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里巳が事前に伝えていたので、剣人の面会は美紀コピーに拒否されることはなかった。


指定された〈再会の間〉の設定環境は喫茶店。

係員に案内されて入った部屋には舞台のセットのようにその環境が組まれている。

淡いオレンジ色の明かりに満ちていて、落ち着いた雰囲気。アンティークな作りの椅子、机、壁、そして給仕ロボ。窓の外の通行人や車も実物だ。室内のもの全てをAR表示する必要はない。ここではコピーの姿だけがAR表示される。姿を見る為にARグラスを装着する必要はないが、使用すれば現実感リアリティは増す。

今回、剣人はARグラスを使用しなかった。美紀コピーの姿に現実感をもたせたくなかった。


店内に一人、美紀コピーは奥の窓際の席に座って剣人を待っていた。


「久しぶりね」


声も姿も、記憶にある母のもの。二年経つが変わっていない。

死者がそこにいる。死んだはずの母が。

母の死を受け入れたはずなのに、剣人は動揺した。


(これはコピーだ。ただの映像だ)


美紀コピーの正面に座る。机の下で拳を握りしめた。乱れる心、身体の震えを抑えようと。


「元気そうでよかったわ」


気遣いの言葉。前と同じ。剣人は机に視線を落としていた。美紀コピーの姿を直視できなかった。


「おじいちゃんから聞いていると思うけど、消去するから」


美紀コピーは「自分を消去する」とは言わなかった。


「どうして?」


剣人は顔を上げて、ようやく向き合う。

理由は知っていたが、直接、美紀コピーから聞くべきだと思った。


「私がコピーだからよ。私がいるだけで迷惑がかかる。維持費、それにコピーに感染するウィルスのことも心配。迷惑をかけたくないの」


コピー否定派による攻撃手段は多種多様。サーバーやコピーが保管されているデータバンクを直接攻撃をするものから、コピーをさらにコピーして人質にするもの。コピーの記憶に侵入し情報を抜き出すもの。精神を病ませるもの。シルフに感染してAR表示をおかしくするもの。

日本のコピー達の被害はまだ軽微だった。日本人のコピーが少ないこと。サーバやデータバンクへの攻撃はあるものの、物理的破壊など直接行動は行われていない。

なにより美紀コピーは〈眠り〉の状態であった。活動しているコピーよりも攻撃される危険は少ないはずで、心配もあまりしていなかった。


維持費やウィルスの脅威、コピーが存在するだけで迷惑をかける。だから消去すると。

剣人は「無気力で生きる希望をもっていないから」だと認識していた。

今、美紀コピーから告げられた理由は違う。しかし消去を願っていることに違いはない。


「俺は、残ってほしい」


意を決して告げる。


「どうして?」


ややあって美紀コピーが問う。思いがけない剣人の要望に少し動揺していた。里巳からは、ただ剣人が来ることだけを伝えられていた。

てっきり剣人は別れを言いに来るのだろうと。


「母さんの死を、コピーがあるからって誤魔化してはだめだと思った。今はもう大丈夫。だけど、コピーも大切な形見だから」


美紀コピーは剣人が自分の死を受け入れて前に進んでいることを知り、嬉しくもあり寂しくもあった。


「形見なら他にもあるでしょ」


言いながら、美紀コピーの気持ちは揺れ動いていた。

どうしてだろうか。里巳に残ってほしいと言われても、気持ちは動かなかった。

剣人が来たから。剣人が望むから。それ以外に理由が見当たらない。

美紀コピーはそこで、父に必要とされるよりも息子に必要とされたかったのだと気付いた。

剣人は大切な形見というが、コピーを物扱いするならば父よりも息子の方が酷い。

なのに、望むなら残ってもいいと考えている。


「あんた、コピーは残すの?」


それを聞いてどうするのか。美紀コピー自身もわからなかった。


「わからない。今は」


剣人のコピー、コピー同士で再会すること。

そんな考えが浮かんだ。それが自分が望むことなのかわからない。ただその可能性もあるかもと。それは美紀コピーにとってまったく思慮の外だった。剣人がコピーと一緒には暮せないと伝えられた時から、そんな可能性はないと。


美紀コピーは己の心境の変化に戸惑い、何も言えなかった。剣人も。

沈黙が続く。

やがて美紀コピーが口を開いた。


「あんたの考えはわかったわ。私にも考える時間がほしい。後でおじいちゃんに、話があるから来てと伝えて」


帰り道、剣人は美紀コピーとの面会を振り返る。

美紀コピーは無気力には見えなかった。反応も普通。だが消去を望んでいたことは事実。

自分の思いは伝えた。あとは美紀コピー次第だ。

「大切な形見。だから残ってほしい」身勝手なその思いを伝えて、「物扱いしないで」と美紀コピーに怒られるかと思っていたが、そうはならなかった。

また、これだけの言葉で自分の気持ちが通じたのだろうかと疑問でもあった。

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