モンスターラッシュ ~ビジネスチャンスはバケモノの背中に埋まっている~

深山 浩志

1-1 異動

「異動でありますか?」

「まだ確定したというわけではないが、君が候補に挙がっていてね。一度君と話しておこうとおもってね」


三月中旬のよく晴れた日、佐藤晴一朗は人事部に呼び出されていた。彼はこの会社に勤めて来年ようやく三年めであり、この会社ではまだ異動の対象となるような年齢ではなかった。

 大学卒業して、大手の総合会社であるこの㈱ゼニーに就職できた。今いる技術営業二課もようやく慣れ始めたところかなと思っていたところであった。

 巨大な背丈に、鍛えた体、そしてぼさぼさの髪の毛。それが晴一朗のトレードマークである。

「まあ、本来異動の話をこうやって人事部に呼び出してする話ではないのだがな」

人事部長の銭元は淡々告げる。銭元はこの会社の社長の娘である。当然父親も銭元という名前であり、㈱ゼニーの名前もそこから来ている。

黒髪ロングの眼鏡をかけた女性はまだ二十代だというのに晴一朗が手の届かないくらい高い役職にいる。もちろん会社の直系だからというのもあるが、彼女自身も有能だと有名であった。社内情勢に疎い晴一朗は知らないことであり、興味もないことであるが。

「実は候補というのはね、君がわが社ではとても珍しい人間だからというところがあってね」

銭元は手元の資料を眺めながら言った。

「佐藤晴一朗。25歳。関東圏の理系国立大学卒で採用年度から技術営業二課に配属。初年度から課内でも好成績のスコアをたたき出している。ここまでは間違いないかな」

「はい、間違いありません」

「こういうところでは普通謙遜するもんだと思うが」

銭元は苦笑いした。

「謙遜というのは事実を歪曲させて伝えるものだと自分は考えております」

「なるほどね。それから今年度の残業時間がわずかトータル10時間。課での月平均は40時間だというのに、君は月の残業平均1時間未満というのも間違いないか?」

「間違いありません」

「課としても忙しいだろうになんで残業しない?」

「する必要がないと判断したからです」

きっぱりと晴一朗は言い放った。

「そうかもしれないが、君が残業すれば課での成績トップも不可能じゃなかったと思うがな。そこらへん詳しく聞きたい」

人事部から詳しく聞きたいなんて言われれば普通の社員なら、自分の気持ちを正直に話すことはできないだろう。だが晴一朗はそういう男ではなかった。

「仕事とはスポーツじゃありません。スコアを競うものではないですし、スコアばかり気にしていれば顧客の満足度が下がり、最終的には㈱ゼニーの不利益に繋がると自分は考えています。率直にもうしあげれば必要以上の残業は合理性に欠けます」

ある意味課を、ひいては会社を否定するようなことを言い放つ。

「課の雰囲気的に残業しようとかは考えなかったのか?」

「雰囲気に流される人間というのは資本主義社会の原則に反していると推察されます」

「それに関しては全く同感だな。もう一つだけいいか。君は㈱ゼニーに入社して以来、一度も飲み会に参加したことがないってらしいがこれはなぜだ。お酒が飲めない体質なのか」

「いえ、それが仕事ではないからです。仮に時給が発生していればいっていました」

晴一朗は本当に嘘をつかない。

「なるほど。君は実に面白い男だ」

銭元は笑いを隠すように口元に手を当てた。


「正直話してしまうと、君のとこの課長からなんども申請が来てな。佐藤晴一朗は使い物にならないから異動させてくれ、と。各課長に人事異動権はないから人事部に何度も直訴しに来ているんだよ」

銭元は晴一朗の出方を疑うようにあえて大げさにいった。普通の人間なら狼狽するような言葉だ。

「最善を尽くしたつもりですが、課長がそう判断したのならそうなんでしょう」

しかし晴一朗は眉一つ動かさない。実にあっさりした、明日の天気は晴れであると聞いたくらいの表情であった。銭元は観念するように続けた。

「いや君は使い物にならないなんてことはない。正直三年以内の新人の中ならナンバーワンの成績を上げている。残業しないというのも人事部からしたらありがたい話だ。だが、君は課内でその存在を疎まれている。なぜだかわかるか?」

「さあ、わかりません」

「君はかなり鈍い男みたいだな。簡単だよ、日本人っていうのは自分と違う人間がそばにいるのがいやなんだよ。それだけで息がしにくくなる。君の極端な合理主義が周りの人間からしたら疎ましかっただけさ」

「そういうものなのでしょうか」

ここまで説明されても晴一朗は今一つ理解できていなかった。


「さてそれで君は異動の候補に挙がってしまったわけだが、花形の部署から異動ってのは不服か?」

「いえ、特に」

銭元はすこし面食らった顔をした。技術営業二課といえば㈱ゼニーでも有数に有名な課だ。エリートのみが入ることができるといわれている。晴一朗は出身が有名大学ということだけで入れた課だ。だが当の晴一朗はそんなことに興味はなかった。多少忙しい課だな程度にしか思ってなかった。佐藤晴一朗は他人からの評判など気にしないタイプの性格であった。

「一応君は選ぶことができるんだ。今の課に残るか否か。そもそも成績が優秀な人間を周りと合わないからってだけで異動させるのは当社の不利益にもなるからな。今の課に残って周りに合わせていきるか、それとも今以上に仕事を頑張って実力で周りの者を黙らせるって選択も君にはできる」

しかし、そう言ってから銭元とはゆっくりと、相手を説き伏せるように話した

「君の異動候補に挙がっている課は、実に君のような男を必要としているんだ。型破りな男が必要なのさ。だから私はぜひ君に新しい課にいってもらいたいと思っている。だから今日から一週間の日付を与えるからゆっくりと考えて」

晴一朗は銭元の熱弁を遮るように言った。

「わかりました。それで、僕はどこに異動なんでありますか」

「考える時間を与えるつもりだったんだが」

「人事部長が推薦するなら、そこに行きます。別にどこに行ってもやることは変わりません。目の前の課題をクリアするだけです」

銭元は自分の顔が邪悪な笑顔に染まっていくのを感じていた。これだ、こういう男こそ今の自分が欲しかった手駒なのだ。

「ありがとう。晴一朗君。異動先は南の島だ」

南の島、その言葉が晴一朗の頭に響き渡る。なんとなく予想はしていたがやはりそうくるか。

「というと海外開発事業部ですか? それとも海外営業部?」

㈱ゼニーは多方面で海外展開している。

「どっちも正解だが、どっちも不正解だな。海外ではあるが、そこで何かを販売するというわけではないが」

銭元はたっぷりを間を置いてからゆっくりといった

「よろこべ、モンスター営業課だ」


こうして四月一日から、佐藤晴一朗はモンスター営業課に配属されることになった。

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