5

剣人の言葉を受けて、美紀コピーは形見、遺品として残ってもいいという気持ちになっていた。

消去から考えが一転したのは、父や友人ではなく、なにより息子に必要とされたかったのだと気付いたから。


息子が会いに来ないこと。それが当然だと言い聞かせても、目覚めるたびにどこか落胆していた。

形見というからには、今まで通り剣人は会いには来ないだろう。それでいい。

里巳のように頻繁に面会に来られても、やがて話題は尽きて会うたびに気が重くなってしまうから。


〈眠り〉を深くする。面会の回数や定期的な目覚めを少なくすれば、これ以上心をすり減らすこともない。自分を保つ為。今より費用も抑えられ、ウィルスや攻撃に晒される機会も少なくなる。

ただ、里巳は傷つくだろう。

会えなくなること。そして父よりも息子の望みを聞きいれたことに。

でも里巳自身はコピーを残さないのだ。有希子の望みを聞き入れて。それは悪いことではない。里巳の自由。

けれど里巳から「コピーを残さない」と聞いたとき、美紀コピーは自分の価値が揺らいだような気になった。

自分はコピーだ。利用する人がいなければ、存在しても意味がない。

活動することはもはや望んでいない。もし剣人がそう望めば。だがもう二年も会いにきていないのだ。可能性はない。ならば消えようと。


「もう十分待ったわ。剣人は来ない。これ以上待つ理由もない」


訪れた里巳に消去を告げる。


「自分を消去するわ」

「俺がいるだろう?」


コピーを残さないからといって、里巳がコピー否定派になったわけではない。

これまでと変わらず面会にもくるつもりだっただろう。ただ美紀コピーは里巳との面会にもやや疲弊していた。


「私は道具じゃない」


それが里巳を傷つけた決定的な一言だったことは美紀コピーにもわかった。

里巳自身は美紀コピーを道具扱いしたことはないつもりだった。だか美紀コピーはそう感じなかった。

〈眠り〉から目覚め、里巳は近況を話し、自分はそれを聞くだけ。話を聞き、反応するだけの人形。そのように考えるのは愚かだが、体験はそうなのだ。それに疲れてしまった。

コピーはAI人工知能。ただのデータ。道具。自分でもわかっているのに、「道具じゃない」と言い放ってしまった。

そして今回のことで、息子に必要とされたかったという気持ちに気づいた。それを告げることは追い打ちになってしまうだろうか。


「話はどうだった?」


剣人と面会の翌日、美紀コピーと対面した里巳が尋ねる。


「知っていたの? 残してほしいって」

「あぁ」


もし剣人が面会に来ず、里巳から「遺品として残ってほしい」と伝えられただけならば、こんな気持ちにはならなかったかもしれない。


「気持ちは揺らいだわ。結局、私はあの子に必要とされたかったの。会ってそれに気付いた。だからあの子の望むとおり、残る。ただし、眠りを深くして」


美紀コピーは剣人の説得に応じた。子供に必要とされたかったと。

自分の行動もそうかもしれないと里巳は思う。美紀コピーに頻繁に会いに来ていたのも、何か力になれないかとの思いから。

〈眠り〉を深くする。それが美紀コピーの望みならば、応じる。


「わかった」


美紀コピーは〈眠り〉を深くする具体的な内容を口にした。今は三ヵ月に一度だった目覚めを今後は一切しないこと。また面会は可能だが、重要な用事でなければ来ないでほしいと。


「この面会が終わったら、適用してほしい」


これが最後の面会だと言外に告げる美紀コピー

それを理解する里巳。


「もう剣人には伝えたのか?」

「伝えてくれる?」

「いいのか? 会わなくて」

「そのためだけに会う必要はないわ」

「そうか」


美紀コピーはもう心を決めていることを悟る。

これが最後。

里巳は別れが近いことを予期していた。今日だとは考えてなかったが。


里巳には十年来の友人が一人、コピーとして生きている。彼の人格と人柄は何も変わらない。無気力にもならず。それは活動しているからだと里巳は理解する。

コピーを人たらしめんとするのは活動すること、生きることだと。

だから美紀コピーにも活動してもらいたかった。コピーであっても美紀として生きてくれればと。だがそれが今まで美紀コピーを縛り、苦しめていたのかもしれないと。


自分が妻の意向でコピーを残さないことを決め、それを聞いた美紀コピーが消去を願い、それが剣人を呼び、美紀コピーは気持ちに気づいて消去を取りやめた。


これでいいのだと里巳は自分に言い聞かせる。いずれ剣人が必要になった時は、美紀コピーに会いに来るだろう。

では自分は? 重要な用事、すなわち身の回りに変化があった時。

例えば自分と有希子のどちらかが病気に罹ったり、死亡した場合。残念だが可能性が高いのはそれだろう。

これが最後の別れになるだろうか。そうなるかもしれない。ならないかもしれない。


今、美紀に伝えること。自分はこれからも味方だということ。そして自分のエゴで縛り付けていたことの謝罪。


「すまなかった。お前を、苦しめて」


里巳に謝られて、美紀コピーは虚を突かれた思い。


「俺も同じだ。子供の為にしてやれることは何かないかと。お前に必要とされたかったんだ」


気持ちを吐露する里巳。


「お前のしたいようにすればいい。それに答える。ただ、俺はいつでもお前の味方だ」

「うん」

「じゃあな」


里巳との別れ。次に会うのはいつになるか。

状況が変化した時だ。良くも悪くも。コピーを巡る情勢の変化、あるいは誰かが病気になったり、生死に関わること。剣人が結婚なりする場合、報告に来るのだろうか。わからない。

里巳とは、これが最後の別れになる可能性もある。

けれど決めたこと。

コピーなのに人として、娘として扱ってくれた父に対して、それは当然であり、また難しいことでもあっただろうと美紀コピーは気付く。


だがもう父の姿はない。


「さよなら、ありがとう、父さん」


美紀コピーは誰もいない部屋で呟いた。


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