1-2 少女
飛行機に乗って4時間、船に揺られること30分。晴一朗はようやく目的地に到着した。小さな港に、どこまでも続く広い空、青々とした海にはいくつかの島が見える以外なにもない。島の中心には大きな山がそびえている。ただただ広大な自然がある。
ガラニア諸島は8つの島でできており、ここは3番目に大きな島だ。ここに㈱ゼニーのガラニア諸島支部がある。諸島支部といってもモンスター営業課しか存在しないのではあるが。
南の島で気温が高い中、晴一朗はスーツを着込んでいた、ネクタイもしている。髪はいつも通りぼさぼさであるが。銭元からは一応服装は自由であるといわれていた。その中で晴一朗がスーツを選択したのは、それが普通だと信じているからである。しかしこれが仮に銭元からアロハシャツで行けと言われたらそれを実行していただろう。晴一朗はつまりそういう男なのだ。
晴一朗は時計を見た。2つの針は2時ぴったりを指している。待ち合わせは2時30分だ。交通機関の関係上、待ち合わせ時間の30分も早くついてしまったのだ。晴一朗は自身が規律を守れる男だと思っている、そして彼のルールでは待ち合わせには10分前につくものであるのだ、つまり20分の空きがあるといえる。だが今は業務時間内だ、仕事といえる行為をしなくてはならない。
「仕方ない、砂浜でも少し歩いてみるか。島の実情を理解するのも仕事の一つといえるだろう」
誰かに言い訳するように晴一朗はつぶやく。そして胸ポケットにしまっていたガラニア諸島の地図を取り出した。
あまり浸透はしていないが、この島にも一応名前があるらしく、エレニア島というらしい。島の名前はともかくとして、この島には3つの村がある。この港からそう遠くないところサーマゴール村というのがある。今待ち合わせしている人物もそのサーマゴール村の人間らしい。村にはいつかいくだろうからということで晴一朗は村と反対側に歩き出した。
「南の島の人か、どんな感じなんだろうか」
ガラニア諸島の人々の共通語は一応英語にはなっているが、それは島どうしでも違う言語が発達したかららしい。だから近代化するにつれ英語が使われるようになった。晴一朗も一応最低限の英語は話せるが、相手も正しく英語圏の人間というわけではない。コミュニケーションに問題が発生してしまうことも有りうるから、銭元は島で数少ない日本語を話せる人間を晴一朗の案内役につけていた。
「やはり褐色で、筋肉質で、上半身半裸なおっさんなんだろうか」
晴一朗はそんな銭元の気遣いなどつゆしらず、勝手な妄想を膨らましていた。
真っ白な白浜がどこまでも続く、実に写真映えしそうな環境である。写真投稿SNSにアップすればたくさんの評価が手るだろう。
「まあ、あくまで実地調査だしな」
日ごろあまり無感動な晴一朗でさえ何枚も写真を撮ってしまう。この島々が今直面している問題さえなければ、今この場も観光客でごった返しているのであろう。
晴一朗は再びカメラを構える。少し望遠でとってみようとしていると、カメラの中に人影があることに気が付いた。
晴一朗は今度目を凝らして直接見てみる。間違いなく人影だ。人影は徐々に大きくなってきている、こちらに近づいてきている。影が大きくなるにつれて、晴一朗は異変に気が付く。
影の主の背丈が異様に小さい、まるで少女のようだ。そして彼女?の格好が妙だ。
「なんだ、あれ、ずだ袋でも着ているのか」
少女は汚れた布を身にまとっている。あれがここの民族衣装というわけでもない限り、何か訳ありなんだろう。
晴一朗は面倒ごとの予感をかなり感じていた。今少女のほうに向かうのは得策ではない気がする。だが、晴一朗は状況を冷静に判断した。仮に本当に大変な事態であるなら、スーツ姿なのがあだとなった。スーツの人間なんてこの島には数えるほどしかいないだろう。ここで人を見捨てるような人間だと島の人間に広まってしまえば、ここでの仕事に支障が出るかもしれない。いやもしかしたら㈱ゼニーの評判に響くような事態になってしまうかもしれない。
「やれやれ、仕方ないか」
晴一朗はネクタイを正し、少女のほうへ近づく。
砂浜は革靴だと歩きにくい、少女にゆっくりとしか近づけない。だがあちらもこっちに近づいてきている。
「おーい、大丈夫ですかー?」
晴一朗は声を上げる、その声に気が付いたように少女は駆け寄ってきた。
少女がちゃんと視認できる距離になってようやく、晴一朗は本当の意味で驚いた。遠目からも異様だと思えた彼女の姿は本当に変わっていたからだ。
まず背丈は低く、小学生くらいの大きさしかない。それでいて肌は白かった、本当に真っ白である、透き通るような白だ。それでいて髪の色も変わっている。髪は彼女の背中まで伸びているが、頭頂部は淡い桃色で、肩から背中までは新緑のような緑色、そして桃色と緑色の間にわずかだが白の部分もある。なにより晴一朗が驚いたのはその瞳の色である。サファイアのような緑色なのだ。まるで両目にそのまま宝石を埋め込んだような輝きを放っている。
顔だちも整っているがアジア系でもなくかといってヨーロッパ系の顔立ちでもない、人形のような、最もうつくしい3Dモデルのような顔だちであった。
しかしその美しい身なりに反して格好は実にみすぼらしかった。本当にぼろきれを身にかけているだけであった。それはもともと衣服だったものが古くなったというわけではなく、どちらかといえば浜辺に打ち上げられた船のマットの残骸をそのまま肩にかけているだけのように見える。
「大丈夫ですか?」
晴一朗は知る限りの言語で彼女に問いかけてみる。しかし彼女は晴一朗の顔を覗き込むだけである。
いわゆるストリートチルドレンというやつなんだろうかと晴一朗は考えた。よく会社の先輩などはストリートチルドレンに施しをしてはならないといっていた。それがさらなる貧困を生むきっかけになり得るという理由で。だが晴一朗は声をかけてしまった以上、仕方のないことかもしれないと考えた。
「ちょっと待ってくださいね」
晴一朗は肩にかけていた通勤カバンからワイシャツを取り出し彼女の肩にかけた。
「スイ?」
彼女は何か言っているがあいにく晴一朗はこの島の言語に理解がない。
「大丈夫ですよ」
優しく声をかけながら、日本から持ってきてたスナック菓子を取り出し、袋を開けて少女に渡した。もう海外だから買えなくなると思って持ってきた晴一朗の虎の子である。
「ほら、食べてみて下さい」
晴一朗は自分で一つ食べて見せてから袋ごと渡した。少女はおそるおそるそれを食べた。
「スイスイ!」
「あ、おいしいですか? よかった」
少女は満面の笑みを浮かべた。元が美人だからか本当に絵になる。気のせいか晴一朗は頭がくらくらするような不思議な香りに包まれた気がした。少女は夢中でお菓子を食べている。晴一朗はあたりを見回した。
「さて、これからどうするか。警察に連絡しようにも、この島ではこういう子は保護対象になるかわからないしな。お嬢さん、おうちはどっちなの?」
もう一度晴一朗が少女のほうを見た時には、彼女の姿はなかった。
「あれ、どこにいったんだ」
晴一朗の言葉にこたえるものは誰もいない。浜辺に来てまで一人スーツの変人がそこにいるだけだった。
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