眠りの母

1

「お前のお母さんが、消去を望んでいる」


自宅の居間。正面に座る祖父の里巳さとみに告げられて、剣人けんとは固まった。

里巳とはたまに会って大学生活の近況を報告している。

剣人の両親はすでに他界し、身寄りはもう母方の祖父と祖母しかいない。

ただ、母親の美紀だけはコピーを残していた。〈眠り〉の状態で。

その美紀コピーが、消去を望んでいる。

消去した、ではない。

美紀コピーは自分自身をいつでも消去できる。事前通知もなしと設定されているから、もし消去が実行された場合、剣人や他の家族に届くのは消去完了後の通知のみ。

つまり消去を実行する前に、里巳にその意思があることを告げたということだ。


「消去……」


コピー自身が消去を望む。

剣人の脳裏に、〈コピーと無気力症〉という以前目にした記事内容が想起される。

〈眠り〉のコピーはその閉鎖的な環境から生きる気力や未来への希望を失い、無気力症になるものもいると。そこから漫然と〈眠り〉の状態を続けるコピーもいれば、消去を選択するコピーも。


「無気力になった?」

「ああ、それもある」


他にどんな理由があるのか。

剣人は心当たりを探す。記憶の奥深くにしまいこんだ美紀の死、そして美紀コピーの〈眠り〉を許した時のことを。

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