? だって動いていましたよ」
動いて食べて笑っていた、晴一朗はたしかにその目で見た。
「ハハハ、セイ。この島では植物が動くなんてなにも珍しくないよ。でもあんな人に似ているモンスターは彼女たちだけだと思うよ」
「そうなんですか。なるほど、擬人した花、だから擬人花なんですか」
「うん、それからあの子たちに魅入られると魂を抜かれるって逸話もある。だから島の人たちは見かけたら逃走するんだよ」
「魂を、ですか?」
「うん、帰ってこなかった人結構いるらしいよ」
帰ってこなかったとはどういう意味なのか、そういえばさっき擬人花の近くに行ったとき頭がくらくらする様なにおいがした。あれには何らかの毒性が含まれているのか。
「サリナ。帰ってこなかったってどういう意味ですか? 精神的にですか? 肉体的にですか? それはいつ頃発生したんですか? 何人くらいいたんですか?」
晴一朗の質問攻めにサリナは困ったような顔をした。
「うーん、ジャパニーズは何事もむずかしく考えすぎだよ。この島ではそんなんじゃ生活を営めないよ」
サリナとしては島に来た外国人にちょっと面白い話をしてやろう程度にしか思っていなかった。しかし晴一朗はサリナの思っている十倍は冗談が通じない男であった。
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