対面
両親の姿がモニタに映し出されると、途端に涙が溢れた。
二人とも冬着。自分が家を出るときは薄着だったのに。髪型も違う。二人の姿の端々から時間の流れをはっきりと認識する。
「父さん、母さん、私……」
これがたちの悪い冗談ではないこと。わかっていたが、そこではっきりと自覚した。
「菜月」
「なっちゃん」
「どうして死んだの? 本当に、死んだの?」
「あぁ」
父が深く息を吐いて、話を始める。
現場は自宅に近いなじみのコンビニ付近。夕方の六時。帰宅途中に大型トラックの暴走事故に巻き込まれて即死。
それは菜月を含め数名の死傷者が出た大きな事故だと。暴走の原因は、新しく導入した交通システムと車両の不具合。
(システムの不具合。車の暴走。そんなもので私は死んだの?)
しばらく何も考えられなかった。情報が少なく、事故の状況を思い描けない。
ただ呆然とし、事態の受容と拒絶もできず、関心は他の犠牲者へ。その事故で自分と同じようにコピーになった人もいるのだろうか。
自分はこれからどうなるのか。
「死を受け入れるには時間が必要です。菜月さん一人で向き合う時間が。
ひとまず、彼女がこれから生活するお部屋にご案内しますが」
隣にいる女性が沈黙を見計らって切り出す。
「ご家族とはいつでも連絡が取れるようになっています。心配いりません」
「すぐに帰ってこれるようにしておくから」
母が言う。父も頷く。菜月は何も言えずただ俯いた。
「では、切ります」
モニターが黒くなる。女性がティッシュを差し出してくれた。涙と鼻水でひどいことになっている。
ひとしきり拭った後で、女性は名刺を机に置いた。
風谷真紀。24歳。案内人とある。
「私は風谷真紀。私もコピーよ。こっちでの生活は、十か月くらいかな」
砕けた口調になる。その顔を見る。24歳。大人の女性。肩口に刺青らしきものが見えた。
「まずは部屋に行きましょうか。ここにいても仕方ないから」
促されて部屋を出る。通路を歩いて二階の連絡通路に。
ガラス張りで、外界の景色を目にして菜月は一瞬、そこが現実世界かと錯覚した。陽の光、空気、喧騒。それは自分の知る世界と同じだった。
見渡し、よく観察すると、自分の記憶との違いに気づく。
この施設の隣に公園はなかった。だがすぐ隣は公園で、他にも立ち並ぶ建築物や道路の作りが記憶と違う。
(ここはもう青音市なんだ)
それは日本に用意されたデータ都市の名前。
11月。外は冬であった。しかし今の菜月には一瞬で季節が移ったようにしか感じられない。
あるいは季節がまるで違う国に旅行へ行ったような。
「ここが、最初に生活するところよ」
連絡通路を渡り、建物に入る。一見すると待合室のような広い部屋に他の
思い思いの恰好で過ごしている。窓際に座って外を見ていたり、テレビを見ていたり、数人でお茶を囲んでいたり。
入ってきた菜月に視線が向けられ、一人だけ施術着でいるのが目立っている気がして落ち着かない。
「先に部屋に行こうか。そこで着替えられるから」
真紀が案内する。
建物内は暖かく、清潔。通路は広々と空間がとられていた。
「部屋はこの中から選べるわ」
無人の受付らしき場所で、自分の部屋に雰囲気が近いものを選択した。
そのまま歩いて部屋に到着。
「はい。このペーパーのカタログから好きな服を選べる。下着も靴も。すぐに届くよ。交換も何度でもできる。お金もかからない」
菜月は電子ペーパーのカタログをただ見つめる。
「しばらく一人になりたいでしょう。私は外すわ。ペーパーとそこの端末はネットワークに接続されてるから、家族と連絡を取ることもできる。事故について調べることも」
机にはデスクトップ型の端末がある。
事故について。自分の死亡原因。調べたいのか菜月にはわからない。
「いつも夕食は何時にとってる? 今日は一緒に食事をしましょう。私は先輩だし、この世界について教えることもあるから。その端末からも私に連絡を取れるけど、今日のところはここに迎えにくるわ」
食事の時間を答えなければいなくなってくれない。そう感じとった菜月は6時頃だと告げる。
「わかった。外にでて街を見て回ってもいいけど、データ世界だからって馬鹿な真似はしないでね。この世界にいる他の人も、私やあなたと同じだから」
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